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国家基本問題研究所

役員論文

2012/05/17 16:30

『報道されない沖縄』」が描く真実 櫻井よしこ

『報道されない沖縄』」が描く真実

 櫻井よしこ  

今年2月3日の「琉球新報」に、およそ誰もが驚く発言が掲載されていた。沖縄と本土の関係の理不尽と不条理の根深さを象徴するような沖縄経済界の重鎮の言葉だった。沖縄最大の建設会社、國場組元会長の國場幸一郎氏が「沖縄にとって中国は親戚で日本は友人。親戚関係をもっと深めたい」と語っていたのだ。

日本国民でありながら日本は友人にすぎず、中国は親戚、つまり「ヤマトンチュー」との血のつながりはないが、中国とは血がつながっているというわけだ。沖縄を取材すれば、ここまであからさまでなくとも、「國場発言」のような日本に対する根深い忌避感と中国に対する奇妙な親近感の存在を痛感することは少なくない。反対に、穏やかな親日本感情の存在にも気づかされ、祖国日本への沖縄の感情の複雑さを思い知らされる。

選りに選って日本に脅威を及ぼし続ける中国を身内とする倒錯感情を育むのに一役も二役も買っているのが、沖縄のメディアである。とりわけ現地の二大紙、「琉球新報」と「沖縄タイムス」の報道には大きな疑問を抱かざるを得ない。

最近のおかしな事例を見てみよう。

北朝鮮の金正恩政権は4月13日、人工衛星と称して弾道ミサイルを打ち上げた。結果は惨めな失敗だったが、自衛隊は国防の責務を果たすために防御態勢を敷いた。北朝鮮が発表した発射計画では弾道ミサイルは沖縄方向に飛ぶことになっていたために、万が一の迎撃の必要性に備えて自衛隊は地対空誘導弾(PAC3)を初めて沖縄県に運び込んだ。

これを「琉球新報」は4月5日の社説で非難した。

「ミサイル防衛の運用部隊など、自衛官約900人も沖縄入りし、きなくささが立ち込めている。PAC3を積んだ濃緑の大型自衛隊車両の列と観光客が乗るレンタカーが、道路を並走する光景を目にした県民の多くが、穏やかでない感情を抱いたことだろう」

何が脅威で何が敵

きなくささの原因は自衛隊のPAC3ではなく、北朝鮮のミサイル発射予告ゆえである。原因と結果を区別せずに社説子はさらにこう書いた。

「日米は、北朝鮮に影響力がある中国、ロシアと緊密な連携を取り、外交圧力を一層強め、発射を思いとどまらせるべきだ」

外交圧力で北朝鮮の軍事優先政策を転換させる努力は長年、続けられてきた。だが、中国とロシアはおよそいつも北朝鮮の側に立ってその蛮行をかばう。北朝鮮が韓国の哨戒艦天安を撃沈したときも、延坪島を砲撃したときも、中露が国連安全保障理事会における北朝鮮非難の決議を妨げ、骨抜きにした。

北朝鮮がここまで好き放題出来るのは、中露、とりわけ中国が陰に陽に支援を続けるからだ。従って、中露の協力を求めるのは大事だが、「琉球新報」社説子の主張する手法では北朝鮮を抑制することは出来ない。だからこそ、敵基地攻撃をしない日本にとって、なによりも必要なのは防御態勢を築くことだ。にも拘らず、社説子はこう苦言を呈した。

「軍事優先色が濃い対応は、沖縄社会にとってマイナス面が多いことを、防衛省は深く自覚してもらいたい」

一体何が脅威で何が敵だと心得ているのか。自衛隊は沖縄を守るべく出かけていったのだ。軍事的脅威から国民を守るのが自衛隊の責務で、そのためのPAC3だ。琉球新報はこうした物事の大前提を軽視して、専ら自衛隊に対する拒否感情を強調する。これでは読者の知的思考は妨げられ、世論は感情に流されがちになるだろう。自衛隊を派遣した政府の努力と自衛隊の働きを全く評価せず、自衛隊に対する徹底的な忌避の姿勢を貫くのはなにゆえか。

この問いを解くのに、産経新聞那覇支局長の宮本雅史氏の『報道されない沖縄』(角川学芸出版)がよいガイドとなってくれる。氏は、沖縄の複雑さを丁寧に取材し、沖縄がいまのように心理的に捻れに捻れてしまう前の姿から描いている。

戦後米軍の統治下で祖国復帰運動の先頭に立ったのは教職員会だったという。同会は日の丸を復帰運動のシンボルとして掲げ、祖国日本への熱い想いを子どもたちに教えた。徹頭徹尾反日的な現在の沖縄県教職員組合(沖教組)からは想像出来ない教職員の集まりが教職員会だった。

しかし、同会は本土に吹き荒れた安保闘争の延長線上で変質した。県外から続々と沖縄入りした反体制派の活動家、学者、マスコミが、教職員会の親日本路線を換骨奪胎していったのだ。宮本氏はそのプロセスを見事に描いている。

本当の地元の意見

 祖国日本への熱い想いで団結していた教職員会が事実上乗っ取られて沖教組となり、沖教組は沖縄の本土復帰を経て日教組に加盟。以降、彼らは反米軍基地闘争や反日運動に走り、子どもたちには反日教育を徹底し始めた。復帰から40年、その間の反日教育の結果、沖縄は、「アメリカよりましだと思ったから日本に復帰した。(復帰するのは)中国でもよかった」「沖縄は常に被害者。大和(日本)がすべての責任をとるのは当たり前」と公言する教職員やメディアの人間を輩出するに至った。

政治闘争の場と化した沖縄でメディアの果たす役割は非常に大きい。宮本氏は沖縄のメディアの偏向を鋭く突き、決して全員の思いではない反基地闘争が恰も平均的沖縄の人々の思いであるかのように報じる沖縄メディアの手法を明らかにしてみせた。普天間問題についての恣意的な報道を分析したそのくだりは圧巻だ。

普天間飛行場の移転先とされた名護市についても、氏は綿密な取材を重ねている。名護市は反対派の稲嶺進氏が市長となり、辺野古への受け入れ拒否を表明しているが、肝心の辺野古の人々は実は多くが受け入れ賛成なのである。

地元のメディアはそのことをよく知っているはずだ。しかし、彼らの報道が反基地路線であるために、その路線に合わない意見は無視するのである。一方、全国紙の記者は、那覇や名護市の取材はしても、もう少し足をのばして、辺野古地区を訪れることは少ない。政府から派遣される官僚も政治家も多くは名護市止まりであろう。飛行場を受け入れてもよいという本当の地元の意見は、こうして無視されてきた。宮本氏の取材によって、これまで報じられてこなかった地元の中の地元の受け入れ賛成の声が存分に伝えられている。

それにしても氏が抉り出した沖縄経済に占める基地関係のおカネの実相は凄まじい。沖縄を腫れ物に触るように特別扱いし、国防の意味を説きもせず、すべてをカネで決着してきた年来の政治は、与える側にも与えられる側にも、沖縄問題に携わる人すべてに精神の卑しさを植えつけたと言える。この本を私は鳩山由紀夫元首相はじめとする政治家たちに、必ず読んでほしいと思うのである。

『週刊新潮』 2012年5月17日号
日本ルネッサンス 第509回

2012/05/16 09:57

いま求められるのは「脱小沢」だ 遠藤浩一

いま求められるのは「脱小沢」だ

 拓殖大学大学院教授・遠藤浩一 

「部下は十七歳から三十歳までは軍隊で訓練し、その後は兵役を免除されるべきだ。その年齢を過ぎると、人は従順でなくなり、服従したがらなくなるからだ」(マキアヴェリ『断想』)

 ≪多くの政治家が離れていった≫

 この20年間、民主党元代表、小沢一郎氏の周辺に屯(たむろ)する政治家がつぎつぎと入れ替わるのを見るたびに、マキアヴェリのこの言葉を想起してきたものである。

 平成5年、同氏が自民党を飛び出して新生党を作ったとき、その周辺には中西啓介、船田元、二階俊博、藤井裕久といった人たちがいた。しかし、いつのまにか、皆、離れていった。

 比較的長く行動をともにしてきた藤井氏も、民主党政権ができる少し前、小沢代表(当時)の政治資金疑惑が問題になった頃から距離ができ、いまや小沢氏の証人喚問について「早くやって早く解決しなければいけない」と主張するまでになった。

 新人議員に対して小沢氏は「君たちの仕事は次の選挙で勝つことだ、それに全力を尽くせ」と口癖のように言うという。石川知裕衆院議員は、小沢氏の秘書になったとき、先輩秘書から「いいか、歯車のひとつになるんだ」と言い渡されたという(『悪党-小沢一郎に仕えて』)。小沢氏にとっては秘書も、場合によっては国会議員さえも、「歯車」の一つなのかもしれない。

 しかし秘書はともかく、議員は国政におけるその選挙区の代表である。代議民主制の下、政策立案に対して責任を負うという点ではベテランも新人も同格である。政策論議は幹部や実力者に任せて、新人は街頭に立っていろ、歯車たり続けることに全力を尽くせ、と言われては、立つ瀬がない。

 ≪“チルドレン”の空気も変化≫

 こういう身も蓋もない言い回しは、政治の何たるかを知らぬズブの素人はともかく、一定程度経験や知識を積んだ(と自分では思っている)政治家には通用しない。自分の頭で物事を考えるようになった(と自分では思っている)政治家は、しだいに「従順でなくなり、服従したがらなくなる」のである。結果として、小沢氏周辺から、ベテランや実力者はいなくなって、いわゆる“チルドレン”といわれる人たちだけが残るという仕儀となる。

 その“チルドレン”の間でも、小沢氏の裁判で控訴が決まったとたんに、空気が変わってきたらしい。同氏が会長を務める新しい政策研究会が「政治弾圧だ」と、左翼張りのアピールを出したのに対して、「激しい検察批判ばかりしていても、党内で孤立するだけだ」との反論が出ている。若手の間でも「従順と服従」は揺らぎ始めているようにみえる。

 それにしても、「政治家・小沢」の求心力とは、いったい何なのだろうか?

 政治家を衝(つ)き動かす動機は、(1)理念(2)利害(3)情念-の3つだが、政策・理念の正統性ないし一貫性に、同氏の存在理由を求めるのは無理である。かつて新進党や自由党時代にはどちらかといえば新自由主義的な主張を展開していたのに、小泉純一郎元首相にそれを掠(かす)め取られると、一転、再分配重視の社民的政策に転換した。今は猛反対する消費税率引き上げについても、細川政権時代には福祉目的税(国民福祉税)としてこれを強引に進めようとしていた。

 情念や感情は、小沢氏にとってはむしろ反作用となって表れることが多い。同僚や部下がどんどん離れていくのも、理念・政策に対する反発というより、感情的離反が少なくない。政治家として「不徳」というほかない。

 ≪政策・理念に存在意義なく≫

 最後に残るのは利害である。“チルドレン”諸氏は、次の選挙で生き残るには小沢氏に縋(すが)るしかないと、今のところ思っている。しかし小沢氏と行動をともにすることが自らの利害に合致しないとなると、窮鼠(きゅうそ)は噛(か)み付く相手を変えるに違いない。

 筆者は十数年前に「しぶとさ」と「曖昧さ」というキーワードで小沢氏について論じたことがある(拙著『消費される権力者』)。何度も挫折したかに見えてしぶとく生き残っているのは、「小沢しかいない」という圧倒的な存在感によるものだった。しかし、それも相対的に低下している。また、同氏のしたたかな狙いは「保守」と「革新」の間の曖昧さにあった。3年前の総選挙で民主党を勝利に導いたときが、彼の曖昧戦略が最も巧(うま)くいった瞬間だった。ところがいまや、それも不信の対象になっている。

 この20年間、小沢氏は常に政局の中心に位置し続けてきた。その点では端倪(たんげい)すべからざる政治家だった。いまなお必死で「しぶとさ」を発揮しようとしているが、「曖昧さ」は裏目に出つつある。小沢氏主導の政局の有効性それ自体がもはや曖昧になってしまったのだ。

 もういいだろう。いま求められるのは言葉の真の意味における「脱小沢」である。与野党首脳は早々に引導を渡すべきだと思う。(えんどう こういち)

5月15日付産経新聞朝刊「正論」

2012/05/12 09:30

闇に消える「尖閣衝突」法的処理 渡辺利夫

闇に消える「尖閣衝突」法的処理

 拓殖大学総長・学長 渡辺利夫 

 国家主権侵犯への無関心は不道徳である。一昨年9月に尖閣諸島海域で発生した中国漁船衝突事件は日本人を驚愕(きょうがく)させた。だが、この事件の法的処理がどういう経緯をもって現在に至っているのか、この点についての関心を日本人は失ってしまったかにみえる。

 ≪主権問題での不誠実は重大≫

 日本の領海内で海上保安庁の2隻の巡視船に体当たりした中国漁船の●其雄船長を、公務執行妨害罪で逮捕したのは当然であったが、あろうことか、那覇地検が同被疑者を処分保留のまま釈放してしまうという不可思議な事件であった。実は、首相官邸は那覇地検のこの対応をもって事件の幕引きを図ろうとしたのである。官房長官は問われれば、今でも「検察独自の判断を尊重する」と発言している。政権中枢部が主権問題についてかくも不誠実な姿勢に終始するのであれば、日中関係の将来に重大な禍根を残すことになろう。

 船長釈放に至った理由として、那覇地検は「日中関係の将来について考慮するならばこれ以上船長を拘束して捜査を継続するのは相当ではない」旨の説明をした。まことに重大な虚言であった。検察官の職務は、送致されてきた犯罪事案について捜査を重ね、これを起訴するか不起訴処分とするかを決定することである。

 刑事司法における検察官の権限は際立って強い。起訴権限は検察官が独占する(起訴独占主義)。他の何ものにも妨げられず法と証拠のみに依拠して任務を遂行させるための法的措置である。法と証拠のみをもってする捜査から「日中関係の将来への配慮」など生まれるはずもない。この配慮はまぎれもない「政治的判断」であり、検察の明白な越権行為である。

 ≪地検に屈辱的対応迫った官邸≫

 ひょっとしてだが、那覇地検が「日中関係の将来に配慮して」とわざわざ前置きして船長釈放に至った経緯を述べたのは、「自分たちにはできもしないことをやらされているのだ」という、せめてもの抵抗のシグナルを国民に送りたかったからだという推察さえしたくもなる。法と証拠のみをもって起訴、不起訴を決定することが刑事司法のプロフェッショナルたる検察官の仕事であり、政治判断などできないことを一番よく知っているのが彼らだからである。

 政治的判断がまったく排除されているわけではない。法務大臣には指揮権発動の権限があり、これをもって検察を指揮することは可能である。犯罪疑義が濃厚であっても、外交的配慮を優先させ指揮権によって船長を釈放するというのであれば、国民を深く失望させはしても法的な正当性は確保される。しかし、尖閣衝突事件で指揮権が発動されることはなかった。

 中国からの執拗(しつよう)で強硬な船長釈放要求を受けて、官邸が那覇地検に屈辱的な対応を迫ったというのが真相なのであろう。実際、仙谷由人官房長官(当時)のブレーンとして内閣官房参与を務めていた評論家の松本健一氏は「釈放は政治的判断でなされた」と証言していたではなかったか。政権首脳部の姑息(こそく)な虚言により、尖閣衝突事件の法的処理は闇の中に消えてしまったかのように思われた。

 しかし、この事件が闇に葬られることはなかった。日本政策研究センター代表の伊藤哲夫氏ら5人による那覇検察審査会への不服申し立てがあったからである。これを受けて検察審査会は昨年4月18日に、公務執行妨害罪などで船長を「起訴相当」として議決した。

 地検側は「再捜査」の上で6月28日に改めて「不起訴」としたものの、検察審査会はこれに同意せず再度の起訴相当を7月21日に議決した。検察審査会が2度にわたり起訴相当を議決すれば「強制起訴」となることは、小沢一郎民主党元代表の事案と同様である。

 ≪中国漁船船長の召喚求めよ≫

 この第2回の検察審査会の議決書においてとりわけ重要な指摘は、第1回の審査会の起訴相当を受けてなお「検察官は、海上保安庁への照会等はしているものの、被疑者に関する、中華人民共和国当局への情報提供申し出や捜査共助の申し入れを行っていないので、再捜査を尽くしたとは言えない」としているところであろう。政治判断であるがゆえに再捜査は尽くせるはずもない、と皮肉っているがごとくである。

 今年に入って3月15日、ついに強制起訴がなされた。那覇地裁による指定弁護士赤嶺真也氏など2人が検察官役となって、被疑者●其雄船長を公務執行妨害罪で強制起訴し、那覇地裁で公判を開こうというところにまで司法手続きは進んだ。那覇地検は起訴状を被疑者に送るものの、船長はすでに帰国している。起訴状が2カ月以内に被疑者に送達されない場合には公訴棄却となる、というのが日本の刑事訴訟法の規定である。公訴棄却の期限が刻々と迫っている。

 野田佳彦首相よ、尖閣漁船衝突事件の処理を日本の法理に基づいて厳正に進めよ。尖閣を含む南西諸島を無法の海域としてはならない。正当な法的手続きを経て強制起訴に至った事案である。まずは船長の召喚を中国に要求すべし。(わたなべ としお)

●=擔のつくり

5月11日付産経新聞朝刊「正論」

2012/05/12 09:30

故・趙紫陽総書記の政策立案者 呉国光氏が予測する中国の未来 櫻井よしこ

故・趙紫陽総書記の政策立案者 呉国光氏が予測する中国の未来

 櫻井よしこ  

中国はこれから先、どうなるのか。成長を続ける経済と過去四半世紀続く異常な軍拡を背景に、他国の領土領海への野心を当然の権利のように突きつける中国共産党がこのまま、大国として存続するのか、どこかで挫折するのか、挫折ならどんな形で起きるのか、アジアと世界への影響はどの程度なのかなど、中国の未来展望はすべての国々にとってあらゆる意味で切実である。

呉国光氏の『次の中国はなりふり構わない「趙紫陽の政治改革案」起草者の証言』(産経新聞出版)はこうした問いに適切な示唆を与えてくれる。カナダ在住の氏は、中国共産党機関紙「人民日報」の評論部編集主任を経て1987年、趙紫陽総書記の下で「中共中央政治体制研究の討論チーム」の一員となる。

当時趙は胡耀邦総書記の失脚を受け、後任として総書記(代行)に就任したばかりだった。趙も89年に失脚し、2005五年の死まで16年間、軟禁生活を強いられたが、趙はテープ30本分の回想録をひそかに残した。生々しい路線闘争の回顧の中で、呉氏が趙のチームに入った当時の情勢を趙は、「改革開放の推進を再度強調し、左への揺り戻しを食いとめようと試み、思想の硬直化を批判した」「左派の動きをどう牽制するか、その対応策を案出するのに精力と集中力の大部分を費やした」と描写している。

趙が社会の自由化なしには中国の未来はないと考えていたことは、回想録からも呉氏の著書からも明らかだ。趙は肉声でプロレタリア独裁の国々の大多数が歴史から消えていったと振り返り、「西側の議会制民主主義体制ほど強力なものはない。現在、実施可能な最高の体制である」と述べ、「国家の近代化を望むなら、市場経済を導入するだけでなく、政治体制として議会制民主主義を採用すべきだ」、でなければ、「権力と金が取引され、腐敗が蔓延し、社会は富裕層と貧困層に分裂するだろう」と予見した。

呉氏は趙を失脚させた鄧小平の専横を「毛沢東の独裁も顔負け」と断じ、趙失脚後の中国は政治改革を拒み続けいかなる改革もやめて、展望のない袋小路に立ち至ったと分析する。

改革をやめた中国が89年の天安門事件と趙の失脚以降、社会の安定化のために採用した手法を、呉氏は4つに分類する。

(1)締めつけ強化、(2)甘い汁の懐柔策、(3)精神の買収、(4)制度改革である。

(1)についてはすでに中国政府は世界第2となった軍事費を上回る予算を国内治安対策費に充てるに至った。

(2)は、89年以前は農村部を対象としていたが、89年を境に、それは都市部の組織幹部、インテリ、地方官僚、企業家、そして外国人などに集中したという。代表例が、資本家の共産党入党である。本来、労働者の党である共産党に資本家を入党させ、経済成長と党の利益の一体化体制に、とてつもない数の人びとが群がる状態を創り出し、社会の安定の政治的基礎につなげたという説明だ。

(3)は日本に数多く作られつつある孔子学院を考えればよい。

(4)は立法、行政、司法のあらゆる分野で体制の長を共産党幹部が占めるということだ。一例が裁判長の任命は共産党が行い、司法側はそれを追認する仕組みをつくったことである。

こうして89年以降、中国は経済成長を成し遂げ、社会を安定させた。この手法が機能したと彼らが信じるが故に、もはや改革はないというのだ。しかし、政治改革なしの経済改革は趙の予言通り、貧富の格差拡大、法治を踏みにじる不公正社会の出現などを生み出し、問題はかえって悪化した。呉氏がこの先に予見するのは、社会の不満の行き着く先としての革命の勃発である。その間、中国共産党の体質が決して変わらないことを、日本は肝に銘じなければならない。

『週刊ダイヤモンド』   2012年5月12日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 935

2012/05/11 07:44

TPP 大国の責任を 櫻井よしこ

TPP 大国の責任を

 櫻井よしこ 

 

 3年ぶりの、また民主党政権下では初の日米首脳会談で、野田佳彦首相は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に関して、一日も早くルールづくりの交渉に参加すべきところを、決断できず後退した。日本の国力を高め、アジア太平洋諸国に大きく貢献できる枠組みが眼前で作られつつあるにも拘(かか)わらず、なぜ踏み込まないのか。この期に及んでの優柔不断はわが国の未来展望に影を落とす。

 過日、国家基本問題研究所(国基研)の代表団長としてベトナムの首都ハノイを訪れた。ベトナムのTPPに臨む姿勢、それへの中国の圧力などを取材し、微妙で複雑な情勢下で、日本が果たすべき役割について考えさせられた。

 国基研とベトナム外交学院及び社会科学院中国研究所等との意見交換の焦点は中国問題だった。歴戦の強者のはずのベトナムだが、南シナ海における中国の軍事力の強大化の前に、対中外交政策は極めて慎重だ。中国の軍事力に圧倒されがちな姿、また、南シナ海で起きたことは一定の時間差をおいて東シナ海でも起きてきたことを考えれば、ベトナムの抱える問題は日本にとって人ごとではない。

 中国はいわゆる9点破線で南シナ海の80%以上が自国領だと主張してやまないが、ベトナムは、南シナ海防御策については次のように、法と話し合いを強調する。

 (1)1982年の国連海洋法の遵守(じゅんしゅ)と話し合い(2)諸国との協調による海洋開発とベトナムの権益の確立(3)海軍力の強化と国民全員が参加する国民戦争の概念の徹底(4)テロや自然災害に関しての国際協力-の強化の4点を彼らは挙げた。

 ベトナム外交学院所長のホアン・アン・トゥアン氏は、ベトナムは平和貢献の国ならどの国とも協力する一方、どの国とも特別な関係は築かないとして、平和志向と全方位外交を、少なくとも表面上は、強調するのだ。

 短期間の観測であり、ベトナム側がどこまで胸襟を開いたかについては慎重な判断が必要だが、「ベトナムは弱い。国の規模も経済も中国よりはるかに小さい」「脅威に軍事力で対処しようとすれば、軍拡競争に陥る危険性もある」との発言もあった。一方で、「南シナ海の安全保障の危機がいま、顕在化して火山になっているわけではないが、中国次第でそのような事態が起きる可能性はあり得る」との発言も印象に残った。その場合の対処として、「国民全員が参加する国民戦争で国を守る」という方針を掲げている。

 すでにベトナムは南シナ海の島々に主として軍人とその家族を住まわせ、寺院、学校、診療所などを作って、実効支配中だ。「国民戦争」は中国の圧力に抗して断行されている。言葉では平和、全方位外交という国際社会では通用しない方針を掲げながらも、実際には中国の要求を退けるこの国の勁(つよ)さも見てとれる。

 ベトナムの対中政策の複雑さは、ベトナムと中国の圧倒的な力の差によって生まれている。ベトナムは、中国に約1300キロの国境で接し、トンキン湾には首都ハノイの正面に海南島がある。中国の北海艦隊の母港である青島軍港とともに中国の2大海軍基地が海南島だ。潜水艦発射ミサイルを搭載できる新型の「商」級あるいは「晋」級原子力潜水艦など、8隻を擁することのできる海底基地の島だ。

 国防予算は中国が1千億ドル台に乗ったとみられるのに対して、ベトナムは27億ドル、兵力は中国の228万人に対し48万人、主力艦船は149隻対14隻、潜水艦は71隻対2隻である。

 この軍事力の差の中で、「あらゆる面で中国の圧力を受けている」ベトナムが、早い段階からTPPへの参加を表明してきた。TPP参加は、ベトナムにとって当面、得るものよりも失うものの方が多いとも、彼らはいう。たとえば、かなりの水準まで民営化を達成することが求められるであろう国有企業や、既得権益を享受してきたベトナム共産党や一部の人々にとって失うものは大きく、体制側の力を弱める要素ともなる。

 だが、TPPによって腐敗の元凶ともなっている利権まみれの国営企業体質を変えることができれば、ベトナム経済は活性化する可能性がある。長期的には、TPPが一党独裁の政治体制に修正を加え、より民主的な国家運営を実現し、ベトナムが共産圏から自由主義圏に緩やかにシフトするきっかけになる可能性さえある。

 ハノイの米国関係者は、しかし、必ずしも右の見方に同意しない。世界貿易機関(WTO)に中国の加盟を許した2001年、米国は、中国が世界のルールに従うことで開かれた民主主義的な国になると期待したが、現実にはそうなっていない。中国は経済大国になったが、政治状況、たとえば人権問題は、以前よりずっと悪化しているからだ。

 一方、中国はベトナムのTPP参加を、米国への接近と見たのか、強く反対し、機会あるごとにベトナムに圧力をかけているという。ベトナムの日本への期待は、中国の圧力に日々直面し、複雑で微妙な国家運営を迫られるベトナムに、日本こそが支援してほしいということだ。支援は単に経済支援にとどまらず、企業や社会、ひいては国家統治に関する日本の叡智(えいち)を授けてほしいということだった。

 日本にはこうした状況を把握し、アジアの大国として貢献する責任がある。それは日本にとって一大好機なのだ。野田首相よ、アジアのためにも、日本のためにも、TPP参加を実現せよ。

5月10日付産経新聞朝刊「野田首相に申す」



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