公益財団法人 国家基本問題研究所
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役員論文

2011.10.20 (木)

30年、日本を見詰めたメア氏の証言 櫻井よしこ

30年、日本を見詰めたメア氏の証言

 櫻井よしこ  

眼前の摩擦を恐れる余り、誰も言うべきことを言わないで、世界でも稀な現実遊離の脆弱な国家が出来上がった。それが日本であり、この虚構の壁を打ち破らなければ、日本の未来は開けない。ケビン・メア氏の指摘は、とどの詰り、このようにまとめられるのではないか。

氏は米国務省の前日本部長である。3・11の東日本大震災では「トモダチ作戦」を米国側で指揮した。81年の国務省入省以来、日本専門家としての経験は30年に及ぶ。鈴木善幸自民党首相から野田佳彦民主党首相まで、実に19代の首相と政権を見詰めてきたわけだ。

今年3月、「沖縄はごまかしの名人で怠惰」などと発言したと共同通信に報じられ、メア氏は職を辞した。だが、そのような発言はしておらず、共同の報道は間違いだとして、『決断できない日本』(文春新書)を上梓したばかりだ。氏はシンクタンク「国家基本問題研究所」で、約2時間半にわたって語った。

「日本では、識者と呼ばれる教養人、国会議員、更に地方自治体の議員も、安全保障に関して知識がないことはいいことで、説明しないことは賢明な対処法だと考えているように見えます。それは私にとっては本当に驚きの連続です」

東京の米大使館安全保障部に在籍した89年から92年の間、メア氏は幾度となく外務省に、米軍の訓練に関して、目的、背景、計画の詳細などを事前に説明したという。しかし、説明はいつもそこで止まる。旧日本社会党などが米軍の訓練を国会で糾弾すると、政府、外務省は「それは米軍の運用上のこと」だと言って誤魔化すのが常だった。

「私たちは詳しく説明したのに、日本政府はなぜ、国会で訓練の意義をきちんと伝えないのかと私は幾度も質しました。その度に外務省は『説明するとまた質問されてもっと説明しなくてはならない。どうせ社会党を説得することは出来ない』というのです。まさに責任逃れです。

事実を直視しない

それから今日まで、政権が何度も交代し、09年7月には、民主党政権の誕生がはっきり予測されました。私は3年間の沖縄総領事の任務を終えて国務省に戻る途上、東京で、安全保障に関心のある民主党と国民新党の政治家約15名に講演しました。私が語ったのは、日米安保体制と軍事についての基本でしかありません。それでも皆、必死にノートを取っていました。質疑応答の問いを含めて、彼らに安全保障、日米安保について殆ど知識がないのを実感し、これから政権を担う人たちがこれでは怖いなと思ったのです」

自民党は問題がわかっていても問題に正面から向き合おうとはしなかった。民主党は問題自体をどこまで理解しているのか定かではないということだ。安全保障についての日本の疎さは、議論を避け、事実を直視しないことから生まれていると、メア氏は喝破する。

「米軍の訓練や日米安保体制についての深い議論は避けたい。なぜ日米安保や基地や訓練が必要かを議論せず、すべてを米国のせいにする。説明は責任につながるので、責任をとりたくない政治家や外務省は、誰も説明しない。従ってこのままでは安全保障についての日本政府と日本国民の理解は深まりようがない、と私は心配しています」

日本政府の責任逃れの姿勢に、米国側の不満は募る一方だった。メア氏と同じ問題意識を共有したシーファー前大使は、メア氏が沖縄総領事を務めた3年間、摩擦を恐れず、事実を語り続けることをメア氏に求めたという。大使の意向を受けた氏は総領事として毎月記者会見を行い、忌憚ない意見を述べた。

「大使は、ワシントンから文句がくれば、自分が責任をとると言ってくれました。彼の下では仕事がとてもやり易かった。新聞報道を恐れているかのような現在のルース大使との、それが大きな違いでした」

メア氏の発言は事勿れ主義と言われても仕方がない日本政府の発言とは異なり、核心を突いたものが多かった。それらは沖縄の2大新聞、「沖縄タイムス」と「琉球新報」に「失言集」などとして報じられたが、氏は、それらは断じて失言ではなく、「考えさせるための意図的発言だった」と強調する。

たとえば、氏は、米軍再編が計画どおり進めば、沖縄全域に占める米軍用地の割合いは現在の19%から12%に減少し、広大な土地が返還される、従って、再編を普天間問題に矮小化せず、計画を進めるのが重要だと説き続けた。だが、沖縄も日本政府も、普天間問題に特化した形で議論を続けて今日に至る。

日本を守る最前線

メア氏は普天間飛行場の壮大な矛盾も指摘した。同飛行場が住宅や小学校の密集地の真ん中にあるのは好ましくないが、飛行場が出来たとき、周辺に学校はなく、住宅もまばらだった。宜野湾市が建築を許可し、基地の真ん前に小学校まで作らせた。危険を避けるため小学校移転計画が持ち上がったが、宜野湾市長だった伊波洋一氏は断固反対したとメア氏は指摘。もしそうなら、米軍基地反対闘争の材料として小学校を利用するのかと、質したくなる。しかしそのような疑問は、沖縄の2大紙はほとんど報じない。沖縄選出の国会議員らも口にしない。正論は沖縄のメディアでは封じ込まれるのだ。

中国の軍事力とその脅威の前で、政治は日米安保体制の重要性や米軍再編の意義を語らなければならない。日本を守る最前線は否応なく、南西諸島なのだと、事実を示して断固、説かねばならない。メア氏は語る。

「普天間飛行場問題での選択肢は現状の固定化か、辺野古への移転しかありません。東アジア、西太平洋に配備されている米軍で唯一、機動力のある部隊が海兵隊です。機動力ゆえに海兵隊は最大の抑止力なのです。強靭な精神力を持つ彼らは、アメリカの日本防衛に対するコミットの象徴でもあります。

海兵隊は航空部隊、陸上部隊、支援部隊が同じ演習場でなければ訓練出来ません。統合性を欠く訓練は無意味です。鳩山内閣は軍事的理論より政治的理論を優先させて県外に移すと宣言しましたが、私は2010年5月、自分が国務省日本部長である限り、日本の国内政治のためにアメリカの若い海兵隊員の命を犠牲にするつもりはないと、鳩山首相に伝えてくれと日本側に言いました」

氏の主張は沖縄及び日本の安全保障にとっても正論だ。

自民党は実行出来ず、2代の民主党政権は考えつきもしなかったこの正論を、野田佳彦首相は受けとめ、実行出来るか。腫れ物に触るように、ひたすら沖縄を宥める従来の施策から決別することこそ日本の安全につながると、親日外交官のメア氏は述べているのだ。
『週刊新潮』 2011年10月20日号
日本ルネッサンス 第481回