公益財団法人 国家基本問題研究所
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役員論文

2012.06.14 (木)

日印協力を妨げる日本の憲法体制 櫻井よしこ

日印協力を妨げる日本の憲法体制

 櫻井よしこ  

6月3日から丸2日間、シンクタンク「国家基本問題研究所」(国基研)とインドの「ビベカナンダ国際財団」(VIF)による「日本とインド、いま結ばれる民主主義国家―アジア太平洋の安全と安定のために」と題した共同研究で討議を行った。2日目の公開セミナーは有料だったが、椅子が追加されるほど盛況だった。

日印協力への関心の高さは、中国への対策の必要性に対する切迫感を反映している。セミナーの焦点は、中国を脅威と認識して対中国抑止に必要なあらゆる力を日印連携で構築するには何をすべきかを具体的に導き出すことだった。

VIFはニューデリーに本部を置くシンクタンクで、安全保障、情報、国際関係に秀でている。VIFの命名の由来は、かつて日本に憧れた一人のインドの宗教家にあり、国基研とVIFの共同研究に深い意味を加味している気がする。約120年前の1893(明治26)年、30歳のビベカナンダが日本を訪れた。彼は19世紀末から20世紀初頭にインドの宗教改革に力を尽し、米欧諸国にヒンズー教を広めたことで知られている。

彼は長崎から神戸まで海路を辿り、神戸から陸路横浜に向かった。大阪、京都、東京を見聞して国土の美しさと日本人の簡素で清潔な佇まいに驚嘆した。

「日本人は地球上最も清潔な民族」と彼は書き、「挙措、物言い、振る舞いのすべてがまるで絵画のように優雅で美しい」と賞讃した。

明治26年の日本は明治帝国憲法発布からわずか4年、日清戦争勃発の前年である。列強諸国の支配を免れるために、朝鮮半島を守り通すことが必要だと認識し、日本は富国強兵を掲げて準備を整えつつあった。ビベカナンダはその雰囲気を随所で感じとり、「日本人は、時代が必要とする力の構築に十分に目覚めた」と見た。列強の圧力に耐えつつ、自主独立国家として国家国民挙げて努力する日本の姿は、英国の植民地支配下にあったインド人の目には眩しいほどに煌めいていたに違いない。だからこそ、彼は「多くの(インドの)若者たちに日本と中国を毎年訪問させ、覚醒させたい」とも書いた。

おかしな基準

インド人の誇りとインドの価値観の根幹をなすヒンズー教を深く学んだビベカナンダは、来日から9年後、39歳で亡くなった。彼の精神を貴び彼の名を冠して創設されたのがVIFである。インド情報局長官を務めたアジット・ドバル氏が所長を、10年間ロシア大使を務めたシュクラ氏が副所長を務める。討論者のひとりラーマン・プリ氏はインド海軍東部司令部司令官で、インドの空母の艦長だった。

外交、情報、安全保障の専門家集団でありながら、VIFの提唱する日印戦略的連携は、経済も含めた全分野にわたっていた。彼らの提案は、日印両国は補完し合い、自ずと戦略的パートナーになるべき間柄にあるとの認識に基づいている。

日印を結びつける自然な絆は歴史観の共有にある。日本の大東亜戦争をインドは前向きに正当に評価してきた。中国の対日歴史観とは天地の差である。またアジア最重要の国として、両国は中国の脅威という共通の問題に直面する。産業、人口面では両国は補完関係にある。日本には技術、インドには若い生産人口が存在する。30歳以下が全人口の6割を占めるインドは、日本の技術を製品化する最適の受け皿だ。加えて、この若い人口は、米国のコンピューター産業を担うのがアメリカに移住したインド人であるように、素晴らしい頭脳集団でもある。

日印双方が、各々の長所を最適の形で出し合って、国家基盤としての経済力を強めることこそ重要で、そのための法的、制度的環境を整えるのが政府の役割だ。しかし、日本政府に大戦略が欠けるために、日印協力は思うようには進んでいない。

一例が三木内閣以来の武器輸出三原則である。昨年12月27日、野田佳彦首相は三原則を見直した。日本との間で安全保障面での協力関係があり、その国との共同開発・生産が我が国の安全保障に資する場合、武器、装備、技術などの輸出、移転は許されるようになると緩和したが、対象国にインドが含まれるか否か、微妙である。

福井県立大学の島田洋一教授は武器輸出三原則の第三項、「国際紛争当事国またはそのおそれのある国」は輸出禁止対象とするという条項が障害になり得ると指摘する。

それにしても、おかしな基準だ。たとえば、中印国境地帯では中国軍がインド領内に侵攻して毎日のように小規模紛争が発生している。その頻度は年に数百件に上るとインド側は主張する。であれば、インドは「国際紛争」のまっ只中という見方も出来る。或いは、日本の武器、装備、技術がインドに渡らないようにするため、中国が意図的に侵攻して紛争をつくり出すことも考えられる。右の第三項で、インドには武器輸出三原則の緩和は適用されない可能性があるのだ。

憲法上の制約ゆえに…

日本がすべきは、形の上での紛争国を一律に扱うのでなく、国益に基づいて脅威国と友好国を線引きすることだ。「紛争国」であっても友好国には支援をすることだ。それが出来ない日本国の在り方こそが厳しく問われているのである。

安全保障面で緊急に必要なのが海上協力だ。日本の領海と排他的経済水域(EEZ)は450万平方㌔、インドのそれは日本の約4割だ。しかし、海を守る海上保安庁の人員はわずか1万2500人、船も圧倒的に不足している。

いまも尖閣諸島周辺には数百隻の中国漁船が日本のEEZ内で漁をしている。このこと自体許せないが、彼らがいつ領海を侵犯し、いつ上陸するか、目が離せない。しかし、数百隻の中国船に対して尖閣諸島周辺の海保の船は4隻だと、東海大学の山田吉彦教授は指摘する。

船と人員の物理的不足に加えて、法律上も深刻な問題がある。海保は、EEZに接近する船を臨検後でなければ退去させられないのである。数百隻を臨検するなど不可能だ。その間に一隻でもスルリと尖閣に上陸した場合、陸上の警察権を有さない海保は中国人を排除出来ない。

一連の欠陥を正す海上保安庁法改正案は2月28日に閣議決定済みだが、政治の機能停止で未改正だ。

これらの案件を含め、2日間で多くの事案が具体的に論議された。どれをとっても明らかだったのは、日本が憲法上の制約ゆえに殆どなにも出来ない状態にあるということだ。海保だけでなく、海上自衛隊とインド海軍の協力も、サイバー戦争の防御も共同作業も、日印協力以前の問題として、日本には出来ないことばかりである。この壁を打ち破るには、憲法改正しかないと改めて痛感した。

『週刊新潮』  2012年6月14日号
日本ルネッサンス 第513回