公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2017.07.31 (月) 印刷する

北のICBM再発射が突きつける危機 太田文雄(元防衛庁情報本部長)

 28日深夜、北朝鮮が再び大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射した。ミサイルは、いずれもこれまでで最大最長の時間、高度、距離を飛翔し、日本の排他的経済水域(EEZ)内の日本海に落下した。これまでICBMとは認めていなかった中露も認めざるを得なくなるであろう。
 軍事的に見れば、深夜でも発射できる全天候型の実戦的能力を示威したことになる。北朝鮮にとってみれば、前回7月4日の発射だけでは大気圏再突入時等のデーター収集が不十分だとして、今後も数回の発射実験を重ねて信頼性の向上に努めるに違いない。日本の上空を飛行させて太平洋上に落下させたのでは、北朝鮮から遠すぎてデーター収集ができないのと、日米の弾道ミサイル防衛システムによって迎撃される可能性があるから、高高度に打ち上げるロフテッド軌道によって日本海に落下させたものと思われる。

 ●米国で高まる軍事攻撃論
 北朝鮮がICBMを発射する前日の27日、ミリー米陸軍参謀総長はワシントン市内のナショナル・プレスクラブで講演し、「(経済・外交的圧力による取り組みは)時間切れになりつつある」と述べて、軍事攻撃の可能性を示唆した。ポンペオ米中央情報局(CIA)長官も金正恩への秘密工作準備をメディアに明らかにしている。
 また、今月中旬に行われた米FOXニュースによる世論調査では、米国民の半数以上が北朝鮮への軍事攻撃に賛成している。さらに先日、都内で行われたセミナーでも、ある米国人女性から、「いつ、日本は北朝鮮を攻撃してくれるのか」と叫ぶ質問すら飛び出した。
 米国としては北朝鮮のICBM開発が予想を上回るペースだと改めて認識したのであろうか? そんなことはない。筆者が防衛庁の情報本部長時代、米国はネットでも検索できる2001年の国家情報見積り(National Intelligence Estimate)で、北朝鮮が2015年までに可搬重量数百キロ、最大射程1万5000キロ、即ち米本土に到達できるICBMを開発するとの見方を示していた。

 ●あの手この手で北は挑発
 数日前に、通常では数日の潜航能力しかない北朝鮮のロメオ級潜水艦が1週間行動したことが報じられた。この事実は北方にのみ捜索覆域を広げている米軍の最新鋭迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」展開の韓国に対し「我々は日本海からでも貴国を攻撃できますよ」と言わんばかりの行動である。この後に及んで北朝鮮との対話姿勢を崩さない韓国の文在寅政権に対して北朝鮮は何の反応も示していない。
 夏の日本海は、潜水艦を見つけるのに極めて苦労する時期かつ海域ではあるものの、1950年代に就役したロメオ級潜水艦はスクリュー音が大きいので海上自衛隊の対潜捜索能力では容易に探知できるであろう。また現在の潜水艦発射弾道ミサイルの射程では米国に到達させるためには太平洋に進出しなければならず、日本の3海峡通峡時、容易に捕捉される可能性が高い。

 ●今そこにある危機の論議を
 戦略的な大ミスを犯したり、隊員の生命が失われたりした訳でもないのに防衛省のトップと陸幕長が辞任に追い込まれる事態を、北朝鮮のみならず中露はどのように見ているだろうか。
 片やトランプ米大統領は、選挙中の公約を翻して軍内の同性愛者を排除する方針を国防総省に相談なく決定した。これを延長して考えれば、米国が日本を防衛する義務についても、国防総省に相談なく転換する可能性がありうるということである。おまけに政権内の主要人事は日替わりメニューのように目まぐるしく変わっている。
 高まる周辺諸国の脅威と、外交・防衛問題に一貫した戦略・方針を欠く同盟国アメリカ、未だに北朝鮮と対話路線を推進しようとする韓国との狭間で、日本はどう生存の道を確保すべきか? 国会の閉会中審査では、加計学園や国連平和維持活動(PKO)日報問題より、こうした安全保障の基本問題を論議してもらいたい。