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2017.08.28 (月) 印刷する

財政健全化には法的強制が必要だ(下) 大岩雄次郎(東京国際大学教授)

 しかし、政府は、「中長期の経済財政に関する試算」(平成29年1月25日、経済財政諮問会議提出)で、経済再生のケースのもとで、債務残高対GDP比が、2016年度をピーク(189.5%)に毎年度低下し、2025年度には169.6%まで下がるという試算を提示している。つまり、債務残高の増加率より、GDPの増加率が大きいことが想定されているのである。
 ただし、注意を要するのは、経済再生のケースでは、世界経済成長率については、2018 年度から 2021 年度の間は、国際通貨基金(IMF)の世界経済見通(2016年10月公表)に基づく名目成長率(年率 3.4~3.5%程度)で推移し、それ以降は3.4%程度で推移する想定に立っていることである。日本の潜在成長率(1%以下)の低さと、今後の高齢化の進展による支出拡大の伸びを勘案すると、その実現性を疑わざるを得ない。

 ●債務残高対GDP比を目標とする危険
 法政大学の小黒一正教授は、「債務残高対GDP比」を財政再建目標とすることの危険性を次のように指摘している(「財政再建目標の微修正に潜むワナ」、世界経済評論IMPCT,2017年7月10日付)。
 「債務残高(対GDP)は,『金利<成長率』の状況が続けば,一定のPB赤字があっても,縮小する可能性がある。このため,日銀が量的・質的金融緩和(QQE)で金利を低水準に抑制している状況で,借金による補正予算でGDPを押し上げ,債務残高(対GDP)を一時的に縮小しようという政治的圧力を強めてしまう。しかし,補正予算でのGDPの押し上げは一時的な効果しか持たず,債務残高は借金分だけ確実に増加するため,債務残高(対GDP)が短期的に縮小しても,むしろ中長期的には,債務残高(対GDP)が増加してしまう可能性が高い」
 さらに、「ドーマー命題*を利用すれば,財政赤字(対GDP)と名目成長率の比として,債務残高(対GDP)の収束値が計算できる。1995年度から15年度での名目成長率(平均)は0.29%で,内閣府・中長期試算での財政赤字(対GDP)は楽観的なケースでも2025年度に3.6%に拡大する。ドーマー命題を利用すれば,債務残高(対GDP)は1241%に収束する。名目成長率が1%でも,債務残高(対GDP)は360%に収束し,財政が持続不可能なのは明らかである」と警鐘を鳴らす。

 ●政治的思惑許さぬルール作りを
 財政健全化の実現には、その原因である社会保障費の膨張、繰り返される公共投資の拡大、不足する税収、国依存の地方交付税交付金制度等の抜本的改革が必要であることは論を待たない。問題はその実行性をどのように担保するかである。財政再建には、長期間に渡る持続的な改革が必要である。そのためにも、政治的な思惑に依拠する政策変更を許さないルール(法律)に基づく運営が必要である。
 ただし、経済の実態に配慮せずに画一的な実施を求めた米国の財政均衡法(ラム=ラドマン=ホリングス法)や橋本龍太郎政権下で立法化された「財政構造改革法」の失敗の経験に立ち、経済回復のペースを踏まえた中長期的な健全化を義務づけるような強制力を持つ法的枠組みを作る必要がある。将来的に景気後退の局面では、一時的な法の効力を停止する弾力条項を盛り込み、目標年次の再設定ができるような制度にすることで、今回のように足元の景気情勢のみ配慮するあまり、安易に2度も増税を先送りするような事態を避けることもできる。
 わが国の財政赤字の状況を考えれば、1日でも早く抜本的な改革の道筋を付ける必要がある。その実現を担保するためにも、法的な強制力を持つ財政健全化策が必要である。

*ドーマー命題:名目GDP成長率が一定の経済で、財政赤字を出し続けても、財政赤字(対GDP)を一定に保てば、債務残高(対GDP)は一定値に収束する、というもの。