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2017.09.12 (火) 印刷する

プーチン時代の平和条約締結は困難か 名越健郎(拓殖大学海外事情研究所教授)

 安倍晋三首相とプーチン大統領の19回目の顔合わせとなった9月8日のウラジオストクでの日露首脳会談は、肝心の北方領土交渉がさらに遠のいた印象を与えた。
 首相官邸関係者は「安倍総理はプーチン大統領と今回も2人だけの交渉を重ねており、今後重要合意が飛び出す可能性もある」とし、なお期待を抱いているが、領土帰属交渉自体は明らかに後退しており、今後はプーチン後の政権との交渉も想定しておく必要があろう。

 ●共同経済活動は返還に逆行も
 北朝鮮問題が注目された今回の首脳会談では、北方領土での共同経済活動で海面養殖、風力発電、温室野菜栽培など5項目の優先事業を決め、秋に現地調査を行うことで合意した。日本側は双方の法的基盤を揺るがさない特別な制度の構築を目指すが、ロシア側は首脳会談直前、色丹島に経済特区の設置を決めるなど、あくまでロシアの法体制で実施する方針だ。
 仮に共同経済活動が始まったとしても、それが平和条約締結にどう結びつくのかは全く未知数だ。共同経済活動で風力発電や温室野菜栽培、ゴミの減量対策が進むと、島民の生活が改善され、むしろ定住を促すことになる。日本にとって、領土返還には島の無人島化が望ましいわけで、共同経済活動はそれに逆行しかねない。
 平和条約とは、結局は領土確定問題であり、4島周辺のどこに線引きをするかにかかってくる。しかし、最近の日露交渉では共同経済活動や元島民の訪問拡大など人道問題が前面に出て、線引き問題はすっかり脇に追いやられてしまった。これはロシアにとって思い通りの展開であり、安倍首相の戦術的失敗と言えなくもない。

 ●大統領選後も楽観視は禁物
 安倍・プーチン会談の総決算となった昨年末の大統領訪日で、プーチン大統領は領土問題で硬い姿勢を貫き、事実上の「ゼロ回答」だったが、その後も島を返した場合、米軍基地が設置される恐れに言及したり、東アジアの緊張緩和を平和条約締結の条件にしたりするなど、さらに強硬発言が目立つ。「東アジアの緊張緩和」など、ソ連時代にもなかった条件だ。
 日本政府内には、来年3月の大統領選でのプーチン大統領当選後に本格交渉が始まるとの楽観論もあるが、読売新聞によれば、ロシアの専門家、アンドレイ・フェシュン高等経済大学准教授は「大統領選の前も後も、領土で日本に譲歩する余地はない」と突き放した。
 これが愛国主義の高まるロシアの一般的な意見であり、安倍・プーチン交渉が不調に終わるシナリオをそろそろ想定すべきだろう。