公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研 講演会

2010.04.26 (月) 印刷する

【詳報】 月例研究会 「インド洋の覇権争い」

国家基本問題研究所は平成22年4月6日、東京・永田町の星陵会館で月例研究会「インド洋の覇権争い」を開きました。櫻井よしこ理事長の問題提起を受けて、田久保忠衛副理事長が基調報告を行い、古庄幸一元海上幕僚長がコメンテーターを務めました。研究会には319人(会員248、一般59、役員8、取材4)が参加し、会場から活発な質問の手が挙がりました。

櫻井 鳩山政権は異常な政権です。民主党のマニフェスト(政権公約)に「防衛」の二文字が出てきません。外交力と防衛力の二つがそろって初めて国家はまともな国家になり得ますが、現政権は防衛について考える意思が最初から欠けています。日本が迷走を続けている間に、アジアは大きく変化しています。21世紀から22世紀にかけての世界の政治的、軍事的焦点は太平洋とインド洋に集中します。今、しっかりした防衛政策を立てなければ、日本は落後者となります。国基研はインド洋の問題をいち早く取り上げ、国民と問題意識を共有し、政治を良い方向へ変えていく力になりたいと思います。

田久保 なぜインド洋を取り上げるのか、ということから説明したい。キッシンジャー元米国務長官は数年前、世界で三つの革命が同時進行していると言った。第一は欧州連合(EU)ができ、欧州の国家が主権を譲り合いながら経済統合から政治統合へ進もうとしていること。第二はイスラム原理主義が民主主義国家に対して攻撃を仕掛けてきたことで、対策を講じないと世界は滅びるかもしれないと論じた。第三に、大西洋は平和の海になったので、これからの問題は太平洋とインド洋だと言っている。

 インド洋地域では、米国がイラクとアフガニスタンでまだ戦争をしている。インドとパキスタンは核武装国家で、宿命的な対立を繰り返している。パキスタンは政情も不安だ。イランは核武装への道を突っ走っている。軍事政権のミャンマーは不安定だ。この地域で何が起きるか誰も予想できない。
 英国防省の研究所の報告書によると、2040年までにインドは人口で中国を上回る。国内総生産(GDP)も中国を上回るかもしれない。中国とインドの国力が増すと、エネルギー資源や原材料が大量に必要となり、それをアフリカや中東からコンテナを使いインド洋経由で運ぶことになる。今でも、世界のコンテナ船の50%、石油輸送の68%はインド洋を通っている。
 中国もインドもインド洋を使うが、インドはすぐ荷揚げできるのに、中国には、インド洋に続いてマラッカ海峡も通らなければいけないというハンデがある。そこで、中国はシーレーンを守るのに死に物狂いになる。インドも同様だ。両国のにらみ合いは既に始まっている。

 怖いのは中国だ。さりげなくアフリカ、中東諸国と関係を強化している。そして、インド洋沿いの要所に重要な基地をつくり始めた疑いが持たれている。ミャンマーのシトウェには深海港を建設している。マラッカ海峡を通らず、石油をミャンマーから陸伝いに雲南省へ運ぶパイプラインの工事に入っているようだ。バングラデシュのチッタゴンにも港湾を建設中だ。陸伝いに何が建設されるのだろうか。スリランカのハンバントタにも港をつくっており、ここから海上交通をウオッチできる。パキスタンのグワダールの基地からは、(ペルシャ湾の出入り口の)ホルムズ海峡を通る船をチェックできる。これらの基地を真珠に見立てると、一連の基地は「真珠の首飾り」のようにインドを取り囲んでいる。
 もう一つ恐ろしいのは、マレー半島の一番細い個所であるタイのクラ地峡に運河を掘る企てが中国にあることだ。ここに運河ができれば、マラッカ海峡を通らずに、南シナ海からインド洋に出られる。スエズ運河やパナマ運河は世界の力のバランスや経済を大きく変えた。同じことを中国が考えない方がおかしい。

 「クラ運河」ができれば、中国海軍艦隊は南シナ海からインド洋へ簡単に出てくるかもしれない。これは荒唐無稽な話ではない。数年前、キーティング米太平洋軍司令官は議会で、米中両国で太平洋を東西の勢力圏に分けることを中国軍幹部から提案されたという驚くべき証言をした。その後、キーティング司令官がインド海軍首脳に明かしたとしてインド紙が報じたところでは、実は中国軍幹部は「西太平洋とインド洋」を中国に任せてほしいと言ったのだという。
 インドは中国にどう向き合おうとしているのか。第一に、自衛力(抑止力)の強化だ。インドは中国に先んじて既に空母1隻を持つなど海軍力を増強中だ。第二に、西太平洋で中国の脅威を受けている国との連携を強化することだ。恐らく日本とも連携を強めたいと考えているのではないか。第三に米国との関係強化だ。5年前、インドは米国と原子力協定を結び、それ以降、経済が劇的に好転した。インドが国家の安全保障をどこに懸けているのか、はっきりしている。

 これに対して日本では、5年前に民主党代表だった前原誠司さん(現国土交通相)が「中国の軍事力は現実的脅威」と述べて、党内で袋叩きに遭った。脅威となるには能力と意図が必要だが、民主党によれば、中国の意図は平和的とみなされるので、脅威には当たらないというのだ。しかし、中国の意図がどうして分かるのか。東シナ海のガス田開発を一方的に進め、インド洋では真珠の首飾りを形成する。これでも中国の意図は平和的と言えるのか。少なくとも潜在的脅威と言ってもよいのに、民主党は言わない。
 小沢さん(一郎民主党幹事長)は143人の国会議員を引き連れて北京へ行った。鳩山さん(由紀夫首相)は普天間飛行場をどうするつもりなのか分からない。日本は中国の方へ寄っているのではないか、口では日米関係重視と言いながら普天間を追い払おうとしているのではないか、安全保障が全く分からない内閣が日本に登場してしまった、と米国に思われても仕方がない。

古庄 36年間の海上自衛隊勤務のうち17年間、船に乗っていた。自分が体験した現場の話と、中国が始めた「海の地政学」の話をしたい。

 最初に世界一周をしたのは昭和45年で、横須賀を出発し、ミッドウェーから米西海岸のサンディエゴに入り、パナマ運河を抜けて、アフリカ南端を通って、5カ月かけて帰ってきた。その時に感じたのは、日本を真ん中に置く世界地図がいかにわれわれの感覚を駄目にしているかということだ。あの地図では、太平洋と大西洋の広さの違いが分からない。ブラジルの東端からアフリカ西端のセネガルまで、北海道と沖縄ぐらいの距離しかなく、船でわずか2昼夜で行ける。これに対して、太平洋がいかに広いか。東京湾からミッドウェーまで1週間、さらにサンディエゴまで1週間かかる。
 紅海の狭い出口を抜けてインド洋に入った途端に、船乗りとしては「やっと出た。ここまで来れば米軍がどこにでもいる。インドで石油も食料も積める」と安心する。パナマ運河を出て太平洋に入ると、「この水は東京湾につながっている」とホッとする。船乗りが現場に出て一番大事にするのは、いま自分がどこにいるかということだ。

 中国では約10年前まで、陸軍のトップ級が海軍の指揮官になった。今や海軍の生え抜きの指揮官が配置され始め、彼らの意見が政府内で通るようになった。だから昨年、(海賊対処で)ソマリア沖にもさっと出られた。これからもどんどん出ていく。
 インド洋からマラッカ海峡を通って南シナ海に出ると、中国海軍の指揮官は「うちの庭に戻ってきた」と安心するはずだ。インド洋で行動するために必要なのは、いつでも燃料や食料を積める港をつくっておくことだ。いつでも寄港できる「真珠の首飾り」の建設は、中国の大きな海洋戦略なのだ。
 海軍がインド洋に進出する理由は、大商船隊がペルシャ湾や紅海から中国へ向かっているからだ。今や世界のタンカー輸送量の20%近くは中国船籍のタンカーが占める。これはたちまち30%に達するだろう。13億5000万の人口を養うため、中国政府は石油を買い、希少金属を買いまくっている。

 中国は大陸国家だ。米国の海洋戦略家マハンはかつて、大陸国家は海洋国家になり得ないと言ったが、この主張は今や覆されつつあるのではないか。中国はロシア、インドなど近隣諸国との国境問題を何とか抑え込むことができたので、次に海洋をどう抑えるかという「海洋の地政学」に関心を移しだしたのは間違いない。世界各国はそう思っている。思っていないのは日本の政府だけではないか。
 日本の貿易量の99%は海を経由する。世界の人口は70億人で、世界中を回っている物流は1年間に70億トンだ。そのうち日本が使っているのは何と10億トンだ。日本の港に10万トンのタンカーが1時間に1隻入らないと、日本人は生活できなくなってしまう。
 海賊対処で海上自衛隊がソマリア沖へ行っているのは、あそこを通る年間2万隻のうち、1割が日本関係の船だからだ。日本の政治家の中に、憲法9条こそ最大の抑止力だと言った人がいたが、あいた口がふさがらない。ペルシャ湾・紅海―インド洋―マラッカ海峡―南シナ海―台湾海峡―日本のシーレーンはインドと中国だけの問題では済まされない。まさに日本の問題だ。

櫻井 自衛隊がいかに絶望的に無力になりつつあるかを話してほしいと思います。

古庄 2001年の「9.11」米同時テロで小泉さん(純一郎首相)が米国支持を表明した時、日本も血を流す覚悟をしたと(海上自衛隊の)現場は受け取った。隊員は命令が下ればいつでもインド洋に出られるよう日夜準備を始めた。ところが、イージス艦を出すと米軍との情報交換が集団的自衛権の行使禁止に抵触しかねないと言う政治家が現れて、「日本はやはりリスクを負わないのか」と隊員の熱い思いは一気に冷めた。その後、インド洋で給油活動を始めたが、血を流す覚悟をしているといないとでは、やはり違う。
 国外で(インド洋の給油活動とソマリア沖の海賊対処の)2正面、国内では北朝鮮ミサイルの警戒で日本海に艦艇を出さないといけない。そんな中で過去3年間、海上自衛隊は予算も人員も減らされてきた。国防が事業仕分けの対象になるのは悲劇だ。

櫻井 いつも言うことですが、中国では過去21年間、軍事費が2桁の伸びを続け、21年前に比べ20倍を超えました。韓国は2000年から2008年までに国防費は約2.7倍となり、ロシアは9倍近くです。インド、パキスタン、オーストラリアも増やしている。日本だけが毎年2%ずつ減らしている。民主党政権になったら仕分けでまた減らされました。どうして政治は国防問題に無神経なのでしょうか。

田久保 政治家だけでなく、日本人一般に地政学的な考え方が欠けているのではないか。防衛問題の専門家は、法律の条文に詳しいだけではいけない。国際環境をきちんと分析できなければならない。国際環境がどうであれ、防衛予算を国内総生産(GDP)の1%以内に収めないといけないなど主客転倒の論理がまかり通る国は、日本以外にない。残念ながら、日本はやはり島国だ。
 戦略家マハンは、弟子の秋山真之が作戦参謀を務めた日本海軍がロシアのバルチック艦隊を破ったのを見て、将来、米国も日本にやられることを恐れた。というのは、パナマ運河が当時まだなかったので、米大西洋艦隊は太平洋へ出るのに南米を迂回するしかなく、アフリカを迂回する長旅の末に日本海決戦で叩き潰されたバルチック艦隊の二の舞いになりかねないと考えたのだ。そこで、親友のセオドア・ルーズベルト大統領に働き掛けて、パナマ運河を開通させた。こういう戦略家が日本にはいない。大局の判断をする政治家がいない。
 日本には「中国の嫌がることはしない」と言った元首相のように、人と人の関係と、国と国の関係は違うという基本が分からない政治家が何人もいる。軍事力のある国は外交力も強いということが分からない政治家もいる。国際政治や安全保障のトレーニングを受けず、国民に迎合する政治家が外務大臣になっている。
 国際環境の分析があって初めて、どれくらいの自衛力が必要か分かる。足らざるところは米国に補ってもらうほかない。立派な日本をつくるため米国を利用すると考えればよい。

櫻井 外交だけでは日本が押し切られそうな喫緊の課題は、尖閣諸島や東シナ海です。自衛隊に中国と互角に戦う力があるのか、うかがいたい。

古庄  海軍に関する限り、空母機動部隊や原子力潜水艦の保有国を除くと、海上自衛隊の艦艇や航空機の数、隊員の能力は、恐らく世界一だ。しかし、現行の法体系や、国民との意識の共有、実戦経験などの点で、いろいろ問題がある。
 日本の法体系では、防衛出動や海上警備行動など、やってよいことが法律で定められており、ほかは一切やってはいけないことになっている。世界中の海軍は逆で、駄目なことが決まっていて、あとは何をしてもよい。法体系がこれほど違えば、自衛隊の実力はゼロに限りなく近いと言わざるを得ない。

櫻井 安全保障のためには、法的な空洞や物理的な空洞(人員不足、隻数不足など)を埋めるよう国民の側から言わなければなりません。空洞はあっても、今は日米安保条約によってかろうじて日本は持っていますが、普天間飛行場の移転問題で鳩山さんが何もできなかった時、日米関係は深刻な危機に陥ります。

田久保 今、オバマ外交は八方ふさがりの状態で、対日政策もおかしくなると共和党に批判されるので、あまり騒ぎ立てることはしない。しかし、本音では、パートナーを変えようとするのではないか。英国防省の研究所の報告書にも、「米国は国益を守るためパートナーを変えるかもしれない」と書いてある。パートナーの重点を韓国に移していくかもしれない。中国とトラブルを起こさないようにするかもしれない。
 日本に対しては、つれなくなっていくと思う。最初に出てくるのは、情報提供の制限ではないか。インド洋の情報を持たなければならない時に、日本は海上自衛隊をインド洋から引いてしまった。日本は頼りにならないとの判断をオバマ政権が固めることは間違いない。自ら撤収した国に情報など与えない。鳩山政権の次にしっかりした政権を登場させないと、日米同盟は内から静かに腐ってくるのではないか。

古庄 情報の共有が出来ないのは最悪だ。インド洋に海上自衛隊を出したテロ特措法の期限が一時切れた時、フロリダ州タンパでの各国海軍調整会議に日本は出席できなくなり、情報をもらえなくなった。今回、鳩山政権がインド洋から海上自衛隊を引いたので、テロ関係の正確な情報も取れなくなることが予想できる。ソマリア沖での海賊対処は続けているので海賊関係の情報は入ると思うが、テロは世界中で起きているのにその情報会議に出られないのは惨めだ。
 鳩山さんは海上自衛隊を引く代わりにアフガニスタンに50億ドルを出すと言ったが、血を流す覚悟をしていない。少なくとも次の政権は、集団的自衛権の問題にすぐに取り組んで、「日本も血を流す覚悟をした。モノとカネだけではない」と言わなければ、いつまでたっても相手にされない。

櫻井 米国がパートナーを変えるかもしれない可能性は、米国の退役陸軍軍人のリポートに書かれており、『同盟が消える日』(谷口智彦編訳、ウェッジ社)という題で邦訳されています。このリポートは、日米両国ともこれまで日米同盟は機能すると考えてきたが、幻想だったと説き起こし、解決策として別のパートナーを考える必要があり、それは韓国かもしれないと書いています。
米国に無視された時、日本が中国の脅威におびえなければならないのは明らかです。日本はどうやって生き残る力をつけていくのかを考えなければならない時期に来ています。

質問 中国が人民元を不当に安く抑えていることについてどう思うか。
櫻井 日本が(1985年の)プラザ合意以降、300%もの円切り上げを余儀なくされたのに対し、中国が人民元を安く抑えたままでいられるのは、国力の違いによるものです。日本は軍事力と外交力の両方がないため、日本の貿易黒字を吐き出させる米国の意図の下に、円高を受け入れさせられました。中国を追い込む力がないと、人民元を切り上げさせることはできません。

質問 政治家や国民に地政学を分からせる方法はあるか。
櫻井 国基研は情報の共有や教育でこの国を変えていこうとするもので、地政学に目覚めた人が政治家になるなら応援したい。国基研は政治家との意見交換会を定期的に開いており、知的訓練の成果に希望を抱いて、活動を続けたい。

質問 東シナ海のガス田試掘をすぐに始めるべきで、今なら海上自衛隊は中国と互角に戦える。また、米国が次期戦闘機を航空自衛隊に売らないなら、国産にすればよいのでは。
古庄 国産にしても(外国に)売れなければ高くつく。結局は、米国との関係をうまくして、同じようなものを使っていくことが大事ではないか。周辺国は日米同盟に期待している。
田久保 ガス田を試掘「すべきだ」という意見には賛成だが、「できる」かどうかは問題だ。一歩ずつ近づいていきたい。また、自衛隊を国軍にしないといけない。国民の間に機運を高め、憲法改正で自衛軍の保有を規定すべきだ。これは平和のために必要なのだ。

質問 日本は空母や原子力潜水艦を建造する能力があるか。
古庄  日本の原発技術は世界一だから、準備さえすれば、技術的には原潜は造れる。空母も造れないことはないが、何に使うのかの方向性がないと難しい。
田久保 (空母と原潜を製造する)政治的可能性は随分小さい。しかし、造らないと日本が生存できないなら、造るという結論を出さないわけにはいかない
櫻井 要は、国民の意志、政治の意志の問題です。子ども手当より大事なことがあると国民が意識するかしないかが分かれ道となります。何があるか分からないから、装備はなるべく外国に頼らず、自力で賄おうというところに議論を持っていければ、予算編成も変わると思います。(了)