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2010.07.13 (火) 印刷する

日米安保シンポジウム報告「米中基軸」論の台頭で日本の影薄まる

主任研究員 冨山 泰

国家基本問題研究所は平成22年6月4日、初の国際シンポジウム「インド洋の覇権争い―21世紀の大戦略と日米同盟」(産経新聞社後援)を東京新宿区の早稲田大学国際会議場・井深大(まさる)記念ホールで開催した。このシンポジウムで、米国から招いたマイケル・ピルズベリー 国防総省顧問は、世界のあらゆる問題の解決に米中協力が不可欠であるとする「G2」論がワシントンで力を得つつあると述べ、米国にとって日本は戦略的重要性を失いかねないと警告した。日米安全保障条約の改定50周年を機会に開いたこのシンポジウムは、戦後の平和主義と日米安保条約による米国の庇護に甘え、積極的に安全保障上の役割を果たそうとしない日本に警鐘を鳴らす場となった。

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シンポジウムでは、長島昭久 防衛大臣政務官、インドのブラフマ・チェラニー 政策研究センター教授、楊明傑 中国現代国際関係研究院副院長、ピルズベリー氏の4人が基調講演を行った。次いで、チェラニー、楊、ピルズベリーの3氏と国基研の櫻井よしこ理事長、田久保忠衛副理事長がパネル討論と質疑応答に臨んだ。

日本はインド洋で存在回復を

基調講演のトップに立った長島政務官は、中国は2040年までに西太平洋とインド洋で米海軍の制海権を削ぎ、やがて米国と対等の海軍国になるという1982年策定の長期戦略に沿って海軍力増強を進めていると説明した。さらに、中国がパキスタン、スリランカ、バングラデシュ、ミャンマーなどインド洋沿いの友好国で「真珠の首飾り」と呼ばれる一連の港湾施設の建設に力を入れていることに言及し、その目的は、①中東原油などの資源をインド洋から狭いマラッカ海峡を通過せず、直接中国へ運べるようにする ②インド洋進出に立ちふさがるインドを牽制する ③長期戦略通りにインド洋を制する―の三つだと解説した。

その上で、「インド洋は日本の生命線」であり、インド洋での海軍合同軍事演習に日本も積極的に参加する必要があると指摘。鳩山前政権がインド洋から自衛隊護衛艦を撤退させ、海上での給油活動を打ち切ったことは「反省しなければならない」と述べ、「インド洋におけるプレゼンスを日本は一日も早く回復しなければならない」と主張した。

インド洋上での給油活動継続は、国基研が民主党政権発足直後の2009年9月に発表した「新政権への提言」(日米関係)にも含まれており、防衛省の政務三役の一角を占める長島政務官が日本のプレゼンス回復の必要性を明言したことは歓迎してよい。

長島政務官はまた、西太平洋で中国軍が米軍の接近を阻止する「アクセス(接近)拒否」能力を築きつつあることに対抗して、日本は米国と協力を緊密化させることが重要だと強調。さらに、遅れている国内法整備に取り組み、日本が責任を果たしていける態勢を作りたいと表明した。

インドの代表的戦略家の1人であるチェラニー氏は基調講演と討論で、中国の台頭および米中接近に対する憂慮を表明した。チェラニー氏は、中国の台頭がアジアで新たな懸念を引き起こしていると指摘するとともに、「問題は中国がどんな大国になろうとしているのかであり、もし中国が開放された社会にならず、閉鎖的で専制的なシステムのまま台頭するなら、域内に不安が高まる」と述べた。また、専制的な中国が民主主義国よりスムーズに発展するなら、自由民主主義への挑戦になると警戒心をあらわにした。

チェラニー氏はさらに、オバマ米政権は中国の反応を気にして、同盟国への新型兵器の売却をためらったり、合同海軍演習の参加に慎重になったりする動きを見せていると語り、米中関係が今後数年間で深化すると、米国の既存の同盟関係・パートナー関係に影響すると注意を喚起した。

中国の楊氏は、中国の人民解放軍(PLA)は共産党と中央政府の指導下にあり、独立した権力機関ではなく、文民統制に服していると強調した。また、軍備増強の目的は、台湾海峡危機に備えることのほか、①平和維持活動(PKO)や海賊対処など国際的な安全保障分野で責任ある大国としての役割を果たすよう米国などから求められていること ②世界で軍事革命(RMA)とりわけ情報分野の革命が進んでおり、PLAもそれを考慮に入れて装備を更新せざるを得ないこと ③災害救援活動など新しい使命を遂行しなければならないこと―にあると説明し、覇権争いという伝統的思考で中国の軍備増強を見るのは誤りだと力説した。

さらに、PLAの意図、構造、能力を公開情報から得るのは容易だと米国の研究者が語っている事例を紹介し、PLAの透明性はかなり高まっていると主張。逆に、①中国に対する米国の本当の意図や戦略が分からない ②近年の日米同盟関係を見ていると、日米同盟は何を意図し、誰を標的にしているのかが心配になる―と述べ、「米国にも透明性が必要だ」と反論した。

米中接近の一因は日本の不戦主義

ピルズベリー氏はPLAの軍事力について、安定を損ねる能力と責任ある大国としての役割を果たす能力の「線引きは難しい」と述べ、中国の軍備増強に向き合う際のジレンマを表明した。ただ、衛星攻撃能力に代表される宇宙戦争能力は安定を損ねると述べ、2007年に衛星攻撃実験に成功した中国を牽制した。

ピルズベリー氏の討論での発言で特に注目を集めたのは、米中両国はあらゆる分野で協力できるというG2論がワシントンで強まりつつあると指摘したことだ。

ピルズベリー氏は、日本でパシフィズム(不戦主義、絶対平和主義)が主流の考え方として今なお残り、日本政府が集団的自衛権の行使にさえ踏み切らないことが一因となって、G2論者は将来の最も重要なパートナーとしての中国に目を向けていると述べた。

米国の対中政策は、中国を国際社会に取り込もうとするエンゲージメント(関与)政策と、中国の野放図な軍拡に防御策を講じるヘッジ(保険)政策が車の両輪となってきたが、最近の対中政策はエンゲージメントに傾きつつあるのではないかという櫻井理事長の問い掛けに対し、ピルズベリー氏は「その通り」と答えた。

また、仮に中国が台湾を併合しても、一国二制度の下でPLAが台湾に進駐せず、台湾に独自の政治体制を認めるなら、台湾近くを通るシーレーン(海上交通路)の安全に影響しないし、米国にも影響を及ぼさない、とピルズベリー氏は言い切った。

もし、これが米戦略家の多数の考え方であるとすれば、中国による台湾の吸収は時間の問題になりかねず、日本としても警戒を怠るわけにはいかない。

ピルズベリー氏は、対台湾窓口機関である米国在台協会(AIT)のバーグハート理事長が2009年3月の台北での記者会見で、「米国の台湾政策に戦略地政学的な意味はなく、(中台関係の緊密化で)越してはならない一線はない」と述べたことを紹介し、「これこそG2思考だ」と述べた。そして、「米国には歴史的に中国文化への深い思い入れがある。そのため米中安保協力という考えは多くの米国人に訴えるところがある」と付け加えた。

櫻井理事長は「G2論がかなり力を持っている原因の半分は日本にある」と語り、「米国は集団的自衛権を行使しない日本と同盟を結んで何の意味があるのかと考えても当然だ。『日米同盟が消える日』が現実になりつつある」と警告した。

ピリズベリー氏も「G2という考え方の根底には、日本が国際的な安全保障の役割を果たさないこともある」と認めた。

G2論について、楊氏は「われわれは自分の能力にそれほど自信を持っているわけではない。広い世界が二つの大国に支配されることはあり得ない」と述べ、G2志向を打ち消して見せた。そして、「(G2より)米中日が協力して三角関係をより強力なものにすべきだ。インドを含めてよい関係ができれば、中国の軍備増強を誰も気にしなくなると思う」と述べ、日本やインドを気遣う余裕を見せた。

インドのチェラニー氏は「オバマ政権発足以来、米国の政策における日本やインドの重要性は下がってきた」と述べ、米中関係の進展に改めて警戒心を表明した。その上で、「日本には素晴らしい歴史があり、自信を持つべきだ。米軍に占領された数年間を除き独立を保ったし、アジア最初の経済大国にもなった。日露戦争に勝ち、アジアの独立運動の希望の星となった。それなのに、米軍占領時の憲法がまだあるのは驚きだ」と語った。

東シナ海紛争で自衛隊出動を

質疑応答では会場から書面で質問を受け付けた。「東シナ海における中国海軍の進出に対して日本や日米両国は軍事的にどう対処すべきか」との質問に対し、田久保副理事長は「国際法違反行為に対しては、自衛隊出動もあり得る。日本は主権を守る国であることを明確にしなければならない」と答え、パシフィズムから脱却すべきだとの立場を強く打ち出した。櫻井理事長も尖閣諸島の防衛について、「尖閣は日本の領土なので、日本はどんな手段を使ってでも(中国の手出しを)断固阻止することを内外に明らかにしておくべきだ」と続けた。

日米安保条約改定から50年を経過して、日本のパシフィズムに業を煮やした米国が中国に戦略的に接近しつつある時、日本はどうすべきかについて考える機会を提供しただけでも、今回の国際シンポジウムを主催した意義があった。(了)

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