公益財団法人 国家基本問題研究所
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提言

2008.06.20 (金)

【提言】 地球温暖化問題

平成20年6月20日
国家基本問題研究所

公平かつ国益に適う協定を

 
 2008年6月9日、洞爺湖サミットを目前に、政府は地球温暖化に関する「福田ビジョン」を提示した。しかし、一貫した理念は見当たらず、具体性に乏しく、実現の手順も戦略も全く見えてこない。地球温暖化問題が世界規模で議論され始めて10年余が過ぎ、かつ京都議定書の「約束期間」も始まった現時点での提案としては、その内容は空虚であって、国家の安全保障と国益に適い、国際的な指導力を発揮するにはほど遠いものと言わざるを得ない。
 京都議定書を精査し、地球温暖化問題の本質を見据え直し、公平で、国益に適う実効性のある次期枠組みを実現するために以下の提言をする。

【提言】
1.地球温暖化問題は環境問題であるばかりでなく、経済問題でもあり、究極的には、国家の存亡をかけた安全保障問題である。各国の対立する経済的利害の調整の上に、日本の安全保障と国益に適う戦略を提示し、実現すべきである。
2.京都議定書の実効性がないという事実に立脚し、議定書からの建設的脱却を前提に、新たな枠組みを提案すべきである。
3.次期枠組みは、科学的見地からの検証と見直しに基づき、日本の技術と実績が評価されなければならない。
4.主要先進国のみならず、その他の主要排出国の責任を明確にすることを、次期枠組みへの参加要件とすべきである。
5.排出量取引制度を拙速に導入すべきではない。
6.エネルギー自立志向の低炭素社会の具体的な姿とそれを実現する具体的な政策を早急に提示すべきである。
7.国家の安全保障と国益を念頭に、政府内部各省庁間の省益から脱却すべきである。
8.以上の問題が、次期枠組みに反映されない場合には、温室効果ガス自体の削減に有効な日本独自の排出削減プログラムを世界に公表し、その実現を公約した上で、次期枠組みへの参加を留保すべきである。

 
 
【本文】
1.地球温暖化問題は環境問題であるばかりでなく、経済問題でもあり、究極的には、国家の存亡をかけた安全保障問題である。各国の対立する経済的利害の調整の上に、日本の安全保障と国益に適う戦略を提示し、実現すべきである。
 地球環境は人類の生存にとっての最重要課題であるという大義名分を掲げ、各国が各々の利害を捨てて「地球愛」「地球人」に立脚すべきであると宣言することは容易であるが、主権国家間の交渉をそのような善意とモラルに委ねることは、かえってこの問題の本質を形骸化させ、現実的な解決を遠ざける危険性が高い。地球温暖化問題は、人類全体にかかわる環境問題であるという認識は当然であるが、同時に熾烈な利害関係に立つ経済問題であり、国家の安全保障と国益を揺るがしかねない問題であるという基本認識に立つことが肝要である。
 主権国家間の交渉とは国益を追求するためのものであるということを前提として環境問題に取り組むべきである。そのうえで、片務的な京都議定書を払拭し、科学的・技術的な議論に基づいて、長期にわたる持続可能な解決の枠組みを模索することが、結果的には地球温暖化を食い止める近道である。すなわち、問題の本質は、方法論(排出量取引、セクター別アプローチ等)の選択ではなく、最終的に温暖化防止のための費用を誰が負担するかを巡る国家間の駆け引きであることを直視しない限り、実効性のある対策の実現は困難である。
 
 
2.京都議定書の実効性がないという事実に立脚し、議定書からの建設的脱却を前提に、新たな枠組みを提案すべきである。
 京都議定書は地球規模での環境対策問題の重要性を喚起したという意味は持つものの、その内容は極めて恣意的で、日本の国益を守ることはできないばかりか、温暖化防止の実効性に乏しいという意味で、地球益にも適っていない。新しい枠組みを検討するためには、京都議定書の有効性を精査することは当然のことであり、それなしで次期枠組みの交渉を始めるべきではない。京都議定書の問題点の認識を各国が共有することこそが実効性ある次期枠組みの実現を図るための必須条件である。
 京都議定書は科学的知見による根拠が極めて希薄であり、その内容の公平性、客観性には疑問がある。結果として、温暖化対策として失敗であるといっても過言ではない。にもかかわらず、京都議定書の有効性に関して徹底した科学的精査が不十分なままに、次期枠組みの議論が先行し、さらには濃度自体が確定しないままに、排出量取引といった「手段」の議論に論点が移り、本来の地球温暖化防止対策の問題が単なる技術的な問題に矮小化されつつある。結果として、地球規模での温暖化のもたらす問題の深刻さや緊急性は十分に共有されず、先進国と途上国との間の一種のチキンゲームに終始し、先進国責任論を楯に、費用負担の回避を図ろうとする主要排出国の一部にモラルハザードが起きている。

[京都議定書の問題点]
・京都議定書の最大の問題は「科学的知見」「技術」に基づく議論が希薄なことである。
・京都議定書が規定する数値目標設定による規制方式を前提としたため、その交渉プロセスは、科学的議論でなく、政治外交ゲームに陥った。
・基準年(1990年)及び排出削減目標値の初期配分は、その科学的根拠が曖昧で、結果として不公平な、政治的交渉による決定であった。
・途上国は、京都議定書が継続する限り、永久に温室効果ガス削減義務を免れることになりかねない
・京都議定書は先進国に義務を課しながら、途上国には削減義務を課していないことによって、実効性が担保されていない。
・京都議定書の遵守関連措置は片務的であり、批准先進国には、数値目標の未達成に関して罰則が課され、非批准先進国には何の罰則も課されていない。また、京都議定書は、1997年に合意されたにもかかわらず、批准まで8年を要し、さらにアメリカは署名しながら批准しておらず、またカナダは署名したが、その後削減目標達成の断念を公式に表明するなど、国際条約としてもその効力は極めて疑問である。
・京都議定書は、当時の最大のCO2 排出国である米国が途上国の不参加等を理由に批准しないまま、2005 年2 月に発効した。また、削減義務の無い発展途上国からの排出量の増大が当初の予想をはるかに超えるものとなった結果、議定書は世界CO2排出量の約3割しかカバーできなくなったという意味で既に実効性の面で無力化している。

 なぜ、日本はこれほどの不公平な協定に署名し、批准したのか。次期枠組みの交渉には、上記の問題点を科学的見地からの検証と見直しに基づいて精査し、温室効果ガス排出量削減技術を核とする議論の下に、公平で、国益に適う協定の実現に向けて、政府・産業界が一丸となって取り組むべきである。
 
 
3.次期枠組みは、科学的見地からの検証と見直しに基づき、日本の技術と実績が評価されなければならない。
 主要国別のエネルギー起源CO2排出量(2005年)は約266億トン(CO2換算)で、その内訳は次の通りである。アメリカ21%、中国19%、ロシア6%、日本4%、インド4%、ドイツ3%、イギリス2%、カナダ2%、イタリア2%、韓国2%、イラン2%メキシコ1%、フランス1%、オーストラリア1%その他30%。化石燃料起源のCO2排出量(2005年単位:10億トン)で見ると、米国は5.8、中国は5.1、ロシアは1.5、日本は1.2、インドは1.1であり(IEAのWorld Energy Outlook 2007)、これら数値の差は日本の技術水準の高さを示している。日本の「地球温暖化への寄与度」は、米国の30.3%、欧州の27.7%、ロシアの13.7%等と比較してわずか3.7%である(米国エネルギー省調査)。GDPの規模を勘案すれば、日本の温暖化ガスの排出量は米国、欧州の10%から20%程度にとどまるわけであり、日本の技術水準の高さを象徴している。
 このことはGDP当たりCO2排出量および一次エネルギー消費量の比較でより明確に確認できる。GDP当たりCO2排出量(2005年、kgCO2/US$)は、日本0.24、EU(27ヶ国)は 0.43、米国0.53、韓国0.70、豪州0.80、インド1.78、中国2.68 である。また、GDP当たり一次エネルギー消費量(2006年、一次エネルギー消費量(石油換算トン)/GDP(1000US$))は、日本を1と換算した場合、EU(27ヶ国)は1.9、アメリカは2.0、韓国は3.2、カナダは3.2、タイは6.0、中東は6.0、インドネシアは8.1、中国は8.7、インドは9.2、ロシアは18.0である。
 日本の技術の高さを示す一例として、鉄鋼業の省エネ技術を挙げことができる。世界の鉄鋼業で日本の省エネルギー技術を採用した場合に、各国のCO2削減可能量(百万トンCO2/年)は、日本を基準とした場合、米55、カナダ9、イギリス7、フランス8、ドイツ16、豪州5、韓国5、中国80、インド20、ロシア46と推計される。
 日本の優れた技術を正当に評価する枠組みを提案することは、国益に適うだけでなく、地球益に適うことは明らかであり、そのことを次期枠組みの策定において世界に認識させることは、政府の果たすべき基本的な役割である。(添付資料参照)
 
 
4.主要先進国のみならず、その他の主要排出国の責任を明確にすることを、次期枠組みへの参加要件とすべきである。
 先進国責任論はもはや実態に合わないし、これに拘泥するならばCO2削減の実効性は期待できない。1992年当時には一定の合理的根拠(産業革命以来の累積排出量は先進国が圧倒的に多い)はあったとはいえ、その後の中国・インドを中心とする途上国の成長とそれに伴う温室効果ガスの排出量の急増は予想されていなかった。今や、先進国と途上国という分け方自体がその根拠を失っている。さらに、主要排出国(中国・インド)は、従来の先進国責任論をもって、低炭素排出途上国への責任は免れられない。ましてや、後発の利益を勘案するならば、主要排出国が一定の費用負担をすることは当然の義務である。(添付資料参照)
 
 
5.排出量取引制度を拙速に導入すべきではない。
 地球温暖化対策の本来の目的である温室効果ガス自体の削減という原点に返り、いわゆる京都メカニズムのような安易な、便宜的方策や排出量取引などに頼るべきではない。現時点での、温室効果ガスの濃度基準に基づかない排出量取引は、既に排出量取引自体が目的と言わざるを得ない政治・経済ゲームを加速させている。炭素税等を基盤に、排出量の削減を促進する状況を創出することが、排出量取引を効率的に機能させるための基本的要件であることを再認識するべきである。したがって、炭素税を中心にCO2やその他の温室効果ガス自体の削減の工夫に最大限の努力をした後、国内排出量取引の導入を図り、その次の段階として国際的な排出量取引の導入を検討すべきである。
 
 
6.エネルギー自立志向の低炭素社会の具体的な姿とそれを実現する具体的な政策を早急に提示すべきである。
 社会・経済システムを低温室効果ガス排出型へ移行できなければ、国際競争において生き残ることはできない。これは、地球温暖化問題にかかわらず日本が持続的に発展するための必須要件である。「福田ビション」はこの点の方向性については間違っていない。しかしながら、未だに、政府は低炭素社会の姿とその実現ための戦略的な長期的構想を提示していないことが、国益に反する場当たり的な対応を引き起こし、日本企業の国際競争力を低下させる一因となっている。「失われた10年」というフレーズは、1990年代のバブル崩壊以降の金融問題だけでなく、京都議定書の合意以降の10年間の環境問題への政府の場当たり的な対応にも当てはまる。
 いま、排出量の総量目標値を提示するかどうかが議論になっているが、目標値が説得力を持つには、日本の低炭素社会実現の具体的な姿が提示され、それが国内で合意されていることが必須条件となる。具体的な実現方法の無いままに、単に政治的理由で目標を提示することは、京都議定書の愚を繰り返すことになりかねない。したがって、まず、低炭素社会実現の手順を提示すべきであり、その結果、総量目標値が定まるのであって、目標値が一人歩きするような事態は厳に避けなければならない。ポスト京都でリーダーシップを取るということは、いち早く低炭素社会実現への道筋を確定することであり、そのためにはその実現に向けた国内での指導力が発揮されなければならない。
 低炭素社会の実現には、エネルギー自立を必須要件としている。また、エネルギー安全保障の視点からもエネルギー源の多様化が不可欠である。その多様化の実現には、原子力か自然エネルギーかの択一論ではなく、戦略的なベスト・ミックスを模索することが必要である。原子力発電は、環境保全とエネルギーの安定供給を両立させる有力な手段のひとつであり、推進せざるを得ない重要なエネルギー源であるが、そのためには、安全面に対する国民の十分な理解を得ながら、推進に向けての国民の合意形成を図っていくことが不可欠である。ただし、原子力技術の国際的な移転は、国家安全保障の視点から軽々に取り扱うべきではない。
 エネルギーの中期的な見通しに立つ具体的なベスト・ミックスの実現には、強力な政策的誘導(エネルギー買取制度、投資減税、低利融資、補助金、導入義務化等)の策定が不可欠である。ただし、現状では、当面は化石燃料への一定の依存は避けられないため、低炭素社会への過渡的な施策としては化石燃料利用における天然ガス、二酸化炭素回収・貯留(CCS)技術の開発、継続的な施策としては省エネルギー技術、高効率化技術の開発・推進・普及を行っていくことが重要である。中・長期的には、再生可能エネルギー(太陽光、風力、水力、地熱等による電力あるいは水素の製造等)を化石エネルギーに代わる基幹エネルギーとして拡大するべきである。政府は、その経済的、及び財源確保等の政策的誘導策の総合的な政策立案について、官民挙げての議論を先導すべきである。
 
 
7.国家の安全保障と国益を念頭に、政府内部各省庁間の省益から脱却すべきである。
 京都議定書の交渉プロセスでの日本の対応が、極めて拙劣であったことは、関係者の証言から否定し難い。京都議定書の轍を踏まないためにも、政府の各省庁が縦割り意識で別々の方向を向くのではなく、地球温暖化問題を国家的課題として位置づけ、各省庁が連携をとりながら、国益を基礎に統合された国家の理念の下で一致団結してこの問題解決にあたらなければならない。政府の指導力の欠如が、不公平な京都議定書の発効を許し、その後の温暖化対策の10年間の空白をもたらし、国民に莫大な負担をかける排出量取引等の方策を採らざるを得ない事態に陥ったことを肝に銘じ、次の10年間の空白を生まないための実効的な体制を早急に整えるべきである。
 次期枠組み交渉は2009年末を期限とする1年半に及ぶ長期交渉であるから、政府は、今からでも官民および省の枠を超えた戦略的な交渉チームの組織化を図り、国家の安全保障と国益の確保に全力を挙げて、対応すべきである。
 
 
8.以上の問題が、次期枠組みに反映されない場合には、温室効果ガス自体の削減に有効な日本独自の排出削減プログラムを世界に公表し、その実現を公約した上で、次期枠組みへの参加を留保すべきである。
 まず、政府は、京都議定書の内容が不公平、かつ不平等であり、その片務性の故に、効果的な温暖化対策とはならないという事実を内外に発信するべきである。その上で、温室効果ガスの排出量の絶対的な削減が求められている状況で、実効性のある温暖化対策の実現には全員参加の条件が必須であることを、議長国として主張するだけでなく、実現させなければならない。それなくしては次期枠組みも京都議定書の二の舞いであり、本来の地球温暖化への対策は名ばかりとなり、実質的には、国益・地球益とは整合しない政治・経済ゲームに陥る危険性が高い。
 「努力したものが報われる」という普遍的な原則は、環境問題の解決においても適用されるべきである。温室効果ガスを減少させるには、技術面からの対応が圧倒的に大きな効果をもたらすことは疑いようのない事実である。その意味では、省エネ技術で最も進んでいる日本が正当な評価を受けずに、日本の技術を適正な仕組みの中で、世界的に活用されていないことは、地球益の面でも大きな損失といわなければならない。ただし、日本の省エネ技術を無償もしくはそれに近い形で技術移転することは、各国の主体的で、持続的な努力を必要とする温室効果ガス削減のためインセンティブを失わせる危険性が高く、モラルハザードやフリーライドの余地を拡大することになる。
 政府は、現在提案している「セクター別アプローチ」が上記の問題をどのように担保しているのか、さらに、その提案が日本にとってどの程度の費用負担を生み、その負担に見合う国益はどのようなものかを明確に国民に説明するべきである。途上国に対する「技術移転」「資金提供」を提案することで、国民の負担する費用と便益を具体的に提示し、最終的に地球温暖化防止にどのような意味で効果的であるかを説明するべきである。それらを曖昧なままに次期枠組みに参加すること自体が許されないし、上記提言2から5の基本的な諸問題に関して各国の理解が得られないときには、日本独自の温室効果ガス削減プログラムを世界に公表し、その実現を公約したうえで、次期枠組みへの参加を留保すべきである。
 
 
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