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2009.09.11 (金)

【提言】 北朝鮮に対する政策提言 新政権は北朝鮮急変事態に備えよ

平成21年9月11日
一般財団法人 国家基本問題研究所
北朝鮮急変事態政策提言1

新政権は北朝鮮急変事態に備えよ
韓国による自由統一推進を戦略目標とし中国の半島支配を防げ

 
【政策提言】
1.韓国による自由統一推進を我が国の戦略目標とし、北朝鮮急変事態に備えよ。
2.日本政府は2009年6月16日にオバマ・李明博が表明した「自由民主主義と市場経済に則った平和統一を志向する」と明記した自由統一ビジョンを早急に支持せよ。
3.北朝鮮急変事態に備えた日米韓3カ国の戦略対話を政府レベル、軍(自衛隊)レベル、民間専門家レベルで充実させよ。
4.戦略対話の中では、米韓軍北進作戦が発動された場合、日本がどのような協力を行うのか、拉致被害者の安全確保と救出のために米韓両国にどのような協力を求めるかも十分に詰めておくことが求められる。
5.自由統一の主体はあくまで韓国だが、日米両国は韓国内の自由統一推進派を積極的に支援することによって日米韓友好の新たな地平を開くべきだ。

 
 北朝鮮の独裁者金正日の医学的寿命の限界が見えてきた。数年以内に死亡や重病で執務不能になることが十分あり得る。2009年に入り後継者指名作業開始と国防委員会強化など金正日が焦っている表れと見られる兆候もでてきた。
 独裁政権の変化は独裁者の死後に起きる。スターリン死後のソ連、毛沢東死後の中国などがよい例だ。金日成死後に大きな変化がなかったのは、すでにあの時点で金正日が独裁権力の大部分を握っていたからだ。
 金正日の死後、北朝鮮で国内の統制がとれなくなる混乱状態、すなわち北朝鮮急変事態が起きる可能性がある。その場合に備えて米韓軍の北進、中国軍の介入などが準備されている。朝鮮半島はいま現状維持ではなく大きな変化の時を迎えようとしている。1
 日本にとって望ましいのは、朝鮮半島における自由民主主義体制の拡大であり、異常な反日政策の払拭である。それが、半島の人々の自由意思に基づき、平和的かつ速やかに実現されるのが理想と言える。
 問題は、中国共産党(以下、中共)だ。中共は、自らの全体主義的統制システムを維持するため、自由の拡大を阻止すべく、対内的にも対外的にも積極的に動いてきた。
 「ポスト金正日」の北朝鮮について、中共に従属した政権(以下、従中政権)樹立など、日本の国益と相容れない形で影響力確保を図ってくるだろう。そうした戦略環境を前提として、日本の政策を考える必要がある。
 すでに米韓首脳は6月16日「自由民主主義と市場経済に則った平和統一を志向する」と共通ビジョンを明らかにした。米韓軍は北朝鮮混乱時に備えた北進作戦を準備している。韓国が米韓同盟、日韓基本条約、核拡散防止条約を維持している限り、統一韓国は日本の国益に最もかなう。
 極端な抑圧体制の崩壊後、自由化を求める北朝鮮の人々が、中共の干渉を排し、治安を確保しつつ、独自に自由民主主義体制を打ち立てていける可能性は、残念ながら高くない。
 ①自由民主主義を理念とし、②破壊分子を押さえ込む治安能力を持ち、③朝鮮半島北部を治める正当性を国際的に認められ る存在は、韓国政府以外にないと思われる。
 したがって、「韓国による自由統一推進」が、日本の国益に即した戦略目標となるだろう。
 従中政権下では、有事の際、北の軍事施設を初めとして、港湾、空港、高速道路などは中国軍によって利用されることになろう。北の急変事態に対する日本の支援は、韓国による自由統一と連動する旨を明確にする必要がある。従中政権を容認するような「2段階統一論」は、日本としては支持できない。
 そのことを見据えた上で、最善のシナリオ実現のための努力を積み重ねるべきだ。日本が犠牲と負担を避けて無責任な行動をとれば、日米同盟のきずなは弱まる。結果として米国が日本の頭越しに中国と協議し従中政権を容認することになりかねない。逆に、日米韓が朝鮮半島における自由民主主義拡大を共通戦略とし、北朝鮮急変事態に備えることができれば、中共の東アジアにおける覇権を抑えることができる。まさに、北朝鮮急変事態への対応は日米同盟の将来を左右すると言える。 
 
国家基本問題研究所
櫻井よしこ
田久保忠衛
潮 匡人
遠藤浩一
大岩雄次郎
島田洋一
高池勝彦
冨山 泰
西岡 力
恵谷 治
久保田るり子
平田隆太郎


1 金正日の病状、中共の秘密派兵計画、金正日死後の後継政権の不安定要素などは、本研究所朝鮮半島問題研究会が近く詳しい分析を発表する予定である。
 
 
【詳論】
 近い将来、金正日の死亡を契機とする統制不能の混乱、すなわち北朝鮮急変事態が発生する可能性は高い。韓米両国はそのような事態に備えて韓米軍を北進させる作戦計画を持ち、韓国政府はそれに対応する非常計画を持っている。中共も大規模難民の流入を抑えるなどの名分で人民軍を派兵する秘密計画を持っていると伝えられている。
 どちらも北朝鮮で大混乱が起きることを派兵の条件としているから、第1のポイントは「混乱」の認定になる。急変事態が発生した場合、韓国政府が素早く米国を説得して作戦計画を発動すれば自由統一が実現する。もたもたしているあいだに中国軍が単独で進駐すれば従中政権ができる可能性が高い。また、中共が北朝鮮内部の勢力に働きかけ混乱なく政変が成功して従中政権を樹立するシナリオも排除できない。事前に米中が密約を結び、核ミサイル開発計画の完全放棄を条件として米国が北朝鮮地域の分割占領や従中政権の樹立を支持することも考えられる。
 混乱状況になったときには、大多数の北朝鮮住民がどのような行動を取るかが重要な変数となる。自由民主主義、市場経済、人権、法の支配という人類の普遍的価値観を北朝鮮に実現するのは韓国による統一しかないという考えがどこまで共有されているか。同族である韓国と異民族である中国共産党のどちらを信じるか。急変事態が起きるまでに韓国側がどこまで北朝鮮住民の支持を得ているかで結果は変わるだろう。
 
 まず米韓軍の作戦計画5029から見ておこう。2
 2005年、盧武鉉大統領が作戦計画への格上げを拒否したため、作戦計画ではなく概念計画5029として両国軍が改定を続けてきたが、李明博政権になり作戦計画としての整備が進んでいると伝えられている。3
 報道によると、5029が想定するのは、北朝鮮における、①クーデター、住民暴動、金正日死去などで内戦が発生、②反乱軍が核、化学兵器など大量破壊兵器を奪取、③住民の大量脱出、④韓国人人質事件の発生、⑤大規模な自然災害の発生-とされている。作戦計画では兵力や装備の配備・運用まで具体的に定めているという。4
 韓国政府は5029が発動された場合の行政面での非常計画「忠武3300」や「忠武9000」などを策定している。
 忠武3300は北朝鮮で内戦や大量難民事態になった場合、北朝鮮にいる韓国人を撤収させ、韓国に来た難民20万人を体育館や学校に収容する計画である。1994年7月、金日成の死亡直後に、計画の骨子が作られた。
 忠武9000は別名「応戦自由化計画」と呼ばれている。全面戦争状態による、金正日体制の崩壊を想定した計画である。北朝鮮地域を韓国が統治するため統一部長官を本部長とする非常統治機関「自由化行政本部」を北朝鮮内に設置する。5

 中国政府は北朝鮮急変事態に対する対応方針を公開していないが、多くの情報が中国軍の派遣計画の存在を示唆している。
 米国の平和研究所(USIP) と戦略国際問題研究所(CSIS)は2008年1月3日、共同報告書を公表した。6 中国の政府当局者や研究者との議論をまとめた同報告書は、北朝鮮急変事態の際の中国の優先課題は、①国境管理を強化し難民殺到阻止、②治安維持、③核汚染の処理および核兵器・核物質の確保-であり、そのために中国軍を派兵することを考えている、国連承認が望ましいが独自派兵もありうる、と記した。
 2008年1月22日の読売新聞は北京発で「金正日体制が崩壊の危機にひんした場合、中国が、北朝鮮の一般難民だけでなく、軍や治安部隊などの一部が武装したまま難民化し、国境地帯の中国東北部に流入するのを強く警戒して、北朝鮮国内に軍を派遣し、治安回復や核管理などに乗り出す案が(ある)」、「国連安全保障理事会の承認が原則的には前提になるとしているが、難民流入が一刻の猶予も許さない場合は、中国が独自判断で派遣することも検討している」と報じた。
 中国の中長期目標は南北分裂を維持しつつ、双方を衛星国化することだとみられる。当面は、北朝鮮に従中政権ができるように積極的に誘導することだと思われる。7
 米国では、北朝鮮軍残党が中朝国境から核兵器を搬出しようとする場合に備え、それを阻止する米軍と越境してくる中国軍の間で不測の事態が起きないよう、米中間で事前に調整する必要性が論議されている。8
 
 韓国では北朝鮮急変事態にどう対処すべきかをめぐり、国論が分裂している。金大中、盧武鉉政権時代に各界に根を張った親北左翼勢力は、金正日政権との連邦制統一を目指して活動している。大多数の国民は、多額の統一費用や戦争の恐怖などのため自由統一を忌避し問題を先送りしようとしている。北朝鮮専門家らの中には、金正日政権が倒れ、「親中改革開放政権」ができるならば、南北の経済格差が縮まり将来の統一費用が減るなどとの主張もある。
 北の崩壊後すぐさま吸収統一となると南の負担が大きいため、相当期間、北朝鮮地域を「国際管理」下に置くといった議論が、韓国保守派の間にもある。「国際管理」の中身としては、国連による統治などが漠然と考えられているようだ。しかし、国連安保理には、中国が拒否権を持つという重大欠陥があり、統治主体とはなり得ない。
 「国民運動本部」などの保守勢力とキリスト教会などの中で韓国主導の自由統一を強く主張するグループが現れている。9
 
 日本にとって望ましいのは、朝鮮半島における自由民主主義体制の拡大であり、異常な反日政策の払拭である。それが、半島の人々の自由意思に基づき、平和的かつ速やかに実現されるのが理想と言える。すでに米韓首脳は6月16日「自由民主主義と市場経済に則った平和統一を志向する」と共通ビジョンを明らかにした。現段階では少数派である韓国内の自由統一推進勢力を支援し、彼らとの連携を強めることが緊要だ。
 また、拉致被害者全員を安全に救い出すことは譲れない国家課題である。日本は安倍政権以来、単独制裁と国際的連携を強め、北朝鮮政権が実質的交渉に応じざるを得ない状況に追い込むという方針を立てている。10 ただし、北朝鮮急変事態が起きた際は、被害者に危害がおよぶ危険性が大きくなる。その場合、自衛隊輸送機の派遣などを含めて国家の総力をあげて被害者救出を図らなければならない。
 新政権は以上のような朝鮮情勢の緊迫性を正確に認識し、北朝鮮急変事態に備えた日米韓3カ国の戦略対話を政府レベル、軍(自衛隊)レベル、民間専門家レベルで早急に行ない、米韓北進作戦が発動された場合、日本がどのような協力を行うのか、拉致被害者の安全確保と救出のために米韓両国にどのような協力を求めるかも十分に詰めておくことが求められる。
 朴正熙大統領は「韓国は自由の防波堤ではない。暴政の共産主義を倒し自由世界具現のため前進する波だ。この波は北京や平壌まで席巻する」と演説した。11 この視点に立った日米韓3カ国の戦略的提携強化が強く求められている。
 


2 概念計画(COPLAN, Concept Plan)は米軍が部隊の運用や他国部隊との連携の基本概念をまとめた計画であり、作戦計画(Operation Plan)は実戦用に概念計画を詳細に具体化したものだ。5029という4桁の数字も米軍が付ける。北朝鮮緊急事態に対応する5029以外に、北朝鮮の核施設などをピンポイントで攻撃する5026、北朝鮮軍が南進してきた場合に迎え撃って米韓軍が北進する5027、5028は欠番、と知られている。また、5030は米軍単独で行う対北朝鮮心理作戦とされている。
 本研究所朝鮮半島問題研究会は、5029計画がすでに金泳三政権時代に作られていたという当時の韓国軍関係者の証言を最近入手した。また、その証言を裏付けるように同作戦計画に連動する韓国政府の対応策を定めた「30日計画」が1997年7月に作成されている。「30日計画」では金正日の病死ではなく、宮廷クーデターで金正日が逐出され、新政権が改革開放政策を推進するが、その過程で経済難と政治的混乱により社会統制機能が喪失し大量難民が発生することを想定したものだった。計画発動で韓国が北朝鮮に対する統制力を掌握し、北全体を代表する地域政府をドイツ式に吸収することが望ましいと明記されていた。実際、97年には餓死者が年間100万人、数十万人の脱北があるなど北朝鮮体制は危機に瀕していた。月刊朝鮮2003年1月号が「30日計画」全文を収録している。
3 2008年9月11日李相憙韓国国防相が「万が一の状況に対応して、計画を発展させている」と国会で答弁した。2009年4月22日、シャープ在韓米軍司令官が「北朝鮮の急変事態に備えた作戦計画を準備し、すでに演習も終え、偶発状況で即刻適用できる」とソウルで講演した。この韓米軍の首脳の発言は5029計画が概念計画から作戦計画に格上げされたことを強く示唆しており、韓国マスコミの多くはこの二つの発言報道で、そのことを既成事実として報じた。ただし、米韓政府は「作戦計画格上げ」を公式確認していない。
4 読売新聞2008年9月13日付ソウル発の記事に、韓国マスコミが報じた同計画の概要が整理されている。
5 2004年10月4日、韓国国会統一外交通商委員会の国政監査で、「忠武3300」と「忠武9000」の概要が明らかにされた。ただし、盧武鉉政権時代に忠武計画を主管する非常計画委員長を勤めた金煕相将軍は2008年4月3日、「忠武計画は急変事態の対処のためではなく戦時のためのもので、5029に対応する行政計画は別途存在する」と本研究所朝鮮半島情勢研究会メンバーに証言している。
6 BONNIE GLASER, SCOTT SNYDER and JOHN S. PARK. Keeping an Eye on an Unruly Neighbor,Chinese Views of Economic Reform and Stability. USIP Working Paper. January3,2008.  http://csis.org/files/media/csis/pubs/071227_wp_china_northkorea.pdf
7 2008年12月12日、本研究所企画委員会が元北朝鮮統一戦線事業部幹部・張哲賢氏から「300万人の餓死という危機的状況下、98年に金正日から経済分野の権限を与えられた金正男は『中国式の改革開放をやるべきだ』と提言した。金正日はそれを受け入れず『経済の前にまず政治を勉強せよ』と国家保衛部の副部長に任命した。金正男はその頃から海外にたくさん出るようになった」という内部情報を得た。混乱時に中国が金正男を後継にすべく動く可能性がある。
8 Michael E O’Hanlon. North Korea Collapse Scenarios. Brookings Northeast Asia Commentary, Number 30. The Brookings Institution. June 2009
http://www.brookings.edu/opinions/2009/06_north_korea_ohanlon.aspx
9 盧武鉉政権時代、大統領安保担当補佐官、非常計画委員長を歴任して北朝鮮急変事態への韓国政府の政策立案に参与した金煕相将軍は、2008年4月3日本研究所朝鮮半島情勢研究会メンバーのインタビューに応じて、「北朝鮮が大混乱した場合、『なすべき課題』とは①中共軍の遮断、②南に対する戦争を阻止、③北の住民を正常化させる、④大量破壊兵器の管理だ」と語っている。
10 2009年9月3日東京で行われた拉致被害者救出のための国民集会で安倍元首相は「解決の方法として今までに色々な方法が模索されてきましたが、圧力に軸足を置いた対話しかないことは明らかと思います。これまでの北朝鮮の対応をしっかり分析しながら対応していかなければならないと思います。制裁は効いていますが、時間がかかります。忍耐力を持たなければなりません。対話に重点を置くことを決めた瞬間に罠にはまります。北朝鮮は、『対話してやってもいいが、拉致問題はこれくらいでどうか』と必ず言ってきます。対話を望んだ瞬間に、それを逆手にとられます」と語った。
11 1966年2月15日、台湾を訪問した朴正煕大統領は、蒋介石総統主催の晩餐会で次のように演説した。「ある者は自由中国と大韓民国を指して自由の防波堤であると言います。我々はこのような比喩を認められません。どうして我々が波涛に揉まれながら、ただじっとしていなければならない、そのような存在であるでしょう。我々は前進しています。暴政の共産主義を倒し自由世界の具現のために前へ前へと前進しているのであります。我々こそ防波堤を叩く波涛であります。この波涛は遠くない将来に北京や平壌まで席巻することを確信します」