公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

島田洋一

【第238回】戦略的思考を欠いた元外相の講演

島田洋一 / 2014.03.17 (月)


国基研企画委員・福井県立大学教授 島田洋一

 

 前原誠司元外相(衆院議員、民主党)が3月12日、ワシントンで「日本の外交経済政策-安倍政権評価」と題する講演を行った。中韓が国際的規模で反日情報戦を展開する中、現職の閣僚はもとより、過去に政策決定の中枢にあり機密情報に接する立場にもあった政治家の言動には、与野党を問わず特に戦略性が求められる。前原氏の場合はどうだったか、分析してみよう。

 ●領土・集団的自衛権では健闘するも…
 前原氏は、尖閣諸島は紛れもなく日本領土であり、緊張を高めているのは中国である旨、歴史的経緯も交え明確に論じている。また、「忘れてはならない最も重要なこと」として、近年の北朝鮮による対韓武力攻撃事件(海軍哨戒艦「天安」撃沈および延坪島砲撃)で日米は直ちに韓国支援に動いたが、「中国は北の立場を支持した」事実に注意を喚起する。そして、「日本が集団的自衛権を行使できるようになれば何より韓国の安全保障に資する、と繰り返しソウルで説明してきたが理解を得られない」と、穏やかな物言いながら韓国要人の視野狭窄を批判している。この辺りの論はよく練られている。
 ところが慰安婦問題となると、国の名誉を守るため歪曲に反駁するといった気概がどこにも感じられない。そもそも日本軍は慰安婦強制連行をしていないという最重要ポイントに触れていない点で落第だ。

 ●靖国・慰安婦問題では「失望」以下の内容
 さらに前原氏は、安倍晋三政権との対比で、「われわれ(民主党政権)は村山談話と河野談話を堅持した」「首相、官房長官、外相など主要閣僚はA級戦犯が合祀されている靖国神社を訪れないようにした」と胸を張る。それにも拘わらず民主党野田政権の時代に日韓関係は急激に冷え込み、その原因は韓国側による慰安婦問題の理不尽な蒸し返しにあったという、これまた重要な事実に全く触れていない。安倍政権誕生で関係が悪化したごとく匂わすのは不誠実だ。
 首相の靖国参拝については、今や外務省も「国のために戦った英霊に尊崇の念を表す」以外に他意はないとする線で組織的、国際的な広報活動に乗り出している。そうした中、なぜ元外相がわざわざワシントンに赴いて、より後退した線を打ち出す必要があるのか。
 さらに前原氏は、オバマ政権の「失望」表明に首相周辺が、「むしろわれわれの方が失望だ。共和党政権の時代にはこんな揚げ足は取らなかった。米国はちゃんと中国にものが言えないようになっている」と反論したことを詳しく紹介し、日米は一枚岩と見せねばならぬ時に彼らの言動は間違っていると難じている。ところが、中韓を勢いづかせた米側の失望表明には何らクギを刺さない。日米の前に日本が一枚岩であることが重要という意識もないようだ。オバマ政権の失望表明にはワシントンでも批判があり、米側も明らかに事態の収束に動いている。そうした中、間の悪い迎合は米国にとっても迷惑なだけだろう。総じて「失望以下」の講演だったと評する他ない。(了)