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富坂聰

【第259回】権力闘争だけで説明できない中国の反腐敗運動

富坂聰 / 2014.08.11 (月)


拓殖大学海外事情研究所教授・国基研企画委員 富坂聰 

 

 7月26日、中国は元共産党中央政治局常務委員で情報・司法・公安部門を統括する中央政法委員会書記だった周永康(本名は周元根)の起訴を正式に発表した。周は昨年12月に当局の監視下に置かれたとされる。公表の遅れには反腐敗キャンペーンを指揮する習近平(党総書記・国家主席)の逡巡があるのではとの憶測を生んでいただけに、「虎(大物)もハエ(小物)も叩く」と公言していた習の有言実行ぶりが際立つ結果となった。全国の共産党員にとって、いまや習は畏怖の対象ですらある。

 ●周永康起訴は前指導部からの宿題
 そもそも反腐敗キャンペーンの目的は何なのか。日本のメディアのほとんどは権力闘争の視点からこれに解説を試みる。
 多くは習近平と江沢民(元総書記・国家主席)派、あるいは習近平と胡錦濤(前総書記・国家主席)派の闘いとみなし、江沢民派との闘いでは、「習の本当の狙いは周の背後の江」という入り口説、「江に見放された周」という取引説に大別される。加えて、周は国有企業の中国石油天然ガスグループから中央政界入りしたため、石油利権を周から奪う闘いとしても描かれた。いずれも派閥政治に慣れた日本人には分かりやすい分析だ。
 だが、現実とのズレは埋めがたい。
 まず習近平の位置づけである。習が胡錦濤の後継者にほぼ決まった2007年から、世界中のメディアは習を、同じく有力幹部子弟の党政治局員・薄煕来と同様に「太子党」と位置づけ、胡錦濤派(共産主義青年団閥)との権力闘争を書き立てた。しかし実際に中南海を揺るがせたのは習を含む指導部と薄の対立だった。矛盾を感じたメディアは、次に習を上海市書記出身であることを理由に江沢民派に組み入れたのではなかったのか。
 周永康の問題は言うまでもなく盟友の薄煕来が失脚した事件の余波である。2年前、当時首相の温家宝と習の一族による蓄財の記事が米報道機関に同じタイミングで出たのは、2人が同時に攻撃を受けたことを意味する。周の問題は、習が前指導部から引き継いだ宿題であり、習だけの闘いではないのだ。

 ●背景に党の危機感か
 反腐敗キャンペーンを権力闘争だけで説明すれば、習の仕掛けを矮小化しかねない。
 党中央規律検査委員会が派遣した「巡視組」(巡視チーム)はたった10カ月で31の省・市・自治区を回り、521人の党員・官僚の処分を公表しているが、うち「副国級」(副総理クラス)が2人、「省部級」(大臣クラス)が37人という凄まじい範囲に及んでいる。また国有企業でも攻撃対象になっているのは石油関連だけではない。鉄鋼、通信、電力といった巨大な業界にもメスが入っている。これを江沢民との闘いという視点だけで説明できるのだろうか。
 私は現在の反腐敗キャンペーンの背景に、腐敗の広がりを放置すれば共産党が人民の支持を失いかねないという危機感が存在すると考えている。中国は毛沢東の時代から数々の政治闘争を繰り広げてきたが、「対人民」という視点を失ったことはない。(敬称略)