公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

太田文雄

【第392回】防衛白書に感じた物足りなさ

太田文雄 / 2016.08.08 (月)


国基研企画委員 太田文雄

 

 今年の防衛白書を読んで、かつて昭和62年(1987年)に白書の第1部「世界の軍事情勢」の執筆を担当した者として所見を述べたい。今回の白書では、中国の軍事力の具体的な増勢予測について記述がなく、単に「今後の動向が注目される」といった表現が多く目についた。また、今日的なトピックに関しては、読者に分かりやすいように、軍事技術的な比較が必要ではなかろうか。

 ●中国軍事力の将来予測を
 中国は経済が減速し始めたとは言え、既に2隻目の空母や主要艦艇の建造を決定しており、今後とも国防費伸び率の急速な低下はないであろう。
 本年6月に米海軍分析センターが出版した『偉大な“海洋力”となる中国の夢』には、2020年に主要艦艇の隻数で中国は、米海軍の約260隻を上回る270〜279隻を保有する(海上自衛隊は42隻)と記されている。またイージス艦に関しても、海自の8隻と、日本を母港とする米海軍の10隻の合計を場合によっては上回る18~20隻を保有するであろうとの見積もりを明示している。
 さらに、米海軍大学の中国海洋研究所が予測した2030年の中国海軍は、主要艦艇約400隻で潜水艦は約100隻に達すると想定されている。
 防衛白書でもこうした具体的な増勢見通しに基づく将来の軍事バランスが明示されれば、今後我が国がどのような対応をとるべきかについて、明確な指針が得られるのではなかろうか。

 ●軍事技術の比較も欲しい
 一方、中露両国が韓国の終末高高度防衛ミサイル(THAAD)配備に反対している旨は防衛白書に記述されており、ロシアが昨年、弾道ミサイル防衛にも使える地対空ミサイルS400発射機32機を中国に輸出する契約がなされた旨も、報道を引用する形で脚注には書かれている。しかし、射程200キロのTHAADよりも、射程400キロで六つの目標に同時に対処可能なS400の方が遥かに高性能であるという比較は行われていない。
 即ち、中露は倍以上の能力があるS400の契約を昨年しておきながら、韓国のTHAAD配備には反対、つまり「自分たちはやっても良いが他国はダメ」という身勝手な主張をしている。これは、中国が自国の排他的経済水域(EEZ)に入る外国船には許可を求めながら、他国のEEZには無断で入り、調査活動を行っている身勝手さと全く同じである。この身勝手さが、防衛白書の記述からは浮き彫りになってこないのである。
 また冒頭の「日本の防衛この一年」ダイジェスト版で中国の海洋進出を取り上げていないのはどうしたことだろう。折しも8月5日、6日、7日と連続して、尖閣諸島周辺の日本の領海や接続水域に中国海警局の公船が最大13隻侵入、約300隻という大量の中国漁船も付近を航行している。(了)