公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

太田文雄

【第403回】比大統領の対中傾斜を止める日本の責務

太田文雄 / 2016.10.24 (月)


国基研企画委員 太田文雄

 

 先週、中国首脳に手厚くもてなされ、米国との「決別」さえ表明したドゥテルテ・フィリピン大統領が25日に来日する。米ペンシルベニア大学のアーサー・ウォルドロン教授は「(フィリピンを中国になびかせないために)カギを握るのは日本だ」と安全保障専門家とのインターネット上の対話で述べている。日米同盟における日本の貢献度が試されている。

 ●ミスチーフの教訓を忘れたのか
 米国防大学では定期的に外国人卒業生を集めてシンポジウムを行っている。3年前には「アジアへのリバランス(再均衡)政策」をテーマとして、私も卒業生の1人としてアジアの同盟国の視点で講演した。
 その際、参加していたフィリピン人の卒業生で、当時、自国の国家安全保障局に勤務していた海軍将官に対して、私は「1992年に米軍基地をフィリピンから追い出した後、中国はミスチーフ礁を奪ってしまった。あの政治判断は大きな誤りではなかったか」と問うた。すると、この将官は「その通り。我々はあの事象から多くを学んだ。将来、ああした失敗を繰り返したくない」と述べた。しかし、実のところドゥテルテ大統領は、過去のわだちを踏もうとしているのではないか。
 米国の立場に立っても、フィリピンの基地が使えなくなれば、南シナ海での中国との紛争に際して、新たに空母2〜3隻が必要となってくる。米比が決別するコストは甚大だ。

 ●米同盟国としての日本の役割
 フィリピンの日本に対する好感度は極めて高い。オバマ米大統領には「地獄に落ちろ」と暴言を吐いたドゥテルテ大統領も、安倍晋三首相には親近感を抱いているようだ。
 こうした状況で、米国の同盟国である日本としては、訪問するドゥテルテ大統領に対して、上から目線ではなく、丁寧に「中国はどのような国なのか、過去、南シナ海でどのように版図を拡大してきたのか、目先のインフラ投資に目を奪われることなく、将来を見据えて国益を考えるべきではないか」といったことを具体的な歴史的事例を挙げながら説くべきではなかろうか。
 経済的に中国に依存すればするほど、中国がそれを戦略的なツールとして利用することは、数年前のスカボロー礁をめぐる対立時にフィリピン産バナナの輸入制限を課したことからも明らかだ。先週の中比首脳会談で、南シナ海での両国間の領有権争いはいったん「棚上げ」されたようだが、かつて中国が日本に尖閣諸島の領有問題の棚上げを提案したにもかかわらず、昨今、同諸島をめぐり日本への圧力を強めている現実をドゥテルテ大統領に説明するのがよいだろう。
 海洋の法秩序を守るためにも、また重要な海上交通を南シナ海に依存する日本の国益からも、悪化しつつある米国とフィリピンの仲を取り持ち、自由主義陣営からフィリピンが脱落しそうになるのを押しとどめる必要があるように思われる。それに成功すれば、米国は日本を頼りがいのある同盟国として見直すことにもつながるであろう。(了)