公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

西岡力

【第430回・特別版】拉致被害者救出運動20年に想う

西岡力 / 2017.03.27 (月)


国基研企画委員・東京基督教大学教授 西岡力

 

 家族会と救う会が北朝鮮による拉致被害者の救出運動を始めて20年が経った。政府認定被害者が最初に拉致されてからでは40年が経っている。しかし、認定被害者17人のうちたった5人しか助けられていないし、認定された人以外にも確実に被害者は存在する。被害者が全部で何人なのかさえ、いまだに明らかにできていない。なぜ、このように惨めな状況なのか。
 
 ●なぜ救えなかったのか
 その最大の理由は、わが国の不作為にある。日本人拉致が集中するのは70年代後半から80年代初めにかけてだ。警察は北朝鮮工作船が使用している無線機を特定し、秘密裏に電波を傍受して工作員の侵入、脱出を取り締まっていた。77年から78年までに多発した海岸近くでの失踪事件について、電波情報その他の証拠から警察は北朝鮮による拉致を疑ったが、公表しなかった。
 87年の大韓機爆破テロに拉致被害者が利用されたことが判明すると、88年に国会で国家公安委員長が「北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚」という歴史的答弁を行った。しかし、主要マスコミは報じなかった。2年後に自民党の金丸信、社会党の田辺誠両氏らの訪朝団が金日成主席と会ったものの、拉致問題に言及しなかった。外務省も日朝国交正常化交渉で、田口八重子さんのことを1回本会談で取り上げただけだった。
 私はその頃、月刊誌に学者として初めて拉致問題の論文を書いたが、徹底的に無視され、身の危険がないかと問い合わせを受けた。匿名の脅迫状も来た。異常な北朝鮮タブーが存在した。
 タブーを破ったのが家族会だ。97年、韓国当局からの情報により横田めぐみさんの拉致が判明した。横田さんの両親は実名と写真を出せば娘が殺されるかもしれないと深刻に悩んだが、世論に訴える選択をした。その決断を受けて他の被害者家族が集まり、家族会ができた。私も有志らと救う会を作り、20年間、共に運動してきた。
 運動開始5年後の小泉純一郎首相の訪朝では拉致が主要議題になり、金正日総書記が拉致の一部を認めて5人を帰すという成果があった。しかし、外務省は全被害者救出より国交正常化を優先していたので、チャンスを生かし切れなかった。
 
 ●今、何をすべきか
 わが国が被害者救出を最優先することと、北朝鮮に強い圧力をかけて日本に接近せざるを得なくすることが解決に不可欠だ。私たちは97年から政府に専門部署の設置を求めていたが、2006年に担当大臣と政府対策本部ができたことで実現した。2003年から拉致を理由にした制裁発動を求めたが、昨年、現行法規で可能なほぼ全ての制裁が拉致も理由に明記して発動されたことで実現した。
 核実験とミサイル発射の暴挙を続ける金正恩政権に対して、米国をはじめ世界が強い圧力をかけている中、私たちは日本政府に「拉致問題を最優先として今年中に全被害者を救出せよ」「日本独自の制裁の解除などを見返り条件として被害者帰国のための実質的協議をせよ」と求めている。被害者が助けを待っている。何としても救わなければならない。(了)