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湯浅博

【第456回】「戦闘できない自衛隊」は抑止力を弱める

湯浅博 / 2017.07.31 (月)


国基研企画委員・産経新聞特別記者 湯浅博

 

 責任ある政治家は、自衛隊の「隠蔽体質」などをめぐり空論をもてあそぶことをやめ、日本が直面する安全保障上の危機に向き合うべきである。北朝鮮は日本の政局をあざ笑うかのように、再び大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射した。射程が1万キロを超えて米国本土に達するとみられることから、米国の対北攻撃が現実味を帯びてきた。ところが、至近距離にミサイルを撃ち込まれた当の日本は、まるで昼行燈の天下泰平である。南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣された陸上自衛隊の「日報」(活動記録)をめぐり、「戦闘」か「武力衝突」かの言葉遊びに終始した。揚げ句に、戦闘があったことを隠蔽したとして稲田朋美防衛相が辞任に追い込まれた。自衛隊は「戦闘地域に行けない軍」として侮りの対象になり、国会が自国の抑止力を弱めてしまったのだ。
 
 ●国家戦略そっちのけの野党
 事の発端は、稲田防衛相がPKO派遣の正当性を主張するために、憲法上問題になりかねない日報の「戦闘」という表記を「武力衝突」に言い換えて国会答弁をしたことだ。防衛相は「法的な意味で戦闘行為はなかった」と語り、かつて小泉純一郎首相が言った「自衛隊がいるところが非戦闘地域」と似た響きの苦しい答弁を繰り返した。
 陸自が現地に赴けば、政府軍と反政府軍の衝突はいつ起こるか分からず、停戦監視や兵力引き離しだけでなく、文民保護など臨機応変に対処しなければPKOは務まらない。
 それにもかかわらず野党は、防衛相の失言を国家の大事のように扱い、メディアを動員して「戦闘」か「非戦闘」かにこだわり、時間を浪費した。朝鮮半島に核の脅威があり、中国による領海侵入が頻発しているのに、内向きの野党は日本の国家戦略や安全保障戦略を語らない。枝葉末節の用語解釈に執着し、政権を揺さぶることしか頭にない。
 
 ●ムシャラフ大統領の驚き
 米軍がアフガニスタン攻撃をしていた2001年11月、与党の3幹事長がパキスタンのムシャラフ大統領を訪ね、日本もテロ特措法が成立して自衛隊を派遣できるようになったと説明したことがある。喜んだ大統領は、せめて国境から500キロの難民キャンプを守ってほしいと依頼した。自民党の山崎拓幹事長らがあわてて「憲法の制約で戦闘地域に行けない」と答えると、大統領は「軍が戦闘地域に行かなければ意味がない。難民キャンプにはNGOの日本人女性もいるのに」と声を荒らげた。昼行燈が戦時下の国際常識に遭遇した瞬間である。
 ムシャラフ大統領は、この世に「戦闘地域に行けない軍」があることを知った。今回の「日報」問題では、中国やロシアや北朝鮮は自衛隊を「戦闘できない」組織と誤解する恐れがある。弱い国家のイメージは抑止力の低下につながり、近隣の強権国家が軍事的圧力を安易に使う道を開きかねない。かくて憲法改正は喫緊の課題であり、党益を優先する議員の存在は日本を危険にさらす。(了)