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2010.11.19 (金) 印刷する

【詳報】 月例研究会 「日本外交の敗北―中国の恫喝になぜ屈したか」

国家基本問題研究所は平成22年10月12日、尖閣諸島沖漁船衝突事件での中国人船長釈放を受けて、「日本外交の敗北―中国の恫喝になぜ屈したか」と題する緊急研究会を東京・平河町の都市センターホテルで開きました。会場には会員287人、一般50人、議員6人、議員秘書5人、報道関係6人、役員9人が集まり、登壇した櫻井よしこ理事長、田久保忠衛副理事長、潮匡人企画委員、山田吉彦東海大教授の議論に耳を傾けました。詳報は以下の通りです。


左から、櫻井理事長、田久保副理事長、潮企画委員、山田吉彦東海大学教授

櫻井 日本の周りで多くの問題が起き続け、政府の対応はあまりにもお粗末です。政府は国民と危機感を共有していないのではないか。日本は外交で中国に敗北を重ねています。尖閣問題や日中関係の現状と解決策について討論を進めたいと思います。

田久保 外交問題のトリック性ないしマジックを今回の事件で説明したい。9月7日に(尖閣沖での漁船衝突)事件が起き、ボクシングに例えると日本は19日まで軽いジャブを中国に浴びせられ、それ以降重いパンチが出てきて、菅直人首相はグロッキーになり、マットに沈んだ。日本の歴史の中でもこれほど屈辱的な出来事はないと思います。

19日までに何が起きたかというと、日本の大使が中国政府に5回呼びつけられ、このうち1回は深夜だった。領海侵犯をしたのは先方だから、日本政府が中国の駐日大使を呼びつけるなら分かるが、逆になっています。マスメディアもこのトリッキーなやり方に気づいていない。次に、東シナ海のガス田交渉が中国により一方的に延期された。それまで日本は交渉を要求していたのに、いったん延期されると、いつの間にか再開をお願いする立場になった。中国の観光団が訪日を中止すると、日本は訪日をお願いする羽目になった。

19日以降起きたことは三つで、まず温家宝首相がニューヨークで「この問題には対抗措置を取る。その結果について日本は責任を取らなければいけない」と言った。殴り倒されて鼻血を出しても、お前が悪いという言い方です。菅首相はこれで震え上がったのではないか。軍事力を持たない国の指導者はよほど強靭な精神力がないと、位負けします。次に、レアアース(希土類)の輸出をストップすると言われた。ハイブリッド車その他に使う原料を止められれば、悲鳴を上げる以外にない。最後に、フジタの4人が「人質」に取られ、日本政府はプレッシャーを与えられた。(予算委員会などで政府を追及する)自民党はこのトリック性にもっと気づいてよいのではないか。

過去にこうした外交上のトリックを見破った男がいます。1970年代後半、ソ連が欧州正面と極東部に中距離ミサイルSS20を展開し始めた。この時、その意味を見破ったのは当時西ドイツのシュミット首相です。彼は、先にミサイルを持った方が「主」になり、持たれた方が「従」になるというトリックに気づき、二路線方式を採用しました。SS20と同じ威力を持つ米国のパーシングⅡと巡航ミサイルを西ドイツに配備し、ソ連と条件を同じにした上で、双方のミサイルを半減し、最後にはゼロにしようというものです。この戦略眼は素晴らしい。これを全面的にバックアップしたのがレーガン米大統領です。

これほど強靭な精神力と戦略眼と実力は、初めから日本に欠けていたと言えます。日本はこれまで、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と憲法前文に書いてあるように、周辺国家はみな平和愛好国なのだから、日本が平和を唱えていれば安全は保たれると考えてきました。これでは国際情勢の変化に応じられません。

1991年の湾岸戦争の時以来、日本は揺さぶられるたびに、憲法を改正せず拡大解釈でしのいできました。初めは米国から押し付けられた憲法ですが、日本は軽武装で経済大国を目指すという原則を勝手に立てて、そのうち自己暗示に陥り、これでいけば大丈夫だと思うようになった。しかし、このやり方はもう限界です。中国漁船が100隻、200隻とやってきて領海侵犯をしたら、日本は対応できません。

今回のような事件が起きると、「落とし所」を探るのが政治家だと思っている政治家が多い。しかし、これは国家主権にかかわる問題ですから、1ミリも譲るわけにいきません。ところが、政治家は譲歩する口実を何とか見つけようとする。その証拠を三つ挙げたい。

一つは、仙石由人官房長官が「両方の極端なナショナリズムを警戒すべきだ」と言ったことです。ナショナリズムがなさすぎる日本と、ありすぎる中国を同列に並べて、両方とも危険だと言っています。この人は落とし所を探っているな、と私は思いました。

次に、「中国政府は日中関係を重んじているのに、中国の世論が激高して、困っている」と日本の新聞は物知り顔で書き、日本政府高官も同じことを言っています。これは嘘です。日本を非難し、中国の世論をかき立てたのは中国政府の息がかかった中国のマスコミです。中国政府が困っているのは事実かもしれませんが、中国政府にいかにも同情的な発言をして、問題から逃げようとしているとしか思えません。

もう一つ、日本は米国のお墨付きを欲しがっています。日米外相会談でクリントン国務長官から漁船衝突事件の早期解決の希望が伝えられると、あたかも米国の圧力があったかのように、中国人船長を釈放しました。釈放の口実を米国に見つけようとするのは、初めから位負けです。


山田吉彦東海大学教授

山田 首相官邸は「静かなる外交の勝利」と言っていますが、とんでもない。「静かなる侵略」に屈しただけです。(漁船船長の釈放後に)非武装の中国の漁業監視船がわずか2隻来ただけで、日本政府は右往左往の大騒ぎをしました。

中国は離島の管理強化などを定めた「海島保護法」を今年施行し、これに基づいて東シナ海や南シナ海で活発に活動しています。前面に出てきているのは海軍でなく、「漁政」と呼ばれる農業省の監視船です。東シナ海の監視船は武装していませんが、南シナ海では元駆逐艦がインドネシアやベトナムの海軍に機銃の銃口を向け、密漁船を守っています。

今回、中国の漁船団が160隻ほど東シナ海に現れました。撮影されたビデオ映像には、中国漁船の船長が甲板に立って海上保安庁巡視船に罵声を浴びせたり、下品な仕草をしたりして、かなり挑発するところが映っているそうです。海保が停船命令を出したところ、漁船は巡視船2隻に体当たりをして逃げようとしました。当初は領海侵犯を視野に入れていたのに、いつの間にかなくなってしまって、公務執行妨害で逮捕しました。

しかし、わずか数日で証拠となる漁船と、証人となる船員を帰してしまいました。立件しようとするなら、船員を尋問し、船長が何を命じたのか調べなければならない。体当たりの命令があったという証言を取れば、衝突の映像が証拠として生きてくるわけです。

海上保安部のある石垣島で知人が聞いた話では、(石垣島に連行された)漁船側から、海保職員が乗り込む映像や岸壁にいる人々をビデオ撮影していたといいます。巡視船と衝突した際にも、中国側に有利な証拠とするビデオを撮っていた可能性が大きいのです。

中国からは今年夏に270隻の大漁船団が尖閣近海に来ました。今回の160隻のうち、30隻は領海侵犯をしたことが分かっています。海保にできることは(領海外に)追い出すことぐらいしかありません。日本が昨年拿捕したのは、中国船1隻と台湾船1隻だけです。

これに対して、韓国が捕まえた中国漁船は昨年だけで500隻です。領海侵犯は、明確な対応を取らないと繰り返されてしまう。抑止効果としても、逮捕しなければいけない。

今回の160隻は、ほとんどが同じ型の船です。民間の漁師が船を出しているのではなく、組織立った大船団に漁業監視船と称する警備艇が付いて、漁に来ているのです。中国政府の指示の下に、どこでどれだけ取るのかが決められている。

今年6月、(南シナ海の)インドネシア海域で密漁をしていた中国漁船をインドネシア海軍が捕まえたところ、30分後に中国の元軍艦の警備艇が来て、(インドネシア海軍に)銃口を向け、解放させています。中国は南沙諸島でも同じことをやっています。漁民を前面に出しておいて、ベトナム軍が出たところで、人民解放軍が出ていく。

クリントン国務長官は尖閣諸島に日米安保条約が適用されると発言しましたが、それは日本の「施政権下」にある場合です。日本が管理している場合に限って安保条約が使えるのです。今は日本が実効支配しているから強みがある。しかし、尖閣が中国漁民に占領されたらどうしますか。

実効支配を確立するためには、人が住むか経済行為をしなければならない。尖閣諸島は今は無人島です。しかも(魚釣島などは)個人所有です。国が何らかの管理をしなければ、いつ中国漁民がなだれ込んでくるか分からない。

今、中国は海洋権益の拡大に走っています。東シナ海でも南シナ海でも海底ガス田の開発を進めている。日本は東シナ海で黙って見ているだけです。協議をすると言いながら、何年も協議は進んでいません。ガス田の試掘は民間企業任せにせず、国がやってもよいのではないでしょうか。尖閣近海へ日本の漁民が漁に行けるように、燃料代ぐらい政府が出してもよいのではないでしょうか。政府が動かなければ、東シナ海は中国に実効支配されてしまいます。

今回の事件が(エスカレートせずに)終わった裏には米軍の動きがありました。原子力潜水艦「ミシガン」は9月28日に横須賀に寄港するまで、トマホーク・ミサイルを積んで東シナ海にもぐっていました。29日には東シナ海で、米軍が上陸訓練を行い、インド陸軍特殊部隊がこれに参加していました。中国に無言の圧力をかけてくれたのです。

 尖閣諸島に住民がいないことは、排他的経済水域を主張する上で、日本にとってウイークポイントになりかねません。早急に政府職員(例えば防衛省の「背広組」職員)を常駐させるべきで、これは大した予算も法改正も必要とせずに実行できます。また、海保による警戒監視活動の頻度を多くし、ヘリによる監視回数を増すことも、直ちにできると思います。3ケタの数の船団が中国から尖閣に押し寄せてきた場合、海保の能力で対応できない可能性も視野に入れて、少し距離を置いた海域に海上自衛隊を常時配置し、内閣が自衛隊出動の根拠となる「海上警備行動」をいつでも発令できるようにすることも、法改正なしにできます。

理想論を言えば、最終的には憲法改正、あるいは憲法9条の政府解釈に基づき歴代内閣が守ってきた防衛政策の基本を、今回の事件を機会にゼロベースで見直すべきです。

その関連で言うと、仮に海上警備行動が発令され、海自の出番になっても、武器使用には厳しい制限があります。一連の法改正の中で「船体射撃」はできるようになりましたが、正当防衛または緊急避難の要件を満たさない限り、人に危害を与えてはならないという厳しい制約が課せられています。これは海保も同じです。このように手足を縛った状態で、高いリスクを背負わせ、そのような(危険な)海域に出動命令を出すというのは、政治の在り方として根本的に間違っていると思います。

通常の海軍なら威嚇射撃をしますが、わが国の場合は正当防衛にならない限り相手を撃てないのですから、威嚇射撃もできない。このあたりも、今回の事件を教訓に速やかに法改正をすべきです。

さらに言えば、そもそも自衛隊には領域警備の権限がないので、海自も海上警備行動が発令されない限り何もできません。ここを根本的に改め、諸外国の軍隊と同じように、例えば日本の領海に無断で外国の軍艦が入ってきた場合にはただちに警告射撃ができるようにし、警告に従わない場合には撃沈を含む措置が取れることを法律で明確にすべきだと思っています。

中国は2010年までに第一列島線(日本列島―南西諸島―台湾―フィリピン)の内側を「中国の海」にするという戦略を掲げて努力してきたわけで、それを体現したのが今回の事件です。中国海軍は沖縄近海を通らないと太平洋に出られませんが、尖閣はそのルート上にあります。尖閣に対する領有権主張は海底資源狙いだけでなく、軍事的な意味合いを含むことを改めて肝に銘ずるべきです。

かつて尖閣に上陸したのは西村眞吾前衆議院議員ただ一人と記憶していますが、実は私も現場にいて、私の船には石原慎太郎さん(現東京都知事、国基研理事)も乗っていました。元運輸大臣が乗船している船に海保が妨害行動を繰り返すのを見て、暗澹たる思いに駆られました。上空からは海自の哨戒機P3Cが威嚇してきました。日本の国会議員の尖閣上陸を阻止したのが日本政府だったことをこの機に改めて申し上げたい。民主党政権だから弱腰という指摘はすべての真実を語っているわけではありません。

中国は2020年までに第二列島線(伊豆諸島―小笠原諸島―グアム―パラオ―ニューギニア北西部)の内側を中国の海にする考えで努力しており、米国防総省の報告書では、同年までに複数の空母の建造を検討中とされています。ということは、日本の領域と排他的経済水域がすっぽりと中国のものになりかねないということで、そうならないためにも、日本は戦後の歩みから舵を大きく切らなければなりません。日本は重大な岐路に立たされています。

櫻井 お三方の話で、問題の核心部分がはっきりしました。第一に、民主党政権は領海侵犯事件を公務執行妨害という刑事事件として扱おうとしました。そして、地方検察官が釈放を決めたとして、事務方レベルの話で済ませようとしました。これに対して中国側は、徹底して主権の問題だとの構えを取り、こぶしを振り上げて、経済や人的交流などすべての面で日本を攻めてきました。菅首相や仙石官房長官など国家主権の観念がない指導者が刑事事件として扱おうとし、中国は総力を挙げて国家主権の問題だと言ってきた時に、勝敗はおのずと明らかです。

より深刻なのは、尖閣諸島の問題がもっと大きな東シナ海の問題につながっていることです。日本が白樺と呼び、中国が春暁と呼ぶ天然ガス田で、中国の一方的な開発が進んでいます。8月に、ガス田のプラットホームの真下から濁った水が広がっているのを朝日新聞が写真に撮って報じました。水の濁りは掘削を始めたために起きたのです。濁りはその後もずっと続いています。つまり、ずっと掘り続けているということです。

政権が自民党から民主党に代わっても、日本政府は中国が掘削を始めたらしかるべき措置を取ると言っていました。専門家に言わせると、水の濁りイコール掘削です。しかし、今の民主党政権は「確認中」と逃げています。

中国海軍の三つの艦隊のうち、司令部を青島に置く北海艦隊と寧波に置く東海艦隊が東シナ海から太平洋へ出ていく時に必ず通らなければならないのが、白樺のある海域なのです。つまり、この海域を中国は取らなければならないし、日本は取らせてはならない。取らせないだけの権利は日本にある。東シナ海の半分は日本のものです。

これを阻止できるかできないかが、日本の運命と中国の野望に大きな影響を及ぼします。日本は主権国家としてどうすべきであり、また、米国や他のアジア諸国はどういう構えで対応しようとしているのでしょうか。

田久保 日本と他の国々の根本的違いを説明しましょう。20世紀初頭にセオドア・ルーズベルト米大統領は、軍拡でカリブ海などに進出してきたドイツに対し、「でっかい棍棒片手に猫なで声で」(Speaking softly while carrying a big stick)周辺海域から出ていくように伝えました。日本にはこの棍棒(軍事力)がないのです。自衛隊はあるが、軍隊のシステムになっていない。他の普通の国にはそういうシステムがあるというのが根本的な違いです。棍棒はなくても猫なで声で外交をやれると言ってきたのがこれまでの日本で、今回の事件でそれが通用しないことがはっきりしました。

もう一つ、日本の根本的欠陥は、国と国がぶつかり合う国際政治には強烈な国家意志が必要なことを政治指導者が認識していないことです。菅さんや仙石さんは市民運動や学生運動で、国を敵として闘ってきた人です。外交・防衛など未知の世界で、自民党政権も(中国に)弱かったが、さらに弱いのが今の民主党政権です。

当面やるべきことはたくさんあるが、方向性は、小さな棍棒でよいから、普通の民主主義国が持つ戦える国軍をつくることです。せめて東南アジア諸国並みに、軍隊のシステムを持つ方向に歩むことが必要です。

櫻井 南シナ海では、アジアの国々が日本より一歩先に中国に牛耳られています。ベトナムは西沙諸島を取られ、フィリピンはミスチーフ環礁を取られ、インドネシアは中国漁民を捕まえたために武力で脅され、釈放させられました。

それでも、アジアの国々は軍事力を動員して中国に対抗しようとした。それに対して、クリントン国務長官もゲーツ国防長官も、米国はアジアに再びコミットするという姿勢を示して、南シナ海の航行の自由は米国の国益だと表明したわけです。

米国は事実上、東南アジア諸国連合(ASEAN)の側についた。しかし、これも、インドネシアやベトナムが本気で戦う姿勢を見せたからです。各国がまず自力で何とかしようという姿勢を見せたことが米国を動かした一つの理由だと思います。米国は南シナ海が自らの国益に直結すると考えるからASEANの側についたのであり、その行動を別に美化する必要はありませんが、ここでは各国の自助努力がないと何も始まらないことを申し上げたい。日本はその自助努力を全くしていません。

そこで、日本が尖閣に誰かを住ませるとか、海保の船を増やすとかの動きに出るとしましょう。その途端に中国を刺激して問題がややこしくなるので、何もしないのが一番だという人が多いのですが、中国が出てくる時にどうしたらよいのかについて、意見を聞かせてほしい。

 今回の事件で菅内閣が取った対応は、セオドア・ルーズベルトのやり方とは逆でした。船長の逮捕から拘留延長までは Speaking softly と正反対です。big stick がないからソフトに話せないわけで、「弱い犬ほどよく吠える」というたとえが当てはまると思います。

実は、尖閣に日米安保条約第5条が適用されるということは、端的に言えば「尖閣で何か起きたら、日本が自分で何とかしなさいよ」ということなのです。なぜなら、安保条約の下で米国に頼るのは打撃力と核抑止力であり、「限定的かつ小規模な侵略については、原則として(自衛隊が)独力でこれを排除」(1976年防衛計画大綱)することになっているからです。

従って、まず日本が独力で対処する姿勢を示さなければ何も始まりません。それをせず、日本が中国に外交的に敗北したことに、東南アジア諸国は落胆しています。こういうことを繰り返してはいけません。このままずるずると船長を不起訴にし、ビデオ映像も公開しないなら、10年後は取り返しがつかない世界になるとことを肝に銘じ、今の政府にそのように迫っていくべきだと思っています。

山田 中国は虎視眈々と何十年もかけてこの日を狙ってきました。1992年には領海法を定めて、尖閣諸島は自国領だと一方的に決めました。そして、昨年制定した海島保護法で、尖閣のような無人島は国有地だと決めたわけです。彼らは法律を先に作り、理屈を後付けします。

中国は1970年になって急に尖閣諸島の領有権を主張し始めました。古文書を引っ張り出してきて、西太后が尖閣を臣下に領地として与えたなどと言っていますが、その後に実効支配が中断したのは確かなので、国際判例によれば、領有権の根拠にはできません。

逆に、日本の実効支配の歴史はしっかりしています。戦前には約200人が住んでかつお節の工場を操業したり、アホウドリから羽毛を取ったりしていました。ここは人が住める島なので、住める環境を整備しないといけません。人が住むか、経済生活を送らないと、中国は領有の主張をますます強めます。国際法廷に出る時には、どちらが使っているか、あるいはどちらが調査活動をしているかが重要になります。

日本では今年、領海や排他的経済水域の基点となる離島を「特定離島」に指定し、港湾整備などを行う「低潮線(干潮時の海岸線)保全・拠点施設整備法」がようやく制定されましたが、特定離島に指定されたのは沖ノ鳥島と南鳥島だけで、尖閣諸島は指定されませんでした。担当者にその理由を尋ねたところ、「(対中関係に配慮する)外務省の問題です」という答えが返ってきました。本当に重要な島に、なぜ政府直轄の港を造らないのでしょうか。国際的にも正当性のある尖閣の領有権を、国内法を整備する中で主張していくべきです。このままでは、子どもたちが白地図に日本の領土を赤く塗れなくなってしまいます。

田久保 かつて通信社記者として、国際情勢を那覇で見るのと東京で見るのとワシントンで見るのとでは全然違うという体験をしました。那覇、東京、ワシントンにはそれぞれの視点があるのですが、ほかの視点もあるということを頭に入れないと、トンチンカンなことをやる。そのよい例が今の民主党政権です。

鳩山前首相も菅首相も、どの国と組んでどの国と対抗しようとしているのか訳が分からない。民主党には600人の訪問団を組んで北京へ行き、米国には行かない実力者がいました。日本と中国と韓国で東アジア共同体をつくるとぶち上げ、当時の外相がこれには米国を入れないとわざわざ発言しました。ニクソン訪中以来、米中間に大変な接触があることを知らないで、「私は米中の橋渡しになる」と国連で演説した首相もいました。

ワシントンから見ると、中国の狙いは東シナ海にあるのではない。13億人の生活水準を上げないと暴動が起きるかもしれないので、資源を求めているのです。北はロシア極東部に石油・天然ガス、森林資源が無尽蔵にあり、そこへ中国は企業ごと入っている。西はカスピ海から石油と天然ガスをパイプラインで持ってくる。中央アジアでは道路と鉄道に投資している。南はインドの周りに「真珠の首飾り」と呼ばれる港湾施設を造り、中東から石油、アフリカから原料を運ぶシーレーンの中継地点にするとともに、中国の軍艦も寄港できるようにする。南シナ海では海南島に中国の大海軍基地ができ、西沙諸島は既に中国に実効支配されてしまった。今は南沙諸島が問題になっている。それと同時に、東シナ海で今度の事件が起きた。

ベトナムのハノイで7月にASEAN地域フォーラム(ARF)の会議があった時、クリントン国務長官は「南シナ海の航行の自由は米国の国益だ」と言いました。これに対し、中国の楊潔●(竹かんむりに褫のつくり)外相は「二国間の問題に他国は介入すべきでない」と反論しました。中国はそれより前に「南シナ海は中国の核心的利益」と表明しており、それを承知しているからクリントン長官は「米国の国益」と言ったのです。

東シナ海の問題で怖いのは、弱腰の菅政権と、国際情勢の全体像を理解できない政治家が、トラブルを明日に持ち越さないことだけを考えていることです。主権の問題は簡単に譲ってはいけないし、国の体質を健全なものに直していかないと日本の存在価値はなくなってしまうという危機感を持っています。

櫻井 中国の他国との交渉の仕方を見ると、中国は自分たちの主張を1ミリも曲げず、取った領土は1ミリも譲りません。日本の中には、日本が強く出ていろいろやると中国を刺激し、事態をもっと悪化させるから、大人の対応をするのがよいと言う人がいますが、そういう考え方は完全な間違いであることが分かります。

中国は中華的帝国主義思想で、ある日突然、南シナ海や東シナ海を自分のものだと主張し、いったん主張したら後に引かない。チベットやウイグルとの関係でも、それは示されています。ということは、日本がいくら気を使って、中国を刺激しないように、中国を怒らせないようにしても、中国は怒る機会を見つけて怒るのです。そして、やがて全部取ってしまうのです。わが国が取るべき道はただ一つです。日本の国益を前面に押し立て、言うべきことを言う。中国に対してだけでなく、国際社会に対しても強く主張しなければいけないと思います。

尖閣諸島を所管する石垣市の中山義隆市長は最近上京して、①領海侵犯には毅然として対処してほしい ②海保の警備態勢を強化し、海自も活用してほしい ③尖閣諸島を漁民が利用できるように、港を整備してほしい ④尖閣に固定資産税を課すので、その調査のため上陸を認めてほしい―という要望を民主、自民両党に提出しました。どれも、もっともな要望です。しかし、それを実施するためには、知恵を働かせることも必要です。どういう知恵を働かせることができるでしょうか。

山田 石垣市ではいろいろなアイデアが出ています。尖閣周辺に中国が漁船団を出すなら、日本も漁船を出し、台湾にも呼び掛けて、日本の主権の下にマグロ漁をして、石垣マグロとして売り出そうというのが一つ。もう一つは、尖閣を国が管理する海洋保護区とし、その中でどのように使っていくかを考えようというものです。海底資源の調査を日本単独で行うことに外務省が難色を示すなら、日本の主権の下に台湾や米欧の石油メジャーを入れて共同調査してもよい。中国が参加を求めてきたら、東シナ海ガス田開発で中国が日本にしたように、出資ぐらいは認めてもよいでしょう。

櫻井 素晴らしいアイデアですが、その前に日本の主権を確立することが大事です。

田久保 一つは、政治的意志の問題があります。日本は聖徳太子以来、中華圏に属さなかった。今の政治家にはこのような気概を持ってほしい。

二つ目は、普通の民主主義国が持つような軍隊を持たないと、どうにもなりません。

第三に、現状では、石垣島でマグロ漁大会をやってすむとは思いません。国際政治はもっと冷厳です。1938年に英国のチェンバレンがヒトラーに取った宥和政策は、翌年にドイツ軍のポーランド侵攻を招いた。その後、平時から軍備の必要を唱えていたチャーチルが海軍大臣として復帰し、ドイツと戦い抜いて今日の英国があります。東シナ海で自衛隊が応戦できるような法体系を早く作ることと、日本の最前線で安全保障のために頑張っている海保に報いる精神的、予算的措置を早く講じないといけません。

 海上保安庁法第25条には、海保は軍隊とみなされてはならないという趣旨のことが書いてあります。それも改正していただきたい。自衛隊に防衛出動が発動されれば海保は海自の統制下に置かれるという自衛隊法の規定と矛盾する25条は、廃止するなどの正しい法改正をすべきです。

政府には、国益を守ってほしいという当たり前のことを言わなければならない。仙石官房長官はホームページで「政治理念」の一番上に「地球市民」と書いてあります。地球市民の前に日本国民であり、しかも官房長官なのだから、国益を守るという立場でしっかり頑張ってほしいものです。

中国の民主活動家、劉暁波氏へのノーベル平和賞授与で思い出したのは、ナチスに抵抗したドイツのオシエツキーという人に同じ平和賞が1935年に与えられたことです。欧米の知識人らが声を上げて授賞に結び付いたところは、今回と似ています。当時、日本が何をしたかと言えば、日独防共協定を結びました。ナチスはその直前にベルリン五輪を開催し、国威を発揚しました。今の中国と瓜二つです。北京五輪で欧州の王族や政治指導者の多くが開会式への出席を拒否した中、日本の首相は出席しました。日本は同じ誤りを繰り返しているという思いを禁じ得ません。もし菅首相が人権に普遍的な価値があると本心で思っているなら、なぜオバマ米大統領やフランス外相のように、中国に即時釈放を求めることぐらいできないのでしょうか。

櫻井 尖閣を中国に奪われないようにするためには、物理的にわが国の力で守ることを確認しないと駄目だと思います。そのためには自衛隊を配置しないといけない。日本最西端の与那国島の外間守吉町長は、自衛隊の駐屯を自民党政権時代から請願しています。なるべく早く100~200人を入れたいという考えは民主党政権にもありますが、実現まで4年もかかるのでは間に合わないので、迅速に行うべきです。石垣島にも自衛隊を置かないといけないと思います。

最後に、菅首相が尖閣問題にどのような姿勢で取り組んでいるかを別の側面から見てみたい。国連総会出席のためニューヨークに出発する前の勉強会で、菅首相は日中関係がなぜうまくいかないのかと、官僚を怒鳴りつけたそうです。領海侵犯事件が起きた時、菅さんは民主党代表選の票読みで忙しく、何の手も打たず、問題が大きくなるまで放っておいたのは自分だということに気づいていない。

わが国の首相は戦略、政策とも空っぽです。このような政権の下で中国と向き合うのは並大抵のことではありません。官房長官も国家意識のない方ですから、わが国の直面する危機は深まるわけです。これをどうするか、国民が声を上げるしかありません。(了)

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