公益財団法人 国家基本問題研究所
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役員論文

2011.11.25 (金)

幻想振りまいた仏文の知的群像 平川祐弘

幻想振りまいた仏文の知的群像

 比較文化史家、東京大学名誉教授・平川祐弘 

 東大の南原繁、丸山真男、マルクス経済学者の大内兵衛、都留重人などは1950年代初め、岩波の雑誌や朝日新聞紙上で全面講和論を展開し、直接、間接に社会主義勢力を支持した。論壇を支配した勢力は60年には安保反対を唱えた。東大仏文の渡辺一夫も、「今こそ国会へ」と学生のデモを支持した。デモの一部は暴走し、仏文科の助手Sは警官の警棒で頭を割られた。国会前で女子学生が死亡するや、興奮は絶頂に達した。

 ≪泰斗渡辺一夫の政治的幼児性≫

 私も戦争直後は社会主義の優位を信じていたが、留学して西洋の新聞を5年間読むうちに、左翼幻想はさめてしまった。英米が同盟するように、日米も同盟するがいい。そう思うようになっていた私は帰国直後、プラカードを担いで安保反対のデモに行く仏文の連中と会っても話は合わなかった。

 あれから50年、先日、80歳を過ぎたSに会ったら、「安保騒動はマス(集団)・ヒステリーだった」と平川説に同調して笑った。とすると、戦後日本の知的ヒーローだった「渡辺先生」以下の仏文出身者の正体は何だったのか。

 渡辺一夫が戦争中にフランス語で書いた日記は「一億玉砕」の愚を指摘して冷静である。それだけに渡辺格氏が『ももんが』平成14年12月号に書いた「父の政治観」には、やはりそうだったかとガッカリした。「ハンガリーの動乱の頃まで、父は完全な共産主義信奉者であり、日本にもそのうち、革命が起きる、とよく語っていた。共産主義諸国の独裁制も、『資本主義国からの介入を防ぐためにやむをえない処置』と考えていたようだ。後年、共産主義国に関する種々の好ましからぬ情報を入手してからも、共産主義には好意的であり続けたと思う」とある。

 では、なぜそんなナイーヴな国際政治認識の渡辺発言が世に重んぜられたのか。それはラブレー研究の仏文学者の後光がさしていたからだろう。戦後はフランスに関することは大人気で、秀才が仏文に集った。私も駒場に新設された教養学科フランス分科へ進んだ。東大の職を捨てパリに住みついた森有正助教授の『遥かなノートル・ダム』がフランスに憧れる若者の夢を誘った。だが実体は何だったのか。10月末パリから『哲学雑誌』の編集長ブレス教授が来日し、話すうちに思い出が次々に湧いたので、その真贋に触れたい。

 ≪虚構にまみれていた森有正≫

 ブレス先生は1951年、25歳の若さで来日した。敗戦直後だから実存主義大流行で仏語会話の授業でもサルトルの戯曲を読んだ。先生は教養学科1回生、特に仲沢紀雄の論文はすばらしかった、という。何しろ中村真一郎や加藤周一も落ちた狭き門の留学生試験に仲沢はいち早く合格し、森と同じアベ・ド・レペ街の建物に住んでいた。1年遅れでパリに着いた私もそこで2人に何度か会った。

 森は、昨日は何ページ読んだと豪語する。私は「読書量を自慢する読み方はよくない」というハーンの読書論を反射的に思い出す。森は平気で見え透いた嘘をつく。「もうじき家内をパリに呼びます」もその一つだ。デカルトについて博士論文を書いているというのも嘘だな、と私は直覚した。

 ブレス氏は、日仏会館で戦後60年余を回顧し日本人のフランス哲学研究者ではパリ大学でパスカルを講義した前田陽一先生の名はあげたが、森には一言も触れない。知らないのではない。かつて学生だった私に、「デカルトのような有名人を森のようにルネ・デカルトなどといってはいけないよ」と注意してくれたこともあったからである。森の名前が出なかったのも無理もない。森の国家博士論文は大成するどころではなかった。

 辻邦生が森のデカルト研究の草稿が死後、何も残されてないと驚いたが、あれは驚く方がかまととで、間違いだ。因みに、渡辺格氏は『ももんが』の平成15年5月号で晩年の父君は森が帰国し自宅を訪問しても頑として会わなかったこともその理由も引用するに忍びないほどあけすけに書いている。それなのに、森有正に感心するフランス哲学の教授はまだ東大にいるらしい。だがそんな人は森と同じでフランス語で論文を出すでもなく生涯を終えるに相違ない。

 ≪仏かぶれにつけ入るダメ人間≫

 渡辺一夫については、日本に終戦をもたらした昭和天皇の功績に目をつむったことが私には非人間的に思える。日本は革命を体験しなかったから、市民社会として未成熟だ、という類いのフランス礼讃の言葉に隠された容共的革命待望論を私は好かない。パリに憧れた森に憧れた一回り若い戦後民主主義世代からは、国際的に名を売って賞まで取った作家も出た。

 女子大生に向かって自衛隊員の嫁になるな、と訓辞した人も渡辺の弟子にいた。森は日本はダメだと言って、フランス礼讃をして評判になったが、これは、日本インテリの発言の一つの類型で、仏文出身者の一タイプである。しかし、同胞の劣等感につけこんで、自分を偉く見せかける人、誰がダメかと聞かれるなら、そんな人こそダメな人だと私は答えたい。(ひらかわ すけひろ)

11月24日付産経新聞朝刊「正論」