公益財団法人 国家基本問題研究所
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役員論文

2012.04.13 (金)

皇室問題 順序が逆 櫻井よしこ

皇室問題 順序が逆

 櫻井よしこ  

 野田佳彦首相が「緊急を要する」として設けた「皇室制度に関する有識者ヒアリング」に10日、出席した。問いは大別して2点、ご高齢の天皇陛下のご公務をどう捉え、どう支えるか、悠仁さま成人の頃には女性皇族が結婚で民間人となり、宮家がなくなる可能性もある中で、婚姻後の女性皇族をどう位置づけるかである。

 たしかに天皇陛下のご公務は膨大で、ご負担は大きいが、ご負担軽減のために女性宮家創設という問題提起自体、順序が逆である。

 日本の歴史上、天皇は一貫して最高位の祭主であった。歴代天皇は朝に夕に神々を敬い、徳を積まれ、国家・国民を守ってこられた。歴史のほとんどの期間を権力から遠い存在としてすごされた大祭主としての天皇を中心に、日本人は穏やかな文明を育んだ。

 ところが戦後、祭祀(さいし)は皇室の私的行為と見なされ、さらに近年、ご公務の負担軽減を理由として祭祀が簡略化されつつある。これは本末転倒で、日本の国柄を否定するものだ。

 女性宮家創設の前にご公務の再定義が必要である。まず歴史と伝統を大切にする意味で祭祀を最重要のご公務と位置づけ、そのうえで国事行為や象徴行為を優先度によって整理する。天皇陛下でなければ務まらない事柄を除いて、皇太子さまや秋篠宮さまに担っていただき、その余の役割を女性皇族方に分担していただくのが本来の順序であろう。

 女性皇族が担われるのは祭祀でも国事行為でもなく、象徴行為である。日本大学法学部の百地章教授は、象徴行為には各省庁が両陛下にお願いするものが多いと指摘する。ご公務が膨大なのは、各省庁のお願いが過ぎるからなのだ。ご負担軽減のためにはこの点から改めなければならない。

 そもそも女性宮家創設に関する設問も矛盾している。政府は今回は女性宮家に限って論じ、皇位継承には触れないと言う。だが、女性皇族が民間男性との結婚後も皇族として宮家を立てるなら、生まれるお子さまは女系皇族である。そのお一人が即位すれば女系天皇になる。その時点で男系天皇を守ってきた2670年余の歴史が断絶する。

 このように両者は切り離せない。従って私は、いま議論されている民間男性との結婚を前提にした女性宮家の創設には反対である。

 専門家の中に、女性宮家は「皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる」と規定した皇室典範第12条の問題で、他方、皇統は「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」という第1条の問題なのだから、両者は別問題だという意見がある。

 しかし、一連の議論で第1条が改正されない保証はない。

 現に国会で野田首相が皇室典範第1条と、皇統の世襲を定めた日本国憲法第2条に言及し、男系天皇永続には歴史的な重みがあると確認したその眼前で、内閣法制局が世襲には男系も女系もあり得ると述べ、首相の考えを否定した。第1条の改定がないとは言い切れず、女性宮家創設問題と皇位継承問題の切り離しは無理である。

 女性宮家創設を皇位継承と切り離すために、女性宮家を一代限りにするとの意見もある。だがそれが無理なのは歴史が証明している。

 1868年、明治政府は一代限りの皇族制度を設けたが、お子さま方が宮家を継承して皇族になる事例が続き、同制度は崩壊した。親子を身分で分けて別々の存在にすることは実に難しいことなのだ。一代限りの女性宮家も同じことになるだろう。

 だからこそ、婚姻後の女性皇族は日本の歴史にのっとって民間人となり、別の形で皇室をお支えするのがよい。婚姻後もいきいきとご活躍いただくために、ご身分は民間ながら、内親王や女王などの称号を終身お使いいただき、ご結婚後も格式などを十分に保てるような経済的支援を、これまた終身、して差し上げる配慮が必要だ。女性皇族の活躍は皇室の未来に明るいエネルギーを注入するはずだ。

 では、宮家が少なくなり、皇族が悠仁さまお一人になるような事態にどう対処するのか。これも歴史に学ぶのがよい。

 わが国は年来皇室の本質を変えることなく、その時々の問題に柔軟に対処してきた。皇族が多くなりすぎたとき、一部を臣籍降下させた。皇族男子の降下は明治21年に始まっており、大正9年には皇族が多すぎることは皇室の尊厳や皇室財政上「喜ぶべきに非ず」として皇族の臣籍降下に関する内規を定めた。先人たちは皇室の健全な存続を願って英断を下してきた。

 だが現在、状況はかつてとは正反対だ。皇族が多すぎた時代から極めて少数になる初めての局面に、私たちはいる。状況が正反対なら、対処も正反対であり得る。

 皇籍離脱ではなく皇族復帰がよいのである。皇統の安定と男系天皇の維持という大目的のために、必要なのは賢く大胆な方策である。

 まず、皇室典範第9条を改正して養子を可能にする。昔は皇室も宮家も養子をされた。昭和天皇も昭和6年、皇室典範を改正して養子をされることをお考えになった。第9条改正に反対する理由はない。

 臣籍降下なさった男系男子の旧皇族方で、皇族復帰にふさわしい暮らしをしてきた方々に養子あるいは家族養子となっていただく。または新宮家をたてて皇族に復帰していただく。こうして復帰なさった皇族方と、内親王や女王もしくはそのお子さま方とのご結婚が将来、万が一にも成立すれば、二重三重の慶賀となるのではないか。

4月12日付産経新聞朝刊「野田首相に申す」