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国家基本問題研究所

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オバマ新政権と日米関係(田久保副理事長)詳報

田久保副理事長講演の詳報

 

 

 国基研は平成21年1月23日、東京・永田町の衆議院第一議員会館で月例研究会を開き、田久保忠衛副理事長が「オバマ新政権と日米関係」と題して講演しました。研究会には、平沼赳夫元経産相はじめ国会議員32名、議員秘書20名のほか、仙台など地方からも熱心な賛助会員や法人会員ら約30名が参加しました。講演の詳報は以下の通りです。

 

 オバマ大統領の就任演説のキーワードは「再建」と「責任の時代に入った」だった。リンカーン、フランクリン・ルーズベルト、ケネディ、レーガンなど歴代大統領の名スピーチのような、胸を揺さぶる演説になると事前には期待されていたが、実際にはトーンダウンされていた。「責任」など当たり前のことで、内容のない空虚な演説でがっかりした。
 政治家の人気にもバブルがあり、オバマはバブルに恐れおののいていたのではないか。就任式典に200万人も集まったのは異常なことで、報道によると、その半分以上は黒人だった。オバマの実態を冷静に分析する必要がある。
 オバマ・バブル(=期待感の異常な高まり)の原因は、イラクとアフガニスタンの二つの戦争と金融危機で「ブッシュ疲れ」が起きたことと、アメリカ一極時代が終焉する可能性への不安が広がったことにあると思う。

 

 オバマ政権では「スマートパワー」という言葉が浮上してきた。駐日大使になると報じられたナイが最初、ブッシュ政権の軍事力優先路線を批判してソフトパワー(文化力、外交力など)重視を提唱したが、ソフトパワーとハードパワー(軍事力など)をブレンドしたものがスマートパワーだ。オバマやゲーツ(国防長官)がこれを口にしているし、ヒラリー・クリントン(国務長官)の上院公聴会証言で何度も出てくる。スマートパワーはオバマ政権のキーワードになるのではないか。いつかハードパワーを使わなければいけないのに、スマートパワーというブレンド物を使うのでは、いずれ化けの皮がはがれる。
 アメリカ一極時代は崩れる瀬戸際か、と言えば、そうではないと思う。新興国や非国家主体の台頭でアメリカの地位が相対的に下がるのはやむを得ないが、アメリカには底力があり、一極時代は崩れないのではないか。

 

 オバマは日米同盟に無関心ではないだろう。オバマ自身、安倍晋三首相(当時)訪米時に、上院でステートメントを読んでいる。ヒラリーも上院証言で「日米同盟はアメリカのアジア政策の礎石」と言っている。オバマ政権のアジア担当者に、知日派が並べば好ましい。
 ヒラリーは証言で中国について、国際情勢を一変させ得るアクターとして極めて重要だと述べ、新政権は中国と前向きな関係を結ぶつもりはあるが、これからは中国の将来の選択次第だと言っている。
 アメリカでは今や、中国は敵でも味方でもない関係が出来上がっている。同盟関係では、共通の敵がいること、価値観を共にすること、経済摩擦の少ないことが大切だ。日英同盟は20年で切れてしまった。日米同盟もオーバーホールをしないといけない。日米に共通の敵がいなくなり、(中国が)敵でも味方でもなくなると、自然に日米同盟は薄まっていくのではないか。
 ソマリア沖の海賊対策で、中国は軍艦を出し、台湾のタンカーを護衛する用意があると言っている。これでは事実上の中台統一になってしまう。韓国も軍艦を出す。危なくなったらシーレーンを中韓に守ってもらうのは、日本のプライドが許さない。日本国内にも、変化が出てくるのではないか。日本もやればできる。国基研は知的トレーニングを重ねていく。

(了)

1月23日「オバマ新政権と日米関係」開催

平成21年1月23日(金)衆議院第一議員会館において、「オバマ新政権と日米関係」について
田久保忠衛副理事長が講演を行いました。
詳細につきましては、後日掲載いたします。

 

 

 

講演に耳を傾ける参加者

 

 

左より櫻井理事長、田久保副理事長、高池事務局長

文民統制と田母神問題

文民統制と田母神問題

 

 

国基研は田母神前航空幕僚長の解任で問題になった「文民統制」について、近現代史研究者の堀茂氏を企画委員会に招いて勉強会を重ね、以下の見解を平成21年1月23日にまとめました。

 

要 旨
1. 政治もマスコミも文民統制(シビリアン・コントロール)という言葉を乱用している。文民統制は国際社会でも未だ明確な定義や概念は確立されていない。
2. 我が国では「文官統制」が文民統制とされ、恣意的に利用されている。文民統制の本質は政治統制であり、その主体は政治家であって、文官(いわゆる「背広組」の官僚)ではない。また、軍事に対する政治優位であり、国家の軍事政策の最終決定権を政治が有しているという意味である。
3. 政治主導でROE(交戦規定:武器使用基準)を整備しなければならない。
4.「田母神問題」は、文民統制とは無関係である。政府は「村山談話」を自衛官の思想統制や言論統制のための踏み絵にしている。
5. 外交力と軍事力は密接に連動している。政治は憲法改正を急ぎ、自衛隊を国軍として位置づけ、戦略的外交力を構築しなければならない。

 

 

本 文
1.
 戦後、文民統制ほど、独り歩きした言葉はない。昭和25年の警察予備隊創設にあたり、米国から初めてシビリアン・コントロール(civilian control)という言葉を聞いて、日本人はなんのことか解らなかったようだ。いまでも、誰が何を統制するのか、何が何について統制されるのかについて、それぞれ恣意的な解釈が横行している。
 そもそも、この概念を体系化したのはハンチントンである。だが、ハンチントン自身、シビリアン・コントロールを中心問題とする政軍関係は「アメリカ・リベラリズムという基本的前提から引き出された仮定や信念の雑念とした、体系化されていない組み合わせである」 (1)とも言っている。
 歴史をみてみよう。ヒトラーは合法的に政権を獲得した後、司法権と軍の統帥権を掌握、議会を閉鎖し、秘密警察、強制収容所を設置し、国民を圧迫しつづけた。同様にスターリンも秘密警察と強制収容所の設置で国民を迫害し、トロツキー、キーロフ等の共産党幹部やトハチェフスキー等の軍幹部を大量に粛清した。  
 ヒトラーやスターリンは独裁者ではあったが、両者とも文民なので統制の主体となり、政治優位の中で文民統制は機能していたと言える。毛沢東、金正日もこの範疇に入るともいえる。これらは、文民統制は機能したものの国家を破滅させた例である。
 文民であっても、軍人以上に軍国主義にのめり込んでいる人物が政権を獲得すれば、文民統制は機能しても軍は政治の道具となり、国家全体は軍事最優先となる。我が国においても選ばれた文民のなかから軍国主義に傾斜しているリーダーが出れば、文民統制を利用して軍を出動させる事態も可能性としては考えられる。
 我が国では、文民統制の前提は民主主義国家であることのように考えられているが、独裁国家や共産主義国家でも達成し得る概念であり、その意味や内容は幅広い。また、民主主義国家の文民が軍を統制しても、軍ではなく文民が暴走する可能性もあることは認識しておかなければならない。文民統制は、かかる危険も内包している。
 我が国の文民統制は政治やマスコミの分野で明確な概念規定なしに使用されているので、その意味や内容は人によって千差万別である。ときに文民統制は「水戸黄門の印籠」化し、問題(例えば制服組の発言)がある度にこの言葉が誤用され、制服組を平伏させてきた。
 これは、戦前の「統帥権の独立」という、議論の多かった概念と表裏である。統帥権の法的根拠は、大日本帝国憲法第11条の「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」、及び第12条の「天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム」であった。
 上記の2条項が意味するところは、むしろ政治の軍への介入を防止することであった。帝国憲法制定前には、まだ強力ではなかった軍隊を議会や政党勢力から防御するという意味と、西南戦争等の政治闘争から軍隊を隔離するために、軍隊の非政治化や中立化を企図したといわれている。
 問題は第12条であった。当時から軍の「編制」「常備兵額」が、政府が関与できる国務事項(軍政)なのか、それとも関与できない統帥事項(軍令)なのかは議論が分かれていた。
 昭和5年、浜口内閣がロンドン海軍軍縮会議で補助艦の日米英の比率を軍令部の反対にも拘わらず決定したことに対して、政治、マスコミ、軍部などが「統帥権の干犯」として世論を煽った。浜口首相は右翼青年に狙撃され、それがもとで死亡した。
 第12条の「編制」「常備兵額」はともに「統帥事項」であり、「統帥権の干犯」であると非難されたのである。当時野党であった政友会の鳩山一郎や犬養毅らは、軍令部と呼応して政府決定を非難し、統帥権は政争の具に供された。
 ちなみに、浜口を狙撃した青年は警察の取り調べで統帥権の意味を理解できていなかったという。このように当時の日本でも統帥権という言葉の意味は曖昧であり、憲法上でも様々な解釈があった。この条項は帝国憲法の欠陥であった。
 米国製「シビリアン・コントロール」の概念とプロシア製「統帥権」の概念はいずれも外国製で、我が国にそのまま導入した際に生起した適応異常だった。

 

 

2.
 防衛法の権威で元陸将補の宮崎弘毅氏は、文民統制が「文官統制」にすり替えられた経緯について以下のように指摘している。

 

 Civilian SupremacyをCASA(占領軍総司令部民生局別室:警察予備隊設立を主導したGHQの組織=引用者補)の二世通訳が「文官優位」または「文官統制」と訳したため、日本側の警察予備隊創設担当の人々に「Civilian」の概念について根本的な誤解を与えてしまった。すなわちそれらの人々は、警察機構において内務官僚が警察を統制する「警察官僚統制」と同じような感覚で、非警察官である予備隊本部の職員が警察官で構成されている総隊総監部を統制するという「文官優位」または「文官統制」が「Civilian Supremacy」、「Civilian Control」であるとするように理解してしまったのである。 (2)

 

 これには感情的な背景もある。内務官僚や外務官僚にとっては、戦前、軍が「統帥権の独立」を錦の御旗として独走し、ロンドン海軍軍縮会議での決定も「統帥権干犯」の名のもとに反古にされそうになった苦い経験があったからだ。戦後はその反動として「文官統制」の下で自衛隊の「独走」を押えるとの発想になったと考えられる。戦前の軍隊と自衛隊との構造的相違は無視されている。    
 内局の背広組は実力部隊である制服組に対して優越的な関係を維持しようとし、一方制服組にはこれに対する反発があった。このことは以下の栗栖弘臣元統幕議長の発言でも明らかである。

 

 防衛庁長官に対して軍事情勢判断を報告するというのは内部部局がやるのです。(中略)(統幕議長は=引用者補)総理に対する軍事情勢の報告も、もちろんありません。(中略)いまの内局の考え方は、「あらゆるものは内局だ」というものです。(3)

 

 その後、両者の対立には是正の動きがみられるものの、制服組は自分の専門領域を確保することに専念する傾向になった。この、一見背広組が優位に立ちながらも、制服組との「棲み分け」 (4)関係が成立していたことが、文民統制が「文官統制」であるという理解を一般化してしまった一因かもしれない。

 

 『防衛白書』(平成20年版)では、「終戦までの経緯に対する反省もあり、自衛隊が国民の意思によって整備・運用されることを確保するために、旧憲法下の体制とは全く異なり、(中略)厳格な文民統制の諸制度を採用している」 (5)と記され、近年の一連の不祥事により、さらに「現代的文民統制のための組織改革」として「官邸の司令塔機能の強化」と「防衛省における司令塔機能強化」(6) が謳われている。

 

 防衛白書を要約すれば、我が国の文民統制とは下記の4点となる。
①国会によるコントロール
②文民である国務大臣による自衛隊の指揮
③安全保障会議への諮問
④防衛大臣補佐官(参事官に代わり今年度から制度化)による大臣補佐
統合幕僚監部への文官登用 (7)

 

①国会によるコントロールは予算の審議権や行政への監督権を意味するが、これらと軍(自衛隊)に対する統制とは次元が異なる。国会は国権の最高機関であり、国家の軍事政策に関する最終意思決定機関である。統制の主体は政府である。
②政府は軍(自衛隊)各幕僚長の罷免権を持っている。だが、航空幕僚長の個人的な歴史認識問題で、更迭や馘首することは文民統制とは無関係である。これは、むしろ人事権の乱用であり軍人(自衛官)への言論統制でしかない。
③安全保障会議はほとんど有名無実で、平成19年度の開催はわずか6回にとどまった。かつて、制服組トップの統合幕僚会議議長は参加を許されたが、求められた場合にのみ答える存在であった。防衛白書には安全保障会議の「一層の活用」は明記されているが、具体策は不明である。
④従来の参事官に代わる「防衛大臣補佐官」の設置である。「補佐官」は民間からの登用も想定されているが、非常勤では大臣への常時サポートも出来ず、ポストが形骸化する可能性がある。また、従来背広組が担当してきた「作戦運用の実行」が、運用企画局の廃止により統合幕僚監部で行われるようになったのは一歩改善である。だが、統合幕僚監部への文官登用も明記されており、真に機能強化とつながるかどうか不明である。

 

 今後、制度は変わると予想されるが、依然、政治による内局への「統制不足」と、内局による制服組への「統制過剰」は続くであろう。過大な権限を制服組に行使している背広組への統制こそ、いま必要である。
 福田康夫前首相は、自衛隊の栄誉礼を受けず、辞任直前には自衛隊高級幹部会同自体を欠席した。インド洋に派遣された海自艦艇の帰国行事にも出席しなかった。自衛隊最高指揮官として、また文民統制の主体としては重大な責任放棄である。

 

 

3.
 我が国への武力攻撃が発生しても、内閣による防衛出動が発令されなければ、自衛隊は武力行使が出来ない。防衛出動下令前に可能なのは、武力行使(自衛権行使)に至らない「武器使用」しかない。
諸外国同様に、政治主導で有事だけでなく平時からのROEを予め作成することが、喫緊の課題である。これは、国を守る政治の義務である。勿論、その最高責任は、内閣総理大臣にある。
 ところが、歴代政権は軍(自衛隊)が暴走しないよう過度に抑制し続けてきた。つまり、歴代政権は実際には使えるシステムを持たない自衛隊を、さらに動けないようにしてきたのである。それを「厳格な文民統制」(防衛白書)と考えるのは倒錯した認識である。

 

 

 4.
 今次の田母神俊雄前空幕長の更迭は、本来の文民統制とは全く無関係の問題である。この論文は、氏個人の歴史認識に基づいたもので、学術論文というよりは評論に近い。学問的に精査して正鵠を射ているか否かを論ずるのは的外れである。   
 これはひとえに田母神氏個人の歴史解釈にかかわることである。田母神氏更迭を是とするならば、政治は「村山談話」を否定しているすべての自衛官を更迭か罷免しなければならないことになりかねない。この影響は自衛隊の教育に対する有形無形の規制という形で、既に進行しつつある。
 主権国家の軍事行動が「自衛」であったか「侵略」であったかという二分法で割り切るのは、無知としか表現のしようがない。因果の関係こそ重要であり、その点を軽視する戦後日本の歴史解釈こそ問題である。歴史の解釈権があたかも閣議にあるとするかのような考えは、傲慢の謗りを免れない。政治主導で先ずすべきことは、「村山談話」の見直しである。

 

 

5.
 外交力と軍事力は密接に連動している。政治は憲法改正を急ぎ、自衛隊を国軍として位置づけ、戦略的外交力を構築しなければならない。我が国の政治と軍事の関係、つまり「政軍関係」は、正常ではない。自衛隊は国内で正式な軍隊と認められていないが、海外では軍隊として見なされるねじれた存在である。国内法では自衛官は行政官であり、文民統制は行政による行政官への統制となる。敢えていえば、文民による文民への統制ということである。
 本来、行政組織としての防衛省と実力組織である軍(自衛隊)は別物である。軍は官僚的組織ではあっても、行政組織ではない。しかし、両者が一体化しているところに我が国の問題がある。「文官統制」と誤解されている我が国の文民統制は、防衛省・自衛隊という同一組織内での内部統制に過ぎない。
 主権国家にとって、国防のための軍事組織とその戦略が必要なのは言うまでもないが、我が国では憲法で「戦力」保有が否定されながら、「必要最小限度」の防衛力を整備してきた経緯があり、国益のために軍事力を利用するという外交戦略がなかった。
 外交力と軍事力は、国益のための両輪である。軍事力の前提のない外交が意味をなさないことは歴史が証明済みだ。強力な軍事力は他国の侵略を防ぐ抑止力になるだけでなく、外交における武器となる。
政治は、軍(自衛隊)を統制することも重要だが、さらに喫緊の課題は軍事的脅威に備え、外交・軍事戦略を樹立することである。その大前提としての憲法改正を急ぐべきである。肝心の国家として果すべき役割を忘れて、お門違いの些事にかまけている愚を知らなければならない。

 

 

(1) S.P.ハンチントン『軍人と国家(上)』(原書房、2008年)1頁。
  Cf. .防衛庁人事教育局教育課『シビリアン・コントロール(資料集)』(1981年)14頁。この中では、ハンチントンを引用して「シビリアン・コントロールという概念はかつて満足に定義されたことはない」と記している
(2)宮崎弘毅「防衛二法と文民統制について -防衛法シリーズ(3)-」『国防』(朝雲新聞社、1977年)99~100頁
(3) 栗栖弘臣『私の防衛論』(高木書房、1978年)165~166頁 
(4) 廣瀬克哉『官僚と軍人』(岩波書店、1989年)263頁
(5) 防衛省『平成20年版 日本の防衛-防衛白書-』(ぎょうせい、2008年)93~94頁
(6) 同上 296~297頁 
(7) 同上 297頁

 

北朝鮮内部情報

「長男、金正男は改革開放論者」  労働党幹部・張哲賢氏証言

 

 平成20年12月12日、本研究所企画委員会は元北朝鮮統一戦線事業部幹部・張哲賢氏から金正日独裁政権の権力構造と後継体制の展望などについて話を聞いた。今韓国には約1万6千人亡命者がいるが、労働党中央で勤務した者は黄長燁元書記と張哲賢氏だけであり、黄氏は97年に亡命しているので、最近の権力中枢の動向については2004年に亡命した張氏が最もよく知っているといえる。以下は張氏の話の抜粋である。
北朝鮮の権力構造を考える時には、金日成権力体系と金正日権力体系を分けて考えなければならない。金日成体系は正確には1980年代までだと言える。金日成体系は党と内閣の二つの大きな権力機関で構成されていた。金日成も、東側の他の社会主義圏と同じように、党を中心とした権力構造を作ったが、社会主義発展というスローガンを掲げながら、内閣にも力を与えていた。金日成の側近は党より内閣に多かった。
ところが、金正日が60年代末に党に入り、首領神格化事業を始め、権力を内閣から奪って、党中心主義、党の組織部、また宣伝扇動部中心に再編していった。党の組織部は北朝鮮住民の組織活動の統制、宣伝扇動部は住民の思想を統制して権力の二大山脈となった。
80年代初め以降二つの権力体系が並立するようになった。一つは、象徴的な金日成中心の権力体系で、もう一つは、実質的な金正日中心の組織部唯一指導体系だ。
金日成時代は1980年の第6回労働党大会までのように、形式的ではあるが一応合意を作るプロセスが行われていた。しかし、80年代末、金正日の唯一独裁体制が完成した後は、そのような形式的な合意形成過程もなくなり、ただ一方的な命令で権力が運営されていくようになった。
金日成死後の先軍政治は、300万人が餓死するという状況が起き、人民が非常に動揺を抑えるための厳戒体制だった。
ただ、軍優先は形式だけで、実質的な権力体制、つまり組織部を中心とする金正日の唯一独裁体制に何も変化はなかった。軍が独自に存在しているわけではなく、あくまで党の軍隊として存在している。北朝鮮の軍の最高トップは、労働党組織指導部の第1副部長李英哲だ。組織指導部には、組織担当の第1副部長李済強、行政担当の第1副部長張成沢がおり、3人目に軍事担当の第1副部長李英哲がいる。
金正日独裁は彼が病床でも統治力がある間は続く。金正日が死亡したか、完全に統治力を失った場合にのみ変化が起きる。北朝鮮の権力構造はこれまでずっと一人独裁体制であり、北の住民たちの心理もそれに慣らされてきたので、集団指導体制は成り立ちえない。象徴的な中心点、すなわち後継者を浮上させなければ、秩序を安定させることはできない。
  その場合は、必ず3人の息子の誰かになる。私が見るところ、金正男が一番適している。既得権を持っている層が続けて権力を維持するためには、親米でも親韓でもなく、親中しかない。金正男が3人の中で一番親中であり、改革志向的な人物だからだ。中国も金正男をバックアップするはずだ。今、金正男が中国の中を自由に往来できるのも中国のそのような姿勢があるからだ。
  300万人の餓死という危機的状況下、98年に金正日から経済分野の権限を与えられた金正男は「中国式の改革開放をやるべきだ」と提言した。金正日はそれを受け入れず「経済の前にまず政治を勉強せよ」と国家保衛部の副部長に任命した。金正男はその頃から海外にたくさん出るようになった。
  金正男政権は安定するというのが私の仮説だ。北朝鮮の人民たちはあまりにもひどい生活をさせられているので、今よりも少しでもいい経済生活が保障されるならばそれでいいと当分の間金正男を支持するだろう。
  今、金正日は核や拉致問題を解決せず、また改革もしていない。金正男政権が改革をするには、障害になっている核や拉致問題を取り除かざるを得ないので、よい方向に進むと思う。
  日本政府は拉致問題を、北朝鮮政府と国家対国家で考えるだけでなく、北の住民たちに、拉致被害者情報を提供すれば金になるということを広く知らせなければならない。
  お金に対する欲望は権力中枢部の人間にもある。金正日の病気のため将来への不安心理も権力中枢部に広まっている。そのような中で、「日本人拉致被害者の情報は金になる」という話しが広がれば、情報が出てくる可能性がある。

「会員の集い」動画配信開始

国基研は創立一周年を記念して平成20年12月17日、東京・丸の内の東京會舘で第一回の「会員の集い」を開きました。

第一部のシンポジウムと第二部懇親会(一部)の模様をご覧ください。


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