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2012.06.30 (土)

楽観論が通用しない北方領土 問題の核心は4島の帰属にある 櫻井よしこ

楽観論が通用しない北方領土 問題の核心は4島の帰属にある

 櫻井よしこ  

野田佳彦首相は20ヵ国・地域首脳会議(G20)で訪れたメキシコのロスカボスでプーチン・ロシア大統領と会談した。プーチン氏の直面する課題は将来にわたるロシア経済の基盤強化である。そのために日本の経済協力が欠かせない。

日本の最大の課題は北方4島の返還である。今日まで続く島の不法占拠を、1993年10月の日露間の合意、「東京宣言」に明記されているように、「歴史的、法的事実」に基づいて解決することだ。その上で真の意味で戦争を終結させる平和条約を結び、協力関係を築き上げるのだ。

野田・プーチン会談は、領土交渉を再活性化させる方針以外、目新しい要素は見当たらない。それでも首相は今年夏に玄葉光一郎外相を訪露させる。この間に政府は北方領土に関して、「不法占拠」を「法的根拠がない」と言い換え、日本の主張を弱めた。

首相はメキシコで「プーチン大統領と個人的な信頼関係が築けた」と述べたが、日本の年来の主張を弱めた上でのこの種の発言は慎重にしてほしい。外交において指導者同士の信頼関係は重要ではある。しかし、「個人的な信頼関係」は、国益上、相互に相手を必要とする情勢と、相手に侮られない十分な実力が双方に備わっているとき、初めて機能する。ロシアに侮られないだけの力が日本にあるか、疑問である。

会談で首相は極東ウラジオストクでの液化天然ガス開発計画や石油・天然ガス開発事業「サハリン3」への日本企業参入に前向きの姿勢を示したが、私は2006年の「サハリン2」の顛末を思い出す。プーチン政権がロイヤル・ダッチ・シェル、三井不動産や三菱商事が参加して進めていた「サハリン2」を、環境破壊を理由に突然、事実上国有化したあの苦い経験から、日本側は十分に学んだだろうか。

煮え湯を飲まされたこれらの経験を踏まえてもなお、ロシア投資に利点があるとの判断なら、それはそれでよい。しかし、政府が、この種の経済協力を領土問題解決の後押し要因と考えているとしたら、間違いであろう。

ロシア問題の専門家、袴田茂樹氏が「安全保障問題研究会」の報告書に、日本政府も日本人も理解していない重要事項を2点、書いている。

まず、プーチン氏もメドベージェフ前大統領も北方4島の大きいほうの2島、国後と択捉の主権交渉を真剣に行おうとしたことは一度もないという点、さらにロシア指導部に近い人々や国際問題の専門家たちは、例外なくすべての人がプーチン氏が北方領土問題で対日譲歩することはあり得ないと確信している現実である。

袴田氏はロシアとの幅広い人脈を通して上の指摘に至り、2000年前後に日本で盛んに流布された楽観的情報も否定する。当時、プーチン大統領は本気で国後、択捉を含めた交渉を考えていたと一部の政治家や外交官が主張したが、その人々を「無知で不勉強」とまで断じて楽観論を戒めているのだ。

第二点として、氏は領土問題など国家の主権に関わる問題が戦争と同じ次元の真剣勝負だという世界の常識を日本政府も日本人もほとんど理解していないと指摘する。「個人的信頼関係」の強調もそうした「甘い認識」から生まれてくる。

領土問題解決には、「戦争遂行と同様の強力な政権が必要」との氏の指摘は正しく、そのような政権が存在しない現在の日本が領土交渉に積極的に取り組んでも、成功はおぼつかない。自らの非力を自覚して、いまは、これまでに勝ち取ってきた交渉の基本線を内外に主張し続けることが大事である。

先述した93年の東京宣言には初めて、4島の固有名が北方領土問題として書き込まれた。東京宣言を基本線として、問題の核心は4島の帰属にあるのであり、2島だけではないと言い続けることが重要なのである。

『週刊ダイヤモンド』   2012年6月30日号
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