「決められる政治」を実践した野田佳彦首相を私は評価する 櫻井よしこ
「決められる政治」を実践した野田佳彦首相を私は評価する
櫻井よしこ
野田佳彦首相はよくやった。「政治生命を懸ける」と繰り返した社会保障・税一体改革関連法案を6月26日、衆議院で可決させた。これで消費税は2014年4月から8%に、15年10月から10%に上がり、その段階で税収は約10兆円増えると予測される。
民主党内から57人が反対し、16人が欠席・棄権したが、与野党合わせて363人、衆議院議員の実に4分の3が賛成票を投じたのである。小沢一郎氏を中心とする党内勢力が激しく反発する中、「決められる政治」を実践してみせた首相を、私は評価する。
消費税増税の景気への影響を見る前に、万が一、法案が否決され、首相も日本も「決められない政治」に陥った場合のことを考えてみよう。
国際社会の日本国の政治に対する信頼が一段と下がることは目に見えている。信頼喪失は国債の格下げにつながり、日本経済全体に大きな負の影響を及ぼしていただろう。「決められない政治」は経済を超えて、日本全体への否定につながり安全保障、外交にまで深い傷を残すことになっただろう。国として信頼してもらえないという深刻な状況に陥るのは必至だったはずだ。それを避け得たことの意味は大きい。
また、現状を冷静に見れば、消費税率の上昇は避けられない、というより、当然である。わが国の財政赤字は1000兆円に達しようとしている。赤ちゃんからお年寄りまで国民一人当たり、800万円の借金を抱える世界一の借金国だ。このまま財政赤字を続けることは将来世代にツケを回すことだ。
事実、内閣府の経済社会総合研究所は3年前、凄まじい予測を発表した。財政赤字が現状のまま推移すれば、人口減少と少子高齢化で将来世代の負担は驚くべき水準になるというものだ。将来世代がその一生で引き受けなければならない純負担は具体的に1億500万円とされた。0歳児以下、これから生まれる日本の子どもは生まれながらに億単位の借金を背負わされるということだ。私たち大人にどれほど大きな責任があるかを忘れてはならない。
生涯所得に占める財政赤字返済の負担率も試算された。内閣府が到達した結論はこれまた厳しいものだった。0歳世代の子どもの負担率は生涯所得の16.7%、20~60歳世代の負担率が8.0%なのに対して、将来世代の負担率は51.4%にも及ぶ。
誰しもこんな状況を続けてよいとは考えない。使うおカネは基本的にその都度、その世代が支払うのが原則で、未来にツケを回してはならないとも考えるだろう。しかし、頭でわかっていても、実際に税を払う段階では、少ないほうがよいと思うのが人情だ。増税はいつの時代も政治家にとって不人気のもとである。
最初に消費税を導入した竹下登氏は、辞任と引き換えにそれを実現した。細川護煕氏は夜中の会見で「腰だめの数字」として7%への増税を言いだしたことからつまずいた。野田首相はどう乗り切っていくのか。前例を見れば、野田首相もここで終わる可能性がなくもない。だが状況が以前とは異なることも確かだ。
反対勢力は全体の4分の1でしかない。小沢氏らを主軸とする反対派は党のマニフェストを守れと言うが、マニフェスト自体、実現不可能な代物である。小沢氏は「国民の生活が第一」だから反対だと言うが、氏は昨年の3.11で放射能を恐れて逃げ出したと小沢夫人だった和子氏が書いている。事実、小沢氏は震災の後、長い間、地元の被災者を見舞いもしなかった。そんな人物の「国民の生活が第一」という言葉など信頼できるものか。
首相はここで小沢氏らとの対立軸を打ち出し、事実上、分裂状態の民主党をはっきりと割るのがよい。その上で国防、外交両分野で、価値観を共有できる政治勢力の結集に全力を尽くし、新たな展望を開いていくことだ。
『週刊ダイヤモンド』 2012年7月7日号
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