TPP参加で世界に打って出て日本の農業の未来を開け 櫻井よしこ
TPP参加で世界に打って出て日本の農業の未来を開け
櫻井よしこ
野田佳彦首相は11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)までに環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)参加の結論を出す構えだ。民主党内の反TPP議員らは牽制するが、彼らの主張を見事に論破したのが、浅川芳裕氏の『日本の農業が必ず復活する45の理由』(文藝春秋)である。
氏はこれまでにも日本農業には強い競争力があるとして、刮目すべき発信を重ねてきた。農業は経済活動の一つで日本のGDPの推移と農業生産のそれとはほぼ一致する、農業を他産業と二項対立でとらえるのは間違いだという氏の分析は、緻密で説得力がある。
『45の理由』で氏はまず、日本農業と放射能汚染の現実を紹介している。東京電力福島第一原発事故による放射性物質の農地への拡散は、農業を論ずるとき避けては通れず、農業再生は実態を把握しない限り、具体策を論ずることも講ずることも出来ないからだ。
それにしても、氏が詳述する原発事故への菅直人政権の対処とチェルノブイリ事故での旧ソ連政府の対処の比較には愕然とする。日本政府の対応がいかにずさんで、ソ連政府以下だという事実が冷厳な数字で示されている。四国巡礼の旅に出た菅氏は、自分は打つべき手は打った、それは歴史が評価するはずだと語っているが、愚者には自身の行動の適正な評価は無理であろう。一貫して原発事故を担当する細野豪志氏は、この仕事をやり遂げられなければ政治家であり続ける意味がないと語り、意欲を見せてきた。であれば、民主党も氏自身もほとんど責務を果たしえていないという自覚を持つことから始めなければならない。
浅川氏は、日本農業が放射能被害から立ち直る第一歩は、汚染の実態把握を進め、放射性物質の低減と封じ込め計画を国が策定し、その進捗度を世界に公表することだと強調する。国際社会に風評を広げるのをやめてほしいと要請する前に、まず、政府が農家とともに自ら厳しく律していることを国際社会に知らせなければならない。この点、国の動きは鈍いが、被災農家自らが放射能汚染農地改良試験に乗り出したことを氏は高く評価する。
農業と非農業は一体の産業と見る氏にとって、TPP参加が農業に成長と可能性をもたらすという結論は自然である。根強い農業保護策への支持や、農業は保護すべきという幻想を、氏はさまざまな事例で打ち砕いている。
たとえば自給率約5%の大豆である。日本の大豆需要は油原料用が300万トンで、食用が100万トン、うち23万トンが国産である。大豆製品は約2割が国内原料で、油原料用の大豆はほぼすべて輸入物である。
日本人の年間1人当たりの食用大豆消費量は1960年の5・6トンから、2008年には6・7トンへ、約2割増えた。この間、大豆生産量はほぼ半減した。日本人が大豆づくりを指導したブラジルは約40年前の生産量150万トンが今6,000万トンに増えている。なぜ、日本の生産は減ったのか。
猫の目のように変わる農業政策で多くの農家が大豆から離れたことが一因だ。同時に、大豆栽培を本職と位置づけている一部の農家を除き、多くの農家にとって大豆栽培は大豆の収穫よりも補助金が目的になってしまったからだと、浅川氏は指摘する。
政府は水田面積の4割を減反とし、大豆栽培を奨励してきた。結果、補助金はいまや商品代金の10倍にも達する。補助金漬けの産業が競争力のある産業に育たないように、これではプロの農家は育たない。浅川氏は農業を弱い産業と位置づけるその考え方自体を変えるべきだといっているのだ。
日本には野菜、果物、そしてコメでさえも高い技術を誇る農家が多数存在する。TPPで彼らを応援し農業が力強く有望な成長産業であることを認識し、他産業同様、国際社会に打って出ることが農業の未来展望を開くだろう。
『週刊ダイヤモンド』 2011年10月22日号
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