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2012.04.12 (木)

スー・チー氏圧勝で加速する中国の後退 櫻井よしこ

スー・チー氏圧勝で加速する中国の後退 

 櫻井よしこ  

 

4月1日に行われたミャンマー議会の補選で、アウン・サン・スー・チー氏が率いる野党の国民民主連盟(NLD)が圧勝した。今回の選挙は国会定数664議席中43の改選議席を争ったもので、NLDが圧勝したとしても、その議席は全体の1割にも満たない。全議席の4分の1が軍人への割り当てで、与党の連邦団結発展党と合わせると軍出身者が議席の8割を占める現行の体制に大きな変化はない。

スー・チー氏は選挙結果を受けて、「NLD党員と支持者らは喜びに満ちている」「しかし、他党やその支持者らを逆なでする態度や行動は避ける必要がある。NLD関係者が、国民の成功は威厳をもったものであると配慮することが非常に重要だ」と述べた。

実態として軍出身者の政権である現政権に慎重に配慮しつつ、着実に民主化を加速させたいという思いが表現されている。

民主化が着実に進めば、ASEAN諸国内でインドネシアに次いで2番目に広大な国土を有するミャンマーは、アジアの政治のダイナミズムを根底から変え、同地域に覇権を確立したいと目論む中国は戦略の見直しを迫られる。ミャンマー民主化の意味の重さは、その国柄を知ればより鮮明になる。

ミャンマーは第一に非常に親日的な国である。私自身のミャンマー体験はハワイ州立大学での留学時代に遡る。級友の一人に、京都広隆寺の弥勒菩薩のように美しい女学生がいた。名前はチュチュ・メイ。同性の私でさえ思わずハッとさせられたその人は男子学生の憧れの的であり、大層親日的だった。彼女は日教組教育の影響で日本の歴史やすばらしさについて殆どまともな教育を受けていなかった私やその他の日本人留学生に、日本がどんなに優れた国であるかを語ったものだ。

「真のビルマの解放者」

元ミャンマー大使の山口洋一氏は、著書『歴史物語ミャンマー 独立自尊の意気盛んな自由で平等の国』(カナリア書房)でミャンマーへの熱い想いを語っているが、その中にこんなくだりがある。

「ミャンマーの人たちの多くは、正確には歴史がそうであったとは言えないものの、『自分たちは日本のお蔭で独立できた』と素朴に考えている」

氏はまた、1943年にミャンマーの国家元首となったバー・モウ博士の自伝、『ビルマの夜明け』(太陽出版)から、次のように引用する。

「真のビルマの解放者はアトリーのイギリス労働党政府ではなく、東條大将と大日本帝国政府であった。……歴史的に見るならば、日本ほどアジアを白人支配から離脱させることに貢献した国はない」

歴史の見方に対して日本人は一方的な加害者意識から脱却しつつあるとはいえ、未だに自国の歴史に自信をもてないでいる人が多い。そんな日本人をミャンマーの年来の親日感情は大いに勇気づけてくれる。

ミャンマーの親日感情は、中国への反発及び警戒心と背中合わせである。それはひとえに元、明、清などの歴代王朝が繰り返した激しい侵略の結果だと、山口氏は語る。

フビライハーンの蒙古軍に敗れ首都まで攻めこまれたのを唯一の例外として、ミャンマーは中国の侵略軍に果敢に立ち向かい、退け続けた。ちなみに蒙古軍も一旦は首都を陥したが、その後のゲリラ戦に苦しんで、駐屯軍を残すことなく引き揚げた。山口氏が実感を込めていう。

「ビルマ人がこれほど中国への強靭な抵抗を示さなかったら、東南アジア全体がもっと中国に飲み込まれて現在とは随分異る様相を呈していただろうと分析する学者もいます」

かつて中国の侵出をその国境で辛うじて止めたように、ミャンマーの現状は、いままた中国の侵出を止める役割を果たそうとしているかのようにも見える。

1988年以来、約四半世紀続いた軍事政権は、確かに、中国への接近を強めたが、それは軍事政権がスー・チー氏らを抑圧した結果、欧米諸国がミャンマーに経済制裁を実施したことへの反動だった。貧しいミャンマーは支援なしに国家運営をすることが難しい。彼らの対中接近は、背に腹はかえられない事情ゆえであり、真の意味での親中路線ではなかったと、山口氏は強調するのだ。

「欧米諸国がミャンマーへの武器輸出を禁止したとき、彼らは止むなく中国製武器を受け入れました。しかし、中国側が武器の使い方を指導するために中国の軍人を派遣したいと提案したとき、ミャンマー軍事政権は断固として断りました。飽くまでもミャンマーの軍人を中国に派遣し研修させると主張して、ミャンマー国内に中国軍のプレゼンスを許さなかったのです」

ミャンマーとチベット

それでも中国のミャンマー侵出は経済を軸に否応なく進んだ。だが、民主化が進めば日米欧諸国の投資は拡大される。中国以外の国々の投資が、ミャンマーの民主化をさらに進め、その結果、投資もさらに増えるという拡大上昇循環の舞台が整えられ、中国の影響力が後退せざるを得ない局面が出現したのだ。今回の選挙がそうした動きに拍車をかける。

ミャンマーが民主主義国として再生し、経済的にも成功すれば、影響は必ずチベットに、さらにウイグル、モンゴルにも及ぶ。そう断言する要素として、ミャンマーとチベットの血のつながりの濃さがある。

「ビルマ族の先祖は紀元前2世紀から紀元9世紀くらいまで、五月雨式にチベット高原から南下した人々です。彼らがチベットから移動した理由は、石板に刻まれた記録などからも明らかです。当時のチベット王国が度々中国の圧迫を受けて苦しんでいたことから、独立自尊を貫くために南下してきたということが、書き残されています」

地球儀で見ると、チベット高原の広さが実感出来る。中国はチベットの国土と資源を欲し、それらの真の所有者であるチベット人を完全に抑圧し、出来れば民族浄化で消し去ってしまいたいと考えている。ミャンマーは、抑圧され続けて今日に至るチベットと民族の血で結ばれており、互いへの関心も想いも深い。それだけにミャンマーの変化はチベットを勇気づけ、大きな影響を与えるだろう。

こうした状況下で、胡錦濤国家主席は3月末からカンボジアを訪れ4億5,000万元(約59億円)の資金協力を約束し、貿易を5年間で倍増させることで合意した。経済を梃子にした中国の攻勢は止まないが、人間の根源的な欲求である自由を許さない彼らの手法の展望は暗いのである。

『週刊新潮』 2012年4月12日号
日本ルネッサンス 第505回