不当に低い制服の地位是正せよ 田久保忠衛
不当に低い制服の地位是正せよ
杏林大学名誉教授・田久保忠衛
◆米国は同盟の模範演技を見せた
同盟関係はこうあるべきだとの模範演技を米国は示してくれた。誰が命名したか知らないが、「トモダチ作戦」や米兵のワッペン「友」は泣かせるではないか。
海の軍事力の象徴である原子力空母「ロナルド・レーガン」や駆逐艦などが行動を起こしたのは東日本大震災の発生した2日後、自衛隊と呼応して捜索活動、人員、物資の輸送に奮闘してくれた。沖縄の海兵隊が使用不能となった仙台空港をあっという間に修復し、三陸沿岸の孤立した場所に生活物資を運ぶ様子をわれわれは目にした。原発事故対策では、福島第1原子力発電所内部の映像を無人偵察機によって撮影、原子炉に注入する真水も運搬船2隻で供給し、「化学・生物兵器事態対応部隊」(CBIRF)が活動する。
オバマ米大統領が「日米の友情と同盟は揺るぎない」との声明を出したのは、事件発生の5時間20分後だった。一段落した後の4月17日に、クリントン米国務長官は日本側関係者と会って、「日米の非常に強い絆を示すために来た」と述べたが、それよりも、宮中のお茶の会に出向いた同長官が御所の玄関先で出迎えられた天皇、皇后両陛下に気付いて感激し、いかにも嬉しいといった表情を示した場面は忘れられない。米議会、それに米国各地で開かれたチャリティなど、米国民が示してくれた善意には頭が下がった。
◆災害に「集団的自衛権行使」
日米関係の法的紐帯は日米安全保障条約である。核心は、いずれかの一方に対する軍事攻撃(第5条)にいかに対処するかだろう。両国とも冷厳な国益の計算に基づいた政略結婚であって、軽はずみな恋愛結婚であるはずはない。ただ、政略結婚を支える信頼関係は同盟を盤石にするために不可欠だと思う。日本が直面した大災害を「共通の敵」と見なし、米国は国を挙げて「集団的自衛権」を行使してくれたと考えたい。
日英同盟には、帝政ロシアの南下政策を阻止しようとの冷静な計算が双方にあった。陸奥宗光は同盟成立の6年前に、「英国は人の憂いを憂いて、これを助けんとするドン・キホーテにはあらず、同盟によりて日本の安全を保すると同時に、英国もまたその安全を保するの担保を日英同盟より得ざるべからず。もしこの担保を与うる能わずとせんや、英国は決して同盟の与国にあらざるなり」と述べている。
当時の英国は、二次にわたるボーア戦争、ドイツとの対立、ベネズエラをめぐる米国との緊張の下で、ロシアの南下が中国における自国の権益を犯すのではないか、と恐れていた。
日英同盟は両国の必要性があって結ばれたものだが、日本側は日露戦争で勝利を得た後にもどれだけ同盟を尊重し、英国の信用を得ようと努力したか。だが、国際情勢は日英両国にとり次第にロシアを「共通の敵」としなくなり、日米関係は対立の方向を辿ってしまった。同盟はワシントン会議で19年の歴史を終える。後の日本はさらに米英両国と対立、結局、先の大戦の結末を迎えてしまった。
◆民主党政権は同盟に定見なし
日米同盟は、朝鮮半島、中国、ロシアなどユーラシア大陸を展望すると、まだ若い。が、これからどうするかになると、日本の新聞の論調は、「この試練は、日米同盟をより強固にする機会でもある」、「日米協力の成果を同盟の一層の強化につなげる道筋をつけてほしい」といった、いい加減な内容から一歩も出ていない。
民主党政権は日米同盟について定見を持っていないと断言する。同党の小沢一郎、鳩山由紀夫両氏はついこの間まで日米中3カ国は正三角形の関係にすべきだと言っていた。小沢氏の主導で、日本の海上自衛隊はインド洋の給油活動を止めて、完全に引き揚げてしまった。鳩山氏は普天間飛行場の移設先を「県外または国外」と口走り、日米関係を台無しにした。菅直人首相はその時の「副総理」だったはずだ。自民党も罪は深い。集団的自衛権行使実現の一歩手前まで行きながら、決断できなかったのは、麻生太郎首相だった。
日米関係の強化には、日本からの信頼関係強化の努力が必要で、それには国柄を変えるほかない。今回の災害をめぐる識者の諸発言の中で、ハッと思ったのは、台湾の李登輝元総統による「首相がリーダーシップを発揮するには、自衛隊の統合幕僚長と官房長官を従え、ヘリコプターから降りて災害地を一つ一つ見回るべきだ」との発言だ。制服と背広のトップを国民から選ばれた指導者が統率するという、民主主義国におけるシビリアン・コントロールの基本の型だ。戦後の政治家が当然のこととしていた制服の現在の地位は、他の民主主義国に比べて不当に低い。この是正こそが新しい日米関係の第一歩ではないか。
「強い日本」と「強い米国」の不変の同盟が世界の平和と安定に役立つ。これこそ、アーミテージ元米国務副長官ら共和、民主両党の論客が11年前の報告の中で行った提言である。(たくぼ ただえ)
5月5日付産経新聞朝刊「正論」