公益財団法人 国家基本問題研究所
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役員論文

2011.08.17 (水)

無駄切らぬ増税を代表選争点に 屋山太郎

無駄切らぬ増税を代表選争点に

 評論家・屋山太郎   

 

 鳩山由紀夫、菅直人の2代にわたる民主党政権を、中曽根康弘元首相は「過去も未来もない政権」(読売新聞コラム)と評した。言い得て妙である。民主党は2年前の総選挙の際、政党得票率でも自民党に圧倒的な大差をつけた。現在は完全に逆転されている。理由は明白。未来の日本の姿を示し得なかった。示したとすれば、菅氏の独断専行の脱原発、言い換えれば、ジリ貧の日本のみである。

 ≪蠢く「小鳩」よ、恥を知れ≫

 2年後には衆院議員の任期が満了する。このままでは、民主党の敗北は必至だろう。新政権は未来を描いて、党を蘇生させねばならない。その未来を描く代表を決めるに当たり、党を落ち目にした鳩山、小沢一郎の両氏が蠢(うごめ)いているのは解せない。鳩山氏は一度、引退をも表明した失敗者だ。小沢氏は幹事長として鳩山政治の失敗に責任がある。加えて、目下は政治資金規正法違反にかかわる刑事被告人だ。恥を知って貰(もら)いたい。

 次期代表選で本命の野田佳彦財務相は年金、税の一体改革に熱心で、自公両党との大連立を提唱している。自民党の谷垣禎一総裁も「野田氏となら話せる」と受ける素振りを見せている。代表選の主要テーマは「大連立」か否かに収斂(しゅうれん)されつつあるが、大連立は政策遂行の手段にすぎない。何をやるかといえば、「増税」である。

 民主党は2年前、何をやると言ったか、思い出して貰いたい。

 バラマキ4Kに釣られた有権者もいただろうが、最も人心を捕らえたのは「天下り根絶」の公約だっただろう。当時、天下り法人数は4600、天下り者数は2万8000人、法人に流れ込むカネは12兆6000億円といわれた。天下りが悪いのは、人件費に充当される金額以上の無駄金が国から流れているというだけではない。

 例えば、UR(都市再生機構)は不動産業を営み、明らかに民業を圧迫している。7月に総務省が発表した、「3代以上」にわたり理事長を同一省庁出身者が占めている独立行政法人は1594に及ぶ。官が民業に侵入する現象は日本の“官僚内閣制”の象徴だ。天下り法人は民業を歪め、競争を阻害する。日本を20年にわたり不況に導いている元凶ともいえる。

 ≪野田氏丸め込んだ?財務省≫

 この現実に着目したのは安倍晋三元首相で、行革担当相に渡辺喜美氏(現みんなの党代表)を抜擢(ばってき)し、氏は福田康夫政権時、「公務員制度改革基本法」を成立させた。それに伴い諸改革が続くはずだったが、麻生太郎元首相は改革の必要性に目もくれなかった。

 こうした動きを受け、民主党は「天下り根絶」と「わたり禁止」を標榜(ひょうぼう)した。天下りをなくすということは肩たたきという役所の慣行を変えることである。各省の幹部人事は「内閣人事局」が行い、政策全般にわたる戦略は「国家戦略局」が担い、独法などの整理は「行政刷新会議」が行う-というのが民主党の公約だった。小沢氏はいま、「マニフェスト(政権公約)を守れ」と言っているが、幹事長時代は、「天下り根絶」を一顧だにしなかった。4K バラマキの方が楽だったせいだろう。

 国家戦略局、行政刷新会議の設置について、当初は乗り気だった仙谷由人氏は、途中で財務省と手を握り、財務省の上に位置するような国家戦略局はあきらめる。行政刷新会議の蓮舫担当相には仕分け作業をさせてやるというのが、財務省と仙谷氏(後の官房長官)の取引だった。蓮舫氏は公開の仕分け作業で注目されたが、節約した額は6000億円程度。12兆円を削り出す大作業で官僚組織を揺り動かすはずだったが、財務省の狡智(こうち)の前に改革の音は消えた。

 いま、日本の政治・行政を牛耳っているのは財務省だ。選挙で選ばれたわけでもない官僚に政党や国会まで仕切らせていいのか。

 ≪「天下り根絶」の旗降ろすな≫

 天下りの根絶、換言すれば、無駄の根絶を行わずして、増税はやらせようというのが、財務省の意図である。無駄を切れという民意には全く耳を貸さない。完全に無理筋の増税論というほかない。

 小選挙区制度の下では、大連立をすべきではないし、また、できはしないと思うが、野田氏は財務官僚に丸め込まれたのだろう。財務官僚が自民党の側もすでに洗脳しているであろうことは、想像に難くない。野田氏が思想も信念もある政治家であることは認識しているが、今回の出だしは誤りだ。代表選に当たって、民主党はあくまで、「天下り根絶」の意思があるかどうかを争点にすべきだ。

 公務員制度を改革し、政治主導の司令塔としての国家戦略局、独法潰しのための行政刷新会議を設置(立法化)できるかどうかで、民主党の真価が決まるだろう。

 東日本大震災からの復旧・復興にも増税が必要だ、と復興構想会議も打ち出したが、財務省の根回しがあったことは明白だ。しかし、不景気時の増税は、震災復興名目であろうともご法度だ。

 代表選では、前国土交通相の馬渕澄夫氏の力量も楽しみである。農水族守旧派が鹿野道彦農水相を担ぐという。こちらは茶番だ。(ややま たろう)
8月16日付産経新聞朝刊「正論」