公益財団法人 国家基本問題研究所
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役員論文

2011.08.31 (水)

野田新代表、安保危機どうする 田久保忠衛

野田新代表、安保危機どうする

杏林大学名誉教授 田久保忠衛  

 

野田佳彦次期首相誕生はご同慶の至りだが、一言申し述べたい。

 日本の防衛体制を国際環境の中でまともなものにしなければならないと考えてきた私は、「日本は経済一流、政治二流、防衛三流」の表現を長年、使ってきた。防衛を一流にしなければこの国の将来は危ないと案じたからだ。ところが、経済はズルズルと二流に転落し、政治は民主党代表選の過程でもはっきりしたように最低に堕(お)ちた。東日本大震災とそれに伴う福島第1原発事故に際し黙々と任務に従事した自衛隊はそのまま「一流」になってしまった。喜劇でもあり、日本の悲劇だとも思う。

 ≪イスラエルの首相を見よ≫

 世界第一級の政治家として、私はイスラエルのネタニヤフ首相を挙げたい。パレスチナ和平交渉の相談でワシントンを訪れた首相は5月24日に上下両院合同委員会で演説した。50分足らずのスピーチで総立ちの拍手が29回起きた。

 「あなた方(米国)はイスラエルの建国に手を貸す必要はない。われわれはすでに建国した。民主主義を輸出する必要はない。われわれはすでにそれを持っている。米軍を派遣する必要はない。われわれは自分で守っている。米国はきわめて寛容にも、われわれが自衛する仕事の手段を提供してくれている。イスラエルの安全への不動の支援に感謝する。経済が難しい時期にあるのは承知している。支援に深いお礼を言う」と聞けば、米議員は感動で唸(うな)るだろう。

 民主党政権が過去2年、永田町で繰り広げた狂乱は、日本がいかなる国際環境に置かれ、どう生きていかなければならないかの思考が停止していることを物語る。

 ≪思考停止の民主党政権2年≫

 自国を防衛する「国軍」を持っていない日本にとり同盟関係の象徴である沖縄海兵隊の普天間飛行場に関する日米合意を、鳩山由紀夫前首相はいとも簡単に足蹴にしてしまった。副総理として責任の一半がありながら後継者になった菅直人首相は、尖閣諸島沖の中国漁船体当たり事件で独立国家として考えられないような醜態を世界に曝(さら)した。日米中「正三角形」論などという奇怪な国際情勢観を鳩山氏と共有する小沢一郎元代表が北京、ソウル詣でで何をしたか、今思い出しても顔が赤らむ。

 政治が二流だとか三流だとか評価できるのはもう過去の話だ。党員資格が停止され、刑事被告人である小沢氏と、外交史上稀(まれ)に見る誤りを犯した鳩山氏が主要な役割を演じた後継者選びとは、一体何だったのか。野田氏の選出は幸いだったが、新聞、テレビなどのマスメディアも次元が低すぎる。

 代表選前日に事情通らしい著名な政治評論家数人が「候補の5人に共通しているのは舞台裏で裏技が使えないところにある」と、大真面目(まじめ)に議論していたのを視聴した。「裏技」が何を意味するのか理解できないが、これは日本の首相の重要な条件なのだろうか。

 5人の候補者の記者会見でのやり取りは、(1)復興と増税(2)経済政策、原発・エネルギー政策(3)マニフェスト(政権公約)見直し、国会運営(4)大連立、党運営(5)小沢氏の処遇-の5問題に限定されていた。国運を担うことになる候補者に外交・防衛に関する見解を質(ただ)そうとしない日本のジャーナリズムにも相当、問題がある。5人とも外交・防衛で日本を台無しにした鳩山、菅両政権の閣僚経験者であり現職が3人いる、と指摘した質問にだけは救われる思いがした。

 ≪中国の理不尽に理不尽と言え≫

 野田氏は29日の代表選で、EU(欧州連合)や米国の財政危機が日本経済に及ぼす危機を国難と表現した。その通りだが、中国が東シナ海、南シナ海、インド洋に及ぼしている危機を忘れてもらっては困る。6年前に当時の前原誠司民主党代表は米国での講演で、中国を「現実的脅威」と呼んだが、帰国後、民主党としてこの表現を取り消してしまった。中国とは隣国として交際していかなければならないが、理不尽は理不尽と、相手に伝えられないのか。

 野田氏は15日の記者会見で、いわゆるA級戦犯について、すでに法的に名誉が回復されており、戦争犯罪人ではないとの考えは変わらないと述べた。正しい指摘だ。靖国神社の秋の例大祭には是非参拝してほしい。中国は敬意を表し、自民党は仰天するに違いない。

 最後に、与野党議員全員に尋ねたい。東日本大震災と原発事故に対応できず迷走を続けてきた戦後日本の体制に問題はないのか。震災直後の自衛隊と米軍の支援がなかったら、この国はどうなったのか。自衛隊は災害対策のための存在なのか。8月24日に中国の漁業監視船2隻が日本領海に初めて侵入した。政治が動きの取れないお粗末な日本の意図を探ろうとした中国の試みと解釈するかどうか。

 イスラエルは建国来、生存を賭けた外交を展開し、日本に似て戦略的縦深性が浅い国であるところから国防に最大の重点を置いてきた。それを日本の政治家に真似似(まね)ろと説教するつもりはない。が、国際情勢に緊張感を抱かない、今の永田町の雰囲気による有形無形の被害は大震災を上回るだろう。(たくぼ ただえ)

8月30日付産経新聞朝刊「正論」