公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

役員論文

2011.10.20 (木)

総連5人組が祝賀訪朝する時か 西岡力

 総連5人組が祝賀訪朝する時か

 東京基督教大学教授・西岡力  

 野田佳彦首相は10月8日、拉致被害者家族会と面会した。就任直後の9月11日にも、在京の家族会役員と面会しており、月に2回、拉致家族と会ったことになる。

 ≪2度、拉致家族と会った首相≫

 北朝鮮は平成20年8月、拉致被害者に関する調査やり直しを約束した。ところが、同年9月、当時の福田康夫首相の辞任表明を口実に、その約束を反故にした。家族会・救う会は、北朝鮮が約束を一方的に反故にして3年になる今年9月を期限として、調査やり直しの約束履行を強く求め、それが実現しないときには、制裁を発動せよという運動を展開してきた。

 6月には都内で大規模なデモ行進を行ったところ、当時の菅直人首相は拉致問題対策本部会合を開き、北朝鮮に約束履行を求め、9月までにそれがない場合は追加制裁を検討せよと指示を出した。

 そして、9月に野田新政権が誕生し、家族会・救う会は、3年前に北朝鮮が約束反故を言明した9月4日に、都内で緊急国民集会を開いて以下の3点を決議した。

 (1)野田新首相は北朝鮮に対しすべての拉致被害者をすぐに返せという強いメッセージを自らの言葉で発信せよ(2)北朝鮮が「調査やり直し」約束を反故にして3年が過ぎたことを理由に、すべての在日朝鮮人と日本人の北朝鮮往来禁止や、対北朝鮮送金の禁止などの全面制裁を発動せよ(3)朝鮮高校への無償化適用手続きを拉致問題を理由に停止せよ-である。9月末までにそれが実現しなければ、「座り込みも辞さない姿勢で闘う」ことも決議には含まれていた。

 期限の9月末、3項目への回答を求めたところ、地方在住メンバーを含む家族会全員と野田首相が会うという連絡が来た。首相は面会で、「拉致問題は主権の侵害であるとともに重大な人権侵害だ。国が責任をもって解決しなければならない。実効性のある協議をかの国とどう持つか、そのためにあらゆる手立てをとりたい」と語り、3項目に関しこう述べた。

 ≪野田政権に実効策厳しく迫る≫

 (1)については、国連や首脳会談などで行ってきたし、これからもありとあらゆることを行うとし、(2)には「わが国として実効性ある協議をするためにあらゆる方策、実効性ある方策を政府一丸で実行に移したい」と即時実施を否定しつつも実施を検討していることは認めた。(3)では、首相権限による手続き再中止は否定したものの、「厳正な調査実施」を約束した。

 家族会は首相との面会翌日の9日、支援組織・救う会との合同会議を開き、「しばらくの間、座り込みを見合わせるが、野田政権に対して実際に被害者救出のための実効的政策を実行するように厳しく迫り続ける」ことを決めた。

 野田首相は連日、拉致被害者救出のシンボルであるブルーリボンバッチを付け、メッセージ発信に努めている。玄葉光一郎外相が訪韓した際、外相以下、訪韓した外交官がバッチを付けていたのを見て、韓国マスコミが日本の自国民保護の意気込みに感嘆する、という記事を書いた。しかし、実際に被害者を取り戻すことは、メッセージ発信と違い容易ではない。

 それには、日本政府が全員救出に一切譲歩しない姿勢を取って、制裁と国際連携で北朝鮮の金正日政権を対日交渉に追い込み、北朝鮮に全員送還を約束させなければならない。「金正日後」に起こり得る混乱に備え、米韓両国と緊密に連携して実力で救い出す準備をしておくことも欠かせない。

 北朝鮮の嘘を突き崩す確実な生存情報の確保は、混乱時の救出作戦を考えても絶対に必要である。最近、韓国に住む脱北者が、北朝鮮にいたとき工作機関幹部から、「めぐみは秘密を知りすぎているため帰せないから偽遺骨を出した」と聞いたと証言している。この情報の真偽を含め、より徹底した情報収集と検証が求められる。

 ≪総連幹部を工作機関が指導≫

 北朝鮮は金日成生誕百周年の来年を「強盛大国の大門を開く年」と位置づけ、大々的な祝賀行事を準備し、権力の3代世襲を固めようとしている。だが、日米が主導し韓国が近年、加わった制裁で金正日の統治資金の枯渇が起き、これまで配給で食べられていた上位20%の党、軍、政府、治安機関幹部らの生活困窮が目立っている。制裁は効いている。北朝鮮が昨年12月頃から様々なルートで対日接近を企図しているのも、制裁解除と支援獲得を狙ってのことだ。

 彼らは拉致は解決済みという従来の立場での対日交渉を目論み、日本国内の親北政治家やジャーナリストらを使って横田めぐみさんたちは死んだとの謀略宣伝をしている。これを打ち破るには拉致を理由に追加制裁を断行し、被害者救出では譲歩しないという国家意思を示す必要がある。北朝鮮の最高人民会議代議員を兼ねる朝鮮総連幹部6人に限定した再入国不許可の範囲の拡大も考えられる。

 代議員でない朝鮮総連の副議長5人もよく訪朝し、拉致に関与した工作機関、統一戦線部から政治的指導を受けている。5人を来年の祝賀行事に行けないようにすることは強いメッセージになる。(にしおか つとむ)
10月19日付産経新聞朝刊「正論」