憲法改正原案を急ぎ、審査会に 西修
憲法改正原案を急ぎ、審査会に
駒沢大学名誉教授・西修
日本国憲法の改正原案などを審査・発議する機関として、憲法審査会を両院に設置することが決まったのは、平成19年 8月のことである。その後、民主党の消極姿勢により憲法審査会規程の作成や委員の選任が大幅に遅れていたが、設置から4年3カ月を経た昨年11月に、ようやく両院で第1回憲法審査会が開かれた。これまで、何度か会合が持たれてはいるが、実質審議にはほど遠いといえる。
≪「三つの宿題」優先せずとも≫
民主党が「三つの宿題」の解決を優先しなければならないとの態度をとりはじめたからである。
「三つの宿題」とは、憲法改正国民投票法が制定されたときに、「附則」に追加されたもので、(1)投票年齢を18歳にすることに伴い公職選挙法などを従来の20歳から18歳に引き下げるために必要な法制上の措置を講ずる(2)公務員が憲法改正に関する賛否の勧誘や他の意見表明を制限されることにならないよう、その政治的行為の制限を定めている国家公務員法、地方公務員法などについて必要な法的措置を講ずる(3)国民投票の対象を憲法改正以外にも拡大できるかどうかの是非について、必要な措置を講ずる-というものである。
(1)と(2)には「この法律が施行されるまでの間に」という期限が付されている。にもかかわらず、憲法改正国民投票法が施行された22年5月 18日までの間、何ら必要な法的措置が講ぜられなかった。(3)は「この法律が施行された後速やかに」措置を講ずるものとされており、期間が限定されていない。この事案が処理されなければ、審査に入れないという性格のものではない。「三つの宿題」の未処理はこれまで放置してきた怠慢の結果であり、それを理由にさらなるサボタージュは許されない。
≪調査会の報告書基に審議を≫
憲法審査会は言うまでもなく、12年1月に発足した憲法調査会の議論を踏まえて設置された。両院に設けられた憲法調査会は、それぞれ5年の歳月を費やし、17年4月に膨大な報告書を提出した。報告書には、国会議員の意見表明、中央、地方の公聴会での一般参加者からの意見聴取、何度にも及ぶ海外での詳細な調査など、国会の総力をあげた「広範かつ総合的な調査」の成果が結実している。
その結果、いくつもの改正点が指摘された。例えば、衆議院の報告書では、調査会で示された「多くの意見」として、前文にわが国固有の歴史・伝統・文化などを明記すべきこと▽自衛権の行使として必要最小限の武力行使を認め、何らかの憲法上の措置を講ずること▽非常事態に関する事項を憲法に規定すべきこと-などがあげられる。いずれも改正の対象とすべき内容である。憲法審査会は、これらの意見を精査し、憲法改正の原案に煮詰めていく必要がある。審査会での議決は出席委員の過半数でよい。ハードルは高くない。早急に実質審議に入るべきだ。
憲法改正の原案は憲法審査会以外にも、衆議院で101人の衆議院議員によって、参議院では51人の参議院議員によって、提出できる。現在、憲法の改正手続きをもっと緩和して、各議院における総議員の3分の2以上の発案要件を過半数に改めるべきだとする改正原案と、二院制を一院制に改めるための改正原案が国会議員によって起草されている。すでに前者については約250人の、また後者については120人を超える国会議員の賛同を得ているという。
これら両案に関しては、もちろん、賛否両論があるだろう。大切なことは、まず国会の場で具体的な憲法改正原案について、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を展開することである。原案起草者には、衆参両院で所定の議員数を確保して、憲法審査会に提出することを期待したい。
≪国民の意思表示は主権の行使≫
憲法改正の是非を最終的に判断するのが、ほかならぬ主権を有する国民であることは、言を待たない。国民が憲法改正論議に参加して、自らの意思を表示することは国民主権の原理を直接的に行使する最大の機会だといっていい。
しかしながら、日本国憲法が施行されてから間もなく65年目を迎えようというのに、その間、憲法に関する国民の意思は一度も問われることがなかった。国会で審議されたことさえない。まさに不磨の大典と化している日本のありさまは、各国の状況に照らせば、一層、異様である。各国憲法をみるに、60年以上にわたって無改正という憲法は、ほぼ皆無である。
連合国総司令部の原案を基にして作成されたという日本国憲法のいびつな成立事情、憲法が施行されてから今日に至るまでに生じてきた憲法規定と現実との間の乖離が甚だしくなっている現状、「国のかたち」としての憲法像の再構築など、憲法をめぐって論じられるべき課題は、山積している。
これらの諸課題を整理して、具体的な形で憲法改正の判断の機会を国民に提供できるのは、国会だけであり、このことは、国民の負託に応えなければならない国会議員の責務というべきであろう。一刻も早く、憲法改正原案が憲法審査会に提起されることを望む。(にし おさむ)
2月14日付産経新聞朝刊「正論」