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2012.03.10 (土)

福島県川内村の未来を切り開く村長の英断と村民の心意気  櫻井よしこ

福島県川内村の未来を切り開く村長の英断と村民の心意気

 櫻井よしこ  

まもなく東日本大震災から1年になる。福島第一原子力発電所から20キロメートルの川内村は、計画的避難区域に指定され役場機能が移転した県内九町村の1つである。村長の遠藤雄幸氏は1月末、9町村の中で初めて全村民に「戻れる人から一緒に村に戻ろう」と呼びかけた。6世帯が応じ、それ以前から村に戻っていた人々を含めると、現在、村には全村民約3,000人の1割弱に当たる約250人が暮らしている。

村長が帰村に向けて語った。

「3月24日と25日の両日で、村役場の職員60人全員が村に戻ります。4月1日の新年度から仕事を村で再開します。小中学校も保育園も保健センターも再開し、皆が安心して戻れるように放射能の除染を進めます。皆で使う公共施設の除染はめどがつきました。一般家庭は調査を進めています。雪で時間がかかっていますが、子どもさんのいる家庭を優先して除染します」

村長が帰村を呼びかけた1月末の村の空間線量は、毎時3・8マイクロシーベルトだった避難勧奨地点を除く大部分の場所で1マイクロシーベルト未満だった。

原発事故が収束に向かう間の基準として、国の定めた許容範囲は1年で20ミリシーベルト以下である。事故から1年後の現在、川内村には年間積算線量が20ミリシーベルト以上で計画的避難区域に指定される所はもはや存在しない。遠藤村長が帰村を呼びかけた1月末時点で、前述した線量が示すように川内村の線量は国の基準値を下回り、安全性は確保されたといえる。

2月29日現在、川内村の空間線量は毎時0・14マイクロシーベルト、役場の建物の中は0・07マイクロシーベルト、小中学校は0・08~0・10マイクロシーベルトだ。1月末よりさらに下がり、10分の1から100分の1以下である。ちなみに川内村全体の年間積算線量は現在、5ミリシーベルト以下、これは毎時1マイクロシーベルトに該当する。

の住宅地などの安全性は確認できたが、一方で面積の90%を占める山林の安全性はまだである。山林には警戒区域もある。毎時五マイクロシーベルトの所もある。ただし、そうした所は人が入らないように囲い込まれている。

「24時間、警察の皆さんが監視して下さってますので、立ち入る人はいないと思います。山林の除染について、われわれは間伐材や落葉を集めて燃やし、発電して、灰を中間貯蔵する方法で、除染を進めたいのです」と、遠藤村長。

これは国もまだ解決策を導き出し得ていない問題である。

遠藤村長は、いま住民に必要なのは放射能の正しい知識だと強調する。とりわけ低線量被曝に不安を持つ住民は少なくない。国は専門家を派遣し、丁寧な説明をしてほしいと村長は切望する。

被曝の危険性を過小評価してはならないが、恐れ過ぎることの害も深刻である。チェルノブイリの事例は、無理な避難生活を続けることが被災者の健康に被ばくよりも深刻な害を及ぼしていたことを教えてくれる。遠藤村長が呼びかけたように、戻れる限りは故郷に戻って住み慣れた環境で暮らすほうが、健康にプラスの影響を与えてくれることが、過去の事例からも、医学的な見地からもわかってきた。だからこそ、住民の皆さんに正しい知識を伝えることが大事であり、政府はそのことに全力を挙げるのがよい。

遠藤村長はまた、福島の真の再生のために働く場所をつくろうと努力中だ。その一つが水耕栽培農業だ。これは、風評被害を打ち消す有力な道となるだろう。加えて企業誘致にも成功した。八王子の金型製造、菊池製作所が川内村に工場を造ることになった。50人の雇用が確保されるという。

帰村を決断した村長の英断と村民の皆さんの心意気が、いま、村の未来を切り開き始めたのである。村長が言った。福島以外の方たちは自分たちのことを忘れずにいてほしいと。忘れずに支援し続けることが大事なのだ。

『週刊ダイヤモンド』  2012年3月10日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 927