公益財団法人 国家基本問題研究所
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役員論文

2012.03.22 (木)

がれき処理に政府の指導力発揮を 櫻井よしこ

がれき処理に政府の指導力発揮を

 櫻井よしこ  

東日本大震災から1年、全国で再生と復興を願ってさまざまな催しが行われた。そのひとつ、3月10日に岩手県滝沢村で開かれた日本青年会議所主催の「復興創造フォーラム2012」の公開討論に参加した。同席したのは細野豪志環境大臣兼原発事故収束・再発防止担当大臣と日本NPOセンター事務局長の田尻佳史氏だった。

復興が進まない背景には幾つもの理由があるが、被災地再生を妨げている象徴的な事例が膨大な量の未処理のがれきである。未曾有の大規模災害とはいえ、丸1年がすぎて全体で2250万㌧強のがれきの内、6%しか処理されていない。福島県のがれきは県内で処理し、放射能汚染の心配のない岩手、宮城両県の分のみ、全国で分担してほしいと要請しても、現段階で引き受ける都道府県は青森と山形の両県、東京都を除いて他にないのだ。

一方、世論調査ではおよそ6割の人々が引き受けに前向きである。それがなぜ二進も三進もいかないのか。民主党及び担当大臣の力不足ゆえではないか。政治が決断し、実行出来る態勢を作ってこそ、日本復興は進む。政治に求められるのはそうした決断力である。

原発問題に熱心に取り組んできただけに、右のような指摘に細野氏は大いに不満だったようだ。氏の不満が、責任は自身と民主党だけにあるのでなく歴代自民党にもあるということであれば、確かにそのとおりだ。

危機管理の第一人者で内閣安全保障室初代室長を務めた佐々淳行氏が、原発事故の対応も含めた日本国の原子力行政の実態を指摘した。

「1974年9月1日、原子力船『むつ』の放射能漏れ事故が発生したとき、私は警察庁警備課長でした。当時は原子力船が動けば放射能を撒き散らすという反対論が強く、『むつ』入港阻止のために日本全国から反対派が集まり騒然としていました」

その場しのぎの解決

そうした中、「むつ」は青森県尻屋岬東方800㌔の海上で出力試験の最中、微量の放射能漏れを起こした。その量を佐々氏は「レントゲン1回分以下」と形容、「産経新聞」は「腕時計の夜光塗料程度の微弱」さ(2011年10月17日電子版)だったと描写する。

つまり、問題視する必要もない微量な漏れだったのだ。現にガイガーカウンターで計測すると、むつの原子炉周辺の放射能レベルは0.1ミリシーベルト以下だった。

警備課長として当時の生々しい現場を体験した佐々氏は、この微量の放射能漏れを日本の原子力行政の悲劇にしたのが政治だったと憤る。

「関係者はおよそ皆、責任逃れのために説明を二転三転させました。漏れた放射能レベルは問題ないほど低く、海洋汚染の心配はなかったのですから、政治はそのことを国民にも漁業関係者にもよくよく説明しなければならなかったのです。しかし、反対勢力の感情的反発の前に政治はひたすら対立を回避し、妥協し、最後はバラ撒きに走ったのです」

氏は当時、関係閣僚懇談会に連なっていたが、発言が許される立場ではない。しかし、たまりかねて提言したという。漁業関係者、社会党をはじめとする野党が反対しているが、自分たち警察が原子力行政とエネルギー政策の将来のために憎まれ役になって「むつ」の寄港に向けて準備を整えることも構わない、政府は漏れた放射能レベルの安全性を説明して原子力船「むつ」のプロジェクトを推進すると宣言してほしいと。

だが、氏は、「黙っておれ」と官房副長官から一喝され、金丸氏主導の20億円バラ撒きが決まった。「むつ」は廃船となり、むつ公団は解散、むつ港も埋め立てられた。

「説明すべきことも説明出来ない。原子力産業の未来も潰してしまいかねない。こんな腰抜けで自民党はどうするのか、と本当に思いました」と佐々氏。

こうして歴代自民党政権は逃げの一手でその場しのぎの解決を重ねた。国家の危機管理体制強化のために正攻法で闘うことをしなかった。

社会党の村山政権も同様だ。95年1月、阪神・淡路大震災が起き、3月には地下鉄サリン事件が起きた。自衛隊、警察、消防に加え、毒ガス、細菌、放射能などの専門家が一致団結して対処しなければならないとき、わが国の法体系は首相に権限を集中して事に当たる仕組みになっていない。そうした法や制度の見直しが村山首相に提言されたにも拘わらず、「強権的なイメージ」になるのを恐れて、村山氏は無策を通した。

その後、橋本龍太郎首相の下で行政改革が行われた。1府22省庁は1府12省庁となり、原子力は歪な形で分離された。研究、学問としての原子力は科学技術庁、つまり文部科学省の所管となり、エネルギー問題としての原子力発電は経済産業省所管となった。原子力を所管すべきは本来、軍なのであるが、橋本内閣も強権イメージを恐れたのだ。

政治責任を果たしていない

「どの国を見ても、原発を守っているのは軍隊です。取り締まり権限と万一の場合に強制力を執行出来るのは軍隊ですから。しかし、危機管理の観点を完全に無視して、これを経産省や文科省の下に置いた日本は、結果として危機管理能力は殆どゼロという状況に陥って、今日に至ったのです」と佐々氏。

与党も野党も幾度かの日本国存亡の危機から何も学んでこなかったのだ。今回の大震災に当たって民主党は議事録さえ作成していなかった。どこで何を間違えたか考えようともしていなかったということだ。

細野氏は訴えた。

「がれきの処理能力は政府にはありません。地方自治体などに要請するしかないのです。自治体に指示出来るよう法改正するにも、政府の焼却施設を作るにも2年はかかります」

問いたいのは、なぜ、日本国政府にそうした権限がないと氏は考えているのかという点である。政府自身の焼却炉というが、日本列島にはすでに全世界の焼却炉の75%が集中している。新たな焼却施設よりも、既存の施設の利用こそ考えるべきだ。つまり、地方自治体に、要請を超えて指示する権限を政府に与える法改正が必要なのだ。本来なら、全ての自治体が三都県のように進んで引き受けるのがよいと誰しも思うだろう。だが、多数が受け入れを承認しても、少数の声高の反対者が阻止するとすれば、その反対の壁を乗り越える権限を政府が行使出来なくてはならない。処理を頼んでいるのは、安全ながれきなのである。

法改正に必要な議席は、民主党は衆議院で確保済みだ。参議院は野党が多数を占めるが、同件について反対するはずもないだろう。そうした政治の力を発揮しようともしない民主党であるから、政治責任を果たしていないというのである。

『週刊新潮』 2012年3月22日号
日本ルネッサンス 第502回