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2012.04.21 (土)

韓国総選挙は与党勝利でも不安が残る対北朝鮮政策 櫻井よしこ

韓国総選挙は与党勝利でも不安が残る対北朝鮮政策

 櫻井よしこ  

4月11日、日本と北東アジアに大きな影響を及ぼす韓国総選挙が行われた。事前予想では与党セヌリ党(旧ハンナラ党)が現有議席の一六二議席から二桁台にまで落ちかねず、左翼政党の民主統合党と統合進歩党が躍進するとみられていた。

だが、ふたを開けてみればセヌリ党が300議席中152議席を獲得して単独過半数を維持した。現行議席より10議席減とはいえ、「セヌリも驚いた過半数──朴槿恵(パク・クンヘ)の力」と「東亜日報」が見出しに掲げた大逆転だった。

朴槿恵氏はセヌリ党の非常対策委員長で、故朴正煕大統領の一人娘だ。朴大統領は歴代大統領の中で現在も最も尊敬されており、群を抜く支持を保つ。

韓国の保守層はセヌリ党の勝利に安堵しながらも、これからのことを心配する。北朝鮮問題と安全保障問題の専門家が指摘した。

「国民はセヌリ党を選んだというより、あまりに過激な左翼リベラル勢力の台頭に警戒したのだと思います。彼らの極端な反米、反韓国の主張に、保守派があらためて団結した結果がセヌリ党の勝利につながったと思います」

過激な左翼リベラル勢力と形容される民主統合党と統合進歩党は2月、ソウルの米国大使館に大挙して押し寄せ、すでに合意済みの米韓FTAを再協議せよとの要求を突きつけた。民主統合党の女性代表、韓明淑(ハン・ミョンスク)氏は「韓米FTAは売国的」と非難し破棄を求めた。また、右の2つの政党は韓国国軍の解体にも熱心だ。前出の専門家が語る。

「彼らは、国軍は国家や国民を代表するものではなく、労働者と農民と貧民を代表すべきものだと捉えています。世界がとうの昔に捨て去った階級闘争の次元で国家や国軍を構築しようというのです。統合進歩党は韓米同盟の破棄、韓国予備軍解体の公約までしましたが、国軍の無力化を最も望んでいる北朝鮮はさぞ喜んでいるでしょう」

北朝鮮はミサイル発射に続いて、第3の核実験も行う可能性がある。12月の韓国大統領選挙の最大の争点は間違いなく国防問題だ。にもかかわらず、韓国軍の無力化が推し進められようとしているのだ。このような事態に保守派の危機意識が高まり、セヌリ党は勝利したが、朴槿恵氏に対しては不安が残ると専門家は指摘する。氏がこれまで、安全保障政策や対北朝鮮政策について明確な考えを表明してこなかったからだ。

朴槿恵氏は2002年5月、北朝鮮を訪れ金正日総書記と会談した。金正日は1979年10月の朴大統領暗殺の指示を出したとみられており、いわば朴槿恵氏にとっては父の仇である。にもかかわらず、彼女は金正日と笑顔で握手を交わした。専門家が語る。

「私は故朴大統領の対北朝鮮政策、さらに安保政策を高く評価しています。平時有事、いずれのときにも国家の責任として自国を守る軍事力を十分に整え、国民に倹約を要請してでも国家経済の土台を堅固にすることの大事さを知っていて、それを貫いた信念の大統領だったからです。ポピュリズムに走ることなく、厳しい父親さながらに国家基盤を整えたことを多くの国民は尊敬しているのです。一方、槿恵氏はどうでしょうか。彼女は金正日とどんな話をしたのか、ほとんど明らかにしていません。北朝鮮訪問後、北朝鮮についてもあまり語らなくなったのです」

朴槿恵氏が選挙に際して行ったことは、李明博大統領の下で不人気になったハンナラ党の党名をハンナラ(偉大な国)からセヌリ(新しい世の中)に変えたこと、国内問題に話題を集中させて福祉政策の充実などを訴えたこと、従来のハンナラ党の北朝鮮政策を北朝鮮寄りに緩和したことだ。
韓国が主軸となって北朝鮮と対峙し、朝鮮半島を統合すべきとき、安易な妥協は国家としての墓穴につながり、日本も負の影響を受ける。韓国の政治が他人事とは思えないゆえんだ。

『週刊ダイヤモンド』   2012年4月21日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 933