コメ例外扱いは世界の非常識だ 屋山太郎
コメ例外扱いは世界の非常識だ
評論家・屋山太郎
野田佳彦首相が参加の意向を表明していた、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)をめぐる交渉の年内合意が、難しくなりそうだという。日本の交渉参加については、米国などは消極的で、オーストラリア、ニュージーランドも未(いま)だに歓迎していない。
交渉日程が遅れているのは、参加9カ国の利害が錯綜(さくそう)しているためだが、日本に関しては、最初から入れると話がまとまらない、ある程度の合意ができてから入れよう、ということのようだ。
≪日本は戦後、GATTで発展≫
貿易ルールにおいては、新参者が、既存のルールに文句を付けることは許されない。1955年に日本がGATT(関税と貿易に関する一般協定、現在のWTO=世界貿易機関)に加入したとき、そのまま入ったのでは日本の損失は莫大(ばくだい)なものになる、かといって条文は変えられないから、米国が日本の損失分を全部かぶってくれてメンバーになれた。
日本不参加のままTPP交渉がずれ込んでいることを歓迎する風が、日本政界にはある。国際政争に巻き込まれないために、TPPには入らない方がいいと思い込んでいるのだ。民主党にも自民党にも、分かっていない人が多い。9カ国側も積極的に加入を求めずTPPの大筋ができると、日本は加盟時には既に決まったルールに従うほかないのである。
かといって、世界貿易から孤立して、日本が繁栄すると考えているなら勘違いも甚だしい。GATTに入れてもらって日本はどれだけ発展したか。世界第2のGDP(国内総生産)に至る地位を築いたのである。GATTのルールに合わせるのに日本は国内体制も変え、ダメな産業を淘汰(とうた)し、比較優位の産業を伸ばした。
TPPに加われば、世界のGDPの4割近い市場に参入できる。共通のルールを持った市場がなければ、日本経済は発展しようがない。戦後の発展はGATTのルールのおかげだったが、今、世界規模のWTOのルール作りは暗礁に乗り上げている。そこで、地域ごと、国ごとのFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)の取り決めが盛んになっているわけだが、日本はOECD(経済協力開発機構)34カ国中、貿易協定締結数が最も少ない。「失われた20年」の原因でもある。
≪TPP参加阻む農業と農協≫
仲間が少ない理由は、農業部門で関税化や自由化を徹底的に断るからだ。弱小産業の農業を抱えるから、相手も工業製品で関税を下げてくれない。相手国の農産物を入れないのでは、日本が工業製品への関税をゼロにしても、相手は喜ばない。TPP交渉では、「例外」が認められているが、それは特殊品目に限られる。日本農業の主柱ともいうべきコメを例外にしてもらおうとの議論があるが、国際的非常識の極みだ。
TPPに参加できるかどうかは農業、就中(なかんずく)、コメ産業の行方にかかっている。国内常識は、日本のコメは耕地面積が小さく、まるっきり国際競争力がない。このため、コメを例外にするか、TPPに参加しないか、どちらかの道しかないというものである。
その反対の先頭に立つのが農協だが、日本の農協は戦中、戦後の統制団体を司(つかさど)ってきた経緯から、全農家の経済(購入・販売)事業、信用(金融)事業、共済(保険)事業、農業指導事業を一括して、“総合農協”として生きてきた。農機具や肥料の購入・販売、コメや生産物の販売を通じて、農協は巨大商社以上の利益を貪(むさぼ)ってきた。世界に希有(けう)の存在だ。減反は生産者が共同して行うカルテルであり、それを守らせるために、年間2千億円、累計総額7兆円が税金から支払われている。
≪大規模集約化で国際競争力を≫
コメ生産農家の規模は1戸当たり1ヘクタール程度で、これでは米価を何十倍に上げても兼業でなければ食べていけない。一方、20ヘクタール以上の米作純所得は1100万円である。コメ農家の大規模集約化が不可欠であることは自明である。集約化が遅々として進まないのは、農協が農家戸数の減少を極度に恐れるからだ。ざっと900万人の正組合員と准組合員を相手に、カルテル的経営を死守せんがため、小規模農家の農地の売却先にこれ以上にないという制限を付けて、売買を阻害している。
コメ農家の平均年齢は68歳で、10年たたず農家人口は激減する。TPPの最も難しい品目の関税ゼロ目標は10年だが、コメ産業は10年待てない。5年を目途に関税ゼロに持っていくよう規模の集約を図る。そのためには、減反の緩和と稲の品種改良を進めるべきだ。日本は減反を開始した70年代から多収穫米への品種改良をストップしてきた。財政資金は規模拡大農家にのみ使うべきだ。
民主も自民も「新成長戦略の策定」を主要課題にしている。最も確実な成長戦略は既得権を排し、新規事業を参入させて競争を促すことだ。国鉄でも電電でも、民営化はファミリー企業を一気に活性化させた。最高の成長戦略は農業と医療の規制撤廃だ。(ややま たろう)
5月24日付産経新聞朝刊「正論」