領土・領域は憲法改正して守れ 西修
領土・領域は憲法改正して守れ
駒沢大学名誉教授・西修
国家主権、とりわけわが国の領域を保全する法体制が早急に整備・強化されなければならない。
野田佳彦首相は8月24日の記者会見で、韓国国家元首としてあるまじき李明博大統領の島根県・竹島への上陸、香港活動家らの沖縄県・尖閣諸島への上陸を受けて、「わが国の主権に関わる事案が相次いで起こっており、誠に遺憾の極みであり看過できない。国家が果たすべき最大の任務は平和を守り国民の安全を保障し、領土、領海を守ることだ。首相としてこの重大な務めを毅然とした態度で冷静沈着に果たし、不退転の覚悟で臨む決意だ」と明言した。こうした首相の「決意」表明は、遅きに失したとはいえ、評価できる。
≪海上保安庁法改正は第一弾≫
第一弾として、今国会でようやく「海上保安庁法」と「外国船舶航行法」の改正法が成立した。前者の改正は、海上保安官に離島での陸上警察権を与え、犯罪対処を可能にする。8月15日の香港活動家らの尖閣諸島上陸では、あらかじめ察知されていたので、警察官を配備し、逮捕に踏み切ることができた。今後は警察官が速やかに駆け付けることができないような遠方の離島でも、海上保安官が被疑者に対して質問、捜査、逮捕することができるようになる。
後者の改正では、活動家らを乗せた船舶が日本領海で停泊、徘徊している場合、海上保安官が立ち入り検査をすることなく、退去の勧告を行うとともに勧告に応じない船舶に対しては、罰則付きで退去命令を発することができるようになる。海上保安官の権限を拡大したことにより、領域保全の法整備が一歩、前進したといえる。
≪領域警備法の制定が第二弾≫
取るべき第二弾として、新たに領域警備法を制定することが求められる。同法の制定については、平成11(1999)年3月23日に発生した北朝鮮の工作船による領海侵犯事件後に検討されながら、その後、放置された状態になっている。この事件では、巡視船が北朝鮮の工作船を追跡し、至近距離に護衛艦がいたにもかかわらず、「海上警備行動」が発令されるまで何の行動も取ることができず、工作船の領海外への逃走を許すという大失態を演じた。当時の反省が生かされないままになっているというのは不可解極まりない。
諸外国において、領域警備は、軍隊がその役割の中枢を担う。わが国への領海侵犯は、今後ますますエスカレートし、偽装船団が大量の武器を保有してやって来る可能性がある。領域警備は、治安の維持を目的とする警察作用というより、国の安全保持を目的とする防衛作用と把握すべきである。
そのような側面から、自衛隊法を改正し、自衛隊に領域警備の任を与える必要がある。自衛隊、海上保安庁、および警察が普段から連携を密にし、共同訓練などを通じて、隙のない領域警備体制を整えておかなければならない。同時に、自衛隊の領域警備時における武器使用も警察官職務執行法を準用させるのではなく、国際法規に準拠させるよう改めるべきだ。
藤村修官房長官は、8月20日の記者会見で、領域警備法の制定には否定的な発言をしたが、野田首相は、領土、領海を守るために、「不退転の覚悟」を表明したのではなかったのか。もし、藤村発言が中国・韓国に対する「配慮」からなされたということであれば、「弱腰」のそしりは免れまい。
≪現行憲法に主権保全規定なし≫
そして第三弾として、憲法改正にまで踏み込まなければならない。なぜなら、現行憲法では、国家主権を保全するための規定は皆無だからである。憲法は、前文で「自国の主権を維持」することをうたっているが、その具体的方策を示していない。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意」(前文)しても、何らの方策にもなり得ないし、また、9条には、平和主義の宣明を目的に侵略戦争の放棄や戦力の不保持などが定められているにすぎない。
国の平和を維持しつつ、国家主権が侵犯されないようなあらゆる措置を講じることは、「国家が果たすべき最大の任務」である。憲法を改正して領土・領域の保全を明記する条項を導入することは、国家主権を保持するための当然の帰結といわなければならない。
8月31日付産経新聞オピニオン欄には、憲法9条に関するアンケート(4678人から回答)の結果が載っている。それによると、9条改正に92%が賛成し、自衛隊を軍隊と位置付けるべきだとする意見が91%にも達したという。今や、憲法9条改正へのタブー視は払拭されているといってよい。
9月1日に、21世紀を担う若者の人間力育成を目指して、同紙が主宰する「産経志塾」で講義する機会があった。塾生たちは、私の9条改正論に熱心に耳を傾けてくれた。質問などを通じ、国の守りをどうするのか真剣に考えようという健全な若者が輩出してきていることに安堵した次第である。
国家主権を確保するための憲法条項を導入する問題と真摯に向き合うときが、来ていると思う。(にし おさむ)
9月7日付産経新聞朝刊「正論」