鳩山氏、最高顧問に返り咲きの仰天 櫻井よしこ
鳩山氏、最高顧問に返り咲きの仰天
櫻井よしこ
民主党の政策や人事に論理の破綻や一貫性の欠如はいつものことで、もはや大概のことには驚かないつもりだった。しかし、またもや驚いた。鳩山由紀夫元首相が党最高顧問に復帰して外交を担当するそうだ。
氏は首相就任直後から、現在の日本にとって最重要の日米関係を根幹から揺るがし、中国、ロシア、韓国による領土侵略の動きを促す結果を招いた。普天間飛行場を沖縄本島北部の辺野古に移す案を「国外、最低でも県外」に移すと述べて否定し、それまでの13年間の日米の苦渋に満ちた交渉と、ようやく辿り着いた着地点をひっくり返した。
「日本は今までとかく米国に依存しすぎていた」と語り、中国との関係を強化する外交姿勢を明らかにした。それを、中国を軸とした秩序構築を意味する東アジア共同体構想で具体化しようとした。
この種の基本的方針を党内の根回しも行わず、唐突に発表し、オバマ大統領に首相発言の真偽を質されて「トラスト・ミー」と答えたのが鳩山氏だった。しかし、「トラスト・ミー」という言葉こそ信頼出来ないとして、鳩山氏は米国政界で「ルーピー」(愚か者)と評されるに至り、日米関係は悪化した。
この人物を、野田佳彦首相は民主党の最高顧問に再任させて、外交を仕切らせることを許した。単なる人事下手で片付けられる問題ではなく、野田首相が考える能力を喪失し始めたのではないかと疑わせるものだ。
鳩山氏の外交担当最高顧問への就任は、菅直人氏のエネルギー・環境調査会への顧問就任と同じく、信じ難い墓穴人事である。ここまで踏み込んで批判をして、私は立ち止まって自問せざるを得ない。異常と思える一連の人事は、ひょっとして、民主党の価値観に照らし合わせれば「正常」なのか、 と。野田氏は、鳩山、菅両氏と異なりもっとまともだという考え自体がおかしく、野田氏も基本軸がズレた民主党の一員にすぎないということか。
とんでもない心得違い
どれだけ民主党の価値観がおかしいか。たとえば、09年9月、鳩山内閣が発足し、岡田克也氏が外相となった。氏は早速大使人事を手がけ、米国大使に三井物産戦略研究所の会長で、国際派知識人として知られる寺島実郎氏を起用しようとした。だが、湾岸戦争のときも含めて、寺島氏は一貫して米国に非常に厳しく、氏の反米姿勢は広く知られている。対照的に中国には非常に融和的である。鳩山氏が東アジア共同体構想を熱心に提唱した背景には、寺島氏が鳩山氏の外交政策指南として同構想を進言したとされる事情がある。
さて、寺島氏の大使起用に関して米国政府は日本政府の照会に「無回答」で応えた。危機管理の専門家、佐々淳行氏が指摘する。
「大使人事に接受国がアグレマン(同意)を出さないということは、表立って対立するということです。たとえ米国側が寺島氏を好ましからざる人物と見做していても、日米関係の重要性に鑑み、アグレマンを与えないということはしないでしょう。けれど米国政府は『ノーアンサー』の形で、事実上、 寺島氏を拒否したのです。そのような拒否される人事を考えたのが岡田氏だったのです」
岡田氏のもうひとつの人事が、悪名を馳せる結果となった丹羽宇一郎中国大使である。再び佐々氏が語る。
「伊藤忠商事出身の丹羽氏は13億の中国人を客と見たのではないでしょうか。13億人はお客さまであり、神さまなのでしょう。相手国を大切にすることは外交では勿論重要ですが、命懸けで国益擁護の最前線に立つのが外交でもあります。商売人に命懸けの外交をやらせること自体、無理でしょう」
今年8月27日、丹羽氏の乗った大使公用車が中国人に襲われ日章旗が奪われた。犯人の男2人は5日間の行政拘留処分となったが、これほど日本を小馬鹿にした処理はない。男2人には裁判手続きもとられず、スピード違反に切符を切る程度の形式的な処理で終わっている。
男たちへのいわばお咎めなしの一方で、奪われた日章旗はどうなったか。佐々氏が憤りを込めて語る。
「あの日の丸の小旗を日本側は取り戻していないのです。中国側はあれはなくなったとして、モノ扱いして探そうともしませんでした。丹羽氏を含めて北京の日本大使館の公使以下全員、本省の外務省も、大使公用車の日章旗をモノ扱いされ、見つからないという説明に納得しているのです」
これはとんでもない心得違いである。大使公用車は領土と同じく、治外法権が認められる。車上に立てた日章旗は日本国の主権を象徴する国旗である。普通の日の丸とは訳が違うことを丹羽氏らも外務省もわかっていない。一番わかっていないのが、岡田、鳩山両氏はじめ、民主党首脳であろう。
国の基盤が崩されていく
民主党政権の3年間に日本外交は多くの決定的な間違いを犯し、国益は損なわれた。産経新聞の阿比留瑠比氏が『破壊外交』(産経新聞出版)でその詳細をまとめている。読み始めたらさまざまな場面が鮮明に思い出されて、思わず知らず、怒りで熱くなる。
2010年9月7日、中国漁船閩晋漁が尖閣周辺の領海に侵入し、海上保安庁の巡視船に体当たりした事件で菅直人首相、仙谷由人官房長官(いずれも当時)が中国に「ベタ折れ」した揚げ句、船長釈放を那覇地方検察庁の判断として政府としての責任をとらず、さらに国民に見せないのが国益だとして、中国の犯罪の実態を示す事件のビデオを隠し通そうとした。こうしたことに関して仙谷氏はいまも「すべて正しかった」と主張する厚顔さだ。
竹島に関しても民主党の面々は決して「不法占拠」と言わなかった。岡田氏も枝野幸男経産相も藤村修官房長官も皆同じだ。一時期法務大臣を務めた平岡秀夫氏は11年10月25日、衆議院法務委員会で自民党の稲田朋美氏に「竹島は韓国が不法占拠している、それでいいか」と質されて、「明確に申し上げられる状況ではない」「不法占拠ということ自体が、ある意味では非常に政治的に意味合いを持った言葉なので、(中略)申し上げるのは適当ではない」とし、これは「外務省が責任を持って答えるべき問題」で、自分は答えないとして、必死に答えをはぐらかした。これでも平岡氏は法を預かる法務大臣か、日本国の大臣か。
一事が万事である。その民主党でいま再び、鳩山氏が最高顧問となり外交を担う。野田首相が党内基盤を固めるだけの人事であろう。ただ不幸なことに、たとえ野田氏の足元が固まっても、この種の人事・外交で日本国の基盤が崩されていくのである。国益よりも私益優先なら、如何なる政権も存在する意味はないのだ。
『週刊新潮』 2012年11月1日号
日本ルネッサンス 第532回