中国への遠慮捨てよ 櫻井よしこ
中国への遠慮捨てよ
櫻井よしこ
党首討論で野田佳彦首相が「今週16日に衆院を解散してもいい」と言い切った。その後の政府・民主三役会議では、12月4日公示-16日投開票という衆院選の日程も決まった。
寄ってたかって足を引っ張り、解散権も封じ込めようとした反対派を振るい落とし、悪しき党内融和を打ち破ったことを評価する。首相が自分は保守だというのなら、経済では環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)を軸に国を開き、安全保障では集団的自衛権の行使、憲法改正、眼前の防衛予算の大幅増を掲げて闘えばよい。国際社会に対しても保守の価値観を明確に発信するのがよい。その同じ伝(つて)でチベット問題にも取り組むのがよい。
チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世が11月13日、初めて国会内に招かれた。参議院の講堂で「普遍的責任と人間の価値」と題して講演し、議員134人と代理人計232人が出席した。
議員団が採択したアピールは、中国政府の「苛烈な人権蹂躙(じゅうりん)」「政治・宗教・文化・経済活動の自由への厳しい制限」に強く抗議する内容だ。チベット人だけでなくウイグル人に対する中国の「不当な人権弾圧について、今後、その改善を厳しく求めて」いくとの決意表明は、物言わぬ従来の日本の政治への鮮やかな決別宣言だ。
しかし、この重要な会に民主党政府関係者は誰一人参加しなかった。4月にチベット亡命政府首相、ロブサン・センゲ氏が国会内に招かれたときも、民主党は大臣、副大臣、政務官の政務三役の出席を許さなかった。
中国に対する世界の認識が変わり、日本国内の認識も大きく変わりつつある今、首相こそ意識を覚醒させなければならない。政治家として人権弾圧、拷問、虐殺などを大いに問題視していても、政府に入った途端に問題意識を打ち捨ててしまうような、中国への気兼(きが)ねも中国ゆえの萎縮も、もういい加減にやめるのだ。
中国への遠慮は日本だけではないが、他国の政治家は素早く学習してきた。
たとえば大統領1期目の最初の年のオバマ米大統領である。彼は中国を戦略的パートナーと位置づけ二大国主義に立って中国に大層(たいそう)気を使い、2009年10月、ダライ・ラマ14世との会談をとりやめた。
米国の配慮に反して中国は同年12月、コペンハーゲンで開かれた気候変動枠組条約締約国会議で米国に事実上の挑戦状を突きつけた。
中国は、国際社会において発展途上国の要求が強まり、世界は多極化に向かうと分析、自らを発展途上国の代表であるかのように位置づけた。米国一極時代が終わると考え、米国などが進める気候変動への対処を妨げようとした。
配慮しても中国は一向に変わらない、中国に物事を知らしめるのは力を伴った断固たる決意だと学んだオバマ政権は、早くも翌年1月、断固として台湾に64億ドルの武器輸出を決定した。2月にはダライ・ラマ14世をホワイト・ハウスに招いた。
米国の読み通り、中国は変わらなかった。3月に北朝鮮が韓国の哨戒艦「天安」を撃沈、11月には延坪島を砲撃した。それでも中国は北朝鮮擁護を貫き、国連安全保障理事会の非難決議を妨げた。中国自身、南シナ海、東シナ海をはじめ領土拡張の野望を隠さず、膨張もやめない。
かつて大統領補佐官を務めたズビグニュー・ブレジンスキーは著書『世界はこう動く』(日本経済新聞社)で、中国が民主主義を採り入れることなしに、経済と軍事を強大化していけば、アジア・太平洋は大中華圏の一部として飲み込まれかねない、日米関係は緊張し、米国はアジアからの撤退を迫られる可能性もあると指摘した。
氏は、日本は自国の国境をこえて影響力を行使したり、既存の地政状況を変える能力や意思も資格も備えていないと厳しい評価を下しつつ、日本が米中どちらを選ぶのかと、日本の資質に疑問を突きつけている。
日本の資質が疑われる直近の事例が、ダライ・ラマ14世一人、国家としてまともに遇することができない現状である。自由を尊ぶ日本のよき価値観を記憶にとどめているならば、そして、もしその機会を再び与えられるのであるなら、首相は、ダライ・ラマ14世を次回、必ず国賓として招くことだ。
中国を怖れる前に、その実態をよく見ることだ。中国共産党大会で胡錦濤国家主席がこう語った。「われわれが(汚職の)問題にうまく対応できなければ、党にとって致命的な結果となりかねず、ひいては党の崩壊、国家の衰退を引き起こす可能性がある」
「ニューヨーク・タイムズ」が報じた2200億円に達する温家宝一族の凄まじい不正蓄財は、中国共産党幹部の誰にでも当てはまると指摘された。中国共産党は党大会開催に当たって、北京五輪を上回る140万人の警備体制を敷いた。共産党首脳の面々は自分たちが生み出したとてつもない腐敗と国民の憤怒に脅えている。であれば、新体制は彼らにとって無難な政策を打ち出すだろう。それは自らへの不満回避のための反日路線になると考えるべきだ。
そうしたときに日本が内外に高く掲げるべきは、何よりもまず民主主義の公正な価値観である。党内の融和を党首討論の場で打ち砕いてみせた決意を、首相は日本の国益のために、中国に向かっても発揮せよ。10年、20年先にも日本の大きな柱となり力の源泉となる価値観の軸をこそ、打ち立てよ。
11月15日付産経新聞朝刊「野田首相に申す」