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2009.08.11 (火) 印刷する

【詳報】 月例研究会 「今、日本の分水嶺~国基研が政権選択を問う~」

国家基本問題研究所は平成21年8月5日、東京・永田町の星稜会館で月例研究会「今、日本の分水嶺~国基研が政権選択を問う~」を開き、自民、民主両党が30日の総選挙に先立ち公表したマニフェスト(政権公約)を分析しました。登壇者は櫻井よしこ理事長、田久保忠衛副理事長と、潮匡人、遠藤浩一、大岩雄次郎、西岡力の4企画委員でした。会場のホールには会員と一般の方々約330人が集まり、大盛況となりました。研究会の詳報は以下の通りです。

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櫻井 自民党も民主党もバラ色の約束をしているが、しっかり見ないといけません。それが今後10~20年間の日本の運命を決めます。世界は大きく変わっており、日本が1~2年のうちに国家としての土台を築かないと大変なことになります。なかでも米国が豹変しつつあります。原因は中国の台頭であり、米国はじめ世界各国が中国に物を言えなくなっています。相対的に、日本の立場は弱くなってきました。その中で、日本の政治は機能しなくなっています。日本は外交と軍事を強化しなければいけません。皆さんには、両党の政策をよく理解してもらい、賢い国民として判断を下してほしいと思います。

田久保 自民党のマニフェストには冒頭、「やみくもにすべてを『変える』ことが、よいわけではない」と書いてあるが、笑ってしまう。自民党はそれほど立派なことをしてきたのか。例えば、自民党は集団的自衛権の行使に踏み込めない。海賊対策のため自衛隊の艦艇をソマリア沖に送ったが、(現行法では)日本の船しか守れないし、武器の使用もままならない。これで、軍隊として恥ずかしくないのか。また、「(自民党には)戦後の日本を、世界有数の大国に育てた自負があります」とあるが、日本はそんなに大国なのか。今は中国に追い抜かれて大変なことになっている。米中は異常なほど接近している。それにもかかわらず、「これからは『国をメンテナンスしていく』時代」だという。この意味が分からない。
 民主党の方は、マニフェストに自衛隊が一言も出てこない。外交も、政策各論の最後にやっと出てくるだけだ。まさに、外交・防衛不在のマニフェストだ。

 日本を取り巻く国際情勢は深刻だ。米中関係はブッシュ前政権の時代から大変密接になってきた。特に経済分野で切っても切れない関係になっている。軍事分野で米国は中国に依然警戒的だが、人権問題では中国を刺激してはならないという考えが強すぎる。ヒラリー・クリントン国務長官は2月の訪中時に、人権問題で批判をしなかったし、主要国首脳会議(G8サミット)では誰もウイグル問題を取り上げなかった。台湾問題でも、ブッシュ前大統領が早々と独立反対を明言したのは、中国を刺激すると怖いからだ。
 日米関係は同盟だから、米中関係より強力だと言い切れるのか。米国が人権に続き軍事面でも中国に物を言わなくなったらどうするのか。中国は今、米国の味方でも敵でもない状態だが、今後はだんだん味方になっていくのではないか。

 そういう中で(民主党が主張するように)自衛隊の艦艇をインド洋での給油活動から撤収すれば、中国は「しめた」と思うだろう。中国が艦隊をインド洋に派遣して給油を肩代わりしたら、日米関係はどうなるか。また、(民主党が)沖縄の普天間飛行場の移転合意を白紙に戻すと、米国がどういう反応をするか空恐ろしい。
 米中関係があいまいなうちに、日本は自衛隊を国軍にするため、憲法改正と、その前に集団的自衛権行使の容認を急がなければならないのに、今の与野党は何をしているのか。

 民主党のマニフェストは「緊密で対等な日米同盟関係を築く」と言っているが、集団的自衛権の行使に触れないで「対等」な同盟関係をどう築くのか。また、民主党が構築を目指す「東アジア共同体」と日米同盟関係はどちらが「偉い」のか。きちんとした日米同盟関係を基礎に東アジア共同体を築くならよいが、日米同盟に代わるものとして考えているなら安全保障の観点から問題がある。
 外交・防衛・安全保障の分野に関しても具体論に乏しい。マニフェストの各論に「外交」はあっても、防衛や安全保障が項目に挙がっていないのは、政権を狙う政党のものとしては欠陥だ。さらに、憲法問題で「現行憲法に足らざる点があれば補い、改めるべき点があれば改める」というのは当たり前のことで、「(憲法改正を)慎重かつ積極的に検討」するという言い回しには敬服するばかりだ。

 一方、自民党のマニフェストが民主党より憲法改正に積極的なことや、集団的自衛権についても、期待した水準に達していないものの、政府解釈変更を事実上打ち出したことは、好意的に受け止めている。
 日本版「国家安全保障会議」の設置提案も支持できるが、麻生さんの前の首相は設置に後ろ向きだった。また、報道されていないことだが、北朝鮮のテポドン発射騒ぎの際、日本国内に緊急配備された迎撃ミサイルPAC3の警護に当たった自衛隊には、実は実弾が支給されなかった。こういうことがあるので、自民党のマニフェストにいくら良いことが書いてあっても、額面通り受け取れないのは残念だ。

西岡 北朝鮮による拉致問題では、自民党は「国家の威信をかけ被害者全員の帰国を実現する」、民主党は「国の責任において解決に全力を尽くす」と書き、いずれも国の責任が明確化され4年前の衆院選マニフェストより良くなった。自民党と民主党で姿勢に違いはないと北朝鮮に示すことができた。実は、国の責任で被害者全員を取り戻すという表現は、家族会と救う会が各党にマニフェストに書き込んで欲しいと要請したものだ。残念なのは、前回の民主党のマニフェストで拉致が見出しに入っていたのが、今回はなくなったことだ。また、民主党のマニフェストが触れている北朝鮮に対する貨物検査の実施などは、核問題での制裁であり、拉致問題だけを理由にした制裁など被害者救出のための具体策は書かれていない。

 北朝鮮情勢の絡みでは、金正日の死亡時に日本に敵対的な勢力(中国)の手に朝鮮半島全体が落ちる可能性への議論が自民、民主とも全くない。中国が台頭する中で、朝鮮半島や台湾をどうするかというビジョンがないのは残念だし、選挙戦の中でそうした議論をしてもらわないと、どうなるか心配だ。

大岩 自民、民主両党が描くシナリオ通りに進めば、日本経済の自律的な回復は期待できない。両党とも、日本をどういう国につくるのかという理念が見えない。
 米国では、昨秋のリーマン・ショック後も、適正な市場経済への信頼は基本的に揺らいでいない。欧州では社会民主主義的思想が強く、手厚い社会保障を施しながら時代に合わせて厳しい市場経済を乗り切っていこうとしている。これに対して日本では、政策が右から左へ振れる。自民党のみならず、民主党が提案する子ども手当などのばらまきは、社会主義かと思うほどだ。

 日本は欧州型か、米国型か、あるいは日本型を模索するのか、方向が見えないまま、政府は借金を繰り返している。これでは、いずれ国家財政が破綻することは目に見えている。あるいは、既に破産していると言ってもよい。将来の年金支給額をはじめさまざまの社会サービスがカットされているのがその証拠だ。

遠藤 総選挙が予想通りの結果(民主党大勝)になるなら、お灸をすえられるのは自民党というより有権者だ。読売新聞の「ネットモニター調査」によると、投票に当たってマニフェストを重視するとの答えが62%(比例代表選)に上り、政策では景気対策を重視するという回答が55%だった。しかし、民主党のマニフェストには、再分配政策はあっても景気対策は見当たらない。麻生内閣の景気対策の結果回復に向かっているから、これ以上の施策は不要ということだろうか。だとするならば、麻生内閣の景気対策を罵倒したことを反省しなければならない。
 中長期的な成長戦略もない。弁当箱を大きくせず、仕切りを変えようとしているだけだ。特定の階層の犠牲で特定の階層に利益を与えようとするのは、古典的な社会主義政策だ。扶養控除や配偶者控除をカットし、子ども手当を新設するのはその典型で、こうした個々の価値観への政治の介入となるような提案について、真剣な議論が全く行われていない。「政権交代」自体が争点となると、こういうことが起こる。
 靖国参拝に関して「新たな国立追悼施設の建設」が民主党の「政策集」に盛り込まれていたものの、マニフェストからは消えた。ここでも議論を回避している。

 民主党は一貫した理念のないまま、ピンポイントで自民党に反対してきた。そのツケがここに出ている。ツケを払わされるのは民主党ではなく、有権者だ。言ってみれば、最もたちの悪い社会主義的経済政策が目につく。有権者はそれに気付いていない。要するに民主党は毛沢東以下の、「成長なき分配」を行おうとしている。行き着く先は「民主党不況」だろう。民主党では、党内の正論が政策に反映されることがほとんどない。リベラルというより左翼臭が漂っており、30日(総選挙投票日)以降、日本がどうなるか心配だ。

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櫻井 民主党中心の政権ができた時、教育政策はどうなるでしょうか。以前、教育基本法が改正された時、民主党案は愛国心を盛り込み、与党案より良かったのです。ところが、それは、野党案はどうせ通らないのだから適当に書いておけという当時の小沢一郎代表の指示で盛り込まれたのだそうです。一方、今年の自民党マニフェストで「集団的自衛権の解釈変更」という明確な表現が最終段階で見送られたのは、首相経験者が麻生首相を説得したためのようです。このように、両党とも、基本的な考えが定まっていないという実態があります。

西岡 金正日が死亡し、北朝鮮が混乱して無政府状態になった時、米韓軍は北進する計画を立てているが、その時に自衛隊は何をするのかがはっきりしない。自民党のマニフェストも、集団的自衛権一般について書いていない。日本が普通の国なら、北進時に自衛隊が防衛出動で米韓軍と一緒に北朝鮮へ入り、拉致被害者を捜索すべきではないか。

 日本にできるのは情報提供ぐらいしかない。「周辺事態」と認定されれば自衛隊が米軍に後方支援をすることはあり得るが、北朝鮮の南侵でなく米韓軍の北進時に周辺事態と認定されるのか、疑問もある。集団的自衛権の行使が認められれば、米軍は自衛隊のF15、イージス艦などの戦力を当てにでき、大きな意味を持つ。どちらの政党であれ、集団的自衛権の行使をマニフェストにきちんと踏み込んで書いてほしかった。

田久保 (日本の安全保障に影響するのは)中長期的には中国だが、短期的には朝鮮半島だ。日清、日露戦争も朝鮮半島に原因があった。朝鮮半島で近々重大事態が起きるかもしれないのに、自民党も民主党も何をしているのか。
 自民党には不満があるが、民主党にはもっと大きな不満がある。鳩山由紀夫代表は日本列島について、「日本人だけの所有物ではない」と言った。また、北方領土を日ロ共同管理にしようと述べたことがある。日本全体をどこかの国と共同管理にしようと言い出しかねない。「友愛外交」で、日本の国家主権は溶解してしまわないか。

 小沢一郎氏は以前、シーファー駐日米大使(当時)との面会を記者団に公開するという無礼な態度を取ったが、こんなことをすれば国際関係や個人の信頼関係は崩れる。
 菅直人氏はかつて、日本人拉致実行犯・辛光洙元死刑囚の釈放嘆願書に署名した。辛光洙のような者を北朝鮮に逃がしたら、国家として成り立たない。
 (日教組出身の)輿石東氏は、教育は(政治的に)中立でないと言った。民主党政権になって、日本を否定する方向が出てこないかと心配している。

 民主党のマニフェストには、自衛隊のインド洋での給油活動をどうするのか書いていない。それを書くのがマニフェストではないか。書かないなら政権交代をうたう資格はない。

遠藤 マニフェストの内容は、自民党の方がはるかに良い。しかし、自民党がマニフェストで良いことを言うなら、政権政党としてなぜこれまでそれを実行してこなかったのか。
 自民党に問われているのは、政策ではなく政策を遂行する能力だ。自民党は政策遂行のため、政界再編を含んだ保守再結集を提起しなければならない。そこで必要なのは自公体制に配慮した妥協ではなく、保守政党としての矜持だ。それなのに、集団的自衛権さえマニフェストに明記できず、立ち止まってしまう。

 民主党が総選挙で大勝すれば、どんなにひどい中身のマニフェストでも通せることになる。これは大変なことだ。昭和22年の片山内閣も平成5年の細川連立内閣も、政権内部の「水と油」の矛盾が露呈して崩壊した。その教訓が生かされていない。民主党が社民党と連立を組めば、社民党がキャスティングボートを握ることになる。
 「地域主権」の問題でも、「主権」という言葉を利用してある種の野心を満足させようとする勢力が民主党内に存在する。これには注意しないといけない。

櫻井 民主党事務局の要職には旧社会党系が就いています。鳩山代表も岡田克也幹事長も在日外国人への参政権付与に大賛成です。鳩山氏は地方参政権だけでなく、国政参政権も与えるべきだと書いています。そんなことをしたら日本国の主権はどこにいくのでしょうか。鳩山氏は通貨の発行権を他国に移譲してもよいとまで言っています。それでは日本は液状化してしまいます。

遠藤 民主党マニフェストに人権侵害救済機関の創設がうたわれている。これは(保守派の反対で廃案となった)人権擁護法案の内容そのものだ。民主党では、保守派より左翼・リベラル派が主導権を取るのに貪欲だ。

西岡 民主党拉致対策本部の北朝鮮追加制裁案は自民党案より厳しい内容だった。しかし、先ほど報告したように、民主党のマニフェストには拉致問題での制裁が入っていない。

櫻井 民主党は税金の無駄遣いをなくし、埋蔵金を活用することで財源を確保できると言っているが、そんなことは可能なのでしょうか。

大岩 やってみなければ分からない。かなりの金額を捻出できる可能性は十分ある。ただ、そこまでやる気があるなら、なぜもっと踏み込んで書かないのかと思う。しかし、無駄遣いの根絶や埋蔵金の活用は一時的で、その場凌ぎだ。より大事なのは成長戦略だ。自民党のマニフェストは経済成長政策に触れているが、具体策を欠く。民主党のマニフェストには成長戦略が全くない。

櫻井 ポイントは、この国の政治に何を求めるか、です。総選挙では、この国を立て直すために政党は何をしなければならないかを問うべきです。民主党は防衛費をさらに減らして子ども手当にしようとしています。国家とは何かをわきまえていません。自民党もわきまえていないが、より悪くない方を選ぶしかないのかもしれません。(了)