国家基本問題研究所は平成21年10月20日、東京・永田町の星陵会館で、月例研究会としてシンポジウム「CO2の25%削減は可能か」を開き、2020年までに1990年比でCO2を25%削減するという鳩山政権の構想について議論を交わしました。パネリストは前田武志民主党参院議員(地球環境国際議員連盟=グローブ・ジャパン=事務総長)、坂根正弘小松製作所(コマツ)会長(日本経団連環境安全委員会委員長)、杉山大志電力中央研究所社会経済研究所上席研究員(IPCC第4次評価報告書統合報告書主著者)の3人で、司会は当研究所の櫻井よしこ理事長が務めました。シンポジウムには会員176人、一般51人が参加し、温暖化対策への関心の高さを浮き彫りにしました。また、全国紙3紙と月刊誌『WiLL』などが取材し、マスコミの注目も集めました。シンポジウムの詳報は以下の通りです。(本稿のうち前田議員の発言部分は、当研究所のまとめに対して同議員事務所が大幅な加筆修正を加えたものです)
櫻井 民主党は2020年までに1990年比25%(2005年比30%)のCO2削減という意欲的な案を打ち出しました。これが日本の経済や産業にどのような影響を及ぼすのか、そして世界経済にとってどういう意味を持つのかについて討論したいと思います。前田さんには、25%という数字がどのような根拠をもって、もしくはどのような根拠もなしに出てきたのかをお話し願いたい。
前田 民主党は08年1月に地球温暖化対策本部というプロジェクトチームを設置し、各界の専門家をお呼びしながら勉強会を1年以上積み重ね、09年4月に地球温暖化対策基本法案を参議院に提出いたしました。25%という数字はこの地球温暖化対策基本法案に盛り込んだものです。
(CO2削減の数値目標を定めるのは)割と簡単なように見えますが、我が民主党というのは、結構幅があり、産業界から来ている方もいるし、例えば電力総連から来ておられる非常に詳しい専門家の方もおられます。そういった中で、日本の将来のことを考え、世界にどういう貢献が出来るか、政権の責任としてバックキャスティングの考え方で『25%』を打ち出そうという結論に至ったわけです。
(CO2削減について)産業界は殆ど雑巾を絞ってもカラカラで水が出てこないというようなことなのですが、住宅或いは企業の社屋などの建物の(省エネにつながる)断熱は、殆ど進んでおりません。やろうと思えばやれることはいっぱいある。それが全部経済政策にもなっていくということが、(25%削減まで)踏み込んだ根拠ともなっています。
また、(エネルギーの)供給側であっても、原子力発電の稼働率を現在の60%から90%に上げたり、固定価格買取制度の導入によって自然エネルギーを大々的に導入していくことで随分CO2を削減ができます。
もちろん鳩山さんの表現にもあった通り、排出量取引制度も考えています。(先進国の政府や企業が途上国を技術支援して達成したCO2排出削減量を先進国側の削減量として換算できる)クリーン開発メカニズム(CDM)とどう組み合わせるかという議論もたくさんいたしました。従って、25%全部が「真水」(実際のCO2削減量)、というつもりはないのです。
櫻井 真水の割合など、25%削減の具体的方法はいつ発表されるのですか。
前田 政策決定権は内閣にございますので、私が(民主党の政策決定について)答えられる立場にはないのですが、(CO2削減についての)政策は、(複数の省庁にまたがる)統合政策ですから、各省、対応する各大臣などを集めて、(横断的に)練っていくことになります。
12月のコペンハーゲン会議(国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議)に行くわけですから、それまでにはある種の方向性が出てくるのではないかと思います。
櫻井 IPCCは世界にどのようなメッセージを発信し、それが政治的にどう受け取られているのかということを含めて、杉山さんに意見をいただきたい。
杉山 IPCCは科学者の集まりであり、CO2削減目標の数字は提言していない。提言するのは政治家の役割だ。IPCCは、科学的な文献を集め、整理し、紹介する。IPCCのメッセージは「気候変動の主因は人間が出すCO2などの温室効果ガスであることは疑いない」というものだ。しかし、気候変動がどういう悪影響を及ぼすかは良く分かってはいない。科学者として、大きなリスクがありそうと言えるだけだ。削減目標などの数字は(IPCCの)科学的情報を基に政治家が決める。科学は政治と一線を画している。
櫻井 温暖化の原因はCO2であると世界の科学者が一致しているのではないことを押さえておきたいと思います。
25%削減は国際公約になり、経済界も国民もそれに対応しなければならなくなりました。対応する側として、坂根さんは民主党の政策をどう考えますか。
坂根 経団連は2020年に05年比で4%削減という目標を立てた。日本の多くの業界は自分たちのCO2削減努力は世界一だと自負している。米欧が13~14%の削減目標を出す中で、日本が米欧と同じ費用をかけて下げられる数値が4%だった。麻生政権は真水で05年比15%削減という数字を出したが、経団連の4%削減に比べて国民の負担は一所帯当たり7万6000円増えるという試算があった。鳩山政権の削減案は、国内削減の真水がどの位かにもよるが、ある試算では36万円の負担増になる。
鳩山首相が国連演説で、米、中、インドなど主要排出国のより高い目標への合意参加を求めた意気込みには賛同する。
産業界には京都議定書へのトラウマがある。第一は、世界のCO2排出量の各20%を占める米国と中国が数値目標に参加しなかったことだ。第二は、欧州の主張で基準年が90年になったことだ。統合した旧東欧には「ぬれ雑巾」のような国がたくさんあり、絞ればいくらでもCO2を下げられる。世界一の努力をしている日本がなぜ非難されるのか、というトラウマがあった。
コペンハーゲン会議に向けての要望として、まず、米中を絶対に参加させてほしい。基準年は、米国を逃がさないためにも05年で統一すべきだ。
また、産業界の削減数値には、生産過程で発生するCO2だけでなく、製品として売った後のCO2も含めてほしい。コマツの例だと、CO2の発生割合は、鉄やゴムなど素材の生産過程で4%、コマツが自社で直接生産するのに4%、顧客がその機械を稼動させる過程で92%となっている。コマツが昨年から市場導入はじめたハイブリッド車の場合、顧客のところでCO2を25%削減できることは実証されている。建設機械等低燃費である程売れる商品を製造するメーカーは、国の目標が15%であろうと25%であろうと商品については、極限までCO2効率を高める努力を進めている。
櫻井 IPCCは(CO2排出量をどれだけ減らすべきだなどとの)提案は行っていない、それは政治の判断だということです。
CO2問題が科学から完全に離れて政治の問題になっているという認識で宜しいですか。
前田 鳩山さんが(世界に対して政治の判断として)はっきりと明言したわけです。だからここから我々民主党政権は、(CO2の25%削減を)具体的な政策として、国民に責任をもってスタートいたします。
櫻井 国民への説明なしに国際公約をするのはどうなのかという疑問があります。25%削減という構想は世界の平均からいうとどれほど大きいものか、そして、どこかの研究機関が25%削減を可能と言っていますか。
杉山 可能というモデル計算はある。IPCC報告書も「技術的に可能」と言っている。ただ、この意味は、全部原発にし、全部電気自動車にすれば、技術的に可能だ、というのと同じ程度である。政治的、経済的に可能かどうかは別の話だ。また、2020年というと、いま分かっている技術で論じないといけないが、私の理解では25%削減は非常に厳しい。
坂根 全世界で業界ごとに全部情報開示をして、各国が謙虚にトップランナーを見習って効率目標を作れば、世界のCO2は多分あっという間に削減される。日本がある時期までセクター別アプローチで世界を引っ張ってきたのに、トップダウン方式に移ってしまったのが気にかかる。
櫻井 日本だけが損をしない仕組みを作らなければならないと思います。民主党は大体の削減コスト、国民負担額をつかんでいますか。
前田 (民主党温暖化対策本部を中心に)国会議員自らデータを集め、(各界の専門家の協力を得て)勉強して参りましたが、率直に申し上げますと、(民主党は野党であったため)組閣をするまでは官僚の持つ情報と知能を民主党の考えている方向で一緒に検討してもらうということが一切出来ませんでした。そのため、(セクター別の)細かい具体的なデータを出すことはできておりません。
※民主党政権はすでに中期目標達成検討チーム・タスクフォースを設置し、90 年比25%削減の達成に向けて、コスト等および将来に向けた成長戦略についてのセクター別アプローチの検証に取り組んでいます。
杉山 いろいろなところからデータを集め、意見を求めてほしい。協力する。
櫻井 なぜ基準年を日本に不利な90年にしたのですか。米国の基準年05年になぜ乗らないのですか。
前田 もちろんアメリカが2005年であったり、或いはEUが90年比でなければならないといった話がありました。ただ、自分たちはずっと(90年を基準にした)「ポスト京都議定書」と言っています。あくまで京都議定書が(民主党の議論の)出発点だったのです。
櫻井 90年という基準年が日本にいかに不利であるかを、今、民主党は理解していますか。
前田 日本にとって雑巾をカラカラになるまで絞った後の基準年であり、欧州がずぶずぶの雑巾をある程度絞った後を基準年にしろという議論は随分ありました。しかし、不利にならないように、というより、実質的なところで勝負しなければならないということで90年になりました。
櫻井 産業界は政府に何を考えてほしいと思いますか。
坂根 産業界を生産過程だけで見るべきでないと明確にした上で、素材部門はCO2削減コストをいくらかけても価格に上乗せしにくい特殊な業種だ。機械メーカーは、素材の価格が高くなれば安い中国などから鉄板を買う。素材部門をどう扱うかが大事な問題となる。欧州は既に素材を特別扱いしているはず。
CO2削減のため同じカネを使うならコストのかかる日本国内の削減で使うより周辺のアジア各国に技術協力する形の方が成果は出る。しかも、それはビジネスになる可能性がある。コマツの具体例を紹介すると、インドネシアのある石炭鉱山の顧客に販売したダンプトラックの燃料として露天掘りの跡地にジャトロファという非食料の植物を育成し、近くにバイオ燃料プラントを造ってこれを使うと大幅にCO2が削減でき、将来このアイデアをインドネシア全域に拡げるとコマツの日本の生産工場の全CO2に相当するものが削減できることになる。日本は国益を失わない視点で交渉する段階にきているのではないか。
櫻井 日本が25%削減に正面から取り組めば、工場は何割か閉鎖され、失業率が高まることにもなりかねないのでは。
前田 坂根さんの言う通りです。25%削減のうち一定割合を新しい形のCDMにしていかないといけません。日本のCO2排出量は世界の4%で、25%減らしても世界の排出量は1%しか減らないのは十分承知しています。しかし、この(削減の)舞台から降りたら(おカネを)出さされるだけで、逆に日本がアジアの発展に貢献し、しっかりした制度の中で存在感を発揮していかなければなりません。
櫻井 日本の技術を海外に提供する場合、技術を売ることになるか、それとも海外でCO2を削減した分の排出権を買うことになるのですか。
坂根 海外クレジット(排出量取引)を認めてもらい、日本企業の削減量に換算される仕組みがないと励みにならない。しかし、素材部門でそれをやると、工場が日本から逃げ出すことになりかねず、産業の空洞化につながる部分が大きい。ここを国益の観点から考えないと、日本そのものが衰退する。欧州では、環境税(炭素税)の収入を素材部門の補助金に使っている。
前田 クレジットを付けることになるはずです。世界共通のルールづくりが課題となりますが、25%削減のメッセージを発した強みで交渉いたします。また、ガソリン暫定税率の廃止で環境税を導入すれば、その用途は坂根さんの議論の方へ向かっていくと思います。
杉山 オバマ政権の提案は各国の努力をいろいろな分野で見比べようというもので、坂根さんのやり方と考え方が近い。また、25%という数字は努力目標なのか、それとも排出権を買ってまで絶対守らないといけない数字なのか、位置づけをはっきりさせるべきだ。
CO2の削減は2002年以降どの国も成功したことのない難問だと認識することが大事だ。そういう認識を新たにしないと、25%削減の実現のため排出権を買ってくるしかなくなるかもしれない。
櫻井 民主党は野党時代に政府から情報を得られなかったにしても、具体的政策を精査することなしに、国際社会に公約をしてしまった。日本の国益を損なわない形で、できれば国の躍進につなげる形で、これに取り組んでいかなければならない。それには相当の知恵と技術と国際政治力がいる。鳩山政権は制度設計に踏み込む責任がある。
大岩雄次郎(国基研企画委員、フロアから) 25%削減となぜ言ったのか、説明を聞いてもよく分からない。高い目標を言ってしまったことで、産業空洞化を招く恐れがある。
主要排出国が参加しないなら、鳩山政権は25%を撤回するのか。また、途上国への技術移転で対価が得られる見通しはあるのか。
前田 そういうこと(提案の撤回)も頭に入れて交渉すべきことは当然です。技術移転では、民間だけで対応できない部分を官がどう関与していくかが問題になるでしょう。
櫻井 中国が参加しなければ25%を取り下げると理解してよろしいですか。
前田 日本が損だけ背負って国民から大変なおしかりを受ければ、政権は持たない。「のり」は当然あります。
坂根 日本政府には米中を逃がさないことを要望したい。米国は政府が署名しても議会の反対で離脱するリスクがある。米国が入らないと、中国は入らない。
発展途上の中国にCO2の総量規制をかけることは事実上無理だ。せめてGDPに対する効率でも、セクター別の効率でもよいが効率目標だけは高いレベルを設定してくれるよう交渉することになると思う。効率規制の議論になれば、中国は日本を頼りにせざるを得ない。効率目標に合意させた上で日本が協力するなら、日本自身がCO2を削減するよりはるかに効果が大きい。
櫻井 民主党は25%の削減目標を見直すぐらいの柔軟性と戦略性をもって事に当たっていただきたい。