国家基本問題研究所は平成23年1月20日、東京・永田町の星陵会館で月例研究会「尖閣・南シナ海・インド洋」を開きました。平成22年12月の国基研代表団インド訪問の報告会を兼ねたもので、代表団に加わった櫻井よしこ理事長、田久保忠衛副理事長、島田洋一企画委員と、安倍晋三元首相が登壇しました。月例研究会の参加者は530人(会員394人、一般110人、国会議員5人、議員秘書7人、報道関係者3人、役員5人、スタッフ6人)で、研究会としては過去最多の人数となりました。詳報は次の通りです。
櫻井 本日、非常に多くの方においでいただいたのは、壇上の方々の魅力に加えて、わが国の状況が心配ということが大きな理由だと思います。今の政権や、役に立たない政治家にこの国を任せておくわけにいかない、国民一人ひとりが自信を持ってこの国の在り方を決めていこう、という思いになったのではないでしょうか。国基研は昨年12月にインドを訪問し、多くのことを学びました。まず田久保さんに訪問の総括を。
田久保 全般的な印象を3点申し上げたい。第1点は、歴史観、戦争観です。先の戦争はワシントンから見れば太平洋戦争ですが、われわれから見れば大東亜戦争です。インドで会った人たちも大東亜戦争と思っている、と肌で分かりました。インドでは、韓国や中国や欧米諸国で抱く緊張感なしに、何でも率直に話せるという印象を深くしました。私は、よい感じの中で知的な満足感を覚えました。
第2点は、中国に関して、です。われわれ国基研は中国を脅威と感じています。しかし、民主党は前原誠司外相が代表の時、中国には(攻撃する)能力はあるが意図があるとは認め難いから脅威でないとし、今もそれを引きずっています。だから、だらしのない対中政策になるのです。インドの戦略家たちは、中国は脅威だと明確に言っています。それには幾つかの理由があります。
第一に領土問題を抱えています。印パ間のカシミール問題で、パキスタンの背後に中国がいます。インド側のジャム・カシミールの住民が中国へ行く際に、中国政府は正式なビザを発給せず、ビザを押印した紙をホチキスで旅券に止めて、カシミールの領有権を主張するパキスタンへの配慮を示し、インドの反発を買っています。インド北東部のアルナチャル・プラデシュ州をめぐっては、中国は自ら領有権を主張してやみません。隣接するチベットの墨脱(メトク)県に中国は大型ダムを建設しようとしており、ダムの形態によってはインド側に流れ込む川の水系がおかしくなりかねない、とインドは怒っています。われわれのニューデリー滞在中に、墨脱にトンネルが貫通したというニュースも流れました。いざという時には中国軍がこのトンネルを使ってアルナチャル・プラデシュ州になだれ込むのではないか、と緊張感に包まれたのは当然です。
第二の理由は「真珠の首飾り」と呼ばれているものですが、中国がインドの周辺国で港湾の改修や新設を行っています。中国はバングラデシュのチッタゴン、ミャンマーのシトウェ、スリランカのハンバントタ、パキスタンのグワダルで港湾施設を建設しています。パキスタンやミャンマーから中国内陸部へ向けて石油・天然ガスのパイプラインや鉄道、高速道路が建設されると、中東産のものをここで陸揚げできるようになり、ロシアやカスピ海から中国へのパイプライン建設と合わせて、13億人の人口を抱える中国の経済成長を支える「血管」が縦横に整備されることになります。このように、インドは海でも中国の脅威を受けているのです。
第三に、オバマ大統領は今年7月に米軍戦闘部隊のアフガニスタンからの撤退を開始し、2014年に完了すると言っています。米軍がいなくなったらどうなるか。核兵器を持ち、政情不安のパキスタンが「タリバン化」することをインドは警戒しています。ここに中国の影が差しています。中国はインドを牽制するためパキスタンに核技術を流したのではないか。パキスタンは「核の闇市場」の運び人カーン博士を通じて北朝鮮と核開発で密接に協力しているのではないか。中国、パキスタン、北朝鮮の間には「核の三角形」ができていて、中国は核を操作しているのではないか。中国は日本を牽制するために北朝鮮の核武装を望んでいるのではないか。インドの人たちはそう言っています。
以上のように、インドは安全保障上の大きな問題を抱え、異常な緊張感に包まれています。
インド訪問の印象の3点目として、インドは米国と仲良くする方針に大転換したと断定してよいと思います。インドには非同盟運動のDNAがあり、二国間の同盟関係を結ぶのを嫌がりますが、冷戦後は(中国の台頭で)そういうことを言っていられなくなりました。米国のオバマ政権も、中国の実態にようやく気づいてきたようです。インドにとって一番頼りになるのはやはり米国です。インドの戦略家ブラーマ・チェラニー氏は「米国はインドと事実上の同盟関係を結ぼうとしており、インドも国家が生きていくため米国に接近しなければならない」と言っています。
まとめると、インドは日本と戦前の歴史観を共有してくれる国であり、日本より物騒な場所に身を置いているため異常な緊張感に包まれ、日本に親近感を持っている国であり、その上で米国と安全保障上の結び付きを強めようとしている国です。
インドの戦略家は、はっきり言うと、日本は米国からも離れて独自の軍事力を持ち、インドと仲良くしたらどうか、と考えています。彼ら戦略家とは、中国は「平和的な台頭」と言いながら「危険な台頭」をやっているので、日本とインドこそは実力を持った上で平和的な台頭をしよう、と握手をしてきました。
櫻井 今起きていることは100年に一度の地殻変動のようなものです。ユーラシア大陸を中心にして世界情勢が大きく変わろうとしている時に、日本は世界戦略をどうしたらよいかということについて、安倍さんにお話ししていただきたい。
安倍 田久保さんの話は戦略的観点にあふれていましたが、そういう観点の全くないのが民主党政権です。菅内閣の改造で支持率は数%上がったが、国会が始まると再び下がるでしょう。改造の目玉が与謝野馨さんの入閣ですが、与謝野さんは自民党の比例代表で当選したのですから、筋としては、議席を返上して民間人として内閣に入るべきです。実は、自民党議員は前回の総選挙前に総裁に宣誓書を書き、離党した場合は議員を辞職すると誓約しているのです。
先日、民主党の岡田克也幹事長とたまたま会ったので、「頑張ってね」とエールを送ったところ、「こうなったら明るくやるしかありませんよ」と暗い顔で言っていました。暗い世の中ですから明るくしようと、タイガーマスクの伊達直人はランドセルを贈っています。伊達直人は子供たちにランドセルを背負わせているけれど、菅直人は子供たちに借金を背負わせている。あるいは、ランドセルではなく、国を売る「ランドセール」だと言う人もいます。
私が小泉内閣の官房副長官だった時、中国の江沢民国家主席は小泉さん(純一郎首相)が靖国参拝をしている間は日中首脳会談を行わない、という方針を取りました。会わなくなる前の最後の首脳会談で、江沢民は小泉さんを見ず、同席している中国の役人に向かって話すという、極めて無礼な態度で終始しました。問題があるからこそ首脳が会って話をすべきなのに、会うか会わないかを外交的手段として使ったのです。この手段は、「会ってあげる」―「会ってください」という関係があって初めて有効です。彼我の力の差が大きくないと、この手は効きません。この外交を中国が日本にやってのけたことを、深刻に受け止めないといけない。なぜやったかというと、日本がそういうタイプの外交にずっと屈してきたからです。小泉さんが屈しなかったのは、私たちにとって大きな資産です。官房副長官を終えた後、中国にはしっかり戦略を立てなければいけないとずっと考えました。
中国は共産主義でありながら市場経済の導入に成功した史上かつてない国です。しかし、米国以上の格差社会が生まれ、共産党一党支配に不満が起きたので、それに代わる二つの柱が必要になった。その柱が「高度経済成長」と、反日と表裏一体の「愛国主義」です。この構造が変わらない限り、中国との関係はリスクが生ずることになります。
米国にとっての脅威は、数年前までイスラム過激派、ならず者国家、中国の台頭の順でしたが、南シナ海や尖閣の事案が起きて米国も中国の問題を認識し始め、今や中国がならず者国家を追い越して2番目になったと思います。ですから、中国について、日米が同じ認識を持ちやすい状況になってきました。
中国との問題の解決を考える時に、日中関係だけを見るのではいけません。世界を俯瞰(ふかん)しながら考える必要があります。インド、オーストラリアなどと関係を密にしながら、中国と付き合っていくことが大切です。中国は旧ソ連と違い、経済力を背景に、中国市場を売り物にして外交戦を展開してきます。日本の経済界の弱みを突いてくるのです。そこで、貿易面ではインドの存在をクローズアップしていく必要があると思います。
日本は冷たくされると追っていく傾向があります。追っていくとますます冷たくされます。それを考えずに、菅さんのように「会いたい、会いたい」と言うと、日中はああいう関係になるのです。「会わなくてもいい」と言えば、向こうは今までの対応を考え直すのです。
インドは何と言っても民主主義国です。安倍政権の時は「価値観外交」を掲げ、自由と民主主義、基本的人権など日本と価値観を同じくする国々と協力を発展させ、この価値観を広げていく役割を共に担っていくと宣言しました。アジアでは、日本、インド、オーストラリアに米国を加えた会議体をつくっていくのが有効ではないかと考えました。韓国は当時、(反米親北の)盧武鉉政権だったので外しましたが、今は(親米反北の)李明博政権なので入れてもよいと思います。
本当は日米印豪の4カ国首脳会談を開きたかったのですが、外務審議官レベルで終わりました。その理由は、中国が強く反発し、これを進めるなら北朝鮮の核問題に関する6者協議で議長国の務めを果たせないと米国に圧力をかけたので、米国から少し待つよう言われたためです。
大事なのは、認識と戦略を持ち、認識を多くの国と共有していくことです。今の政権は逆のことをしています。民主党政権発足後、鳩山さんは日中韓の首脳会談で、これまで日本は日米関係を重視しすぎたので、今後は東アジアを大切にする、とテレビカメラを前にして語りました。米国はこれに驚きました。日米関係を見直すなら、まず米国に告げるべきでしょう。これで、中国は民主党政権の間に取れるものは取ろうという気になったのではないでしょうか。また、菅さんが「会いたい、会いたい」と言って会ってもらった胡錦濤国家主席の前で、メモを呼んでいる姿は、帝王に対する臣下の姿であり、残念でなりません。
櫻井 中国は経済力と軍事力をつけ、以前にもまして強力に自己主張をするようになりました。中国はずっと日本の外交上の懸案事項でしたが、今後100年はこの状況が続き、事態はもっと深刻になると思います。そこで島田さんに、国基研のインド訪問を踏まえ、日本が生き残るため戦略的に何を考えなければならないかを話していただきたい。
島田 中国は共産主義を捨てましたが、単にファシズムに移行しただけだと思います。資本主義のエネルギーを圧制の活性化のために用いるというのが、ファシズムの一つの定義です。ナチスがドイツ民族の生存のために必要な支配地として「生存圏(レーベンスラウム)」をどんどん拡張していったのと似たことも中国はしています。
中国の「危険な台頭」に対抗して、日本とインドが協力関係を進めていくことにインドは意欲的ですが、日本側が障害をつくり出しています。一つは武器輸出三原則、もう一つは核拡散防止条約(NPT)をめぐる日本の幼いまでのかたくなな態度です。
菅政権は昨年12月に作った新しい「防衛計画の大綱」に、「アフリカ、中東から東アジアに至る海上交通の安全確保等に共通の利害を有するインド……との協力を強化する」という1節を入れています。これはわれわれと同じ問題意識です。しかし、問題は「有言実行」を標榜(ひょうぼう)しながら菅政権には実行がまったく伴っていないことです。
昨年末の訪印でインド側研究者から繰り返し聞いたのは、日本の防衛技術協力に期待するとの声でした。インド側は日本の武器輸出三原則の緩和に注目しており、菅さんが最終段階でぶれ、緩和を見送ったことをよく知っていました。
戦闘機などの開発は今や国際協力で行うのが常識ですが、日本は武器輸出三原則で武器関連技術の外国への供与を(対米などを除いて)事実上禁じているため、国際協力に参加できません。また、軍事用にも民生用にも使える汎用技術の輸出も慎むことになっているため、日本企業にマイナスの影響が生じ、友好国に技術を供与できない事態になっています。それはおかしいという意識は日本政府にもあって、菅さんも三原則の見直しを表明していました。しかし、社民党の福島瑞穂党首に「見直したら、ぶち切れる」と言われ、無定見にも見送ってしまいました。
ニューデリーの日本大使館幹部によると、民主党内では「武器の管理がしっかりした国」に武器輸出三原則を緩和してもよいという案が固まっていたようですが、緩和の対象国は北大西洋条約機構(NATO)加盟国、韓国、オーストラリアだけで、インドは入っていませんでした。その理由は、インドがNPTに未加入だから、ということでした。これは問題です。
NPTと日印防衛協力の関係は、今後重要な政治課題になると思いますが、この点での日本側の対応は、自殺的な偽善と言えます。
日本は核兵器を持つ能力があるのに非核三原則を堅持しているNPTの優等生だ、と進歩派の人たちはよく言いますが、日本は(国の安全を)米国の核抑止力に頼っています。これに対してインドは、日本のように米国と同盟を結んでいるわけではなく、中国とパキスタンという核保有国に挟まれて、自前で抑止力を持つ以外にありません。
ところが日本は、インドがNPTに加入して核抑止力を捨てない限り防衛協力はできないという姿勢で臨んでいます。これでいいとはとても思えません。日本からインドへやってきて、日本は唯一の被爆国だから核の問題に神経質にならざるを得ないと言う人が多いようです。しかし、インド側から「日本が1945年に核兵器を持っていれば、唯一の被爆国にならずに済んだのでは。インドは第二の被爆国になりたくないから、核抑止力を持つ」と言われたら、反論できないと思います。
インドでもう一つ言われたのは、日本が最大の核拡散国家である中国にずっと経済支援をしてきたのは、インドにとって大いに迷惑だった、ということでした。
核拡散の防止を言うなら、最も許してはならないのは、北朝鮮のように、核兵器を持たないと約束してNPTに加入し、核平和利用のノウハウや原料をもらって、プルトニウムを貯め込んだ揚げ句、NPTから脱退する、といった行為です。これを許すと、NPTは核拡散防止どころか、とりわけ危険な国に核を拡散する制度になってしまう。その北朝鮮を支えているのが中国です。
中国は1962年10月、インドに侵攻しました。キューバ危機のさなかで、世界の関心がキューバに集中しているすきを狙って攻め込んだのです。インドは、再び中国の侵略を許さないため、抑止力を持つ必要を感じました。64年、中国が核実験に成功して核保有国になると、インドは中国への抑止のため核保有を考えざるを得なくなりました。
そういう中でNPTが68年に結ばれました。NPTの規定では67年1月1日以前に核実験をした国は核兵器を持ってよいことになっています。中国は持ってよく、中国の次に74年に核実験をしたインドは持っていけないという、明らかに自国を不利に置く二重基準の条約にインドが入らなかったのはむしろ当然だと思います。
中国自身、NPTに加入したのは92年で、それまではNPTについて、米ソが核を独占しようとする陰謀だと言っていました。NPTへの加入前、中国は鄧小平の時代に、北朝鮮とパキスタンの核開発を支援して、核を拡散してきました。特にパキスタンの初回の核実験は中国領内のロプノールで行われており、パキスタンの核開発は中国の丸抱えでした。核を拡散し続けてきた中国の行為を黙認する一方で、核を拡散せず、中国に対抗して核抑止力を確保したインドに日本がつらく当たるのはおかしい、というインドの人たちの理屈はよく分かります。日本は早急にインドを武器輸出三原則の緩和対象にすべきです。
櫻井 安倍さんには、キューバ危機でソ連がキューバにミサイルを搬入した背景に触れた上で、日本はインドを含めた大戦略にどこから手をつけたらよいかを話してほしい。
安倍 ソ連は米国と目と鼻の先のキューバに核ミサイル基地を置くことはあまりにも好戦主義的だと考え、キューバの要請を断っていました。ところが、希望に燃えたケネディは冷戦下でもフルシチョフと理解し合える関係を築くことは可能と考え、初の首脳会談で年長のフルシチョフに礼儀正しく対応しました。フルシチョフの側近の手記によると、フルシチョフは会談後、ケネディは「ベビーボーイ」(甘い青年)だから、取れるものは取ろうと語り、核ミサイル基地の建設にゴーサインを出したのです。たとえ善意でも間違ったサインを送ったことで、世界は核危機の縁まで行ったのです。同様に、鳩山さんは中国に間違ったサインを出したことで尖閣の事案に至る導火線に火を付けた、と思っています。
キューバ危機では、米ソの海軍力の差が大きく、ソ連は大恥をかいたので、その後、海軍の増強に力を注ぎます。現在の中国の状況もやや似ています。中国は96年の台湾危機で、米国が派遣した2隻の空母に牽制され、沈黙を余儀なくされて恥をかきました。そこで中国は、米空母を接近できなくする「接近拒否」戦略を編み出し、ミサイル戦力や海軍力の向上に力を入れたのです。
先ほどドイツの「生存圏」の話が出ましたが、中国が82年に打ち出した「戦略的辺疆」の考え方は、それと似ています。これは、国力(軍事力)によって国境や領海や排他的経済水域(EEZ)を変えることができるという考え方です。中国は東シナ海、南シナ海でそれを実行しようとしています。
中国は胡錦濤政権の誕生後、国際社会のルールを守りながら「平和的台頭」をしていくと事実上の宣言をしましたが、その外交はリーマン・ショック以降大きく変わりました。すなわち、中国は、①チベットやウイグルの支配、台湾(の独立阻止)、EEZにおける主権など「核心的利益」については譲歩しない ②責任大国になって、二酸化炭素(CO2)の削減や人民元の切り上げをしてほしいなどという「ほめ殺し」には乗らない―と決めたのです。そのために評判が悪くなっても甘受するという姿勢になりました。
大きく変わった原因は、自信だろうと思います。リーマン・ショック以降、世界は中国を頼りました。米国は大量に発行した国債を中国に引き受けてもらいました。同時に、中国は軍事予算を20年間に20倍以上に増やし、海軍増強に力を入れたほか、第4世代の戦闘機も十数年前に十数機だったのが今では380機となり、200機のままの日本を上回りました。この自信が行動に表れたとみてよいと思います。
この中国に対応するためには、まず、日本は国家意志を示すことが大切です。国家意志とは、領海・領土については絶対に譲歩しないということです。また、中国が軍事力でEEZを変えようとしていることに対しては、自衛隊の強化、防衛費の増額で対抗することです。さらに、日米同盟を強化するために、集団的自衛権の行使へ向けた憲法解釈の変更は絶対に必要ですし、すぐにできることはインド洋での給油活動の再開です。給油活動には、①テロとの戦いに実際に参加する ②自衛隊のイージス艦が情報収集を事実上一手に引き受ける ③自衛隊が作戦参加の経験を積む機会となる―という三つの意義があったのです。もう一つは、中国の行動に対応するためにも、そして日本の発言力を高めるためにも、日本が主導してインドとの関係を強化し、オーストラリア、米国を入れた会議体をつくることです。特別に会議を開くのは日程調整が難しいので、日印豪も参加する東アジアサミット(EAS)に米国が来れば、外相レベルの会談をスタートすることができます。そうすれば、中国が今の道を進むのをやめさせることができると思います。また、NATOとの関係強化も大切です。
インドとは、歴史認識のリスクがないどころか、その逆だということを申し上げたい。1957年に祖父の岸信介が(日本の首相として戦後初めて)訪印しました。ネール(首相)との首脳会談後、ネールは首相官邸の外に集まっていた群衆に岸を紹介し、「ここにいるのは日本という偉大な国の首相だ。この偉大な国はロシアとの戦争に勝ち、白人に打ち勝つことができるというインスピレーションを私やガンジーに与えた。その国の首相を拍手で迎えてほしい」と言って、岸は拍手で迎えられたそうです。この話は事実であることを当時の通訳に確認しました。
私は2007年に首相として訪印した際、コルカタでチャンドラ・ボース記念館へ行くと、日本の陸軍軍人と握手をしている写真や、山下奉文将軍からもらった刀が展示してあり、日本の支援でインドは独立を果たしたという意識が濃厚に感じられました。
インドとは歴史的にそういう関係だし、過去50年間、日本はインド人が親近感を感じる国のトップです。このインドに日本はもっと温かく接するべきです。核問題に関しても、インドの核が日本にとって脅威か否かを勘案しながら対応すべきです。鳩山前首相は訪印して、インドが核実験をしないと約束しなければ原子力協力協定を結ばないと言いましたが、馬鹿げています。私もインドに核実験をしないようにと言いましたが、原子力協定とリンクさせることはしませんでした。
武器輸出三原則に関しては、最新武器の国際共同開発に参加しない国は、その武器を買うために莫大な金を払わないといけないし、購入する武器の性能は少し落とされます。そうした武器技術はいずれ民生品にも活用されます。ですから、日本が三原則を緩和して共同開発に参加することは大切です。
櫻井 米軍のアフガニスタン撤退後のユーラシア情勢はどうなり、それに対して日本は何をしておかなければならないのでしょうか。
田久保 インドが心配しているのは、パキスタンの政情不安が続き、パキスタン軍の一部がタリバンと密接な関係を保つ中で、米軍がアフガニスタンから撤退すると、パキスタンとタリバンが一緒になってしまうのではないか、ということです。パキスタンには核兵器があり、それがテロリストの手に渡ることが一番心配です。インドは大変な緊張感に包まれています。
日本は一国平和主義を取っている場合ではありません。朝鮮半島で何かが起きるのは時間の問題です。最悪の事態が起きれば、日本も同じ緊張感に包まれます。同じような立場になるかもしれない国と、普段からしっかり手を結んでおくことが必要であり、その意味で私は以前からインドに注目しています。
インドは「大東亜戦争史観」を共有しているという冒頭の発言に関し、説明が舌足らずだった点を補うなら、「東京裁判史観」は満州事変から日本の15年間の侵略戦争が始まったというフィクションに基づいています。しかし、インドから見ると、大英帝国の植民地だった二百数十年間のくびきから解放してくれたのが日本であり、戦後の日本は何をグジグジしているのか、ということになります。チャンドラ・ボースは日本軍と一緒に英軍と戦い、大東亜会議で日本に来て名演説をぶちました。ボースとガンジーは共に独立の英雄ですが、特にボースは日本と密接な関係にあり、インドは日本の戦前の歴史観を全面的にバックアップしてくれているのです。
どう考えても、日本はインドと仲良くしない手はありません。同盟関係が成り立つ条件は、①共通の敵が存在すること ②価値観が一緒であること ③経済的トラブルが比較的少ないこと―です。日本にとって、この3条件に当てはまる国は、米国の次はインドだと思います。日本がインドと同盟に近い関係を持つ十分な根拠があります。
島田 本日のテーマに入っている「尖閣」について、安倍さんへの質問がてら2点ほど指摘したいと思います。第1点は、尖閣の実効支配に関して、です。外務省のホームページが日本による実効支配の最新の具体例として挙げているのは1994年の「環境庁によるアホウドリ調査の委託」ですが、17年前の調査を最新例とするのでは、逆に日本の実効支配がいい加減であると宣伝しているようなものです。石原伸晃自民党幹事長が現に国会で求めたように、尖閣に生息しているというモグラの調査でもよいから、尖閣への上陸を認めるよう、単発の質問で終わらず政府に強く要求してほしいと思います。
第2点は、米国は72年の沖縄返還まで尖閣を沖縄の一部と認識していたのに、中国への配慮から、尖閣の領有権について何も言わなくなったことです。日本政府は米国に対し、尖閣が日本領であると認めるよう求めなければなりません。同盟国の米国が尖閣の領有権で中立の立場を取ることを黙認すれば、第三国に日本の領有権を支持してくれと頼めなくなります。以上の2点について、安倍さんにご意見をお聞きしたい。
安倍 米国は、尖閣が日本の領土であることを認めていると思います。尖閣は(米国の日本防衛義務を記した)日米安保条約第5条の適用対象になるとクリントン国務長官が明言しました。これは、かつてモンデール元大使が「対象にならない」と言った失言を取り返してくれたのだろうと思います。第5条は、日本の施政権下にある地域への武力攻撃に日米は共同対処すると書いてあります。「施政権下にある」とは、日本の領土であることを米国が理解していると考えてよいと思います。
上陸に関しては、こちらが実効支配している場合に領土問題は存在しないという態度を取り、問題を大きくしないことが世界の常識です。例外は竹島で、実効支配をしている韓国が日本に文句をつけてくる稀有(けう)な例です。日本が尖閣の実効支配を強める措置を取ってこなかったのは、島田さんの指摘通りです。取ってこなかったのは、(中国を)刺激しなければ大丈夫、かもしれないと思っていたからです。これは東シナ海のガス田についても同じで、こちらが掘らなければ向こうも掘らないと思っていたのが、向こうに既成事実をつくられてしまいました。国際法的には、既成事実をつくった方がやや有利になる危険性があります。刺激をしなければ大丈夫という考えは、間違っていたわけです。尖閣については、人が住まないと駄目です。堂々と上陸調査をやらせたらよいと思います。メッセージを出すことが重要ですから、尖閣でやれとは言いませんが、上陸阻止の日米合同軍事演習をどこかの島でやって、尖閣を守る姿勢を示さなければいけないと思います。
昨年10月にアーミテージ元国務副長官と会った時、同僚議員が「尖閣がいったん中国に取られても、安保条約第5条の対象になるか」と尋ねたところ、アーミテージは「なる」と答えた上で、「日本人が自らの命をかけて守る、つまり血を流す決意がなければ、米国は血を流さない」と付け加えました。すなわち、日本が尖閣を守る決意をまず示すことが大切であり、最初に米国に5条の対象だから守ってくれと言っても、守ってもらえません。
東シナ海で中国の漁船団を取り仕切っている船に乗っているのは軍人だといわれるし、この前捕まった漁船の船長は大佐だったという説もありますが、彼らが漁民のまま上陸したら、自衛隊ではなく海上保安庁か警察で対処しなければならないことも考えながら、対応しなければなりません。
最後にインドについて言えば、インドは中国の台頭、イスラム過激派、ならず者国家(アフガニスタンは将来、ならず者国家に戻る可能性があります)の三つの脅威を受けています。日本は、中国の台頭とならず者国家・北朝鮮に脅かされ、イスラム過激派の直接的脅威は少ないといっても、過激派が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)すればシーレーンを脅かされます。つまり、日本とインドは戦略的利益を共有しており、同盟に近い関係を築いていくべきです。
櫻井 本日いろいろな角度から議論したのは、世界が直面する最大の問題の元凶は中国であるということです。その中国が軍事力、経済力を強めて、周辺諸国に脅威を与えている。周辺諸国はそのことに気づいて、自力を強めようとしているが、不十分なので大国の米国を引き込んで、二国間、多国間の関係を強めつつある。日本も、自衛隊を法的にも憲法的にも物理的にも強めていくとともに、同盟国・米国との関係、インドはじめアジア諸国との関係を強めながら、日本を守らなければいけない。こういう大きな方向づけは分かっていただけたと思います。ただ、問題は時間があまりないことです。尖閣に中国漁船が100隻、200隻来たらどうするのか。海上自衛隊、海上保安庁の船は足りないのです。にもかかわらず、予算はどんどん削られていく。こうしたことを足元から変えていかなければいけない。南シナ海の人たちは足元から変えるために、あわや中国と軍事衝突しようかというところまでいっているのです。わが国は、誰かが助けてくれるという雰囲気の中で戦後ずっときましたが、やはり自力を強め、憲法を改正して、自衛隊を国軍にして、日本人一人ひとりが、日本は日本人が守るという気持ちを持たなければいけない。安倍さんたちはその先頭に立ってくれると期待したいと思います。(了)
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