国家基本問題研究所は平成23年6月24日、東京・永田町の全国町村会館で月例研究会「放射線被害の虚実」を開催しました。東京電力の福島第一原子力発電所の事故を受けて開かれたこの研究会には、原発事故担当の首相補佐官の細野豪志衆院議員、がんの専門家の山口建静岡県立静岡がんセンター総長、原子炉に詳しい山名元(はじむ)・京大原子炉実験所教授がパネリストとして登壇し、櫻井よしこ理事長と議論を交わしました。会場は285人(会員212人、一般42人、議員3人、議員秘書2人、報道関係者7人、役員9人、パネリスト関係者2人、スタッフ8人)の参加で、熱気に包まれました。パネリストの細野氏は3日後の27日、菅内閣改造の「目玉」人事の一つとして、原発事故担当相に起用されました。
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櫻井 福島第一原子力発電所事故の結果、多くの人がいまだに避難所暮らしをしています。ひと月前の数字ですが、530人以上が避難所で亡くなっている。避難所の方々がこれから生活をどう立て直すか、ほとんどめどが立っていません。健康を取り戻すにはどうしたらいいのか、そもそも放射能は人間の体にどういう影響を与えるのか、ということからお話をうかがいたいと思います。
山口 結論を出せないものもありますが、ある想定をしないと話が進みませんので、私が真実と思っていることを説明します。まず、100ミリシーベルト(mSv)以下の低線量被曝で健康被害が出るのか出ないのか、という点です。十分なデータがないものですから、学者としては「分からない」というのが正確ですが、分からない中で「ない」という言い方に近い人も「絶対にある」と言う人もいます。
私は、低線量被曝で健康被害は生じるという立場を取るべきだと思っています。国際放射線防護委員会(ICRP)はそう言っています。「年間20mSvを10万人が被曝すると、将来がんで死亡する人が100人増える」というのが一つの仮説です。
原発事故から3カ月経過した今となっては、被曝をゼロに戻すことはできません。しかし、被曝線量を個人管理にすることで「より良い生活」を送れるはずだというのが私の主張です。よく勘違いされますが、「年間20mSv以上の地域には住まない方がよい」というのは間違いです。「年間20mSv以上を1人の人が浴びない方がよい」というのが正しい。つまり、汚染された地域に住んでいても、ときどき地域外に出て、また戻って、年間の被曝線量を20mSv以下にすればよいのです。
また、低線量被曝による健康被害を「打ち消す」方法は非常に簡単です。後で紹介するがん対策を一生にわたって続ければ、健康な生活に戻ることができます。
私が、今、一番恐れているのは、大震災の影響で自殺者が急増することです。その対策をしないと、亡くなる人が100人どころではなくなってしまいます。
以上が結論ですが、もう少し詳しく説明します。
がんの発生確率は被曝線量に比例するというICRPの仮説では、10万人が年間20mSvを被曝したと仮定すると、被曝がなければ「3万人ががんで死亡し、7万人ががん以外の病気で死亡する」ところを、被曝のために「3万100人ががんで死亡し、6万9900人ががん以外の病気で死亡する」ことになります。
ICRPの勧告で、あまり強調されていないのが年齢差の問題で、小児では放射線への感受性が3~4倍、胎児や乳幼児は10倍以上の可能性があります。これは、低線量被曝にも適用されます。一方で、低線量被曝では、60歳以上では健康被害がなく、40歳以上についても被害はわずかとみられています。
健康被害対策は容易です。被曝量を個人管理することで、より良い生活を送ることができます。今すぐ実施すべきことは、ガラス線量計という計器を一人ひとりに持ってもらい、個人の被曝線量を計測することです。経費は1人1年間7000円程度で済みます。また、携帯型の線量計で、自分が住んでいる所の線量を計測してもらいます。これは1台3万円です。そうすれば被曝線量の個人管理が可能になります。予測線量に基づく集団管理から、実測線量に基づく個人管理へ移行するのです。
それが可能になると、今のような全員一斉避難をやらなくて済むようになります。年齢を考慮する避難態勢を敷き、場合によっては帰宅もできるようになります。私案では、事故が収束するまでの1~2年間は、40歳以下は年間5mSv以下、40~60歳は年間20mSv以下、60歳以上は放射線業務従事者並み(通常作業で年間50mSv以下、5年間で100mSv以下)程度の規制にとどめ、その後、地域の放射線量が平常に戻れば、後で述べるがん対策を合わせて実施することで健康被害は出さなくてすむと思います。また、避難区域の設定は、同心円ではなく、実測線量に基づいて行うべきです。
このような管理を実施することで、自分自身で避難するかどうかを決定できるし、例えば牛の世話のため父親だけ戻るといった個人単位での決定も可能になります。20mSv近くになったら1~2カ月温泉に行ってまた戻るという避難時期の選択もできるようになります。
同時に、将来にわたって、被曝した住民のがん対策を充実させれば、がんによる死亡を減らすことができます。福島原発の内部で高線量被曝した人も、福島県内で低線量被曝した人も、取るべき対策は同じです。被曝した人の一生の面倒を見るのはわれわれ医師の仕事で、特に低線量被曝による病気の9割9分9厘はがんです。
がん対策の3点セットの第一は予防です。生活習慣の改善のほか、被曝線量をしっかり測り、減らすことが予防になります。第二に、がん検診と特定検診に、「福島メニュー」を加えること。第3に、40歳以上では、症状をチェックし、異常があれば医師の診察を受けるくせをつけることです。この3点セットで、がんによる死亡を多分3分の1ぐらいに減らせます。
「福島メニュー」としては、小児・若年者の検診を検討すること、甲状腺がんや白血病などを追加すること、がん検診費用を福島県民にだけは(国の補助金で賄えるように)特定財源化すること、さらに、100年間の管理体制が必要です。
低線量被曝の場合の、がんにかかるリスクは決して高くはありません。被曝線量100~200mSvの場合、生活習慣の「野菜不足」と同程度です。それほどリスクは高くないのに、住民は今、大変な思いをして避難所生活をしているのが実情です。そのリスクに基づき適正な行動をする必要があると思います。
最後に、大震災による自殺者対策が急務です。震災のため家族や家や仕事を失い、社会の関心が低下し、義援金が届かないなど実質的な支援が乏しいと、心のエアポケットに陥り、鬱(うつ)やアルコール依存となって、結果的に自殺につながります。
深刻なニュースを知った後の心の動きは、最初の数日間は起きたことを否定し、次の1~2週間は恐怖や混乱を招き、その後は何とか現実を受け入れていくが、抑鬱状態になります。今はこの時期であり、ここをどう乗り切るか、です。
櫻井 菅政権は住民をともかく避難所に送り込み、仮設住宅をつくって、元の生活に戻ることを許さない。いつまでこれを続けるのかということについての合理的、科学的説明がないのです。山口先生が言っているのは、「そんなことをするよりも、住民を戻して自分の生活をさせる方が、被害を少なくして、より健康に生きることができる」ということです。原発事故から立ち直るためには、家に帰れる人は戻してやることが重要です。
山名 被災した住民が早く不安をなくして(普段の生活に)戻れるためには(放射能)汚染の広がりを何とかしなければなりません。原発事故後のいろいろな重要課題のうち、「美しい福島を必ず取り戻す」(国レベルの事業として環境修復と汚染物対策を行う)ことが、被災者に一番の励みになります。また、わが愛する祖国が人工的なもので国土の一部を汚染してしまったことに対し、自分たちの力で修復する意志を持つことが国家再建の基本になると考えています。そういう意味で、本日は環境修復の話をしたいと思います。
文部科学省と米エネルギー省が航空機を飛ばし、地上に沈着している放射性セシウムの量を福島県上空から測った汚染分布地図を見ると、福島原発から半径20キロの同心円の外に、沈着量の多い所があります。3月14日夜の事故で大量の放射性物質が放出されて、風に乗って北西方向に流れ、次いで北からの風で南に流れたとみられ、L字型に沈着が広がっています。また、私ども京都大学が測定器を車に乗せて走り放射線量を測ったところ、場所ごとに違う汚染状況が明確に出てきました。車は道路を走っただけですが、山の中に入っていけば、放射線量の結構高い所があるはずです。つまり原発からの距離に応じて一律に汚染を考えるのではなく、場所ごとに考える必要があるのです。
人間が汚染地域に住むと、沈着している放射性物質から出るガンマ線を体外から取り込んでしまう(外部被曝)。また、その地域で取れた野菜や牛乳などを摂取すると、体内にも放射性物質を取ってしまう(内部被曝)。旧ソ連チェルノブイリ原発事故では、内部被曝の影響は外部被曝と同レベルか、外部被曝より大きいケースも出ています。人生における被曝量のうち、外部被曝の量は線量計で測れるが、内部被曝の量は推定が難しいという問題があります。
実は、放射性セシウムは地表からほとんど地中に潜っていきません。福島の場合は、表土を1センチほど削れば、元のようにきれいな土地が現れるのです。浸透が遅いといっても、時間がたつと少しずつ浸透するので、セシウムを取るなら早い方がよいと言えます。
環境修復は早くしないといけませんが、問題は森林です。セシウムは樹木の葉に多く付いており、森林は立ち入り禁止にするしかないという議論もあります。
居住地では、積極的に除染すれば住民は戻れます。国は除染のトリアージュ(優先度決定)をできるだけ早く行い、除染できるところはおカネをかけて除染し、住民が戻れる目安を示してほしいと思います。
(細野氏が到着)
国は予算を使って環境を戻すという国家ビジョンを持っていただきたい。その際に重要なのは、環境修復で出てきた汚染土壌をどうするか、です。今は放射線汚染物を一般廃棄物として処理する法律的基盤がありません。環境省は最近、焼却灰の放射性セシウムの濃度が1キロ当たり8000ベクレル以下なら一般の最終処分場での埋め立ては可能という指標を出しましたが、周辺住民に不安があるので、簡単にはいかないと思います。コンクリートで造った人工構造物に汚染物を埋設する技術は既にあるので、国が汚染物の処分について統一的な基準を決めれば、福島の環境修復の動きが進むと思います。細野さん、環境修復のビジョンと除染の基準を早く決めてください。
櫻井 山名先生は、放射線量の高低を示すハザードマップをきちんと作り、汚染された表土を削って適切な手法で保管すれば、福島の美しい環境は修復できると訴えました。しかし、肝心の民主党政権がこの点についてほとんど手をつけられていないのではないか、という印象です。
細野 原発事故については、トラブルのニュースが大きく報道されるので心配をおかけしていますが、全体としては、徐々に発電所に対するコントロールの度合いは上がっています。原発から20キロ圏と飯館村を中心に、あれほど多くの方に避難をしてもらっているのには二つの理由があります。
第一は「万が一」に備えたいということです。私たちが最後まで心配しているのはやはり水素爆発であり、格納容器の中で水素爆発が起きれば大きな被害が生じます。万が一これが起きれば、20キロ圏内には大変な危機をもたらすことになります。
7月半ばには、格納容器に窒素を入れることで水素の割合を下げ、水素爆発の可能性はもうないという状況まで持っていけると思っています。そうなった時点で、20キロ圏内の一斉避難という対応でよいのか、除染やインフラの状況等も踏まえて、地元の自治体とも十分協議しながら、しっかり吟味したいと考えています。
第二の理由は放射線量の高さです。年間20mSv以上の被曝可能性のある地域については避難してもらう必要があるだろう(と考えました)。最終的に(水素爆発の)危機がなくなった時点で、放射線量を測り、これなら帰ってもらえるという場所については帰ってもらい、活動していただこうと思っています。
まずは徹底的に放射線量を測ります。明らかに放射能の濃度が高くて住めない所では(濃度の低下を)見守る努力をしなければなりませんが、グレーゾーンについては、非常に悩ましい判断となります。仮に戻ってもらうことになった場合には、濃度の高い地域がどこにあり、高濃度の被曝を避けるのはどういう生活の仕方があるのかを(政府として)示さなければなりません。
これまで政府は、ここが安全でここが危険という白か黒かの判断をしてきました。しかし今後、白か黒かではない生活の仕方をしてもらわなければいけない時に、政府はしっかりとリスクを説明し、戻るか戻らないかの選択の自由を個人に認めることもあっていいと思っています。原子炉の状況が落ちついた時に、そうした判断をしてもらうための準備は進めています。
櫻井 国際原子力機関(IAEA)は報告書で、「日本政府はうそをつくつもりはなかったが、情報をつかんでいなかった」と非常に厳しい論評を加えています。菅政権は結果として、国民と国際社会に対しきちんとした情報を伝えてこなかったことが、大前提としてあります。
7月半ばに水素爆発の可能性をゼロにするという話ですが、その時点で大震災から4カ月経過しています。時間の経過とともに、避難所で亡くなる方が増えています。20キロ圏内だけでなく30キロ圏内でも避難させられた人はいるわけで、特に40代または60代以上の人たちにはどんどん手を打つ方がよいのでは、と思うのですが。
細野 年齢によって放射能に対する健康上のリスクが恐らく全く違うにもかかわらず、強制的に避難してもらうということはいつまでも続けられません。遠くない将来、戻ってもらえる可能性を見いだしたいと思います。戻りたいという年配の方にはできるだけ戻ってもらい、一方で戻らない選択をした人には何らかの対応が必要だと思います。
櫻井 戻るだけでは生活できません。生活を支えるサービス提供が必要であり、それには放射能の実態に対する国民の理解がなければなりません。国民に対する情報提供がどうしてこんなに少ないのでしょう。
細野 マスコミに対して受け身にならざるを得ないところもあります。聞かれたことには精いっぱい答えています。政府の対応が百点満点とは言いません。不十分なところはあるが、政府は地方自治体と協力して、一生懸命やろうとしています。
櫻井 こういう場合に一番大事なのは政府のリーダーシップです。民主党は政治主導ができていません。政府の決断と指導がなければ、地方自治体は進めません。政府のリーダーシップがなければ、日本国はつぶれてしまうのではないかと思います。
細野 今は平時なのか有事なのかという議論があります。
櫻井 有事ですよ。民主党は認識不足です。
細野 私も有事だと思うから、すべてのことに国が介入する方がよいと言い続けてきました。原発への放水にしても、当初は自衛隊と消防と警察の役割分担がうまくできなかったので、首相が指示を出して自衛隊が全体を取り仕切ることにしました。これは有事だとの判断があったからこそ、できたことです。
ですから、まずは、今は平時なのか有事なのかという判断をして、有事ならば有事の判断ができる態勢をつくって、しかるべき人が判断することが必要です。しかし、実際には、平時の意識を引きずりすぎ、皆さんに心配をおかけした面もありました。
官庁の縦割りも問題でした。厚生労働省、国土交通省、環境省、原子力安全・保安院など各官庁の担当領域が決まっており、これを乗り越えるのに苦労しました。
櫻井 この事態を有事ととらえられない政権は政権を担う資格がないのです。民主党政権は安全保障会議さえ開いていません。すべての問題は、首相が有事であることを認識できないことに由来するのです。
(放射能に汚染され)削った土をどう処理するのか法律できちんと決めてほしいという山名先生の指摘にはどう応えますか。
細野 法律をつくるのが一番よいのは確かです。原発の外に放射性物質が放出されることは想定していなかったので、それを扱う法律がないのです。しかし、法律をつくるには時間がかかる。そこで、土や瓦礫については法律がなくてもできる方法を考え、厚生労働省や環境省に調整をさせて、焼却灰の放射性セシウム濃度が1キロ当たり8000ベクレル以下なら一般の最終処分場での埋め立ては可能という基準をつくりました。
山名 その基準をつくったことは評価します。ただ、国民が不安に思っているのは、(汚染物の処分についての統一的な)基準が明確でないことと、汚染物の最終的な行き先が不明確なことです。仮に福島県のある町が引き取った汚染物が濃度8000ベクレル以下だったとしても、住民に不安や混乱が必ず起きる。最終的な処分方法まで政府がきちんと道筋を付けて示さないと、物事は動きません。全体のピクチャーを見せることが大事で、明日にでも発表してください。
細野 高濃度の放射性物質を含む廃棄物の処理は、原発の汚染水処理にめどがつく夏以降、最大の問題になると思います。特に、使用済み核燃料の処理が一番大きな問題になります。使用済み核燃料はプルトニウムを含み、核兵器に転用できるので、世界中がその処理に注目しています。長期的視野に立って、そういう問題をどうするのかを決めなければならない時期が遠くない将来に来ます。
山名 8000ベクレルといっても、誰がどんな手法で測るのかがはっきりしないと実効性を伴いません。具体的な手法は、これまで原子力研究者が使ってきた手法を適用すればよいのです。
細野 国が地方自治体に対して、やり方を具体的に示さなければいけないと思っています。
櫻井 まず汚染水の問題、次いで汚染土壌の問題、その後で使用済み核燃料の問題と細野さんは言いましたが、あれほど多くの専門家を内閣参与にしたり、多くの会議を立ち上げたりしているのですから、同時進行はできないのでしょうか。
細野 もちろん同時並行的にやっています。土の問題も使用済み核燃料の問題も内々に検討しています。ただ、一気に表に出して全部問題ですと言ってもなかなか受け入れてもらえないので、まずは水の問題を国民に明らかにし、これから解決していこうということです。
櫻井 国民に対する信頼が足りないのではないでしょうか。使用済み核燃料については難しい問題だから時間をかけるのは分かりますが、土の問題は生活に関わることであり、水の問題と同時進行で国民に知らせるべきです。問題が多すぎるから国民に考える能力がないと言うかのような問題提起の仕方は、民主主義に対する間違った行為ではないでしょうか。
細野 そうではなくて、われわれは政府である以上、内部でしっかり検討して、ある方向性を打ち出さないといけないと考えているのです。
山口 同時並行という考え方も分かりますが、今一番大切なのは原発事故を何とか収束させることです。医師として心配しているのは原発の中で作業している人たちの医療環境です。積算線量が一定レベルに達すると、誰も働けなくなります。医療環境は大丈夫な状況ですか。
細野 私の今一番大きな仕事は、現場の医療環境、放射線管理の環境を整えることだと思っています。作業員の健康管理については、厚生労働省に直接医者を選んでもらって24時間体制で取り組んでいます。放射線についても、遠くない時期に専門医が常駐する体制を整えられると思います。(作業員に)憂いなく働いてもらえる環境をつくることが大事です。
櫻井 福島原発事故で、今後のエネルギーはどうなるのかという不安が日本に広がっています。菅首相が(脱原発の)極端な政策を突然打ち出すのではないか、と多くの人が心配しています。その点に関する首相の判断能力は大丈夫でしょうか。首相は自らを取り巻く政局とエネルギー政策を切り離して考えることができると信頼してよいのでしょうか。
細野 原発問題で首相は非常に冷静です。エネルギーは国家の生命線です。無責任なことは決められません。自然エネルギーを拡大できる環境を整えるのはとても大事なことですが、一方で、今年の夏、さらに来年と(電気不足で)企業がどんどん海外に出ていく状況は絶対につくれません。(さまざまな)選択肢を残すことを考えるのが国家の運営を任されているわれわれの仕事です。夏を乗り越えられるエネルギー政策をつくることに私としても力を尽くすし、民主党もそこは大丈夫だと思います。
(細野氏が退出)
櫻井 細野補佐官の言葉を信頼して(汚染土壌の処理や住民の避難解除を)7月中旬まで待ってもよいと考えますか。
山名 いや、同時並行でできるはずです。今から1カ月も待つ余裕はないと思います。7月に水の問題を解決するのは大事なことで、粛々とやってほしいのですが、住民(の避難解除)の話とか環境(修復)の話は一刻も早く手を付けてほしい。
山口 一番大事なのは原発を安心できる状況にすることです。細野氏の発言で気になったのは、政府が現時点でも水素爆発のことを心配していることです。7月中旬まで爆発の可能性があるなら避難解除は慎重にやらなければならないと思います。
櫻井 避難所や仮設住宅での生活が続く中で、自殺対策も考えなければなりません。どういう手を打つことができますか。
山口 誰かが一緒にやってくれているという気持ちが大事です。ボランティアの人々が徐々に引き揚げる時期ですから、仮設住宅に入ったとしても、年配者が孤立感を深めることが心配です。地方自治体に頑張ってもらわないといけないし、国がどうサポートするかが大きな課題になります。
櫻井 専門家としての意見は(政府に)どの程度聞かれていますか。
山口 国会に参考人として呼ばれ、熱心に聞いてもらいました。しかし、実行が遅いという問題があり、もう少しスピードアップしてくれると心の問題はかなり解決できると思います。
山名 原子力、放射線関係の技術者の潜在的能力は生かし切れていません。政府に技術的な助言をしている人たちは限られていて、みんな心配しています。専門家の意見を集約する努力が不足しています。
櫻井 産経新聞の報道によると、国際原子力機関(IAEA)の調査委員会は、菅政権の政治介入が原発事故の収束に時間がかかりすぎた要因の一つだと報告しています。民主党政権にはあまりにも多くの問題があるのではないかという印象がぬぐえません。
会場からの質問 放射能で汚染された土壌を(日本最南端の)沖ノ鳥島でコンクリート固めにしたらどうでしょうか。
山名 今回の原発事故で極めてよくなかったのは(放射能汚染水を海に流し)海洋汚染をしたことです。汚染土壌をセメントで固めても、海水で劣化することから、海洋への投棄には慎重でないといけません。セシウムは半減期が30年ですから、300年は確実に閉じ込めなければ困ります。300年閉じ込めるためには地下構造物など工学的に保証できる所に隔離するのが一番よいのです。
質問 政府発表の情報をどこまで信じてよいのでしょうか。
山口 放射能に関する発表で有名になったのは「直ちに健康に影響ない」という言葉です。「将来影響が出る」という意味だとか、「2~3回浴びる程度では影響は出ない」という意味だとか、いろいろに解釈されて、分かりにくい言葉でした。国民がパニックになってはいけないという意識が感じられ、もう少しはっきり物を言ってもよいのではないかと思いました。「将来多少の影響が出ることを覚悟した上で対応を取る」くらいのことは言ってもよいと思います。そういう意味で少しオブラートに包んでいましたが、健康被害に関しては、政府発表をおおむね信用してよいのではないかと思います。
校庭の放射線量の許容限度を政府が年間20mSvに決めたのは「高すぎる」と私は思いますが、文部科学省は校庭閉鎖をしたくないので高めの基準にしたのでしょう。そういう心配なところもありますが、あの件では政府決定に反発が強かったですから、社会としては大体正しく問題を認識していたのではないかと思います。
山名 原子炉で何が起きたのか、当初は誰も分かりませんでした。一番よく分かっていたのは東電の現場ですが、現場の情報はなかなか外に伝わりませんでした。理由の一つは情報内容が極めて高度で専門的だったからです。現場で働く人しか分からないことが多分あるのです。しかし、事実を伝える努力が足りなかったとも言えます。
櫻井 今回の原発事故は、わが国政府の特徴を際立たせた事例でした。民主党は情報公開を強く主張してきた政党なのに、今回の事故で説明責任を全く果たしてこなかったというのが私の感想です。官房長官が記者会見で、シーベルトやベクレルという単位を国民は分かっているという前提で話すのがおかしいのです。
政府はまた、国民がパニックを起こさないように肝心な点を丸めて説明することで、結果として国民にうそをついてきたと私は思っています。例えばメルトダウン(炉心溶融)です。メルトダウンはしていませんと2カ月も3カ月も言い続けました。ところが、大震災の日の夜にはメルトダウンしているのです。それが分かっても訂正しないのです。これは情報発信に対する極めて不誠実な態度です。ですから私は、現政権の情報には基本的な信頼を置いていません。
質問 山の汚染はどうするのですか。山に雨が降ると放射性物質は川に溶けて低地に流れてくるのに、学校の運動場だけ土を削るのはおかしいのでは。
山名 おっしゃる通りです。放射性セシウムは土に付きやすく、学校のグラウンドはセシウムがべったりと広く付く特例的な場所なのです。子どもの健康のためには校庭だけでなく、家の周りも農耕地も元に戻す必要があります。森林もできるだけ除染する必要がありますが、どこまでできるかは技術的に検討してみないと分かりません。住民の暮らし方を勘案した上で、子どもたちがハイキングをするあそこまでは除染しようとか、そういう考え方をする必要があります。学校だけ除染しても駄目です。
今の政権で一つだけ評価するのは、食品の流通制限を早くやったことです。暫定基準を設け、牛乳や野菜の流通制限をしました。
質問 (山名氏への質問)国家にとって原子力は必要なのでしょうか不要なのでしょうか。(櫻井理事長への質問)民主党は原子力をどう認識しているのでしょうか。
山名 原子力が本来目指していたものは「エネルギー安全保障」(安定した安価なエネルギーの確保)であり、それは国の安全保障そのものです。エネルギーの96%を海外に依存する日本は、エネルギー源を多様化し、特定の国に依存しない国をつくろうとして、原子力の導入でリスク分散を図ってきました。日本のエネルギー基本計画では、2030年に全発電電力の53%を原子力で発電することになっていました。ところが、稼働中の原子炉を寿命45年で順々に廃炉にすると、2030年には約4000万キロワットの電気をつくる能力を失ってしまいます。
原子力を失った部分は石炭と天然ガスで埋め合わせるか、再生可能エネルギー(自然エネルギー)を一部入れるしかないのですが、再生可能エネルギーはお天気次第のエネルギーなので、天然ガスの火力発電を常に控えとして持っていなければなりません。天然ガスは、今は主にインドネシア、マレーシアなどから輸入していますが、将来はカタールなど中東への依存が強まる。天然ガス産出国のロシアとも親しくするか、という話になる。最終的には、この依存のために日米安全保障体制が緩んでいく可能性さえあります。
原子力は怖いから自然エネルギーでやろうという、そんな甘いものではないのです。30年後にどの国と親しくして、どのようにリスクを分散するかという話です。私は個人的には、原子力は捨てられないと考えています。
櫻井 私も民主党の原子力政策が分からなかったので、細野さんに「菅さんは正気ですか」と失礼な質問をしました。細野さんは、この国が成り立って行くようにエネルギーについても考えているという説明でしたので、それを信じたいと思います。菅首相は日本のエネルギー政策を白紙にすると言いましたが、原発を全面否定することはないだろうと期待を込めて考えています。
質問 メタンハイドレートなど新エネルギー源についてはどう考えますか。
山名 量の問題です。新エネルギーの開発は一定のコストの範囲内でやった方がよいに決まっています。できるだけ増やしていく必要がある。大事なのは、そういうものをうまく混ぜて、全体的に安定した供給態勢を作ることです。新しいものの開発に力を入れながら、骨格部分を成すものはしっかりキープすることが必要です。
実は私は、化石資源を掘り尽くして、安く買いたたいてもうける時代は終わりつつあると考えています。私たちのひ孫ぐらいの時代には、そういう新しいエネルギーを実現しないといけないと思います。原子力はその二つをつなぐ位置にある。新エネルギーが実現するまで、原子力はエネルギーの安定供給を担う役割が間違いなくあると考えます。
質問 核燃料再処理など日本の原子力政策の将来についてはどうですか。
山名 使用済み核燃料をきちんと管理する能力がないと、原子力に長期に依存してはいけません。原子力以外のエネルギーを結構持っていて、使用済み核燃料をそのまま廃棄物にしてもよい国もあります。わが国は資源がないので、再処理した方が長い目で見れば得ということになります。
福島の事故を受けて、安全の問題や原子力の将来の問題、使用済み核燃料をリスク分散するやり方をもう一度考える必要があります。日本は、ある程度のコストの範囲で、廃棄物を合理的に処理できて、資源の不確定性をカバーできるなら、再処理の方向へ進もうとしていました。しかし、それはイエス・ノーの世界ではなく、コストをどれくらい下げて、どのように貯蔵したらよいかという程度問題です。福島の事故を受けて、最適化ビジョンを描き直すことを急いでやらないといけないと思っています。
櫻井 原子力の問題については、私も感じるところがあります。原発事故が起きて、わが国政府は国民にきちんとした情報を出さない。どうしてこういうことが民主主義国家で起きるのかを、私たちが一人ひとりの問題として考えなければならないと思います。
今回の事故が起きた時、原発の中に入るロボットが日本にはありませんでした。米国のロボットが入ったのに、なぜロボット大国の日本のロボットがなかったのか。平成11年の東海村臨界事故の後、政府は放射能事故に対応できるロボットの開発を東北大学や千葉工大に命じ、30億円かけてロボット開発はかなりのところまで進みました。ところが、法制度を変え、設備も変えたので、もう事故は起きないはずだ、だから安全なはずだ、だからもうロボットはいらないということになりました。しかし、事故は実際に起きたのです。
今回の事故も、原発は安全なはずだとして国民に提示され、万一の事故に備えようとすると安全ではないのではないかとして立地を許してもらえない、だから言わない、というふうに、皆が現実に起こり得る危機に目をつぶってきた中で発生しました。
同じことは国家の安全保障についても言えます。わが国は「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と憲法に書いています。誰が考えてもおかしいと思うことでも、文字に書いたら誰もおかしいと考えない。
今回の事故は第一義的に東電が悪く、第二義的に菅直人が悪いと思いますが、こういう現実ができたのは戦後の日本人全員が自分の問題として考えなければいけないと思います。
原発をどうするかという問題は別の大きなテーマです。エネルギー問題を日本国の戦略問題として引き続き研究していきたいと思っています。(了)