左より、開会にあたり挨拶をする理事長 櫻井よしこ、副理事長 田久保忠衛、企画委員 西岡力、企画委員 潮匡人、企画委員 遠藤浩一
国基研は創立一周年を記念して平成20年12月17日、東京・丸の内の東京會舘で第一回の「会員の集い」を開きました。第一部のシンポジウム「変革を迫られる日本―国基研は何を目指すか」には約七百人が参加し、パネリストの発言に拍手がわくなど、熱気のある集まりとなりました。第二部の懇親会には約五百人が出席し、国基研の理事、評議員、企画委員らを交えながら、会員同士が親交を深めました。一時間半にわたって行われたシンポジウムの詳報は以下の通りです。
コーディネーター 櫻井よしこ理事長
パネリスト 田久保忠衛副理事長、西岡力評議員、潮匡人評議員、遠藤浩一理事(いずれも企画委員を兼務)
櫻井 国基研は12月1日に財団法人の手続きを完了しました。過去1年間、「国益」を心に刻みながら、日本人のために、国を誇れるような枠組みをつくりたいという思いで活動してきました。これは、他の研究所にない視点だと自負しています。これまでに北朝鮮問題、外国人参政権問題、環境問題などで提言し、今は中期的プロジェクトとして中国問題に取り組んでいます。国基研の存在意義はますます大きくなってきました。世界が激変するこの大事な時期だからこそ、国益を念頭に全力で考え、国基研の存在感を高めたいと思います。
田久保(基調講演) 「中国」「アメリカとのかかわり合い」「日本の対応能力」の三つについて述べたい。まず、中国が日本をどう見ているかを見極めないといけない。1996年に当時の徐敦信駐日大使は「かつて中国は弱いためにいじめられた。だから中国は強い軍事力を持つ」と林外務事務次官に言った。今後、中国の軍事力が10倍、20倍になったときに日本はどうするか。自力で国を守るのか。それとも日米同盟を固めるのか。
第二に、アメリカの一極支配は終わらないと思う。アメリカは世界の富の二十数%を持ち、基軸通貨ドルを持っている。軍事費は断トツで、技術力も断トツだ。少子化もない。外交評議会のハース会長が「教育こそアメリカの安全保障の最大の武器」と言うように、世界のトップクラスの大学の多くはアメリカにある。
しかし、(来年1月に発足する)オバマ政権はかなりいかがわしい。評論家のクラウトハマーはワシントン・ポストに、「オバマは外交で点を稼ぐつもりはない。目は内政に向いており、外政はヒラリー・クリントン(国務長官)、ゲーツ(国防長官)、ジョーンズ(国家安全保障担当大統領補佐官)に任せる」と書いている。こういう国とどう付き合うかだ。
(アメリカの)民主党と共和党は中国をどう見ているのか。中国を敵とみなさないことで、コンセンサスがあるのではないか。国務副長官だったゼーリックは中国を「責任ある利害共有者」と呼んだが、利害を共有することで米中に暗黙の合意があるのではないか。
米中が親密になるにつれて、日米関係が緩んでくる。中長期的にアメリカはどうなるか。日英同盟が切られたように、日米同盟も切られないよう心を砕いている。日米同盟は永久のものではないことを心しないといけない。
第三に、日本の対応は半身付随ではないか。国会のねじれで、何も決定できないことが心配だ。大半のマスコミの田母神前空幕長批判は違うのではないか。戦前の軍に行き過ぎはあったが、戦後は逆の極端になった。田母神さんは軍事政策でなく歴史観で辞めさせられた。文民統制は、文官が軍のことをよく知っていないと、できない。前首相は辞任表明後、自衛隊高級幹部会同への出席をドタキャンして代理も送らなかったが、これこそ文民統制に違反するのではないか。自衛隊を通常の軍隊に近づけないと危ない。
潮 田母神さんは解職・降格された上、退職金の自主返納を要求されている。これでは懲戒免職と同じであり、理解できない。
最近、「クラスター爆弾は非人道的」という理由で日本も廃棄に賛成したが、果たして人道的な兵器など存在するのか。自衛隊がクラスター爆弾を使うのは、侵略防止の最後の手段としてであり、人道上の理由で廃棄するのは理解できない。田母神空幕長が健在なら、廃棄反対を表明しただろう。そういう見識が自衛隊から消えてしまった。
ソマリア沖の海賊対策で、新たな決議が国連安保理を通った。さっそく、中国は軍艦の派遣を検討している。仮に海上自衛隊を派遣するなら、海上警備行動を発令し続けるなど、強引な運用をしない限り、武器使用すらできない。派遣のための一般法もなく、日本は中国の後塵を拝するであろう。もし派遣できなければ、日本は中国のアフリカ進出を、指をくわえて見ているだけになる。
17世紀に覇権を謳歌したオランダは絶対平和主義で衰退した。平成日本はそれと同じ轍を踏もうとしているのではないだろうか。
西岡 北朝鮮から脱出した元労働党幹部は「金正日が死ねば、金日成の時とは比べものにならないほど大きな変化が起きる」と言っている。金正日は金日成が存命中の1980年代から実権を握っていたので、金日成が死んでも北朝鮮にそれほど変化はなかった。しかし、今は金正日の独裁体制であり、後継者候補と目される息子たちには何の実権もない。
問題は金正日の「処分」を誰がやるかだ。中国がやれば、北朝鮮が中国の属国になり、韓国も中国の強い影響下に入る可能性が高い。米国がそれでよしと判断すれば、日本は半永久的に米中両大国の狭間で半独立国のまま封じ込められる。金正日処分でやはり北京の共産党政権より同じ価値観に立つ同盟国日韓が頼りになったと、ワシントンに印象づけられるかが勝負だ。日本は普遍的価値観を共有する韓国の保守派と連携して、処分に参加しないといけない。
遠藤 麻生内閣への支持率低下の理由として、失言もボディブローのように効いているかもしれないが、何をやりたいのかが分からないこと、これが大きいと思う。何をやりたいのかを見失っているから、戦略が不在になり、迷走する。景気対策は誰でもやることであり、その先にやることが肝腎だ。(日本を侵略国家とした1995年の)村山談話を継承すると表明したことで、「麻生サンよ、お前もか」となった。田母神問題で麻生首相は「空幕長の発言は重要な指摘を含んでいる。政権の命運を懸けて国防を正す」と言うべきだった。
自民党の沈下で民主党に浮上感があるだけであり、両党の間には本質的な危機感を抱いた政策論争がない。それなら政界再編しかない。自民党も民主党も、国家の基本問題に対して不真面目だ。
櫻井 日本の問題を一つずつ解決するのではなく、問題がなぜ起きるのか、その根本原因を考えたいものです。問題を抱えていることが問題なのではなく、それらの問題の解決能力を低下させていることが問題なのです。この能力を取り戻すには、戦後の歴史の中で日本人はどのように変化したのかを振り返る必要があります。日本は戦後六十年間に国家でなくなったのです。形は国家でも、自力で国を守れず、決断できず、行動できない。それは、国を占領され、日米安保条約に甘えて今日に至っているからです。
日本人が日本国は真の意味で独立しなければならないと決めて、憲法九条を改正し、集団的自衛権を行使し、日米安保を双務的なものに変える。アメリカとの関係を大事にしながら、日本独自の力で日本を守れるようにする。非核三原則見直しの可能性を議論する。そうしたことが大事です。
国基研は、日本を根本から変える原動力になっていきます。田久保さんはアメリカで「教育こそ安全保障」と言われていると紹介しましたが、日本も同じです。国基研は日本人だけでなく、国際社会に情報を発信します。国際社会の日本理解を深める知的情報を、日本のより良き未来を築くことを念頭に置いて、発信していきます。
田久保 日米同盟は日本の運命だ。国基研は日米中三国関係をフォローしていく。目的と手段を混同してはならない。立派な日本にすることが目的で、日米同盟はその手段だ。今のアメリカは、中国を味方ではないが敵でもないと見ている。そこで、日米共通の敵がぼやけてくる。ライス国務長官は小池百合子防衛相(当時)に「中国を刺激しないように」と言った。フォーリン・アフェアーズの論文では「六カ国協議を恒久機関にしよう」と書いた。これは重大な発言だ。日英同盟は四カ国条約に替わり、イギリスもアメリカもソ連も日本の敵になった。アメリカは、日米同盟が空洞化したら「六カ国」に替えるオプションを握ったのではないか。これを国基研でフォローしていく。
西岡 拉致問題も、覚悟を持ってやってきたので進んだ。あきらめたら進まない。あきらめなければ、日本を変えることができる。日本全体を変えるため、頑張っていきたい。
潮 最終的な手段として軍事力行使を放棄しないのが普通の国だ。自衛隊を名実とも軍隊にすることが最大の課題だ。麻生首相には「自由と繁栄の弧」を築く「価値の外交」を推進してほしい。今の日本のような商人国家を、どこの国が守ってくれるのか。
遠藤 価値観は、力を行使する意思がないと守れない。われわれの価値観である「自由と民主主義」とは、全体主義と闘う意思のことだ。国家の上に党があり、党に軍が所属するのが全体主義の特徴だ。田母神さんは侵略史観というイデオロギーに異議申し立てをして更迭された。日本は全体主義になった。日本は内外の全体主義からの脅威に直面している。(了)