国家基本問題研究所は平成23年10月30日(日)、東京・紀尾井町のホテルニューオータニで第4回の「会員の集い」を開催しました。第1部のシンポジウム「中国の軍事的台頭―緊張高まるアジアの海」には過去最高の1038人(会員704人、一般334人)が参加し、約3時間半にわたり、櫻井よしこ理事長、田久保忠衛副理事長、古庄幸一元海上幕僚長(客員研究員)、島田洋一企画委員の熱い発言に耳を傾け、活発な質疑応答が行われました。第2部の懇親会には472人(会員316人、一般87人、役員28人ほか)が参加し、櫻井理事長ら国基研役員との会話を楽しみました。シンポジウムの詳報は以下の通りです。
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櫻井 日本の政治が混迷し、その間にわが国は千年に1度という大地震に襲われました。予想をはるかに越える40メートルという高い津波にも襲われました。複数の原発事故という人類が初めて経験する危機に直面しました。混迷する政治とは対照的に、大震災のわずか5日後の3月16日には今上陛下がお言葉を発せられました。日本国民が雄々しくこの危機に立ち向かっている姿に深く胸を打たれたと仰いました。
また10月20日には皇后陛下が、お誕生日に際しお言葉を述べられました。今年を「悲しみの多い年」と表現され、自然がもたらしたこの不条理な苦しみに日本人、そして皇室の皆様方も、ともすれば絶望感に見舞われておられたと述べられました。
しかし皇室の役割は苦しむ人々の傍らに行き、その人々と共にあることにあるというお考えで天皇陛下と共に皇后陛下は被災地に行かれ、そこで健気で沈着な振る舞いに徹している日本国民、助ける側も助けられる側もこれ以上ないと思われる人間の良き姿を見て、却って天皇皇后両陛下は慰めと勇気を得たということを仰っておられます。
国基研の私たちも全力を尽くしてこれまでやってきました。昨年12月にはインドを訪れました。インドと日本が戦略的に力を合わせることで、中国の異常な軍事的台頭に抑止力を働かせることができるのではないか、日本国の安全と安寧のためには、中国を私たちの価値観の中に留め、暴走させないこと、それには日本とアメリカ、日本とインド、日本とアジア諸国の協力が欠かせないという思いで行ってきました。これは非常に新しい地平を、私どもだけではなく、日本の政治家のためにも、日本国のためにも開いたし、開きつつあると自負しています。
原発に関してはつい最近、朝日、読売、日経、そして産経新聞に大きな意見広告を掲載しました。非常に激しい反応が賛否両論ありました。大変よいことだと思います。私たちは様々な意見を交換しながら議論の場を活発にし、この国の世論を未来のために導いていく力の一つになりたいと考えています。
そして今年また、インドへ行ってきました。国基研が率先して自民、民主両党の議員を連れて行きました。インドの国会議員、シン首相、国防相、外相などとの意見交換は非常に役立ったと思います。
安倍晋三元首相ら議員団との会談を受けて、シン首相はニューヨークの国連総会で野田佳彦首相と会いました。その時に「日本とインドは戦略的なパートナーでなければならず、西太平洋とインド洋という二つの海の交わりの中で、互いに連携しながら繁栄を築いていこう」という安倍元首相のインドでの講演をシン首相が引用して、日本とインドはこのようでありたいと野田首相に言ったそうです。これは少なくとも、わが国のあるべき姿と方向性を明確にインドの最高首脳にインプットしたという意味で、私たちは誇りに思うものです。
ニューデリーの後にダラムサラという所に行きました。チベット亡命政府のある所です。ここでダライ・ラマ法王に、この次日本に来られる時には、日本の国会議員はこれまでの沈黙と無視の殻を破って法王をきちんと迎えますと伝えました。昨日ダライ・ラマ法王は日本に来られました。11月7日には自民、民主両党の議員団が法王とお会いすることになります。
わが国がこのチベットの精神的最高指導者をどれほど邪険に扱ってきたか。価値観と宗教心、人間の運命を左右する大事なものを教え諭す方に対する失礼な行為は、他の文明国では考えられないものでしたけれども、それを今回初めて打ち破ることができたと思います。では田久保さんから、基調講演を。
田久保 望遠鏡と顕微鏡ということを考えますと、国際問題は望遠鏡で見ないといけないと思います。日本から中国を見たときに、顕微鏡で尖閣諸島だけを見るのではなく、中国全体を見なければいけません。中国は東西南北に膨張して、どこでも周辺諸国と摩擦を起こしています。北はロシアの東部、ロシア全体の3分の1を占め、木材、鉱物資源が無尽蔵にある地域に出て行って、そのためロシアでは黄禍論が盛んになっています。
西では、カスピ海から中国の一番西側の新疆ウイグル自治区、ここまで昨年暮れに石油と天然ガスのパイプラインが引かれました。あと5~6年の間に、これがもっと伸びることになります。南にいくと、パキスタンのグワダルという港の建設を受け持っているのは中国で、軍艦が寄港できるような仕組みになっている。バングラデシュのチッタゴン、ミャンマーのシトウェ、スリランカのハンバントタ(インド洋津波で全滅した所)でも中国が港の大建設を図っています。
これが一体何を意味するかというと、インドの周りに「真珠の首飾り」と称される包囲網ができているということです。それからカラコルム山脈と崑崙山脈の間にあるアクサイチンでは、1950年に中国が占領したまま出ていかない。インドは大変怒っています。インド北東部のアルナチャル・プラデシュは、台湾の3倍も面積があるところですが、中国はここの領有権を主張して譲らない。インドは実は海と陸で中国との対立点をこれだけ抱えているということです。
南シナ海では、中国と東南アジア諸国の間でずっと領有権争いが続いていたのですが、特に今年になってから、ベトナムとフィリピンの探査船のケーブルを中国が切っているのです。これはベトナムとフィリピンに対して圧力をかける政治的行動以外の何物でもない。2009年にベトナムとフィリピンが国連事務総長に、自分たちの主張はこうだというレポートを出したのです。
それに対して中国がすぐに反論した。ここは自分の領有範囲だという地図を出した。これがなんと、1947年に国民党が勝手に作った地図なのです。中国共産党の天敵であるはずの国民党が作った地図を出して、U字型のラインに基づく馬鹿げた広範囲の領有権を主張した。東シナ海では、これはもう皆さんご存知の通り、昨年秋の尖閣諸島沖での中国漁船による体当たり事件です。
では、なぜ膨張政策が際限もなく続くのかということで私は3点申し上げたい。まず、中国はものすごい経済成長を遂げてきましたが、大変な貧富の差があって、胡錦濤国家主席は「和諧社会」だとか言って何とかしようとしたけれども、全然改善できない。開発のために国が勝手に二束三文で土地を奪うから、また貧しい農民層の不満が増大する。それに、環境汚染。水も空気も土地もみんな汚れきっています。これに対する不満が増大する。
それから社会主義市場経済と言いますが、社会主義は思想・言論・集会・結社の自由を認めない体制です。これに対して知識人は文句を言う。資本主義のまねをすると中産階級ができて、中産階級は知識人ですから自由を求める。この不満が充満してきます。幾つもの不満がひそんでいるわけで、これは経済成長を続けないとどうにもならない。そこで資源を求める。資源漁りというのが第一の理由になります。
二番目は、大きな国家機構を維持していくためにはナショナリズムを煽らなければならない。そうすると清朝末期の大版図を取り戻そうということになる。第三には、内憂を外患に転化すること。国内の不満が広がっているから、これを外に転化していかないと始末がつかない。昨年の尖閣諸島の問題の時、反日デモがあった。どこでデモが起きているかとチェックしました。そうしたら奥地で起こっていたのです。日本大使館も領事館もない、そんな所でデモが起きたのはなぜか。突然起こって、100人規模だったのが1000人になって万人規模になったら、すっと鎮まった。これは司令塔があったからです。
指桑罵槐(しそうばかい)という言葉があります。指しているのは桑の木だけれども、本当に罵声を浴びせている対象は槐(エンジュ)の木。日本けしからんと言っていても、本当の腹では、北京の指導部への批判がある。これを見事に表しているのではないか。だからロシアも中央アジアもインドも南シナ海も東シナ海も、みんな緊張感があったほうが、むしろ支配階級には都合がいいのかもしれない。
中国は陸上と海上だけで膨張しているわけではない。天宮1号という宇宙ステーション実験機を打ち上げました。私の親友で20代のころから中国の軍事問題を研究している平松茂雄君は、これは宇宙軍の始まりだと言うのです。それから日本の新聞を騒がせております、官庁や企業へのサイバー攻撃。これはアメリカでも起きているのです。安全保障に関する官庁、議員、そして民間企業が軒並みやられている。中国に秘密を持って行かれようとしている。こういう、国際秩序を破る国、国際的常識を破る国なのです。
では、アメリカはどう動くか。この10年間、アメリカは軍事力の重点をどこに置いていたかというと、イラクとアフガニスタンです。2001年の同時多発テロからちょうど10年目に当たる今年の5月1日、最大のお尋ね者だったビンラディンをパキスタンで殺しました。これでひとまず区切りがついたと思って見回すと、中国がアジアで力を増大させていた。そこで改めてアメリカが、われわれは太平洋国家であると言ったのです。
最近、南シナ海で中国とベトナム、フィリピンの問題が起きた時、クリントン国務長官がCNNの討論会で、アメリカは太平洋国家であって中国がこれだけの悪さをするときに手を引けるはずがありますかと、言いました。ですからアメリカはこれからアジアに全力投球するだろうと思います。
その場合にアメリカと中国の間の(勢力争いの境界線となる)「万里の長城」はどこになるだろうか。日本列島から台湾、フィリピンに至るまでの「第一列島線」、これが万里の長城です。すると両者のせめぎ合いの最大のポイントが普天間飛行場の移設問題なのではないでしょうか。ですから顕微鏡で見て、東京と那覇の間でぐだぐだキャッチボールをするのはやめてくれ、それは国益にも世界の利益にも反するぞと強調したいのです。
アメリカは大きな戦争に入る第一段階では、圧倒的な世論をバックに突っ込んでいきます。第二に、時間が経つにつれ、厭戦気分が出てくる。そこで第三に出口戦略を考える。今アメリカは第三の段階に移って、既にイラクからは全軍が年末までに引き揚げます。アフガニスタンからは2014年、あと3年で大部分が引き揚げる。また、ビンラディンを片付けたから、これでけりがついたという気分も国民にあるのではないか。
それから、有無を言わせず迫ってくるのが財政赤字です。アメリカの2011年度の赤字は1兆2340億ドルです。日本円にすると93兆円です。これをいかに削るかというと、世界に手を伸ばし過ぎた、イラク、アフガニスタンをはじめ外国から手を引けば削減できるのではないかという声が主として民主党から起こっている。
11月には与野党交渉の期限がきます。10年間で国防費を3000億ドル削るのはもう決まっているのですが、交渉がまとまらなければ削減を倍の6000億ドルにすることになる。これではとても外国の問題に手を出すという雰囲気ではありません。
しかし、その中でオバマ大統領もクリントン国務長官もアジア重視を言ってくれている。昨年7月に、ハノイの会議でクリントン国務長官が楊潔中国外相に南シナ海問題で文句をつけた。楊は、なぜワシントンくんだりから来て文句をつけるのか、中国とベトナム、中国とブルネイ、中国とマレーシア、そういう二国間で交渉すると答えた。クリントンは多国間交渉でやりましょうと言う。これは皆さん、中国は孫氏の兵法にある分割統治をやっているのです。自分の敵同士を結ばせないで、各個撃破する。
日本の新聞も雑誌もそういうことを書かないで、何をしているのか。アメリカはこれを知っているから、横の連携を乱さず、国際海洋法が譲れない一線だと言って、孫氏の兵法に対抗している。その大きなドラマがわれわれの眼前で展開されているのです。そこで、われわれとしては何をしなければならないのかということです。
古庄 実は日本もそういうことに目を向け始めたのかなと思わせることが、今朝の読売新聞に出ていまして、排他的経済水域(EEZ)の基点となる49の島に名前を付けましょうという記事がありました。日本もEEZの基点をきちっとしようという議論がやっと始まったというところでしょうか。
なぜ日本は南シナ海、東シナ海問題をきちっとしなければいけないのかということをお話ししたいと思います。先日の新聞で世界の人口が70億人と発表されました。世界の物流は、海運が99.7%を占めますが、年間70億トンです。一人当たり1トン。日本がこの中でどのくらい使っているかというと、9億トン。約7分の1です。今日皆さん何を食べましたか。その食材の半分以上は海外から運ばれてきたものではないかと思います。この物流がなければ電気もつきません。海運が安全に行われなければ、日本は成り立たない。
しかし日本のシーレーンという大きな動脈が通っている中で、公海は少ししかありません。9割くらいは排他的経済水域なのです。これは国連海洋法条約という国際法で決められています。
実は日本の排他的経済水域は世界で6番目の広さだといわれています。領土は世界の陸地の400分の1で約38万平方キロですが、日本が管理権を認められているEEZは、その12倍、480万平方キロといわれます。ですからその海底にある資源を日本が管理して使っていかなければいけない。
しかし、ちゃんと手を打ってこなかったので、大変なことが起きている。1991年、米軍がフィリピンから引き揚げます。すると翌年、中国は「領海と接続水域に関する法律」を作り、これを世界に示して、「Uライン」の先端は渤海湾ですが、そこから黄海、東シナ海、南シナ海まで自分の領海だと決めました。その中にはなんと日本領土の尖閣諸島も入っています。さらに中国は98年に「排他的経済水域と大陸棚に関する法律」を作りました。
いま東シナ海で、中国と日本の排他的経済水域の中間線は、決まっていません。日本側の地図では中間線を引いてあるから決まっているかのような錯覚を与えていますが、実は決まっていないのです。日中中間線付近の海底に天然ガスがあると分かってから、中国は開発を始めた。中間線を決めた後であれば、日本側にあるものは日本のものだといくらでも主張が通ります。中国は中間線を決めないで、そのエリアで共同開発をしませんかと言ってきた。日本はそれに乗ってしまった。
中間線というのは世界的に、釣り合いが取れるように二国間で決めなさいということになっていて、決められないところは国際裁判所に持ち出して決めます。しかし、日本の周辺では日本があまりにいい加減にやってきた。先日、日教組が竹島は日本領土ではないと教えていることが報じられましたが、彼らは、お互いに言い分があるものを自国のイデオロギーだけで決めてはいけないみたいなことを言うのですね。すべてがその調子です。
中国は排他的経済水域の考え方を、自分の国の都合のいいように変えたいと思っている。具体的に言うと、沖ノ鳥島がありますね。ここは岩だけですが、日本の領土であることは間違いない。EEZの基点として国際的にも認められている。中国はここに軍艦を出し、あるいは海洋局の調査船を出して、これは岩だ、国際法で言う排他的経済水域の基点とはなし得ないと国際会議に提議した。その一方で、自分のところの岩、あるいは人が住んでいない小島をEEZの基点として堂々と扱っている。こんないい加減なことをやっているのです。
8月24日には、中国の漁業監視船「漁政」が東シナ海で2回にわたって日本の領海に入った。この時に海上保安庁の巡視船が「領海に入っているから出て行け」と通告したら、中国側は「ここは古来わが国の領土だ。主権は中国にある。われわれは中国の法律に基づいて正当な行為をしている」と、堂々と言い出した。これは中国が南シナ海で取ったステップの最終段階まできている。
次の手はもう分かりきっています。漁船の集団があそこで漁をする。領海に入る。巡視船が行って拿捕すると、海軍ではないけれど武装した「海監」という船が来て、巡視船を脅して「漁船員を釈放しろ。しなければ実力行使するぞ」とやる。南シナ海でやった通りのことです。
ではどうするかという問題ですが、日本の「防衛大綱」は、情勢分析は立派にやっています。今後は「動的」防衛力、即応性、機動性、柔軟性、持続性、多目的性を保持しなければならないと。では予算と人をどうするかということになりますが、ここでずっこけてしまう。厳しい財政事情から、思い切った効率化、合理化、人件費の抑制を図れ、と言っているのです。
申し訳ないけど、自衛隊はもう十分合理的にやっていると思いますよ。60年間営々とやってきたけれども、今は年間10隻くらいの護衛艦が国外に出ている。北朝鮮のミサイルに備えている部隊もある。情勢がこんなに変わっているのに、効率的にしなさいと言われても限度があると思います。動的防衛力を言うのであれば、それに見合う法律を作ってもらわなければ。海上保安庁の巡視船が仮に砲撃を受けて、自衛隊の護衛艦がそこにいても、今の法律では何もできません。
しかし、現場の指揮官は何もできないでは済まない。いつも悩みを持っています。2004年に中国の漢級潜水艦が日本領海を潜ったまま通過して、日本は海上警備行動を発令したけれども、海上警備行動発令でも武器は使えません。では防衛出動を下令するのか。その覚悟はあるのか。そういうところの法律をきちんと整えて、価値観を同じくするアメリカはじめ近隣諸国と一緒に立ち上がれる武器使用基準(ROE)を設けて、手順まで決めてもらわなければ駄目だと言いおきたいと思います。
島田 中国の海洋進出の狙いをどうとらえるかについて、アメリカの国防総省が今年8月24日に議会に提出した『中国の軍事に関する年次報告』と日本の防衛白書(今年度版)の分析を比べると、アメリカにあって日本にない点が一つあります。それは、中国が今やアメリカから第一撃を受けても生き残れ、反撃できるような核ミサイルを搭載した潜水艦を配備しようとしているということです。JL2という開発中の弾道ミサイル、射程が7200キロ以上ある、これを最新鋭の原子力潜水艦に搭載して、南シナ海に遊弋させれば、在日米軍基地はもちろん、グアムまで射程に入り、ハワイもにらむことになります。
地上発射のミサイルは発見されやすいし、アメリカから先制攻撃されればやられてしまいますけれども、潜水艦なら発見されずに撃ち返せる。これが抑止力になってアメリカが核を使えないという理屈です。東シナ海は水深が浅いし、日本の優秀な対潜哨戒機が常時見張っていますから、あそこで発見されずに第二撃ミサイルを撃つのは難しい。したがって南シナ海を中国の湖、他国は入って来られないような海域にしたい。
それから台湾を併合して、台湾の東側に港を作れば、全く自由に太平洋に出て行ける。潜水艦を太平洋の中央部まで進出させることができれば、アメリカ本土まで狙える。そういう中国の狙いがあるとアメリカ側は言っていますけれども、防衛白書にはそれがない。
中国がアメリカ本土に向けた第二撃の核能力を持つということは、要するに日本に差しかけたアメリカの「核の傘」が効かないということですから、日本にとって極めて深刻な事態です。防衛白書がJL2の開発という事実に言及しながら、それが「核の傘」の無力化をもたらすという肝心の意味合いに、中国の「活動目標」を列挙した中心箇所で、強調どころか触れてもいないのは、重大な職務怠慢というか、日米間の大きな認識ギャップですね。
中国は最近、南シナ海をチベットや台湾と並んで核心的利益であるという言い方をし始めました。要するに、中国の主権の範囲内だから、外部からの介入は許されない、力づくで確保することが合法である、と言っているわけです。これに対してアメリカでは、南シナ海において航行の自由が確保されねばならないという点では、超党派でコンセンサスができています。
ただ、ここから先が問題で、航行の自由の確保にどこまで具体的に踏み込むのかという点で、いわゆるハードライナーと融和派の間で温度差がある。ヘリテージ財団とかアメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)といった保守系シンクタンクを拠点にするハードライナーたちは、「航行の自由作戦」を実施すべきだと言う。ある国の領域に関する主張が行き過ぎであると判断した場合、アメリカ側の解釈に基づいて強引に相手側の領域に入って行って軍事演習を行うということです。
例えばかつてリビアのカダフィが、シドラ湾は全部リビアの領海だと突如言い出した。レーガン大統領は領海外と判断するといって、わざわざ米軍が入って演習をした。それに対してリビア軍の航空機がスクランブルをかけ、アメリカはリビア軍機2機を撃墜しています。それと同じことを南シナ海でやるべきだというのがハードライナーの主張です。日本も一緒にやろうじゃないかという声も出てきている。
国務省などはこういった強硬策には慎重です。ラムズフェルド元国防長官が今年出した回顧録で、(2001年に米偵察機が中国軍機と空中接触した)海南島事件の経緯を語っています。パウエル国務長官、ライス大統領補佐官(国家安全保障担当)は中国に謝罪しようと言った。国務省官僚は中国が嫌がる偵察飛行も停止すべきだと言い、ブレア太平洋軍司令官もそれに賛成だったと。ここでは国務省のみならず軍の幹部の中にも、一歩譲ってでも中国との摩擦を避けようとする意見があったという点に留意しておきたいと思います。
アメリカが今、日本に対して何を求めてきているかに関して、この9月にプロジェクト2049研究所が出した提言書があります。中心になっているのはダン・ブルメンソールという、ブッシュ政権で国防総省中国部長を務めた人。現在、議会が設置した超党派の米中経済安保調査委員会という影響力の強い機関の主要メンバーです。
具体的に日本に求めるものとして、第一に、琉球列島を空軍基地の増設などで軍事拠点化すべきだと言う。中国海軍が太平洋に出て来て米軍が台湾を助けに行くのを阻むことのないような対潜水艦バリアを作ってもらいたいと。第二に、中国が日本本土を攻撃した場合には、日本独自で対抗できる巡航ミサイルと弾道ミサイルの配備を考慮すべきだ。アメリカは旧ソ連との中距離核戦力全廃条約に縛られているが、日本はフリーハンドで中距離ミサイルを持てるのだから、と。
また、中国が台湾を取ろうとしてきた場合、日米両国は共同して攻撃型潜水艦によって海上での阻止作戦を中国に対して行わないといけない。中国の港に機雷を敷設して中国海軍の動きを止めつつ、台湾海峡の封鎖を破るといった軍事行動が日米共同で必要になる。そうした姿勢を示すことが中国の軍事的暴挙に対する抑止力になる。
日米、オーストラリア、インドの四か国が共同して中国の船を対象とした海上封鎖作戦を実行できることを演習等によって示すべきである、と。今アメリカにとっての悪い誘惑は、前方に展開する米軍兵力が中国の射程内にどんどん入ってくると、安全地帯に下がって長距離打撃力で対抗しようとすること。これをやってはいけない。中国の攻撃に対する選択の幅を狭めるし、アジアの安全保障を掘り崩す。ただしアメリカが前方展開を維持するためには、同盟国の踏み込んだ協力が不可欠だ、そういう協力ができないなら、アメリカとしては後方に退かざるをえないですよ、という含意もある率直な文書だと思います。
日本はどういう政策を取るべきか。まず集団的自衛権に関する憲法解釈を修正すること。改めて想起すべきは、旧安保条約では集団的自衛権の行使を認めていることです。ところが1956年になって野党側の追及に苦慮した政府が、国会対策上折れてしまい、集団的自衛権の行使は自衛のための必要最小限の範囲を超えるため、憲法上許されないとやったわけです。
その後の安保改定交渉でアメリカ側は「日米両国は自助及び相互援助により武力攻撃に抵抗するための個別的及び集団的能力を維持し発展させる」という草案を出した。まさに同盟らしい記述です。ところが国会答弁と矛盾するというので、岸内閣はこれを蹴って、中途半端な安保改定になってしまった。要するに、最初は集団的自衛権の行使を認めていたわけですから、元の解釈に戻せばいい。私はそれだけのことだと思っています。
それから武器輸出三原則の見直し。これも佐藤内閣が昭和42年に共産圏、国連決議で禁止された国、国際紛争の当事国、この三つへの輸出を禁じるとしていたのを、昭和51年の三木内閣がそれ以外の国へも慎むと、事実上の全面禁輸にしてしまったのです。その後、アメリカだけは例外扱いするとか、去年民主党が出してきて結局菅氏が日和ってやめましたが、北大西洋条約機構(NATO)加盟諸国、韓国、オーストラリアだけ例外にするという緩和案がありました。しかし、例外を拡大していくのではなくて、三木内閣の上乗せ規制を外し、元の形に戻すのが一番シンプルな解決策だろうと思います。
そして人権問題でも、アメリカの政治家並みにせめて踏み込んで、中国の一般民衆向けに日本の政治家も発言していかないといけない。ダライ・ラマにはアメリカの大統領はもう何回も会っていますし、議会はゴールドメダルを授与しています。議会にダライ・ラマを呼んで、民主、共和両党の幹部が並び、ブッシュ大統領が出てきて、あなたは本当に人権のためによく活動してくれたというメダルを授与したのです。ドイツのメルケル首相もフランスのサルコジ大統領もダライ・ラマに会っています。ところが日本の首相だけは会おうとしない。日本の首相は金正日と二回握手しているのです。早く穢(けが)れた手をダライ・ラマと握手して清めてもらわねばなりません。
最後に、尖閣諸島の実効支配の強化。国基研の評議員でもあります佐藤守・元空将が『日本の空を誰が守るのか』という本の中で興味深い提案をしています。まず与那国島に陸上自衛隊を1個中隊くらい配備する。石垣島に海上自衛隊の基地を作ってミサイル艇を5~6隻配備する。下地島には民間飛行場があって、元はパイロットの養成所だったのですが、現在は使われていない。ここを防衛省の管理下に移し、全国の戦闘機部隊が移動訓練に来て、ここを拠点に尖閣諸島の一つの大正島、ここは以前米軍が射爆訓練場に使ったのですが、そこで射爆訓練を行えばいいと。尖閣そのものはレンジャー部隊の訓練場にすればいい。さらにレーダーサイトか監視所を造って、アメリカと共同運用できればベストだと書いている。たいへんいい提案だと思います。
櫻井 中国は最終的に何を狙っているのか。彼らは2040年までに西太平洋とインド洋からアメリカ海軍を排除すると言っていますが、北朝鮮の羅津(ラジン)に60年間の租借権で日本海に出て来る港を得ました。日本海を抜けてロシアの方へ行くと北極になります。ここは地球温暖化で氷がかなり解け始めていて、海の航路として使える。北極海を抜けるとアイスランドがあります。アイスランドに中国が異常なほど広い土地を購入していることは皆さん報道でご覧になったと思います。すると彼らは北も南も制覇できる。
そして次は宇宙でます。「天宮1号」を9月に打ち上げ、11月には「神舟」という衛星を打ち上げてドッキングさせる予定です。それが中国の宇宙ステーション建設の第一歩になってきます。専門家は、あと10年で宇宙ステーションは完成するだろうと言います。日本、アメリカ、ロシア、カナダなどは国際宇宙ステーションを皆で造って協力し合っているわけですが、中国だけ入らないで自分だけの宇宙ステーションを造る。その次は月に基地を造ると言う。2030年ごろと見られていますが、この月面軍事基地と宇宙ステーションを結んで月と地球の間の宇宙を支配する。これはサイバー空間と連動して中国が圧倒的な大国となるための必要なステップと彼らは考えている。
田久保 中国の狙いは最終的にはアメリカの覇権を中国の周辺から追い払うことだと思います。そのためには、軍事力だけではない、すごい経済力で、例えば日本の財界の頭を撫でる。日本の政治家も、靖国神社参拝でも教科書問題でも中国を刺激することは全部やめようとする。国内の問題でありながら、中国の決済をもらわないと進まないように思っている。
それから、国連で中国が何をやっているかです。昨年3月、韓国軍の哨戒艦「天安」が北朝鮮の魚雷で真っ二つにされた。国連安保理事会にこの問題をかけたれども、中国が拒否権を持っているからどうにもならない。議長声明にも北朝鮮という名前を明記できないのです。11月には延坪島への北朝鮮の砲撃事件がありましたが、韓国は国連に訴えることもできなくて諦めてしまった。
リビアの民主化要求鎮圧に制裁措置を取ろうとした時に反対したのは、ロシアと中国です。さすがに英仏が綿密な協議をして採決しましたが、中国とロシアは棄権しました。今度はシリアですね。今月、英仏の主導でシリアに対する制裁決議を出したけれども、ロシアと中国は拒否権を行使してしまった。今シリアでは3000人が殺されています。アメリカのライス国連大使が泣いて怒った。中国は軍事力に訴えないでも、こういうところで世界の秩序を動かしているのです。
古庄 日本海が今どうなっているかということをお話しします。地球儀で考えて、釜山とサンディエゴをピンで押さえて糸を張るとどこを通るか。上海とサンディエゴはどうか。シンガポールとサンディエゴはどうか。そうすると、なんとすべて津軽海峡を通るのです。だから今、釜山から大量の貨物がアメリカに向かいますが、その85%が日本海から津軽海峡を抜けています。青函連絡船が今あったら、海峡を横切れないほど数珠つなぎに貨物船が通っています。
さらに上海からアメリカ向けの分も日本海を通ったほうがうんと近い。それから、黒潮が流れている太平洋をアメリカから帰ってくると燃料が大変にかかるわけです。そうすると日本海に入ったほうがやはり近い。中国が北朝鮮と話をして、日本海側に港を造りたいと言っているのは、そこを考えた大戦略の下にあると私は考えています。
では海上自衛隊はどうしてるの、と言われたら、予算は減らされる、人は減る、任務は増える、家族手当ができていない、もう私は本当にOBとして申し訳ないという気持ちを持っています。というのは、5か月間インド洋に出て、いま9か国から11か国くらいの海軍が一緒に作業をやっています。たまに飲みながら話すと、「帰ったらどこへ行く?」と聞かれる。どこに休暇に行くのかという意味ですね。彼らは出かける前から、後の休暇を担保されている。しかし海上自衛隊は「帰ったらまたすぐ太平洋に出て訓練だよ」と答える。こりゃ、可哀そうですよね。ずっと我慢して、湾岸戦争後の海上自衛隊掃海部隊のペルシャ湾派遣以来20年間やってきていますが、もう持たないと思います。
櫻井 佐藤さん(元空将)の『日本の空を誰が守るのか』という本の中に書かれてあったことですけれども、中国の軍事力の弱点の一つが潜水艦探知能力であり、日本は長い間潜り続ける潜水艦を持つ必要があって、それは原子力潜水艦だということです。海上自衛隊の少ない予算の中でもそういう政策を作っていかなければならない。航空自衛隊も次期戦闘機を何にするかが今問題ですが、さっぱり日本の方針が明らかにならない。陸上自衛隊は予算をどんどん削られて隊員を採れない。人員構成がビア樽型を通り越して、上のほうの人数が多くて若い隊員が少ないワイングラスの形になってきているわけですね。
にもかかわらず、蓮舫さんあたりが事業仕分けをして、また1000人削ることになっていますね。こうした状況を見ると、足元の日本を守る力が音を立てて崩れていっているのではないかという危機感を持ちます。中国がこの23年間、前年度比で二桁の軍事費の伸びを実践してきて、これに対抗するためにこの10年間で韓国の軍事費が2.7倍、ロシアは6.9倍、ASEAN全体でも1.5倍になっている時に、わが国だけどんどん減らされているわけです。
田久保 憲法を改正して国軍をつくるのは最終目標ですが、取りあえず自衛隊の予算をなんとかしないといけない。予算を増やしただけで中国は「あれ?日本は目覚め始めたかな」と思うに違いない。民主党の中でも武器輸出三原則を見直そうという空気が一部にあるように見受けます。それから集団的自衛権の見直し。少しずつでもいいからできることをやっていくと、日本は普通の国並みの国防軍の整備に着手し始めているな、と思わせる。これだけで相当な抑止力になると思います。
その上で日米同盟ですが、これは保守派の中でもけしからんという人がいるのです。連合国軍総司令部(GHQ)のやり方、また真珠湾攻撃をするように仕向けたことに対する怨念がある。しかし六十何年かかっても戦後体制から脱け出せないのは、アメリカのせいじゃないと思う。日本人のせいですよ。激変する国際情勢の中で、最大の味方とけんかする必要があるのかということなのです。
韓国は米韓相互防衛条約で関係を強めているし、フィリピンは中国に海底ケーブルを切られて、すぐ外相がアメリカに飛んで行って米比相互防衛条約を発動してくださいとお願いした。私の最終目標は強い日本だけれども、その手段として日米同盟は何にも代替できない重要な同盟であり、これをオーバーホールすることによってユーラシア大陸の大国に対する力強いメッセージになるのではないかと考えています。
櫻井 中国の諸外国との交渉の仕方は三段階に分かれます。ある日突然法外な主張を打ち出します。例えば尖閣諸島は中国のものだとか、南シナ海は中国のものだとか、チベットもウイグルも台湾も北朝鮮も、という類の話です。
問題が存在しなかったところにその議論を持ち込んで繰り返すことによって、そういう問題があると思わせていきます。次に法律を作ります。その次に軍隊を持ってきます。第一段階を私たちは世論戦と呼んでいます。中国有利の世論を作っていく。第二段階が法律戦です。国内法ですから一党独裁の国ではいくらでも作れます。第三段階で軍事力を誇示して相手を心理的に萎えさせてしまいます。これを心理戦もしくは軍事戦といいますけれども、さらに日本に対してはもう一つ決め手を持っています。
1998年に江沢民が国家主席だった時に国賓として来日しました。皇居での晩餐会にあの陰気な黒い人民服を着て現れて「日本は歴史を鑑として反省せよ」とスピーチしました。早稲田大学大隈講堂でも東北大学でも「歴史を鑑として未来永劫正しい歴史教育を日本の子供たちにせよ」ということでありました。そして第二次大戦で日本がいかに中国に蛮行を働いていかに多くの人々が犠牲になったかと数字を挙げて語っていましたけれども、その後明らかになった中国共産党の資料によりますと、日本に対しては未来永劫歴史カードを突きつけるのが対日政策の根幹の一つなのですね。
江沢民が世界中に散らばっている大使を呼び集めて訓示したときにそう言い、『江沢民文選』の中にもまとめられています。日本人は直ぐに膝を屈して後退するからコントロールできるということでしょう。日本に対しては世論戦、法律戦、心理戦、歴史戦の四つで攻めてくるのが中国の基本ラインです。
田久保さんがおっしゃったように、非軍事的な要素も考えなければならない。文化的、経済的な侵略であります。本日の産経新聞に立命館大の加地伸行さんが書いています。東大総長が何と英語で入学式のスピーチをしたと。国語を忘れた民族というのはその民族の特徴というのを徐々になくしていきますから、もはやわが国の最高学府にもあまり大きな期待を持てないのかと、大変暗い気持ちになりました。
中国は今年の全国人民代表大会で、文化戦略を打ち出すことを決めました。孔子学院はすでに世界のあちこちにできていますし、中国の文化、文明、歴史がいかに優れたものであるかということを嘘を交えて教えることによって、人間の心の中から中国に対する抵抗感をなくして、中国に対する憧れ、敬意を育てようという大陰謀だと考えてよいかと思います。
そして経済力によってわが国の山林も水源地も散々に買い荒らされている。このことについて私は自民党、民主党にもう何年も、早く何とかしないければいけないと言ってきましたが、なぜか遅々として対策が進まない。
そしてアメリカがこれは戦争だと喝破したサイバー攻撃ですけれども、アメリカ国防総省一つに対するサイバー攻撃が、2009年でしたか、8万件弱になっている。凄まじい数で、そのほとんどが中国から発信されているということです。ところが2010年の半年間では3万ちょっとしかなかった。単純計算で1年では6万件。顕著に減っているとみていいのです。どうして減ったのかと調べてみましたら、アメリカ国防総省の分析では、アメリカがサイバー部隊を作ってからなのです。軍として正式に中国のサイバー攻撃に対抗する知恵と力を備えるようになって、かなり防ぐことができた。
つまり経済も文化も軍事も、脅威があることを意識して、それを防ぐためには、わが国の憲法前文のように他国の善意や信義を信頼してはいけないのであって、最終的にそのような理想を掲げるとしても、その前の段階で断固としてわが方の知恵と力でこれを阻止するという態勢をつくらなければいけないわけであります。
ここで今日は大勢の皆様にお出でいただきましたので、フロアからご意見を求めたいと思います。まず国基研評議員の佐藤守さん、いかがですか。
佐藤 北海道に国後、択捉、歯舞、色丹があります。ここから実は「真珠の首飾り」が始まっています。オホーツク海には大型ミサイルを積んだロシアの潜水艦が潜んでいるわけでして、ここに突入するのはアメリカの海軍といえども非常に厳しいのです。ところが海上自衛隊八戸基地の対潜哨戒機P3Cは流氷観測と称してしょっちゅうオホーツク海に出入りしています。これはロシアの戦略にとって目の上のたんこぶの状況なのです。次は北極海が中心となった国際的な紛争が起きます。日本海、津軽海峡を通り、北極海を通って行く極めて短い、経済的にメリットがある航路の奪い合いになるわけです。2050年を待たずして、日本は北と南、西と南で大きな苦難を抱えるということです。
櫻井 次に自民党参議院議員の衛藤晟一さん、お願いします。
衛藤 日米関係において安倍内閣のとき戦後レジームの見直しと言ったら、アメリカ議会の慰安婦決議とかいろいろな形でしっぺ返しを受けました。これの整理をしておかないと、新しい日米関係は築けない。中国、韓国、周辺諸国に関して、歴史カードを使われているわけですけれども、中華人民共和国が成立して以来、どれだけ侵略行為を繰り返してきたかをはっきりさせないと、歴史カードを返せないと思います。
櫻井 では会場の皆さん方の中からご質問を。
質問 アメリカの世論を日本のサポートへ向けて行く活動について教えていただきたいと思います。
田久保 国際世論を喚起するには、国家そのものがニュース価値を持っていないと駄目なのです。戦前は日本の軍部の一挙手一投足が注目の的でした。ですから日本の同盟通信社のニュースがAPとかロイターとかの国際通信社と等価交換できた。今まで日本が怠ってきた、戦後レジームからの脱却を一つ一つやると、日本の一挙手一投足は注目されると思います。
島田 歴史カードについて一言しますと、この問題に関しては中国だけではなくて、アメリカも韓国もロシアも東京裁判史観で攻めてくるわけで、いわば日本は敵対的なアラブ諸国やテロリストに囲まれたイスラエルみたいなものです。
この点に関してインドの戦略家のブラーマ・チェラニーさんが9月に国基研訪問団と会談した時にこう言っていました。「第二次大戦後、最も露骨に侵略行為を続けてきたのは中国だ。その中国から大戦前の問題を振りかざされて日本が萎縮する必要はない」と。またダライ・ラマも「戦時中にはどうしても非人道的な行為が起きる。しかし中国のチベット弾圧は平時の行為であって、質的に全く違う。勇気ある日本人ならそのことに声を上げてほしい」と言っていました。
国基研では間もなくアメリカ・プロジェクトを始める予定ですが、その重要な柱がアメリカにおける東京裁判史観を打ち破って行くことです。中国はどうしようもないとしても、アメリカあたりはきちんと議論して説得すれば、納得する人が徐々に増えてくると思います。
2007年に、日本が韓国や中国の女性を性奴隷にしたという間違った認識に基づいた慰安婦決議がアメリカ下院を通ってしまった。この時に日本政府、外務省は、日本はもう何度も謝罪しているからもうこんな決議はしないでくださいと、そんな言い方しかしなかった。それでは、やはりやったのではないかという話になってしまう。
同じ時期に、トルコに対して昔のアルメニア人虐殺を非難する決議がアメリカの下院に出された。これに対してはトルコが官民挙げて、そんなものを通したらトルコのアメリカ軍基地は撤去してもらうとか、徹底的に攻めて、その結果、決議は通らなかった。そういうことがなぜ日本はできないのか。この歴史問題も国基研の重要なテーマとして頑張っていきたいと思います。
櫻井 日本国をどのように理解してもらうか、日本国の友人をどのように作っていくかという問題意識をまず政府、外務省が持たなければならないと思います。外務省のお金の使い方を見ても、どんなメリットがあるのだろうと思うような研究プロジェクトなどたくさんあります。元民社党委員長で国基研理事の塚本三郎先生、この件についてコメントがおありでしたら。
塚本 国連で日本が常任理事国になりたいというと、真っ先に反対するのがロシアと支那です。彼らは国連の費用の2~3%しか払わない。日本は17~18%。アメリカが一番多くて22%。ところがアメリカは滞納が多いようです。従って、実質日本の納めた金で国連が動いている。にもかかわらず、日本に発言権がない。ここが一番問題ではないか。
かつて国際連盟を脱退した松岡洋右のようなやり方は乱暴としても、少なくとも一番威張っている中国やロシア並みに2~3%にしますと言うならば、もはや国連は成り立ちません。だから、どうぞ常任理事国になってくださいと中国とロシアが言いだすまでは、それ以上納めない。こうすることによって、世界中に日本の骨のあるところを見せ、また日本が頑張っているから国連が成り立つんだということを知らしめるのが一つの大きな方法だと提言いたします。
質問 中華人民共和国が果たしてこのまま拡大していくものであるのか、ソ連が崩壊してロシアになったような現象が中国では起こり得ないのか、見通しを承りたい。
櫻井 中華人民共和国がいつまで今の形で続くのかということについて予見することはできません。ただし、中国が抱えている問題が容易ならざるものであって、それが年々悪化しているということは言えると思います。中国では年間9万件くらいの暴動が起きていると思っておりましたら、中国共産党の方が「いやそれは古い統計で、今は18万件だ」と訂正されました。その原因は富の偏在にあるわけで、アメリカでさえも1%の富裕層が国民の富の20%を持っていると抗議して若者たちのデモが起きているわけですが、中国では0.4%が富の70%を持っている。しかもこの格差はさらに開きつつあるわけです。
そして中東における「ジャスミン革命」を見ますと、中国がいまだに一党独裁でいられるのは強力な軍隊と武装警察を抱えていて、国民の封じ込めに成功しているからですけれども、コミュニケーション手段の発達でどこまで武力による抑圧に人々が黙り続けるだろうかというと、私は極めて疑問だと思っているのです。人間に自由への渇望がある限り、そしてそれを後押しする技術的な環境、それは携帯電話やフェースブックといったものですが、それが発展を続ける限り、いくら中国が人民解放軍を手厚く配置して弾圧しようとしても、自由を求める国民の声を押しつぶすことはできないだろうと考えています。
そして、中国の易姓革命の在り方を見ると、中国共産党の幹部はろくでもない死に方をする時代がやがて来るのかもしれません。それがいつなのかを私は言うことができませんが、だからこそ日本が自由とか民主主義とか宗教の自由とか人道とか、そういった価値観を掲げ続け、主張し行動する国になれるようにしなければならないと思っています。
田久保 ジャスミン革命は一つのきっかけになると思います。安保理でリビアとシリアの制裁決議案に中国が反対したのは、ジャスミン革命を極度に恐れてのことです。ジャスミン革命には二つ条件がある。シビック・ソサエティー(市民社会)が育っていること。それからインターネット人口が育っていること。この二つがあると、瞬時にして数十年の独裁も崩れることがあり得ると実証された。これが中国に伝播することを非常に恐れているのは事実であろうと思います。
3月に、香港で反体制派の人の一周忌があった。3000人が集まって「ジャスミンの花咲く時」という歌を歌った。これは江沢民の愛唱歌なのだそうです。だから、これを歌っても中国当局は規制できないけれども、実は香港の反体制派の人々が大陸に送った大きなシグナルではないかと見られているのです。
質問 国基研やいろいろな保守組織の方々が集結して、次の選挙に向けて一致団結を図ってもらいたいのですけれども、そういう動きがあるのかどうかお聞きしたいと思います。
櫻井 私が時々有り余るエネルギーで発言するものですから、国基研は政治運動をする団体のように思われる方もいるのですが、そうではなく純粋な研究機関です。
ただし、私たちの心はどの研究機関より熱いものがあって、単にペーパーをまとめて発表してそれで終わりというところにはとどまってきませんでしたし、これからもとどまるつもりはありません。国益だけを考え、日本がそのために何をなすべきかという戦略を考えて、それに基づく政策を提言し、政治家の皆さん方、日本の国内だけではなくて、中国の人たちにも、韓国の人たちにも、アメリカにも、きちんと伝えるということを今までしてきましたし、これからもしていきます。
わが国で憲法改正をしよう、自主憲法を制定しようと言っても、衆参両院で3分の2の議席を取らないと駄目なのです。それは実際上あり得ないと思います。ですから第一段階は、衛藤さんが憲法96条改正議連で推進しているように、改正の発議を国会議員の2分の1でできるというノーマルなものにしていくことに集中して、その後で、9条や、家族、教育の条項について論じましょうということです。その集大成として、これは日本人の憲法ではありませんね、破棄して新しいものを作りましょうという議論も出てくるだろうと思います。
私は命のある限り、この国家基本問題研究所と民間憲法臨調のために働いて、なんとしてもこの国の根幹の姿をあるべき方向に変えたいと思っています。そしてまた、国基研が公益財団法人の認定を得られたことを私たちは非常に重く受け止めておりまして、ますます国家・国民のために民間の立場で働きなさいと言われたのだと自覚をしています。これまでにも増して、何が日本にとって一番よいのか、何が日本人にとって一番よいのか、そしてそのことが国際社会に対してどのようによい影響を及ぼすのかということを念頭に置いて、私たちの研究活動、言論活動、意見広告などを続けていきたいと思います。(了)