国家基本問題研究所は平成24年1月31日、東京・永田町の星陵会館で月例研究会「どうすべきか 金正恩の北朝鮮」を開きました。独裁者金正日の死去による金正恩体制の発足を受けて、専門家が北朝鮮情勢を論じました。パネリストは、元朝鮮労働党統一戦線事業部幹部の張哲賢(チャンチョルヒョン)氏、元駐日韓国公使の洪熒(ホンヒョン)桜美林大学客員教授(国基研客員研究員)、西岡力企画委員が務め、櫻井よしこ理事長が取り仕切りました。研究会には373人(会員297人、一般44人、国会議員4人、議員秘書5人、都議会議員1人、報道関係者4人、役員8人、スタッフ10人)が参加しました。
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櫻井 北朝鮮が大きな変化を迎えました。金正恩体制が長続きしないことは明らかで、短期に大きな変化を迎えると思いますが、その後の朝鮮半島をどうするのか。北朝鮮問題はすなわち中国問題です。朝鮮半島を中国に譲るわけにいきません。国基研は2年前から、北朝鮮に変化があったときには、少なくとも二つのことを目指すべきだと主張してきました。一つ目は韓国が主体となる「自由統一」を日本政府は米国と共に全面的に後押しすること。二つ目は、朝鮮半島に中国の介入を許さず、中国の進出を阻止し、朝鮮半島を自由と民主主義と国際法を尊重する私たちの側の国家に造り上げていかなければならないということです。私たちの側からそうなるよう働きかけていかなければなりません。そのために国基研は、自衛隊の動きをどのようにするのかも含めて提言してきました。本日は、新情勢に直面して、具体的に何をすれば良いかという議論に入っていきたいと思います。まず張哲賢さんに、北朝鮮内部情勢をお話しいただければ。
張 北朝鮮で生活していた者として自信を持って言えるのは、金正恩政権は長続きせず、崩壊するだろうということです。なぜ長続きしないのかを三つの側面から説明したいと思います。
第一は国家の状況です。かつて金正日が父親金日成から権力を世襲した時は、世界に社会主義圏が健在でした。北朝鮮の経済は南に比べて安定していました。北朝鮮は封建王朝から自由民主主義を経ずに社会主義に移行した閉鎖的な社会であるために、世襲が容易だったのです。
しかし、金正恩が金正日から世襲を受けた今は、社会主義圏が存在しません。唯一の支援者である中国さえも、改革開放の圧力をかけてきています。北朝鮮は今、経済的にも脆弱です。今日の北朝鮮には市場があり、閉鎖的でもありません。市場では、物だけでなく情報も流通します。北朝鮮の住民は市場で多くのことを知ります。コンピューターや携帯電話などの技術進歩も、閉鎖性を破るのに貢献しています。
第二に指導者の状況です。金正日が世襲した時には、金日成の権威が絶対でした。そして、金正日は後継者になることが決まってから実際に権力を受け継ぐまで、20年間も準備することができました。さらに、北朝鮮の権力を支えるのは神格化ですが、その神格化を可能にする時間的余裕が金正日にはありました。
しかし、金正恩の場合は、世襲をするなら前の指導者のカリスマ性が必要なのですが、金正日に国民の支持がありません。また、世襲の訓練期間が3年しかありませんでした。そして、金正恩は権力を握るため闘った経験がありません。権力争いや粛清を通じて恐怖の雰囲気をつくって初めて世襲体制を固めることができるのですが、金正恩はそのような過程を経ていません。神格化のためのでっち上げも不可能です。北朝鮮が韓国の哨戒艦「天安」の撃沈事件や延坪島砲撃事件を起こしたのは、金正恩を神格化しようという意図がありましたが、それは失敗したと私は見ています。
最後に、住民の状況を見てみます。金正日が世襲した時には、配給が安定していたので、命令と服従という縦の権力構造をつくることができました。神格化のでっち上げによって忠誠心を誘導することもできました。しかし、現在の住民の状況は、その時とは全く違います。まず価値観が変わりました。忠誠を尽くす価値観から、物質を好む価値観に変わりました。それは市場が生活の中心になったからです。過去には「首領を主とする組織に所属している」という連帯感を住民は持っていたのですが、現在は「自分が主人である」という考えに変わっています。そして、組織を離脱する勢力が増えています。過去には食糧の配給があったので組織を離れることができませんでしたが、今は食糧を市場に依存しているので、組織から離れる人たちが増え、「市場勢力」となっています。
金正恩政権は孤児政権で、父も母もいません。金日成が死んだ時に理念が崩れ、金正日が死んだ時に権力が崩れ、金正恩に残っているのは理念と権力の抜け殻だけです。
櫻井 朝鮮半島は今、北半分に非常に不安定な孤児の政権が生まれ、後ろ盾が誰もいない、理念も権力も物もカネもないという状況になっています。韓国や日本にとって、これは何十年かに一度しか巡ってこないチャンスなのです。このチャンスをものにして、私たちが理想とするような国造りを進めなければなりません。そうしなければ、朝鮮半島は必ず、一党独裁で言論の自由がなく、法律もない中国の支配下に入ります。このような重大局面に私たちはいるわけですが、韓国は果たしてこの自由統一の機会をものにする用意は出来ているのでしょうか。
洪 韓国は今、皆さんが見て、非常に分かりにくい状況だと思います。反共国家だったはずの韓国に(金大中、盧武鉉の二つの)左翼政権が登場して、例えば金正日を相手にして連邦制の樹立を叫ぶという、とても考えられないことが過去10年続いたわけですから、皆さんが混乱するのは当然だと思います。
韓国では今、左翼が既得権者です。韓国は現在、正直言って反共の国ではありません。報道がなぜおかしいのかというと、左翼がメディアを押さえているからなのです。本当は、韓国は皆さんが心配するほど左傾化したわけではないのですが、左翼がメディアを掌握する一方で、日本の日教組のような全教組という教員組織があります。これは韓国ではある意味で最強の政党なのです。彼らは若い世代に自虐史観を教えているのです。
われわれが大きな絵を見るとき、離れて見ないと全体像が分からないのと同様に、韓国を見るためには、少し離れなくてはなりません。時間的に離れて見ることが大事です。つまり、歴史的にとらえなければなりません。韓国は今、63年間の戦争中です。1948年に韓国が自由民主主義の近代国家として独立して以来、北朝鮮および共産主義との戦争が続いています。韓国の歴史上、かつて一番長かった戦争は39年間でした。中国の元が高麗を攻めてきた時に、高麗が抵抗して、全土が灰となるような戦いを続けたのです。今はそれよりはるかに長い63年間の戦争中です。
北朝鮮は今や滅びたも同然ですが、韓国は瀕死の敵が放った毒矢に刺されたような状況にあります。そのため韓国では、朝鮮労働党みたいな革命勢力が教員組織として教育を思いのままにしようとしているのです。63年に及ぶ戦争はクライマックスを迎えようとしており、その場面を皆さんが見ているということです。
韓国では金大中、盧武鉉時代を経て、北朝鮮の金王朝との連帯を目指す左翼が既得権者になりましたが、問題は4年前に成立した李明博政権がこの深刻さに気づかず、彼らと闘わなかったことです。4年間、左翼の既得権を徹底的に片づければ韓国を正常化できたのに、それをしませんでした。なぜかと言うと、まず歴史認識がなかったのです。それから、怖かったのです。左翼は革命を目指すような勢力ですから、とにかく乱暴です。だから闘うのが怖かった。李明博政権は卑怯だったと言えるのです。もう一つは、韓米同盟に頼り過ぎた。この63年の戦争に自分の力で勝利を目指すより、同盟国に頼り過ぎ、韓国の安全を自分で守る努力をしなかったことが大きいと思うのです。
李明博大統領が4年前に就任して間もなく中国を初めて公式訪問する前の日に、中国共産党は「韓米同盟は冷戦の遺産だから廃棄せよ」と言うのです。私が大統領なら、そういう話が出れば訪中を中止します。でも李明博大統領は中止しなかった。つまり、勇気がなかったとか、歴史認識が足りなかったとか、同盟国に頼ったとか…。韓国の、納得し難いいろいろな現象の背景を分かりやすく言うと、そういうことがあります。
昨年の夏から、韓国では一種の政変が始まっています。今日までわずか半年で、韓国の国会に議席のある政党の名前が、一つを除いて全部変わりました。これは明らかに一種の政変です。韓国では4月に総選挙がありますが、韓国の既得権を握って左翼は、12月の大統領選挙で勝ち、再び左翼政権をつくる固い決意を持っているのです。
そのためには、普通の方法では選挙で勝てないので、プロパガンダとかいろいろなことをやらなければいけないのですが、その計画は昨年のソウル市長選挙で始まりました。北朝鮮との連邦制を目指す左翼政権をもう一度韓国でつくろうという彼らの最後のあがきのような、悪辣で革命を目指すかのような行動が始まったために、議会制民主主義に反して政党が全部、選挙前に一種の政界再編のようなことを始めてしまったというわけです。
「アラブの春」で民衆はどういう手段を用いたかというと、選挙や政党を通じた議会民主主義ではなくて、携帯やツイッターなどで大衆に呼びかけて、大衆の物理的な力で国会を包囲して、自分たちが望む方向に持っていくという、直接民主主義的なやり方です。
誰もはっきりと気づかぬうちに、韓国の左翼は政治体制を変える手段として、アラブの春のようなやり方を用いようとしている。自由民主主義の韓国にこのやり方が広がるのか私は注目していますが、そういう状況に韓国は置かれている。ただ幸いなことに、左翼を徹底して操る自信を持っていた金正日が死んだ。これは本当にありかたいことです。
櫻井 洪さんが言ったのは非常に重大なことです。私たちは北朝鮮有事の際に韓国主導の自由統一を念願してきたわけですが。肝心の韓国の国内で左翼が力を持ち、北朝鮮をむしろサポートするような、あるいは中国の動きに乗っていくような、私たち日本が目指す方向と全く反対の方向に行ってしまうかもしれないという状況に韓国はあるわけです。日本はこのことをはっきりと認識しておかなければ、危ないと思います。2009年に米韓両国が韓国の自由統一を目標とする共同宣言を出し、日本はそれを後押しすればよいと思っていたら、肝心の韓国の足下が崩れていくのではないかという危機的状況が生まれているのです。
ソウル市長選挙では、左翼中の左翼が当選してしまいました。4月の総選挙では左翼勢力が勝つだろうと言われています。12月の大統領選挙でも、このままいけば左翼の候補者が勝つのではないかと思われている。そのような事態に私たち日本国は耐えられるのか。朝鮮半島は歴史的に見て、中国にとっても正念場、日本にとっても正念場なのです。中国は、歴代の王朝は朝鮮半島の問題によって滅亡の端緒が開かれたと考えている。日本は、朝鮮半島の安全こそが日本の安全と考えている。ここは私たちが絶対に負けてはならない闘いなのです。朝鮮半島の重要性、北朝鮮の重要性をどういうふうに理解し、どういうふうに私たちに有利な方に持っていくか。「私たち」とは日本人だけではなく、民主主義や自由を尊重する全世界の人々のことです。そうした人々のためによい方向に持っていくにはどうすべきかを、真剣に考えなければならないのです。
西岡 韓国の状況について一言言うと、左翼勢力が表面に出てきたことは事実ですが、彼らは革命に命懸けで出世もおカネも否定する職業的革命家ではなく、偽善者です。今の左翼は良い暮らしをしている。「江南(カンナム)左翼」と呼ばれ、ソウル市内を流れる漢江の南の高級マンションに住み、非政府組織(NGO)の活動をしながら韓国政府から補助金をたくさんもらっている。財閥からもたくさんおカネを取って、フランス料理でも食べながら韓国を批判している。
しかし、そういう人たちは最後には弱いのです。うそつきで卑怯ですから。過去に革命運動をやっていた人たちは、左翼政権で権力を取って良い暮しをしているのです。今が絶頂期ですが、彼らの力はこれ以上伸びない。最後のあがきで表に出てきたというのが今の状況ですけれども、彼らはうそつきですから、うそはいつかばれるのです。
拉致問題を考えるときも、真実とうその闘いなのだというふうに私は整理したいと思います。金正日は「拉致はない」と言っていました。しかし、「拉致があるかないか」の闘いでわれわれは勝ちました。金正日に拉致を認めさせました。しかし北朝鮮は10年前に、「拉致はあった。しかし、13人しかいなかった。そして5人を返し、8人は死んだ。だから金正日が拉致を認めた段階で拉致は解決済みだ」という新たなうそをつきました。そのうそをどう突き破るのかがわれわれの眼目です。
彼らはもっとうそをついています。拉致被害者は世界12カ国に及ぶことが分かっています。そして拉致を命令したのが金正日で、金正日が拉致を命令したことが分かってしまうような横田めぐみさんや田口八重子さんたち拉致被害者を、生きているのに「死んだ」と言ったことも分かってきました。
韓国人も多数拉致されていて、韓国の被害者家族が立ち上がり始めました。「救う会」のような、家族以外の支援運動も遅ればせながら起きつつあります。金正日は拉致をし、テロをしたのです。自国民を300万人殺したのです。韓国は独立の時点で、自由民主主義を選択して国民を幸せにしたのです。偽善者の左翼が豊かな暮しができるくらいの自由で民主主義の、豊かな国を造ったのです。その韓国がうそつきのテロリストが個人独裁する北朝鮮の支配下に入るということは、あってはなりません。そんなことが起きれば、うそに真実が負けたということです。
拉致をした首謀者が死にましたが、その息子金正恩はいまだに「父親のやったことは全て正しかった。われわれに変化を期待するな」と言っています。金正日のやったことを、寸分違わず変えてはならないというのが、金正恩政権です。死んだ金正日が支配しているのです。金正日が決済したものは、金正恩でも変えられないのです。なぜならその書類の決裁によって、自分が権力の地位に就いたからです。金正日と金正恩は闘っていないのです。うその上に立っている政権が、韓国民をだまして、韓国を一時的におかしくしようとしているのです。そしてその後ろに、一番のうそつきの中国共産党がいるという構造です。
島田洋一福井県立大学教授(国基研企画委員)から聞いた話ですが、実は冷戦時代に米国でも「ソ連に勝てないだろう」と思う人たちが多数派だった。レーガン大統領がソ連を「悪の帝国」と呼んだ時、「ソ連を倒す戦略は何か」と聞かれ、「われわれは勝つ。彼らは倒れる。これが戦略だ」と答えた。つまり、彼らは悪だから、うそつきだから倒れると言ったのです。テロリストやうそつきや悪魔が世界を支配することを私たちは認めてはならない。「我々は勝つ」と言ったレーガンが任期を終えた後、ソ連は倒れたのです。われわれも、うそつきは負けるという信念を持った人たち、韓国の自由統一を信じる韓国の保守派や脱北者の人たち、心の中で自由民主主義を求める北朝鮮の市場勢力、自由民主主義を目指す中国の人たち、中国共産党にひどい目に遭わされているウイグル、モンゴル、チベットの人たち、そのみんなでうそつきと闘えば負けない。その流れの中で拉致も解決しなければいけないと思います。
張 金正恩政権にどのように対処すべきか。まず、呼び方を整理する必要があります。金正恩を国防委員長だとか中央軍事委員会副委員長だとか呼んではなりません。なぜなら、北朝鮮は神格化国家ですから、指導者に対する外部からの呼称を変えることによって、「世の中が変わった」ということを北朝鮮の権力層に実感させることができます。
2番目に、過去には首脳会談を目標に南北対話をしたとするならば、今後は高位層の幹部同士の会談を提案すべきです。今、北に必要なのは時間です。その中で権力を再整理して一人独裁体制をもう一度築こうとしているのです。そのようなことをさせないために、トップ会談ではなく、高位層の幹部同士の会談を提案すべきです。高位層の会談を提案して北朝鮮に圧力をかけることは、北朝鮮の集団指導体制に圧力をかけることになります。なぜそれが重要なのかと言うと、北朝鮮はこれまで集団指導体制の経験がありません。北朝鮮の高位層の人たちが政策の討論をすれば、それが政策の対立になり、内部矛盾に転化する。金正日の生存中は決定権を持つのは彼一人だったわけですが、今はそうではなくなった。従って、現在は金正恩を看板にした集団指導体制に行かざるを得なくなってきているのです。北朝鮮を変えようとするならば、われわれがまず変わらなければならない。金正日政権の延長線で金正恩政権を見てはならないのです。
3番目に、北朝鮮の最大の弱点は二重権力構造です。この二重権力構造は、金日成と金正日の間の権力の葛藤から始まったと見てよいと思います。金日成が金正日に権力を譲渡したと考えるのは誤解です。金日成は当初、金正日を後継者にしようとしましたが、その後、金正日に権力を奪われ、晩年には金正日との間で親子の深刻な対立がありました。
金日成は国家主席と党総書記の職位を保っていましたが、これは名目に過ぎなかった。金正日は党の組織指導部を握り、自ら組織指導担当書記になって唯一指導体制を構築したので、そこが全権力を握り、党総書記や国家主席は形だけの存在になりました。94年に金日成が死にましたが、形だけの存在がいなくなっただけなので、混乱は起きませんでした。
当時、北朝鮮には二つの権力がありました。一つは、党総書記、国家主席を中心とする象徴的な権力。もう一つは、党の組織指導部を中心とする実際の権力です。北朝鮮で公的な職位に就いている人たちはシンボルに過ぎず、実際は組織担当書記の金正日によって全ての権力行使がなされていたのです。金正日は個人独裁のために、権力を分散する政治を行いました。一方には、公的な職位、肩書きは与えるけれども実権は与えない。他方には、実権は与えるが公的な肩書きはない。金正日が死んだ後、葬儀委員会の名簿の序列を見て、北朝鮮の権力を占うのは間違いです。高い序列にある人たちは象徴的な肩書きをもらっているに過ぎず、実際の権力は張成沢を中心とする党組織部が握っています。現在の北朝鮮は張成沢を中心とする核心集団指導体制とみることができます。ここに矛盾があるのは、公的な地位にいる人たちと実権を握る者が違うことです。ですからわれわれが公的な地位にいる人たちとの対話を要求すると、その人たちと実権者との間で矛盾が生まれる。そういうふうに誘導すべきだと思います。
櫻井 去年12月19日の金正日の死去発表以来、日本の新聞で、今のような権力の在り方について言及した記事は読んだことがありません。張さんがこのようなことを知っているのは、金正日の下で北朝鮮中枢部に長年いた経験からでしょう。表に出てくる人と実権を握る人が違い、唯一決定を下すことのできる人がいなくなり、集団指導体制を作らねばならなくなった北朝鮮を、分断するためのアプローチ。こうしたことを日本は一つの知恵として使うべきでしょう。北朝鮮の内部分裂を誘うことにより、金正恩体制を早く終わらせるためには、中国にどう立ち向かうかという大きな問題もあります。われわれは中国をどのように見るべきでしょうか。
洪 北朝鮮では今、金正恩に関してすさまじい偶像化キャンペーンが行われています。まだ30歳にならない〝子供〟を「父上」と呼ばなくてはならない。80歳を超えた将軍らが、金正恩を父上と呼ぶ。こういう話にならないことを認めて、それをなんとかしようというのが、中国共産党です。先ほど63年間の戦争中であると言いましたが、敵のこと知らないと戦争に勝つことはできない。そして、敵の同盟について知らないと勝てない。
かつてニクソン・ショックがありました。キッシンジャーがある日突然北京に現れ、ニクソン大統領がソ連と中国の間に楔を打ち込んだのですが、その前と後では中国の国際的立場が変わりました。ソ連封じ込めのために米国から一人前の扱いを受けて、その後はあまりひどいことができなくなりました。モスクワも北京も、資本主義や自由主義体制の打倒という目標に変わりはないものの、大人として行動するために、本当に汚く危険な悪いことは下請け業者に任せるようになる。東西冷戦の時に、一番汚い危ないことをやらされたのが平壌だったのです。中国が世界に核を拡散させる手段として利用したのが北朝鮮やパキスタンだったように、中国の一番の手先として北朝鮮の存在があったことを、われわれは敵に対する認識として押さえておくべきです。
昨年、カダフィが殺される前にリビアにいろいろ提供された武器の中に、北朝鮮からのものもあったと報道されました。金正日が権力を握った後、北朝鮮とリビアは軍事同盟を結んだのです。北朝鮮はキューバとも軍事同盟を結んだ。中国はなぜリビアともキューバとも軍事同盟を結ばないのか。これはアメリカに対する軍事同盟ですから、中国としては、大人のふりをするためには軍事同盟は都合が悪いので、金正日を使ったのです。
63年間の戦争を振り返ってみれば、中国が核拡散などを直接やらずに北朝鮮にやらせたということで中朝の同盟関係は強くなったという背景があります。北朝鮮問題は結局、中国問題なのです。北朝鮮の2000万住民を解放するためには、ある意味で中国との一戦も辞さないような覚悟が必要ですが、相手が中国ですから、韓国だけでは力が足りません。ですから韓国は何があっても日本や米国と一緒にこの野蛮な体制と戦うということです。
もう一つ、中国が将来、米国の覇権に挑戦できる超大国になるのではないかという議論が多いのですが、これは敵のことが分からない暴論だと思います。皆が今、中国の力を怖れるのは、過去20年間以上、2桁の経済成長を続けてきたためですが、実はこれが中国の弱点です。
中国が成功したことで「中国モデル」という言い方がありますが、それはそもそも存在しません。鄧小平は朴正煕元韓国大統領の「漢江の奇跡」や「圧縮成長」を真似しただけです。輸出主導型の経済発展戦略が韓国で成功するのを見て、それを借りたというのが、いわゆる中国モデルです。問題は、韓国がやったモデルは25年ほどたつと壁にぶつかることです。非常に低いレベルの経済発展段階では、輸出主導型の経済戦略は大きな効果がある。でも、これはやがて政治社会を変えるので、この経済的な発展が次に政治社会に負担をもたらすわけで、根本的な戦略の変化が必要です。中国共産党はまだこれに気づいていないと思う。
われわれは北朝鮮、中国、中朝同盟を相手に戦うときに、相手の置かれている立場を冷静に見なくてはならない。西岡さんが言うように、うその政権だから打ち破るのは難しくない。けれども、先ほど言いましたが、歴史意識、勇気、自由を守るという自覚が一番大事です。
櫻井 そこで、日本はどうすべきでしょうか。
田久保忠衛副理事長(会場から) 冷戦が終わって20年たち、ようやく分かってきたのは、自由、民主主義、法治、人権といった普遍的価値観に従う国と従わない国があり、ここに一線が引かれる世界になり始めたのではないか、ということです。
韓国海軍の天安艦が撃沈された時、米国と韓国が北朝鮮非難の国連決議を出そうとしたが、中国が反対したから出せない。最後に議長声明が出たが、北朝鮮の名指しすらできない。こういうことが許されるのか、ということです。イランの制裁に一貫して反対してきたのも、中国とロシアです。
ブッシュ政権が「悪の枢軸」と呼んだ北朝鮮、イラン、イラクのうち、イラクはひとまず民主化し、今は北朝鮮、イラン、シリアが三つの主要な独裁国です。中国は北朝鮮、イランだけでなく、シリア制裁にも反対し、その中国にくっついているのがロシアです。中国とロシアは国連安保理の常任理事国で、会社でいえば取締役会の、代表権(拒否権)を持つ2人の重役です。世界はどうも一つの線で分かれつつあるのではないか。
「中東の春」でアラブの独裁者が倒れた。モスクワにも影響が現れ始めている。プーチンは大統領にはなるだろうが、反対派が出てきている。これは一体何だろうか。法治、人権、民主に関し、人々が何か気づき始めたのではないか。中東の春には特徴が二つある。ある程度の文明度の高い層が育っていることと、インターネットの普及です。世の中が透明になり、隠し事ができなくなってきている。日本はこの動きの旗手になるべきではないかと思います。
櫻井 日本の人口は50年後に8000万人に減ると新聞は悲観的に書いていますが、心配する必要はありません。8000万人になっても、今の英国やドイツより多いのです。日本は普遍的価値観を世界に広げていけばよいのです。ただ、日本は他の民主主義国と違って、いざという時に国を守り、敵を攻撃する武力を持っていません。言葉だけの民主主義でよいのか、日本人が真剣に考えなければならないことです。
西岡 拉致問題は世界が二分されつつあることと関係があると思います。2002年にわれわれは北朝鮮に拉致を認めさせて、一度勝った。その背景には、ブッシュ大統領の「悪の枢軸」演説がありました。中国共産党が出先として使っているパキスタン、イラン、イラク、北朝鮮が核武装し、大量破壊兵器を持とうとしている。その兵器がテロリストに渡ることは、世界の普遍的価値観からして許せない。テロ支援国家が大量破壊兵器を所有して米国や同盟国を脅かしたり、それをテロリストに渡したりするのを防ぐことが、対テロ戦争の目標だとブッシュ大統領は有名な「悪の枢軸」演説をしたのです。普遍的価値観の側に立って演説をしたら、金正日が震え上がった。北朝鮮は核開発をしていたのです。
田中均さんという元外務審議官がいます。私はあの人に大変腹立たしい。彼は、小泉純一郎首相の訪朝を仕切ったとか、拉致被害者5人を取り戻したのは自分だとか、したり顔で解説をしています。彼の話では、2001年10月くらいから北朝鮮と秘密交渉を始めたといいます。その年9月に米国で同時多発テロがあり、10月にアフガニスタンとの戦争が始まった。パキスタンは米側についた。米国の軍や情報機関がパキスタンに入って、核技術をアルカイダはじめ誰かに出していないかチェックをした。すると北朝鮮にウラン濃縮技術を教えていたことが分かった。その証拠を米国は握った。北朝鮮が大量破壊兵器を開発していることが分かったので、2002年1月の「悪の枢軸」演説となった。
一つのうそがばれたから、金正日は震え上がり、田中さんに泣きついて裏交渉をし、日本を米国の側から引き離そうとした。田中さんは、自分が秘密交渉をうまくやったから小泉訪朝がうまくいったと言っていますが、金正日はブッシュ大統領が棍棒を振り上げている姿を田中さんの後ろに見ている。田中さんは後ろに目がないから、自分がうまくやったと思っている。北朝鮮が拉致を認めるということは、普通はあり得ないことで、金正日は怖かったのです。このまま行くと、米国は北朝鮮に戦争を仕掛けてくるかもしれない。あるいは、徹底的な金融経済制裁を受けるかもしれないと思って、日本に抱きついたわけです。そのとき田中さんは、金正日におカネをやることを優先した交渉をした。
金正日は拉致を認めた。小泉さんが訪朝した時、首脳会談開始前に北朝鮮は8人死亡という紙を出してきた。私だったら「証拠を出して下さい。特別機があるからご遺骨を持って帰ります」と言うが、田中さんは平壌で死亡確認作業をしなかった。紙一枚をもらい、それを東京に送っただけ。日本政府は東京で家族を呼びつけ、「亡くなりました」と断定調で伝えた。それも、平壌宣言の署名時まで家族への通報を延ばして、すぐに「死亡情報」を伝えなかった。
田中さんがやった平壌での死亡確認作業は、横田めぐみさんの娘のキム・ヘギョンさんに、外務省の役人が「お母さんは死にましたか」と聞いただけなのです。ヘギョンさんはめぐみさんのバトミントンのラケットを持ってきたが、外務省の役人はそのラケットを借りてもこない。写真も撮らなかった。横田さんの両親に連絡し、「このメーカーのものですか」と聞きもしなかった。
ヘギョンさんに会った外務省の役人は当時、在英日本大使館の公使でしたが、田中さんはその役人をすぐにロンドンへ返そうとした。当時の安倍晋三官房副長官などのおかげで横田さんのご両親らがその役人に会うことができたから、「日本政府は死亡を確認していない」ということが確認できたので、平壌宣言の発表がそのまま国交正常化交渉に進まないで、拉致は未解決だと主張することができた。危なかったのです。
うそつきの側についたのが田中さんだということです。米国は田中さんについて大変に怒った。それは拉致のことではなく核のことです。米国は小泉訪朝の直前に、ブッシュ大統領から直接小泉さんに「パキスタンから北朝鮮にウラン濃縮技術が出ていて、北朝鮮は国際社会を裏切って核開発を続けている」と伝えたのです。しかし、平壌宣言には「北朝鮮はミサイルと核について、国際的約束を守っている」と書かれていた。同盟国の大統領が言ったことよりも、金正日が言ったことを信じて、小泉さんに平壌宣言に署名させたのは、田中さんです。だから米国は怒って、ケリー国務次官補を10月に平壌へ送り、北朝鮮がウラン濃縮を行っていることを暴露した。
拉致問題も、テロと戦う自由民主主義の側が協力して、強い圧力を皆でかけることなしには、被害者5人さえ取り戻せなかったのです。われわれが米国に行ったら、ブッシュ政権から大変良い待遇を受けました。それは、一つには拉致被害者を人質に取られている家族が「北朝鮮に制裁をしてくれ」と言いに来たからです。
テロとの戦いをしているから、米国には分かります。テロは卑怯なことで、人質がいつ殺されるか分からない。人質が殺されるかもしれないのに、家族が米国に行って、「穏便にしてくれ」ではなく「制裁をしてくれ」と頼んだ。ブッシュ大統領は、テロとの戦争で先頭に立って戦っている被害者家族が味方であり、田中さんのようにごまかす人は敵だと思った。世界が二つに分かれている。それは国と国とだけではなく、国の中でも分かれている。われわれ国家基本問題研究所は自由民主主義の側に立っていること、そして北朝鮮や韓国から来てここにいる人々もそうだということを、強く言いたいと思います。
質問(会場から) どうしたら日本は真の独立国になれるか。日本を守るにはどうしたらいいかを知りたい。
櫻井 二つのことをしなければいけないと思います。一つは国民教育です。日本国の歴史をきちんと学ぶことです。もうは日本国の土台を作り替えて、日本をまともな国にすることです。それには憲法改正を実現するしかありません。
質問 北朝鮮が改革開放をすると、金正日の政策の全否定となり、北朝鮮の崩壊につながると思います。北朝鮮は改革開放をどのようにとらえているのでしょうか。
張 北朝鮮が改革開放をするなら、とっくにやっています。全面的な改革開放はないと思います。ただ、統制されたごく一部の地域、例えば新義州や羅先で改革開放の実施はあると思います。
それは権力の属性とも関係があるのですが、北朝鮮の権力層の中では、金正日の死後、従来の金正日に対する忠誠心が、中国に対する事大主義に変わっていくのではないかと思います。中国としても、今までは(改革開放を拒否する)金正日に頭を痛めてきたので、金正日が死んだ機会に、金正恩のしつけをしようとして、改革開放への強い圧力をかけると思います。その結果、ごく一部の統制された地域で改革開放が行われるかもしれないという小さな期待をしています。ただ、権力の安定を優先し、安定の程度に従って政策を取るだろうと思います。権力の安定ができなければ、それはしないと思います。
質問 張さんは北朝鮮の公的な地位にある人にアプローチすべきだという意見でしたが、金正恩の叔父の張成沢が実権を握っているなら、それは難しいのではないでしょうか。
張 先ほど私は、理念の抜け殻、権力の抜け殻だけが残ったと言いました。金正日は権力を持っていただけでなく神格化されていた。今、権力の空白化だけでなく、神格化の空白も生まれています。張成沢は過渡的な権力は持てるかもしれませんが、神格化されていません。それは大変な違いです。そこにわれわれは変化を期待しなければならないと思います。
質問 体制が変わるためには軍がポイントになると思いますが、軍が割れる可能性はありますか。
張 軍は強硬派で、ほかに穏健派もいるという見方は間違っています。北朝鮮は政策的な対立がなかった国です。強硬派と穏健派がいて、それぞれの組織を代表して対立があるとすれば、それは既に北が自由民主主義国になったことになります。北の軍隊は朝鮮労働党の武器にすぎません。軍事体系と政治体系の二重の構造で軍を支配しているために、北朝鮮で一番力のないのが軍だとも言えます。軍を掌握しているのは党の組織指導部です。権力が崩れるなら、軍も方向性をなくし、どこに向かえばよいのか分からなくなる。そうなった時、彼らは独自に判断して行動を起こせるか。今までそんなことを一度もしたことがないので、できないと思います。韓国に亡命した故黄長燁元朝鮮労働党書記も、北朝鮮で一番力のない部署が軍だと話していました。
櫻井 軍が党の組織指導部に指導されているとして、組織指導部を割るためには、実権を握っている人たちと地位だけ持っている人たちの両方に働きかけるべきだということですか。
張 拉致問題ではその通りだと思います。日本が拉致問題をうまく進展させられない理由の一つは、今まで公的地位にいる人たちだけと交渉してきたからです。
櫻井 北朝鮮の軍は120万人と言われていますが、その実力はどのくらいとみたらよいのですか
張 北で言われている数字は200万人です。これは人民保安省(一般警察)、国家保衛部(政治警察)なども含んだ数字です。その200万人よりも強い部隊があるとすれば、党の作戦部の7000人です。一般の軍隊では、部隊長と政治委員に権限を分散させているし、部隊長が自分の部隊を掌握できないように、しばしば交替させます。そして、一般の軍の一番上には党の組織指導部があります。一方、作戦部は、呉克烈部長が20年以上同じ地位にいて、手塩にかけて育てています。これが北朝鮮の軍隊の実態です。しかし、北は核を持っており、そのような国に対して警戒を怠ってはなりません。
洪 北が核武装をやめられない理由は、軍の近代化が不可能だからです。西側のような軍事技術革命は不可能なので、非対称戦略で核兵器や特殊部隊に頼らざるを得ない。経済的な母体がないので、結局は核兵器を持たざるを得ず、絶対に放棄できない。核を持った以上は、外から誰も攻撃できなくなるので、挑発をしても全面的な報復を受けない。つまり、北は自分たちが核武装をすることで、韓国、日本、米国に対して軍事的な兆発ができる。そういう側面はあります。
質問 北朝鮮や朝鮮半島問題を論ずる日本のメディアや、大学の教授、評論家はたくさんいますが、国基研を除くと誰が実際に正しい意見を言っていますか。
西岡 北朝鮮内部のことは内部にいた人から学ばなければいけないのですが、大半の学者や評論家はそのように学ぶ姿勢がありません。北朝鮮の公式メディアに何が書いてあるのか、細かいことには詳しいのですが…。もう一つ、大半の学者や評論家には価値観がない。だから、言うことはまるで天気予報なのです。雲が出れば雨が降るだろうとか、太陽が出ると暖かいだろうとか。しかし、朝鮮問題で大切なのは、どうなるかではなくて、どうするか、です。だから、固有名詞は挙げませんが、世界が二つに割れる中でどちらの側につくのか、しっかりした価値観のある人しか信用できないと思います。
洪 私が不思議に思うのは、日本には今も、日朝平壌宣言を履行すべきだと言う人が多いことです。日本は北と共同宣言を二回出しています。一回は金丸信さんが行った時、それから小泉さんの時です。二つの宣言とも、朝鮮総連を支援すべきだという条項が入っています。それに気づいている人があまりいない。在日朝鮮人について北が求めたものを、日本側が丸のみした結果です。
それから歴史意識、価値観です。私は、中国が実はハッタリだと思うのです。先にも話しましたが、ああいうタイプの高速成長はせいぜい25年で終わりです。これは人間の歴史が経験していることで、中国ではいろいろな問題の発生で既にそういう兆しが見え始めています。そういう歴史認識を持つことが大事です。
そういう意味で、私は韓国の子供たちに話をすることがあるのですが、非ヨーロッパ文明の中でどこが強いのかいうことです。今、世界で人口5000万人以上の国で1人当たり国内総生産(GDP)が2万ドル以上の国は、韓国を入れて7つしかありません。韓国のほかは、米国、日本、ドイツ、フランス、英国、イタリアです。この7カ国が世界を動かしているのですが、日本と韓国にはそういう意識がないのです。野蛮な中国共産党が非ヨーロッパ文明を代表する、などという話をするから困ります。私は、世界史的にみて日本と韓国は頑張らなくてはいけないという話を韓国の若者にするのです。
もう一つ私が言うのは、尊敬する政治家として、あの左翼の盧武鉉前大統領でさえリンカーン大統領を挙げたのです。奴隷を解放したからです。リンカーンが解放した奴隷は約400万人だったと聞きます。もし日本と韓国が北朝鮮の2000万人を含めてアジアの奴隷を自由にできれば、リンカーン以上の業績になります。
櫻井 アジアの奴隷は北朝鮮の2000万人だけでなく、中国に閉じ込められているチベット人、ウイグル人、モンゴル人、反体制派の人々もいることを忘れないでおきたいと思います。
質問 本日の話は中国や韓国の民間レベルでどのくらい共有されているのでしょうか。
西岡 韓国では急激に自由統一論が広がりつつあります。韓国ではこれまで、統一すると負担が大きいので、北朝鮮を中国に任せ、中国が豊かにしてくれた後、韓国が統一すればよいという声が保守派の中でもかなり多かったのです。しかし、欧州で一番経済成長しているのは統一ドイツであり、統一は負担ではなく機会だということが分かってきたのです。今、韓国の若者は失業率が高くて行き場がないのですが、自由統一をした後、フロンティアが生まれ、高度成長が再び可能だという希望を持つ者が増えている。韓国の問題は、そういう議論を代表する政治勢力がないことです。自由統一を掲げて、北朝鮮や親北勢力をたたけという国民運動はありますが、まだそれを代表する政党がないのです。
実は、国基研も韓国の自由統一の動きに一石を投じたのです。2009年の9月に、韓国による自由統一を日本の戦略目標にして、中国共産党の半島支配を防げという提言を出したところ、韓国で話題になり、韓国の保守派の複数のメディアがそれを全文紹介しました。韓国では、日本は隣の国が強くなるとよくないから、朝鮮半島の分断を望み、北朝鮮に援助しようとしているのではないかという見方が強かった。しかし、実はそうではなく、日本の保守も価値観外交を支持することが国基研の提言で分かってきた。それもあって、やはり韓国は価値観外交でいくしかないという動きが出てきています。残念なことに、まだその政治勢力がない。しかし、韓国の保守派の中で、自由統一を目指す政治勢力をつくらなければならないことが真剣に議論されています。4月の総選挙には間に合わないかもしれませんが、12月の大統領選挙にはそのようなものが形になる可能性も十分あるのではないかと思います。
櫻井 正直言って、中国の一般国民は韓国による朝鮮半島の自由統一についてあまり考えていないと思います。中国の恐らく次のリーダーになる習近平国家副主席の背景を見ると、江沢民前国家主席の流れを受けています。中国共産党は金正日の死去で、常務委員9人全員がいち早く弔問に行きました。常務委員会というのは日本でいえば内閣に当たります。内閣総理大臣以下全閣僚が弔問外交をしたということです。
中国の考えることは大きく分けて二つだと思います。一つは、北朝鮮が混乱して難民が押し寄せてきたら困るということです。北朝鮮との国境地帯に中国籍の朝鮮民族がたくさん住んでいて、この人たちが動揺する。そして、その動きがチベット人、ウイグル人など他の民族の動きに連動して、中国の国内の安定が失われる。その意味で難民流入をものすごく恐れています。そのため、北朝鮮の国民がどんなに苦しもうが、飢えて死のうが、弾圧されようが、とにかく北朝鮮の国内を今のままにしておきたいという考えが一つあります。
もう一つは、この機会に北朝鮮に中国の影響を及ぼさずにはおかない。歴史的に見ると、朝鮮半島の動きによって中国の歴代王朝が倒れてきたという意識が中国人にある。彼らにそのような意識がある限り、朝鮮半島を自分たちのコントロール下に置かなければならないと考える。直接的に支配するのか間接的に支配するのか、形はいろいろあると思いますが、とにかく朝鮮半島を中国の属国にしなければいけないということです。中国は(金正日の長男)金正男を押さえていますから、金正恩がダメになった時に、日本のディズニーランドに行きたいといって入国したあの太っちょの人を使って北朝鮮を思うままにしようという考えも持つでしょう。そして、いかなる体制になっても北朝鮮を絶対に米国や韓国の支配下には置きたくないし、ついでに韓国にも影響力を及ぼしたいというのが中国の戦略だと思います。
だからこそ私たちは、北朝鮮問題は即、中国問題であり、北朝鮮問題は21世紀の今の問題ではなく、聖徳太子の時代からわが国がずっと考えてきた対中国政策の延長上にあると考えなければいけないのです。私たちは、朝鮮半島は日本国の運命と重なる部分があるという意識を持って、日本に慰安婦問題を突きつける愚かな大統領が韓国にいても、韓国を支持しなければならないと思っています。
島田洋一企画委員(会場から) 米国の場合、原則的にしっかりしたハードライナー(中国や北朝鮮に対する強硬派)が政権の中枢にいる時は、日本として黙って聞いてればよいのですが、宥和派が政権の中心にいる時は、日本や韓国がはっきり注文を付けないと、どんどんおかしな方向へ行ってしまうという問題があります。実際、北朝鮮のテロ支援国家指定をブッシュ政権が解除した時、チェイニー副大統領は日本人拉致問題があるのに指定を解除したら日本との関係がおかしくなると強く主張した。ところがライス国務長官が「いや大丈夫、日本政府も指定解除に問題ないと言っている。ただ、日本国民にきちんと説明する時間が必要なので24時間だけ解除を待ってくれと言っているのだ」と発言した。チェイニーは、日本世論がこの問題に関して非常に厳しいとシーファー駐日大使から聞いていたので、国務長官の発言はおかしいと思ったけれども、交渉を担当している国務長官がそう言うので、それ以上言えなかったと回顧録に書いています。当時の福田政権がテロ支援国家指定解除に反対とはっきり言っていれば、チェイニーなど強硬派も勢いが出て、指定解除はなかったかもしれないのです。米国は放っておけば国務省主導で宥和的な方向へ行きかねないのですが、原則的にしっかりした人もいるので、そういう原則派をわれわれがバックアップする声を日本と韓国外から常に出していかないといけないと思います。
櫻井 今、日本国政府は何をすべきか、日本政府に何をしてほしいか、張さんから一言。
張 北朝鮮に変化を要求する前に、日本政府が変わらなければなりません。拉致問題では、公的な立場にいても拉致について何の権限もない北朝鮮の外務省の人間とだけ交渉するのではなく、拉致を担当している工作部署の人間と話ができるように迂回的な方法も使うべきだと思います。また、金正恩集団指導体制に対して「新しい指導部」という用語を使うことによって、あなたたちは過去の責任から自由だという空間を与えてやるようにしなければなりません。北朝鮮も対外問題を使って内部の混乱を収拾しようとすることはあり得るので、日本との協議に応じてくる可能性は十分あります。
櫻井 こうしたことは私たちのメッセージとして発信し、必ず日本政府に伝えたいと思います。今、わが国は正念場に立っています。今ほど政治が混乱して、政治的な力を発揮できない時期は珍しいと思います。日本をめぐる状況は大きく変化し、その中で日本はアジアのリーダーになることを求められています。アジアが今、世界の渦の中心になっています。ビルマ(ミャンマー)を含む多くの国が民主化に動こうとして、中国でも年間20万件に上る暴動が起きています。中国の内部矛盾はこれからもっと大きくなって出てくると思います。中国が力を落とすきっかけになるかもしれないことはたくさんあるわけで、その中で私たちがアジアのリーダーになり、世界に21世紀の理想的な国とはこういう国だというモデルを示す歴史的な蓄積、実力、心がわが国にはあるのです。日本人は自信を取り戻さなければならないと思います。国基研は日本再生の最先端に立って、必ず日本がアジアのモデルの国になれるように、そしてアジアの指導国になれるように、頑張っていきます。(了)