膨張を続ける中国の脅威を前に、日本とインドはどのような協力体制を築き上げていくべきか---昨年から共同研究を続ける国家基本問題研究所とインドのビベカナンダ国際財団(VIF)は6月3,4日の両日、東京・平河町のJA共済ビル・カンファレンスホールで中間報告会を開催した。2日間にわたった報告会のうち、4日午後は一般公開シンポジウム「日本とインド いま結ばれる民主主義国家~アジア太平洋の安全と安定のために」として双方のパネリストが熱のこもった討論を展開した。
冒頭、安倍晋三・元首相が登壇、自由と民主主義、そして基本的人権という価値観を共有する日印の二国間関係強化を訴えるスピーチを行った。討論会は櫻井よしこ・国基研理事長がモデレーターとなり、アジット・ドバル所長(元インド情報局長官)、田久保忠衛・国基研副理事長がそれぞれ基調講演を行った。
登壇者はVIF側からP・P・シュクラ副所長(元ロシア大使)、N・C・ビジ元国家災害管理局長官(退役陸軍大将)、ラーマン・プリ元東部海軍司令部司令官(退役海軍中将)が参加した。国基研側からは平林博・日印協会理事長(元駐印・仏大使)、川村純彦・川村研究所代表(元海将補)、島田洋一・国基研企画委員(福井県立大教授)が登壇した。このほか会場から渡辺周・防衛副大臣、伊東寛・サイバーセキュリティ研究所長、山田吉彦・東海大教授、金田秀昭・岡崎研究所理事らが討論に加わった。
VIFは、ニューデリーに本部を置くシンクタンクで、情報機関出身者、退役軍人、元外交官が組織の中枢を占め、安全保障や国際関係分野で研究や報告、提言を行っている。19世紀末から20世紀初頭のヒンズー教の宗教改革者で、哲学者のビベカナンダを信泰する団体が母体となっている。
シンポジウムのPDFは、こちらよりダウンロードしてください。
価値観を共有する日印の関係強化を
櫻井 今日はまず、日本とインドの架け橋の一人、元総理大臣の安倍晋三さんにお話をしていただきます。
安倍元首相 世界最大の民主主義国家インドは、戦後一貫して、親日的な感情を抱いてきました。日本にとって極めて重要な国です。また、日本は、エネルギーの多くを中東に依存しています。そのエネルギーはアラビア海からインド洋を通って、日本に輸送されますから、日本のシーレーンにおいても、インドは地政学的に極めて重要な位置にあります。
2000年に森喜朗総理がインドを訪問して、「グローバルパートナーシップ」関係を結び、私がシン首相の訪問を受けた2006年に、これを「戦略的グローバルパートナーシップ」関係に格上げしました。戦略的という冠をつけた意味は経済だけではなく、安全保障や、エネルギーについても、両国が提携をしていこうということです。
中国がこの20年間、軍事費を10%以上増やしてきた結果、アジア地域におけるパワーバランスは大きく変化しました。力関係がアンバランスになることは極めて危険なことです。バランスを保っていくためのキーポイントは日印関係であり、さらに米国を入れた形での日印米の協力関係ではないかと思います。
日本が、憲法を改正して、戦後体制をもう一度見直すことになれば、インドとの安全保障における協力関係は、飛躍的に高まっていくと思います。
また、二国間の貿易量はまだまだ少ないのですが、20年前に日中の貿易量が、日米の貿易量を超えるということを予測した人はほとんどいなかったわけで、日印の貿易量が日中、日米を上回る日がくることも十分に可能だろうと思います。
自由と民主主義、そして基本的人権。われわれは価値を共有しています。この強い二国間関係をさらに強化し、経済、安全保障、文化、人の交流など、さまざまな面での関係を深めていくことに私も努力していきたいと思います。
櫻井 このセミナーは国基研とビベカナンダ国際財団が、二年越しで論議を進めてきたものです。ビベカナンダ国際財団は、ニューデリーに本部を置く、軍事・安全保障に特化した非常に優秀な研究財団です。
実は、昨日の午前10時から一日中、今日も午前中ずうっと、「両研究所あるいは日印両国は、何を主軸にして協力を進めていくべきか。今、何が問題なのか。そして、どんな連携の可能性があるのか」ということを、話し合いました。その成果も含めて、基調講演に入りたいと思います。
ドバル この一日半、実りの多い議論をしてきました。そのなかで、最も感動したのは、田久保副理事長が使った「アジアのコンサート」という言葉です。すばらしい音楽が出来上がったときのように、協力し合った行動の結果、本当に満足する成果を得ることが「コンサート」だと思います。特に民主主義国家の「コンサート」は、とても重要な概念だと思います。
今、GDPの52%をアジアが占めています。また、今後、グローバルマターにおいて、アジアは大きな発言力を持つ地域になると思います。
しかし、一方で、問題や紛争が起こりやすい、多くの発火点を抱えている地域でもあります。そして、現在、最も懸念されるのは、自国を支配するだけでは満足できず、世界の秩序を自分のために変えたいと考える独裁的な国家が台頭したことです。これは、民主主義国家ではありません。周りの国々を不安にするだけでなく、自国の人たちを弾圧するという傾向もあります。
まず、この事実から目をそらさず、直視しなければなりません。われわれが今、何をするかによって、われわれの子孫が大きく影響されるからです。
アジアの国が強くなることは、本来、喜ぶべきことです。しかし、この経済大国は、戦略的な軍事大国になろうとしています。
民主主義国家は、世界秩序の変化に、反対しているわけではありません。ただ、変化は、自然な変化、進化する形で変化すべきだと思っているのです。
つまり、脅威を与えるとか、威圧的な行動とかで変化をもたらそうとする国々に対して、民主主義国家は反対するのです。今、中国が大きな力を有し、地域内のバランスが完全に崩れてしまったので、ほかの周辺国は、連携するしかないという状況です。どんなに強い民主主義国家がこの地域にあったとしても、一国だけで、問題を解決できる状況ではありません。どうしても、連携した対応が必要です。
むろん、中国に対しても建設的な関わりは持たなければなりません。外交という国際的な関係は、一方的に話す、あるいは一方的に行動するだけではうまくいきません。エンゲージメント、つまり、しっかり関わり、対話をしていく必要もあります。
一方で、けん制する作業も必要です。行き過ぎた行動、行為を阻止、あるいは抑制する動きも同時に行うべきだと思います。
われわれは、「この地域の大多数の国々、大多数の人びとが、自国の国民のためだけでなく、将来のアジアの人びとのために現在の事態を憂慮している」という強いメッセージを出していかなければなりません。集団的な声は、大きな影響を与えることができます。
日本は、すばらしい国です。技術、経済においても、多くの国々が尊敬する国です。日本には、一刻も早く自分の未来を決定できるような力を持ってもらいたいと思っています。
インドも日本に対して、補完的な要素をたくさん持っています。人口が多く、130万人の兵もいます。また、人口の七割が35歳以下という若さがわれわれの誇りです。そして、若い人の力は、あらゆる分野、特に技術分野において発揮できると思います。経済もどんどん拡大していて、将来的には、インド経済は世界のなかで大きな割合を占めるでしょう。
櫻井 日本とインドは補完的な関係で協調していくことができるという話をしていただきました。次に日本側を代表して、田久保副理事長にお願いします。
田久保 まず、『インド洋・南シナ海・東シナ海』と書いてある地図が、重大な意味を持っているということから説明します。
海だけを見ていくと、中国は、黄海で韓国と、東シナ海で日本と、南シナ海ではフィリピン、ベトナムを中心としたASEAN諸国とトラブルを起こしています。
インド洋を囲んでパキスタンのグワダル、バングラデシュのチッタゴン、ミャンマーのシトウェ、スリランカの南にあるハンバントタという村がありますが、ここを中国が改修工事などの名目で手をつけ、中国の軍艦も寄港できるようにしています。この四か所を、一つの紐で結んでいくと、インドの首を絞めるように「真珠の首飾り」(necklace of pearl)と呼ばれるネックレスができます。これを作っていったのが中国なのです。
また、中国とインドの間には、北西にカシミール州のアクサイチン、北東側には台湾の 2倍強の面積があるアルナチャル・プラデシュがあり、領土権をめぐり、中国がトラブルを起こしています。日本がトラブルを起こしているのは尖閣だけですが、インドは陸と海。危機感はわれわれが抱いているよりも大きいということが、分かると思います。
私の国際情勢観では、地球上の大きな焦点が変わってきて、大西洋、地中海は静かな海になり、インド洋と太平洋が「波高し」といった情勢になってきたのではないかと思います。
そんななかで、やっかいなのは中国が、冷戦時代のソ連とは違うということです。冷戦時代のソ連は、一党独裁、計画経済、閉鎖経済。ところが、中国は一党独裁でも、市場経済です。民主主義国家と同じように人・物・金がどんどん移動していて、アメリカも含めて周辺諸国の中国経済に対する依存度が深化していく一方で、政治的、あるいは安全保障面で、周辺に影響力を及ぼしてくるのですから、どう処理していいか、対処に困ります。これが今、最大の問題だろうと思います。
中国はあっという間に、世界第二位の軍事大国になり、経済的にも日本を追い抜いて、GDPで二位になってしまいました。
したがって、影響力を行使する場合、背景にある軍事力をチラつかせることができます。経済も一党独裁ですから、意のままに使え、これも、脅しのカードにできます。本当に始末の悪いことになっています。
クリントン米国務長官は、去年十一月の『Foreign Policy』誌に、「アメリカはアジアを重視する」という内容の詳細な論文を書きました。これを下敷きにして、オバマ大統領は豪州の議会で「ダーウィンを海兵隊基地に利用する」と演説し、さらに、ココス島に海軍基地を置こうとしています。パースも利用できるよう両国で話し合っています。アメリカの豪州重視は、明らかにインド洋を見ていると思います。
そして、これを確認するように「アジア安全保障会議」では、パネッタ国防長官が、「海軍の60%はアジアに持っていく、大西洋は40%」と発表しました。
このような情勢を踏まえて、日本とインドはどう協力していけるのか。第一にインドは世界最大の民主主義国です。日本も民主主義国で、価値観を共有しています。第二は、歴史観の共有です。帝国主義時代の白人支配に対し、日本がロシアとの戦いに立ち上がり、勝ったことを最も評価してくれたのはインドです。三番目は、中国に対する脅威感の共有です。四番目は、安全保障。さらに、原子力、防衛産業を含めた経済、技術、そしてサイバー。両国で共通するもの、補完できることはたくさんあります。
櫻井 日本とインドの間の共通の脅威が中国であることは、もう明白な事実です。そこでは、中国に侮られないということが大事です。こちらも中国を侮ることなく、ほんとの意味で対等な良い関係を築くためには、まず何が必要なのか。
もちろん経済も大事です。しかし、国の根幹は何と言っても軍事力です。きちんとした軍事力をバックボーンとして持っているかどうかが最終的な決定要因になります。この観点から、まず中国の軍事力をどのように評価するのか。その意図をどのように分析するのか。それに対して、日本とインドは軍事的な面での協力、補完関係をどのように築き上げることができるのか、議論してみたいと思います。シュクラ大使から、お願いします。
シュクラ 中国の軍事力増強は、海洋での増強と地上での増強を区別して見なければなりません。中国はさまざまな国益のなかで、以前は台湾に集中していましたが、今は南シナ海も中核的国益として重要視しています。「国益はどんな手段を使ってでも、守らなくてはならない」と中国は考えています。また、中国の社会、経済、秩序のなかに構造的な問題があるため、大国のなかで中国だけが唯一、対外的な安全保障より、対内的な安全保障に、より多くのお金を使っているのです。資源確保のため、わが地域で、探査を行っていて、中国は、「主権のある領海だから、探査をこれからも継続していく」と、一方的に主張しています。
陸上では、パキスタンと中国の危険があります。先ほどのカシミールのアクサイチンやアルナチャル・プラデシュ以外のポイントでも、未解決の国境が、西側に広がっています。中国・パキスタン枢軸は国際的な法を無視して、核拡散活動を展開しています。たとえば、ミサイルのような核弾頭の送達手段が中国からパキスタンに不法に提供され、ミサイルシステム全体も非合法的に提供されています。
チベットの首都・ラサまで鉄道を延長した中国は、インドの国境まで鉄道を拡張すると言っていますが、この周辺の国境問題も未解決です。どこからどこまでを国境と考えているのか、中国はインドに説明すらしません。こんな状況ですから、いつどんなトラブルが起こるかわかりません。われわれは海上でも、陸上でも、常に最高水準の警戒態勢を敷かなければならないのです。
中国の「二国間協議」戦術には多国間で対処を
櫻井 シュクラ大使は、海だけではなく、陸も非常に危ないということを指摘してくれました。そこで、アジア安全保障会議から帰られたばかりの渡辺防衛副大臣に、感想も交えて、報告をお願いします。
渡辺 2010年、中国は、絶対譲れない核心的利益として、南シナ海の九割を点線で囲んで、これがわれわれの領海である、排他的経済水域(EEZ)であると発表しました。EEZは、資源探査・開発において主権が及ぶと判断されている海域です。では、航行する、あるいは軍事的な演習をするという場合、中国とアメリカでは、国連海洋法という法律の解釈で見解が違います。大きなネックは、航行の自由を守れ、海のルールを守れと言っているアメリカが、実は国連海洋法条約を批准していないことです。今、批准をする方向で、議論されていますが、恐らく11月の大統領選挙後になるのではないかと言われています。
われわれは、その推移に関心を持ちながら、アメリカの結論とも合わせて、この問題に取り組まなければならないと考えています。
2021年に中国共産党が立党百周年を迎えます。中国の経済は、減速傾向にありますが、それでもまだ独り勝ちしています。この中国が、右肩上がりで経済成長をしていき、アメリカの経済が、ゼロ、またはマイナス成長でいくと、2020年ごろには、中国とアメリカがGDPで並んでしまいます。
つまり、中国共産党は、百年の間にここまでできた、やはりわれわれは正しかったのだと、国民や世界にアピールしたいわけです。中国の核心的権益は、領海、航行の自由を守るシーレーン、資源(探査)です。これを確保するため、絶対にひるむことなく、エンジンを回しつづけなければならない。必然的に、衝突はこれから増えていくと思います。
どの国も、経済や貿易の面では、中国と依存し合い、領海を巡っては対立しています。このなかで、中国は二国間協議に持ち込み、飴と鞭を使い分けるでしょう。
そこで、「南シナ海を守るのはわれわれの共通の利益である」と、日米が参加して、ASEANという共同体、多国間協議の場にしっかりとコミットしていくことが大事です。
櫻井 万が一、台湾を取られたら、南シナ海は中国の事実上の内海になる可能性があります。そうなると、日本やアメリカはマラッカ海峡を通ることが非常に難しくなるでしょう。そして、ベトナムを始め、マレーシア、シンガポール、インドネシア、フィリピンも、中国にものを言いにくくなる。なぜなら、アメリカのバックアップ体制が、できにくくなるからです。ミャンマーもまた重要なところです。中国から陸路でベンガル湾、インド洋に出ることができるからです。現状では、陸上で、私たちがインドと協力をするのは難しい気がしますが、海上での協力関係は、正当な形でできると思います。そのへんに関して、川村さん、日本側から、意見を述べてみてください。
川村 中国(共産党政権)が存在理由を国民に明らかにするには、経済成長しかありませんから、とにかくエネルギー、あるいは漁業といった資源が欲しい。これが海に出なければならない経済的動機です。もう一つは、台湾を統一するための軍事的動機です。台湾にアメリカの航空母艦、あるいは海軍が支援に来るのをできるだけ遠くで防ぎたいのです。
田久保先生が言及された東アジア・太平洋の地図には、第一列島線、第二列島線が赤く引かれていますが、第一列島線の内には相手を絶対に入れない、入れないだけの力をつけよう。第二列島線の内側では、入ってくる相手をとにかく阻止、簡単には近づけないような実力をつけようというのが中国の戦略です。
もう一つの軍事的な動機は、核戦略の問題です。中国には相手に必ず報復するという核の完全な報復能力がありません。完全な核報復能力は、潜水艦に積んだミサイルでしか担保できないのです。中国が軍事力でアメリカと肩を並べるために、この能力が絶対欲しいのです。その舞台が南シナ海です。南シナ海は、漁業、資源、エネルギーの問題がクローズアップされていますが、もっと深い根底にあるのは、中国の大きな核戦略です。核報復能力をつけて、アメリカを狙う。そのため、戦略ミサイルを搭載する潜水艦を二隻つくり、三隻建造中です。
さらに、海南島の港に大きな海軍基地をつくりました。面積的には二十隻くらい同時に入るトンネル式の潜水艦基地もつくったと言われています。そこに潜水艦を二隻、配備しました。
東シナ海や黄海は水深が浅すぎて、潜水艦の安全な展開には適しません。潜水艦が安全に軍事的な展開をするには、南シナ海しかないのです。南シナ海を内海にして、他国の対潜水艦兵力を入れないようにするというのが、中国の狙いです。
プリ 中国の戦略が、沿岸戦略、海に近いところの積極的な防衛から、遠洋での防衛に変わっています。これが何を意味するのか。
沿岸は、第一列島線を守るために必要です。ところが、遠洋になると、中国は第二列島線まで必要になってくるので、第二列島線を越えて、東インド洋、そしてアフリカの沿岸まで届くことになります。そのため、今インド洋地域が、中国との最も大きな安全保障上の課題となっています。将来、中国とインドの利益は衝突します。そして、日本、韓国、すべてのASEAN諸国のいずれとも中国は領海、国境を接しています。ですから、中国は長期的な視点に立ち、遠洋にまで力を延長して、将来の衝突に対応しようとしているのです。南シナ海はインド洋と太平洋をつなぐところです。南シナ海を制すれば、インド洋から太平洋へ、フィリピンから台湾の間のルソン海峡も制することになります。ルソン海峡を制すると、日本にも大きなインパクトを与えることになります。日本からインド洋への海運が、マラッカ海峡だけでなく、ルソン海峡においても封鎖される可能性があります。
ですから、この二つの海峡をコントロールされることがあってはならないのです。その意図をはっきりと理解しなくてはなりません。
「真珠の首飾り」は、現在まだ経済的なものですが、長期的には中国はここに基地をつくって、インド洋で持続的に兵力を展開できるようにして、最終的にはアフリカの東海岸にまで行くということです。
ビジ 中国は、宇宙でも、いろいろな活動をしていて、たとえば、通信を妨害していることが、アメリカによっても報告されています。また、中国が仕掛けるサイバー戦争は、重要なインフラおよび重要なインフラの機能に影響を及ぼすと同時に、軍事機能にも支障をきたします。この二点は非常に重要です。頭脳(コンピュータ)がやられてしまえば、装備がいかに充実しても戦えません。
さらに、中国はチベットの国境線に膨大な軍を展開しています。これは山岳地帯で活動できるよう特別に特殊に訓練された軍隊です。陸上では、インドも十分に対応できると思っていますが、海上、インド洋と南シナ海では、沿岸各国の協力が必要です。
櫻井 インドは長い国境を中国と接していて、去年一年間だけでも、この国境地帯で数百回の小競り合い、紛争があったというのが現実です。そして、また真珠の首飾りに代表されるように、中国の脅威を、日本よりもはるかにリアルな形で受けつづけてきています。日印間の共通の課題は、中国を暴走させないために、私たちが何か有効な手を打てるかということです。海上自衛隊の中枢にいらした金田さんから、現状認識について、ご発言をいただきます。
金田 1980年代に中国海軍の内部で構想された戦略が、第一、第二列島線です。第一列島線は、この内に敵対する国の軍艦などを入れてはいけないという中国の絶対防衛線です。中国のすべての陸上部分をカバーしています。日本列島から沖縄から台湾、ルソン島、ボルネオを通して、ベトナムまで囲んでいて、このなかには南シナ海と東シナ海が入っています。第二列島線は、ある意味で相対的な防衛線という認識をすればいいのかと思います。
プリさんが言われた遠海防衛戦略あるいは遠海作戦は、第二列島線を越えた作戦ということになります。この作戦では、原子力潜水艦や長距離爆撃機などが自由にインド洋に向かってくるのではないかと考えられます。まだ、そこまでにはいたっていませんが、いずれは第一列島線のベトナムとボルネオ島の間から、マラッカ海峡を抜けて、インド洋へ。あるいは南シナ海のフィリピンにあるパラワン島を通り、ロンボク海峡や、スンダ海峡を抜けてインド洋に出てくる可能性があると思います。
さらに、台湾とフィリピンの間には、北側にバシー海峡、南側にルソン海峡があります。ここから、グルッと大回りして、インド洋に向かってくることも考えられます。中国の動きは本当に注意深く見守っていかなければならないと思います。
日本海には中国の領土はありません。しかし、北朝鮮の羅津は、解放された軍港のようなところで、何か起こった場合、中国がここを自由に使うようになり、そうなった場合、日本海そのものが中国にとって第一列島線防衛の内の海ということになります。われわれは海上防衛、あるいは海上警備を真剣に考えていかなければならない危機なのに、日本では真剣な考慮がされていません。インドは直接、第一列島線の内のような脅威にさらされていませんが、将来に備えて、すでに具体的な準備をしています。北東アジアのなかで、防衛予算が十年間、連続して減っているのは日本だけです。
櫻井 日本はまず、防衛予算を増やして、独自に軍事力を強化していかなければなりませんが、インドとの協力という点で、日本が持っている、さまざまな技術、ノウハウを移転するということについて、インド側の考えを聞いてみたいと思います。そのあとで島田さんから、武器輸出三原則などについてうかがいます。
ビジ サイバーの分野では、攻撃的でも、防衛的な面でも協力できると思います。サイバー分野の日本には利点があります。チップの製造、デザイン、設計において、日本は非常にすぐれていますし、実績もあります。
一方、インドはマンパワーという点で、ハイテク分野でも、製造業に必要とされる人材がたくさんいるので、お互いのニーズがマッチするのではないかと思っています。これは非常に重要な分野の一つでしょう。
軍事協力の面では、特に精密ターゲティング、標的を当てるという意味ですが、日本の技術は非常に優れています。航空宇宙分野においても、監視、標的を定めて狙うという技術は重要で、われわれはぜひ協力をしていきたいと考えています。
櫻井 日本に技術があっても、技術移転になると、憲法とか、自衛隊法の制約があって、どこまで日本ができるのか、できないのか。制約の範囲内で、われわれにもできることがあるはずですから、島田さん、お願いします。
島田 インドは、軍事面を含めた日本との共同開発、生産をしたいという意向があり、また、軍民両用のデュアルテクノロジーを日本から、出してほしいという要望もあります。そこに立ちはだかっているのが、武器輸出三原則です。
この武器輸出三原則は、佐藤栄作内閣のときにつくったもので、共産圏諸国、国連決議による武器禁輸国、国際紛争の当事国またはその恐れのある国には武器は輸出しないというものでした。ところが、三木内閣のときに、三つの類型以外の国についても、武器輸出は慎むという方針を立ててしまい、以後、アメリカなど例外的に緩和をしてきましたが、武器だけでなく、武器関連テクノロジーも出さないという方針で来てしまったのです。
昨年の末、野田政権は、わが国との間で安全保障面での協力関係がある国に対しては、軍事面でのテクノロジーを出してもいい、共同開発、生産も今後はやりましょうと、武器輸出三原則の緩和を発表しました。
大変重要な緩和ですが、問題は、「日本と安全保障面での協力関係がある国」に、インドが位置付けられるかどうか、現在の情勢は否定的です。なぜ、インドが緩和対象に含まれないのかといえば、インドが核兵器拡散防止条約(NPT)に署名していないからです。
核兵器拡散防止条約をごく簡単に説明すれば、1967年1月1日以前に核兵器実験をした国については、核兵器を保有することを認める。そうでない国には認めないというものです。だから一九六四年に核実験をした中国は核兵器を持てるが、七四年に初めて実験をしたインドは持てないという理屈になるのです。
非核兵器保有国が、NPTに入るメリットは、平和利用の面で、いろいろな支援を国際的に受けられることです。逆にいうと、NPTに入っていなければ、原発などの平和利用に関して、国際社会から支援を受けられないということになっています。
日本が、NPTに入った大きな理由も、入っておかないと、原子力開発、原発開発で、アメリカ、イギリスなどから支援を得られないと。実際、そういう脅しを受けて、やむなく入ったという面があるわけです。
実は、インドとNPTとの関係は、国際的に決着がついています。2008年9月、アメリカが、「インドはNPTに入っていないが、例外扱いにして、原子力開発の面で周りの国が協力できるようにしよう」という提案をして承認されました。日本も賛成票を投じているのです。ですから今後、インドとの戦略的なグローバルパートナーシップを進めていくというのが政府の方針ならば、同盟国アメリカとインドを同じ扱いにするというのが、常識的な立場だと、私は思います。
米軍の混乱を狙う中国のサイバー攻撃
櫻井 インド側からサイバーの指摘がありました。日本側から、自衛隊時代を含めて長らくこの分野の研究をなさっている伊東さん、お願いします。
伊東 今、日本は、非常に多くのサイバー攻撃を受けていて、多くのデータが盗まれています。また、原因不明のシステム事故、システムエラーが多発しています。意味のわからない不可思議なサイバー上の事故は、どこかの国が日本のシステム上の弱点を探るためにやっている可能性があると私は危惧しています。
公文書によれば、中国人民解放軍は「電網一体戦」をスローガンにしています。「電」は電波妨害をして通信を潰す、「網」はコンピュータネットワークを潰すということです。
これは、アメリカ軍を見ているわけです。アメリカ軍は強力な軍隊ですが、コンピュータネットワークやコンピュータ自体に依存しすぎています。中国から見れば、そこがアメリカの弱点ですから、先制的な攻撃で、軍の無線を妨害して、通じないようにし、システムをコンピュータウィルスなどで潰してしまって、アメリカ軍が混乱していているときに、数で圧倒するという戦略だと言われています。
櫻井 実はこの二日間の話し合いのなかで、力を入れて、語り合ったことがあります。
それは、海の秩序を中国に乱させないために、たとえば、日本は尖閣諸島を取られないために、インドもまたベンガル湾、インド洋において、インドの権益を乱されないために、南シナ海においては東南アジアの国々が自分たちの島を取られないために、海上保安庁、コーストガードによる協力も必要だという話がありました。
この点について、東海大学の山田先生に、今、インドとどういう協力関係が行われていて、今後どうしなければならないかということを、お話し願います。
山田 日本とインドの海上警備機関の協力は、マラッカ海峡の海賊対策から始まりました。現在も、ソマリアの海賊は航行の安全を脅かす大きな問題になっています。
現在、島に上がると、警察でなければ逮捕できないのですが、離島も海上保安庁が警備できる警察権を持つように変更する、海上保安庁の法改正が進められています。さらに、第三国、特に中国の不審な漁船等が来た場合、立ち入り検査をせずに、退去命令を出すことができるという内容の法案ですが、国会の審議が滞っています。いち早くこの法律をつくり、離島を守る必要があると思います。
ソマリア問題では、日本の場合、自衛隊の艦船に海上保安庁の人間が乗り、警察権を行使するという形で進められております。これは、世界的に見ると、いびつな協力体制です。 世界では軍事力と警察力が密接な関係を持って、国を守っていくと明確に決められています。日本もそうしていかないと、東シナ海を中心に、国土を脅かされることになってくると思います。
櫻井 伊東さんからサイバー戦争の報告がありましたが、どの国でもサイバー戦争は、軍が中心です。ところが日本軍は専守防衛ですから、まず守る。反撃も、攻撃されてからする。サイバーにおいて、先に攻撃されたら、こっちは全部ダウンするわけですから、反撃能力などなくなってしまいます。この基本的な戦後体制の欠陥が、ありとあらゆるところに出てきていて、私たちはインド側と思いを共有しながらも、日本側の事情にもどかしい気持ちを抱きながら、討論をしてきました。
最後に、インド大使のほか各国の大使を歴任され、世界を広く見つめて、日本と他の国々との違いを熟知されている平林さんから、日本とインドが協力し合うために、何をしたらいいかということをお話しいただきたいと思います。
平林 日本としてやるべきことは、自助。法制、防衛力、海上保安庁の力、あるいは技術にしても、まず自ら努力して、一流の国家にふさわしいあり方を樹立することです。世界を見渡したとき、日本を嫌っているのは、すべての人とは言いませんが、中国人と北朝鮮人と韓国人です。それ以外の国からは日本はどこでも好かれていますし、評価されています。そういう日本と、特に第三世界、発展途上世界で影響力があり、最近では世界の大国からも重要視されているインド。この二国が協力していけば、多くの世界問題、グローバルな問題に貢献できると思います。
軍事的な協力だけでなく、外交的な連携強化も極めて大事です。国連、IMFなど国際機関での協力。さらには、地球温暖化対策、気候変動問題、途上国に蔓延する世界の三大伝染病といわれるマラリア、結核、HIVエイズへの対応などです。
アジア太平洋地域での日本とインドの協力も大事です。軍事、防衛面だけでなく、外交面でグローバルな問題、あるいは地域の問題に協力しながら、中国がおかしな方向に動けないように、軍事力、民主主義の力、その他、いろいろな力を持って、この中国の間違った生き方を抑えていくことが大事だと、私は感じています。
櫻井 私たちがインドに対して、良い戦略的パートナーとなるためには、まず、憲法を改正して、教育をしっかりと充実させ、一人前の自立した国家になることです。そして、誇りある立派な日本人を取り戻すことに尽きるだろうと思います。
国家は、自らを支え、自らを守る強さを持ち、国家を築いてくれた先人たちの意志を大事にすることが大切です。その意味で、歴史を疎かにせず、歴史を生きたものとして、私たちの身の中に生かしつづけ、精神に反映させることを抜きにして、日本国の文明も、日本国の国力も本当の強さを身につけることはできないと思います。
(文責・国基研)