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2012.01.14 (土)

野田首相の基本的方針は正しい 価値観を掲げて総選挙に挑め 櫻井よしこ

野田首相の基本的方針は正しい 価値観を掲げて総選挙に挑め

 櫻井よしこ 

年明け、新聞が総選挙近しとして立候補者および選挙区動向を特集し始めた。4日の年頭会見で、税と社会保障の一体改革を最重要課題とし、消費税の増税法案提出にこだわる野田佳彦首相の前途を、各紙は「非常に困難」と分析し、解散総選挙を予測する。現状は確かにそうなのであろう。そこで、就任以来4ヵ月間の、野田首相の足跡を見てみたい。

福島県をはじめとする東日本大震災の被災地に行けば、民主党政権の無能に強い憤りを覚えるのは確かだ。事業仕分けの空疎さをはじめ、野田民主党の出来ていない点を書けばかなり書ける。だが、それらは首相ひとりの責任ではなく、価値観の異なる人びとの寄り合い所帯で党綱領さえ持てない政党であることの結果であろう。

他方、この4ヵ月、首相が自らの意思で実行したことには少なからぬ意味と意義がある。まず昨年11月の環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)参加の決断である。国内および党内の強い反対を覚悟のうえで決断したことの意味は大きい。事実、首相がTPP参加に踏み込んだ途端、中国は従来否定してきた日中韓FTA交渉に積極的になった。日本はTPPも日中韓FTAも同時進行で取り組めばよい。双方に足場を持つことは日本の立場を強めこそすれ弱めることはない。また日米関係の強化で、中国に真の意味での市場開放や国際法遵守を促し、中国の独裁的本質を変化に導くことも可能になる。

首相の次の功績は、昨年12月の武器輸出三原則の緩和である。同三原則は(1)共産圏諸国、(2)国連決議で武器輸出が禁止された国、(3)国際紛争当事国には武器は供与しないという内容だったが、三木武夫首相が1976年にいっさいの武器輸出禁止を国会答弁して以来、日本の防衛産業は縮小し、技術開発も妨げられ今日に至る。三原則をもともとの意味に戻すべきだとの議論は常にあったが、自民党は三原則緩和に踏み切れず、14回も官房長官談話のかたちで例外規定を設けてきた。

野田首相は、国際紛争の助長は回避するとの基本を守りながら三原則を緩和し、武器・装備の国際共同開発・生産は「日本の安全保障に資する場合」に可能とした。自民党が出来なかったことを成し遂げたのである。

もう一点、野田政権は宇宙航空研究開発機構(JAXA)の設置法改正案を1月24日召集予定の通常国会に提出する予定だ。日本の宇宙開発は69年の国会決議で「平和目的に限る」として非軍事的目的に限られてきた。

しかし、北朝鮮の核保有や中国の軍拡で情勢が一変するなか、「わが国の安全保障に資するよう行われなければならない」との規程を盛り込み、平和目的に限定した条項を削除する方針だ。

一連の改正は、日本の国益に資するためである。国益に基づき、国民への当然の責務として、あるいは国際社会における当然の権利として、どの国も備えている国防能力の基盤を野田政権は構築し始めたのだ。「平和」は与えられるものではなく、自らの手でつくり、守っていくものだという国家としての自己責任と自立の精神の表現でもある。

年末に中国とインドを訪問した野田首相は、大事なポイントは押さえたのではないか。確かに日中関係が大きく前進したわけではない。しかし、今はこれでよいのだ。他方、本来の戦略的パートナーであるべきインドとは幅広くかつ中身のある外交を行った。これこそ重要な成果だ。

こうして見ると野田首相の基本的方針は正しいのである。説明不足でわかりにくい点は多いが、冷静に見れば、野田首相は正しく動き始めたと、私は思う。だからこそ、国会で行き詰まるなら、自らの価値観を掲げて総選挙に打って出よ。その場合大事なことは、民主党の分裂を恐れないだけでなく、自民党をも割る心づもりで準備をすることだ。

『週刊ダイヤモンド』   2012年1月14日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 919