公益財団法人 国家基本問題研究所
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役員論文

2012.01.13 (金)

党内融和の束縛脱せよ 櫻井よしこ

党内融和の束縛脱せよ

 櫻井よしこ  

 野田佳彦首相の指導力が疑問視され解散総選挙が取り沙汰される。確かに野田政権には多くの問題がある。福島の原発事故への対応やあまりに遅い復興、経済の成長戦略を促す創造性の欠如に加えて、外交にも不安がつきまとう。それでも就任4カ月余の首相の足跡からは、評価すべき実績が見えてくる。

 首相は昨年11月には環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)参加の交渉に入る決断をした。TPPはアジア太平洋経済協力会議(APEC)が2020年をめどに構築を目指すアジア太平洋自由貿易協定(FTAAP)実現の道につながる。市場のルールと国際法に基づいた開放的で公正な世界を目指すもので、まさに21世紀の価値観の軸となるものだ。

 日本のみならず、アジア諸国の最大の脅威となった中国は、昨年10月の中央委員会総会で文化強国を目指すと決定、中東での民主化運動、日米欧諸国の開かれた価値観への恐れを強め、なり振り構わず排除に乗り出している。共産党一党支配の維持のために、いまや午後7時半から10時の時間帯で娯楽番組は各テレビ局で週2本、最大限90分などと細かく制限し、共産党の政治宣伝を強めているのだ。

 この不幸で強圧的な体制を変革に導く幾本かの道のひとつがTPPである。参加の道こそ日本の国益にかない、安全保障にも資する。

 TPPに関してはISD条項(投資家と国家間の紛争条項)の例に見られるように、根拠の怪しい反対論が渦巻く。日本は中国やタイなど24カ国とすでにISD条項を締結済みだ。従来のISDを不問にし、TPPのISDだけを問題視して、日本が滅ぼされるかのように主張するのは支離滅裂である。この種の感情的反発の中で、理性を保って参加を決めた野田首相を評価したい。

 首相はまた、昨年12月末には武器輸出三原則の緩和にも踏み切った。三木武夫首相以来、歴代自民党政権は三原則の緩和を議論しながらも決断できず、14回も官房長官談話で例外措置に逃げ込んだ。12月27日の閣議では平岡秀夫法相が反対論を展開し、それ以前に外務、防衛両省の一部から延期を求める声もあったが、首相は「日本の安全保障に資する場合」として緩和に踏み切った。長年、自民党ができなかったことを成し遂げたのである。

 19日の北朝鮮の金正日総書記の死去公表に際して、藤村修官房長官が19日午後の臨時記者会見で「哀悼の意を表したい」と、外務省の助言で述べたのを打ち消させ、首相は如何(いか)なる哀悼の意も表さなかった。当然といえば当然だが、この種の当然のことをこれまで多くの政治家が出来ないできた中で、首相は通すべき筋を通したといえる。

 13日の内閣改造の意味は、首相が税と社会保障の一体改革に伴う消費税増税に命運をかけた攻勢に出るということだ。そもそも消費税10%は自民党の案である。問責決議を受けた2閣僚の更迭後も谷垣禎一自民党総裁などが議論に応じないことは、森喜朗元首相が指摘したように、政党の責任放棄に等しい。その状況で自民党が3月の総選挙に拘(こだわ)るとしたら、大義なき政局の争いとして、谷垣自民党が非難されるだろう。

 財政赤字の凄(すさ)まじさ、予算編成で借金が税収を上回る異常事態、他の先進国よりずっと低いわが国の消費税率などを認識すれば、増税は避けられないことが解(わか)る。

 増税で景気後退を懸念するのなら、10%にする15年までの間、いかに成長戦略を実現するのか、民主党に欠けている創造性を自民党が補う形で議論するのが筋であろう。増税の前提としての議員定数削減や公務員給与削減も共に進めることが両党に求められている。

 民主党内の増税反対論は離党の動きとも重なっている。党綱領のない民主党には国益や国家像についての基本合意もない。従って消費税を政争の具にする私利私略集団も生まれてくる。首相はそんな勢力に屈せず党を割る覚悟で信ずるところを実行に移すのがよい。

 朝鮮半島有事が現実問題となりつつあるいま、日本は最大最速の努力で国家の基盤である経済と軍事を強化しなければならない。自民党ができなかった武器輸出三原則を緩和したいま、アジア諸国もインドも米国も求めている集団的自衛権の行使を決断するときだ。

 それができたとき、首相は政権交代の真の意義を示すことができるのだ。一連の国家の自立を担保する布石を打ったうえでの総選挙は、間違いなく政界再編の扉を開く。そのためにも首相は、いまこそ、政策遂行を妨げる党内融和の軛(くびき)を敢然と脱するのがよい。

 自分らしさを出し始めた首相を評価する一方で、女性宮家創設で犯そうとしている重大な間違いは厳しく指摘しなければならない。首相は小泉内閣の「有識者会議」で重要な役割を果たした園部逸夫氏を参与に迎えた。私は当時、氏に約3時間にわたる取材を行ったが、氏は明確に女系天皇推進者である。また、1995年2月には、外国人参政権の最高裁判決に「定住外国人への地方選挙権の付与は禁止されない」との傍論を書いた。

 女系天皇か男系天皇かは議論しないというが、女性宮家創設は必ず、女系天皇につながる。人選からも女系天皇へと導く政府の意図が透視される。神話の時代から2600年余りも続いてきた日本の皇室のお姿の根本を、いま軽々に変えることは断じて許されないと、首相は知るべきだ。

1月12日付産経新聞朝刊「野田首相に申す」