中国が北朝鮮に緊急支援 裏で進む日本への脅威拡大 櫻井よしこ
中国が北朝鮮に緊急支援 裏で進む日本への脅威拡大
櫻井よしこ
金正日後の北朝鮮をいかに統治していくかが、韓国のみならず日本にとってきわめて重大な問題であるのは、いまさら指摘するまでもない。事情は中国、米国、ロシアにとっても同様だ。
中国は北朝鮮に韓国や日米両国の影響が及ぶのを阻止したい、いわんや北朝鮮が韓国主導で統一される事態は中朝国境まで米国の影響が及ぶことを意味するために、絶対に阻止したい。だからこそ、逆の理由で日米韓は今、北朝鮮を中国の影響下に置かないためにあらゆる手を打たなければならない。
そうしたなか、金正恩の北朝鮮に対して早くも手を打ったのが中国だ。北朝鮮事情に詳しい人物の情報によると、中国は北朝鮮に100万トンのコメ支援を約束し、2月10日までに届けたという。その見返りに北朝鮮の日本海側の最北の港、羅津に新たな埠頭を建設し始め、租借する契約を結んだという。
一方、韓国の聯合ニュースは2月15日、中国が羅津の4~6号埠頭の建設権と50年間の租借権を取得したと伝えた。投資規模は30億ドル(2356億円)といわれる。
同記事は、中国が北朝鮮と東北三省(遼寧、吉林、黒龍江)と羅津を擁する羅先地域の共同発展に向けた羅先特区基盤施設建設契約を、金正日総書記死去の前後に結んでいたこと、契約は2020年までに第一段階として羅津港に7万トン規模の4号埠頭、旅客機と貨物機の離着陸が可能な飛行場、吉林省図們と羅先を結ぶ鉄道を建設するという内容であること、羅津港の5,6号埠頭の建設は第一段階の工事終了後に始める計画であることを伝えている。
一方、日本の「朝日新聞」は2月17日、コメに加えて重油50万トンの支援を中国が約束したと報じた。
羅津港は1930年代初期に日本が造った港である。そこに中国はすでに05年に手を伸ばし、同港の埠頭を60年間、租借した。租借は普通の賃貸ではない。租借権を得た国は、その土地、港、建物などを主権に基づいて活用できる。中国は羅津の埠頭で統治権を行使できるのであり、事実上、羅津港は中国領となったという意味だ。
このことは、05年時点で中国は史上初めて日本海への直接アクセスを手に入れたことを意味するのであり、日本は脅威として認識しておかなければならない。
今回の中国のコメ100万トン支援は、羅津港で新たに得る3つの埠頭の租借権の代償であり、金正恩体制の下で北朝鮮がさらに着実に中国側に吸引されようとしているのである。
小欄で、金正日後の北朝鮮を金正恩体制と便宜上書いてはいるが、正恩氏の統治力はきわめて脆弱である。たとえば父親死去後の昨年12月、正恩氏は最重要課題として国民への食糧配給を掲げた。しかし、北朝鮮の食糧不足は少なく見積もっても100万トンである。国民を飢えさせず、曲がりなりにも食べさせるには、不足分を調達しなければならない。自力生産は絶望的で、他国の援助に頼らざるをえない。
正恩氏は食糧確保を最重要課題として掲げると同時に、昨年12月30日、全国民に外貨使用禁止令も出した。北朝鮮で外貨といえば中国人民元だ。使用禁止令は中国への抵抗である。中国の影響力の強化と浸透するばかりの経済による実質的支配を阻止する試みだ。
だが、先述のように喫緊の課題である食糧支給は他国の支援なしにはできない。
民主主義国である日米韓にとって、核、ミサイル、拉致などの問題を引き起こした北朝鮮への素早い援助は難しい。一党支配の中国だからこそ素早く決断し実行できる。それが今、私たちの眼前で起きている食糧支援と新たな埠頭の租借、つまり、北朝鮮の中華圏への吸引である。
金正恩体制の中国傾斜を阻止するために、日米韓が迅速に現実的対処に踏み切るときである。
『週刊ダイヤモンド』 2012年3月3日号
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