公益財団法人 国家基本問題研究所
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役員論文

2011.04.26 (火)

枝野氏を代表に民主党若返りを 平川祐弘

枝野氏を代表に民主党若返りを

比較文化史家、東京大学名誉教授・平川祐弘

 

 ◆危機での指導力で石原4選

 東日本大震災は「日本国難」と中国の新聞も報じた。テレビで繰り返された津波の物凄(ものすご)さに息を呑(の)んだが、私は福島第1原発の報道に一喜一憂している。一難去ってまた一難という緊張の1カ月が経(た)ち、当初の楽観的予測と違って原子炉は制御不能のままである。

 だが、知事選は行われ、都知事には選挙運動もせず石原慎太郎氏が選ばれた。石原氏には危機に際し陣頭に立つ素質があると多数が感じたからだ。16 年前、阪神・淡路大震災の際は自衛隊の出動要請をためらう左翼政治家が政府中枢にいた。11年前の9月1日、石原知事が自衛隊に防災訓練への協力を要請するや、朝日新聞は社会面で冷笑した。だが、常識ある人はそんな左翼新聞の擬似(ぎじ)平和主義的シニシズムを黙殺し、国内外の苛烈な事態を正視して、歯に衣(きぬ)着せず直言する石原氏を支持した。

 石原氏は、選挙演説こそしなかったものの、沈着にホースを敷設し格納容器に向けて放水したハイパーレスキュー隊員に声涙ともに下る感謝のスピーチをした。そこには真実な感動があった。佐藤康雄警防部長、富岡豊彦、高山幸夫の両総括隊長以下の消防隊員の凛々(りり)しい表情を見て、私の脳裡(のうり)によみがえったのは、戦争中の日本で見かけた勇士たちの顔である。

 ◆戦後忘れかけていた勇士らの顔

 それは戦後私たちが久しく忘れていた面立ちであった。護国の隊員が先頭にたって放水作業を行ってくれたからこそ、事故現場で作業員もまた作業を続けてくれるのだ。禍を福に転ずべく、日本がこの機会に勇士を勇士として尊敬する社会に立ち直ってくれることを私は子孫のために願う。そしてそのためにも、第一線で活躍する人が被曝(ひばく)することのないように周到な注意を払っていただきたい。

 1923年の関東大震災の後に天譴(てんけん)といわれた。中国では76年に毛沢東が死ぬ前に唐山大地震があり、やはり天譴といわれた。施政が悪いから天罰が下ったと民衆は感じたのである。今回の大災害に際して、だらだらと戦後体制を維持してきた日本国民に対する天の警告と感じた人がいたとしても不思議はない。3月11日以後、テレビは真面目になった。辛抱強い東北の人たちはわずかの救援にも感謝を述べる。胸を打たれる。現地入りした米女性キャスター、ダイアン・ソーヤー氏が感動する。

 日本のテレビ画面からコマーシャルが消え、「こころは誰にも見えないけれどこころづかいは誰にも見える」と繰り返し流している。それを冷笑する人もいるが、私は震災以後、電車で前より皆が席を譲ってくれる事実を老人の身にしみて有難(ありがた)く感じている。NHKのアナウンサーの真面目な落ち着いた口調が印象に残る。だが、このような日本人の連帯感はいつまで続くのだろうか。スペインのテレビも伝えた天皇陛下の被災者慰問のお言葉を日本のテレビはなぜもっと伝えないのだろうか。

 被災した民衆に世界の同情が集まり、賛辞が中国大陸からも聞かれるのは有難い。それと対照的に内外で「無能」と評判が悪いのが指導力に欠ける菅直人政権であり東電である。菅内閣は安全保障会議も開かず、緊急事態の布告もしない。このような災害にいかに対処するのか、指揮系統も判然としない。災害に乗じて官邸に復帰した仙谷由人官房副長官は、テレビカメラの前で笑みをこらえていたが、支持率が低迷していた内閣が大地震が発生したおかげで延命できたとほくそ笑んでいるのか。

 ◆原発後手で無能な政府と東電

 原発事故では、技術的対策は当初から最悪事態を予想してさまざまな手をうつべきではなかったのか。いろいろな手当てが後手に回っている印象を受けるのはなぜだろうか。誰が現地の総指揮官で誰が参謀なのか。それでも、民主党政権は自衛隊や米軍に協力を要請して、国民はその活動に謝意を表している。これは進歩である。

 かつて大江健三郎氏は女子大生に向かって「自衛隊員のところへお嫁に行くな」と言った。そんな職業差別的な発言が許されたのは、背後に大江氏を担ぐ左翼系大新聞があったからだ。だが、そんな氏の思想界における運命は、政界における土井たか子氏やその補佐官だった辻元清美氏のようなものだろう。現政権を担う左翼秀才の面々は大学紛争の闘士たちである。日本国内でかつてはもてたかもしれないが、今やもてない。

 問題が深刻なのは、これが特定個人の資質の欠陥というより、日本の戦後民主主義の教育情報環境の中から出てきた秀才たちだからこうなったのだという、構造的欠陥のせいであることだ。鈍才だから妙な政治的判断を下すのではない。彼らは、戦後日本のずる賢い優等生で、左翼系大新聞の論説通りに行動してきた。左翼系大新聞の模範解答通りの答えをいうことで政権の座に就いたのである。

 ただ、そうした人たちの中にあって、枝野幸男官房長官の説明については、事態の軽重を弁別し、言葉が足りる、と私は感心している。早くこの人を代表にして民主党は若返りをしてもらいたい。(ひらかわ すけひろ)

4月25日付産経新聞朝刊「正論」