東京を守るために 石原慎太郎
東京を守るために
石原慎太郎
東日本の大災害によって国民は改めて、我々の国土が危うい構造の上に在るかを知らされた。三つの大プレイトが日本の足元でぶつかりひしめき合い、かつこの国土は北はアラスカから発して日本で分岐し東はマリアナ諸島、西はフィリピンに至る世界最大の火山脈の上にのっかっているのだ。その証しに首都東京のどこを掘っても温泉が出る。
ミッドウェイから西に一千マイルの海底には、天皇海底火山脈と呼ばれる海底山脈の起点の神武という名の海底火山が在り、そこから北に向かって発してアラスカまで、日本列島に平行して歴代天皇の名前が付された数多くの海底火山がつらなっている。今回の大災害もそうした地勢からすれば地球構造的には必然ということなのだろう。
ということで、日本中の都市は今さらの災害対策を強いられている。東京もまた同断のことだが、日本の首都東京は世界に例が無く極度な集中集積の進んだ巨大都市であって、それ故にこの国の心臓であり頭脳でもある。が故に、東京というダイナモが止まれば国家そのものが死んでしまう。
その東京の至近の地域が大災害を被り、東京も未だに続く余震に苛(さいな)まれているがその実態は予想を超えたものだ。先般東大の地震研究所の平田直教授の解説を得たが、現に東京は体感こそないが、なんと十分に一度の余震に晒(さら)されているという。そして最近の発見によれば、東京湾の中に、三つのプレイトが重なり鳴動しているポイントがあると。東京の災害対策は、そうした地政学的条件を踏まえ考えられなくてはならぬということだが、対象が対象だけに膨大な費用と複雑な対策が必要となろう。
東京には戦災を免れたままの木造密集地帯や、埋め立てによって出来たかなりの面積の海抜ゼロメートル地帯等、あまり知られていない弱点が幾つもあるが、その防災のために作られつつあるスーパー堤防計画は現政府の事業仕分けなどという愚挙によってつぶされてしまったし、木密地帯の改修は財産権等のバリアがあって保証なしには容易に進まない。
財政再建を果たした東京はその気になればかなりの対策は可能な筈(はず)だが、それを阻む措置を政府は敢(あ)えて行っている。福田康夫内閣時代に行き当たりばったりその場しのぎ財務省は、財源確保のために本来地方税である法人事業税に手を突っ込み、東京の税収の内からあの年の税収見込みからすると四千億の金を一方的にむしりとることを決めてしまった。
それによって、東京都、大阪府、愛知県といった、国から財政援助を受けていない、いわゆる富裕自治体は逆に一方的にその上がりをむしりとられることになってしまった。
◇
これは昔悪代官が勝手に年貢の量をつり上げて百姓をいじめた手口と同じ極悪なやり口でしかない。親が恥も知らず子供の財布に手をつっこんで小遣いをふんだくると同じしぐさで、地方分権、地方主権などという建前とは全く逆の手口でしかない。当時はこれに強く反対していた民主党も政権を取った途端、いくら持ちかけてもこの問題には口をつぐんだままだ。
当時は負けるのも覚悟で国を相手に訴訟を起こそうとまで思ったが、当時の税収予測からすれば四千億という金額を対象の訴訟では、書類に四億もの証紙を張らなくてはならぬと知って馬鹿々々しいから止めてしまった。当時の政府の言い分では暫定的に向こう二年間ということだったが、国の財政は傾く一方で、下手をすればこの悪法は永久化しかねない。
昨年度と今年度合わせて七千億余の金が国にむしりとられぬまま手元にあれば、その用途は多岐にわたってあったはずだし、約束通りこれがせめて今年度で終わるなら、今後毎年三千億余の金を東京の災害対策専門に使用出来て首都の防災化は画期的に進む筈(はず)だ。そもそも東京の金を東京を守るために使おうという東京の意思を、国が阻む理由が一体どこにあるというのだろうか。
日本最大の電力消費地である東京の電力事情も政府による一方的な税収の収奪さえなければ、天然ガスによる自前の発電所を東京湾の埋め立て地にいくつか建設していけば支えきれる。現に川崎で運転されているLNG発電所は一基二百億円で出来、その出力は原発一基に近い。
電力の生産は本来個々の家庭における太陽光発電同様民営化されるべきもので、東京はそれをおこなう意思も財政的可能性も保有しているが、政府がその手を縛っているのが実情なのだ。くりかえしていうが、東京というダイナモが麻痺(まひ)して止まれば、日本そのものが倒れてしまう。
国家の安危を左右しかねない東京の防災のために、東京が自らの努力で獲ち得た金を自らのために使い国家を守ろうとする努力を、国が自分の犯してきた過ちを糊塗(こと)するために阻む理由などある訳があるまい。税法の改悪は一刻も早く是正されなくてはならない。
今回の大災害は我々に、今まで安易に続けられてきた全てのものごとについての基本的な反省を強いてきているのに、ものごとの優先順位も無視して、財政の破綻をまず取れるものから強引に取り上げ目先を糊塗するというやり方を、この国を牛耳ってきた国家の官僚たちとそれに追従駆使させられてきた政治家たちが改めぬ限りこの国は崩壊の一途をたどるに違いない。
6月6日付産経新聞朝刊「日本よ」