公益財団法人 国家基本問題研究所
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役員論文

2011.06.08 (水)

拉致被害者も助けを待っている 西岡力 

拉致被害者も助けを待っている

東京基督教大学教授・西岡力

 

 ≪民主党は対北追加制裁をせず≫

 拉致被害者を救出するための運動は、東日本大震災を受けて活動を停止していた。家族会・救う会は「これまで寄せられた国民の暖かい思いに感謝する立場からも、私たちも国民の1人として被災者のための支援活動に参加させていただきます」との声明を出し、集会や会議などを延期した。

 震災から2カ月近く経(た)った5月8日、東京で、「すべての拉致被害者を救出するぞ!国民大集会」を開催したところ、被災地である岩手、福島などの活動家や与野党の多数の国会議員、知事、地方議員らをはじめとして1300人が参加して、拉致問題への関心が衰えていないことを示した。

 「生きているのになぜ助けられない!」をテーマにした集会では家族らから、拉致被害者はがれきの下で助けを待っている被災者と同じ苦しい立場に30年以上置かれているといった訴えとともに、政府に期限を切った救出への取り組みを求める声があがった。

 菅直人政権は昨年11月に、拉致問題に関する政府方針8項目をようやく決定した。自公政権時代に定まっていた6項目の方針を鳩山由紀夫政権が廃止し、それから1年以上、新しい方針を決めない状態が、これで終わった。その第2項に、「北朝鮮側の対応等を考慮しつつ更なる措置についての検討及び現行法制度の下での厳格な法執行の推進」がある。ここでいう「更なる措置」とは、北朝鮮に対する新たな制裁である。

 これまでに実施された対北朝鮮制裁は(1)人道支援の凍結(平成16年)(2)全ての北朝鮮籍船の入港禁止や全ての品目の輸入禁止、朝鮮総連幹部6人への再入国不許可(18年)(3)北朝鮮への送金、持ち出し届け出限度額の引き下げ(21年4月)(4)全ての品目の輸出禁止(同6月)-などである。

 (1)は、横田めぐみさん、松木薫さんのものとされた遺骨が偽物だったことが判明したことなどを理由に、(2)と(3)は、北朝鮮のミサイル発射と核実験を契機とし、拉致問題で何ら誠意ある対応を見せていないことも勘案され、発動された。民主党政権成立後は「更なる措置」は取られていない。

 ≪調査やり直し約束の履行迫れ≫

 先の菅政権の方針には、「平成20年8月の日朝合意の履行を含む北朝鮮側による具体的な行動への継続した強い要求」(第3項)ともある。この「日朝合意」とは、自公政権下の20年6月と8月の日朝協議で、北朝鮮が拉致問題は解決していないことを認め、「生きている人を返すための調査のやり直し」を約束したことを指す。その時、北朝鮮は見返りに、カネや食糧などでなく、総連幹部6人への再入国不許可をはじめとする制裁の一部解除を求めてきた。制裁は効いていたのである。

 ところが、北朝鮮は合意から1カ月も経たない20年9月、福田康夫首相の辞任を口実に、約束の履行を取りやめた。あれから今年の9月で早くも3年になる。

 家族会・救う会は、その今年9月という期限を切って、北朝鮮に調査やり直し約束の履行をあらゆる手段を使って迫れと政府に訴えて、6月5日に東京で大規模なデモ行進などを実施した。政府は北朝鮮に、「今年9月を期限とし、それまでに調査やり直しを実行せよ、さもなければ、追加制裁を科す」とはっきり伝えるべきだ。

 ≪半島有事下の救出に自衛隊を≫

 菅首相は昨年12月、拉致被害者家族との面会の席で、「万一の場合、北朝鮮にいる拉致被害者をいかにして救出できるのか、あらかじめあらゆる準備、心構えを色々(いろいろ)考えておかなければならない。韓国を通って自衛隊が出ていくことができるためのルールはきちんと決まっていない。いざという時の救出活動のための日韓の間の決めごとをしっかりしていかなければならない。そのため日韓間で議論していきたい」と語った。

 この5月22日には、日本で日中韓3カ国首脳会議が開かれ、菅首相は拉致問題解決に協力を求めたと伝えられている。それでは、混乱時の拉致被害者救出の問題は今回の首脳会議で取り上げられたのか。その点は全く不明だ。

 米韓両国は、北朝鮮の混乱状況に際して軍を派遣する「作戦計画5029」を整備している。この作戦計画では、米軍は北朝鮮の核兵器確保、韓国軍は北朝鮮の治安の掌握と統治を担当するといわれている。

 当然、在日米軍もこの作戦に参加し、同盟国である日本にも、さまざまな支援要請がくるだろう。周辺事態法が発動されることも十分あり得る。そうした状況下で、拉致被害者などの安全確保と救出をどのようにして行うのか。日米韓の3カ国が戦略的対話をする中で検討すべき課題である。

 韓国の専門家によれば、韓国軍は北朝鮮に抑留されている外国人を解放する作戦を準備しているという。その作戦に日本としてどう協力できるか。事前に、可能性のある事案を含む全ての拉致被害者に関する情報を集約し、それを携えた情報担当者を派遣できるよう備えておくことが緊要だ。(にしおか つとむ)

6月7日付産経新聞朝刊「正論」